第十二夜
「この村も…」
先程とは別の村に辿り着き、クリスは険しい表情を浮かべる。
そこには先程と同じ光景が広がっていた。
家と言う家が燃やされ、死体が地面に転がっている。
生命の痕跡さえも失われた惨状。
「………」
この村で、三つ目だ。
三つの村が一人残らず皆殺しにされた。
「…コレを見て、アーテル」
クリスは一つの死体を指差す。
若い女と思われるその死体は木の棒に縛られ、磔の状態で死んでいた。
「足下から火で焼かれたことが直接の死因だけど、手足には杭で刺された跡もある」
どれもただの獣では有り得ないことだ。
食べる為に殺されたのではない。
人狼に変える為に殺されたのではない。
「弄ぶ為に…! ただ己が愉しむ為だけに! 殺されたのよ…!」
クリスの血が義憤で煮え滾る。
無惨に殺された人々のことを思うと、怒りでどうにかなってしまいそうだ。
「ふむ。前から思っていたけど、君は見た目より熱血だね」
意外そうにアーテルは呟く。
一見冷徹に見えるがその実、感受性が豊かだ。
他人の不幸に同じように嘆き悲しみ、悪逆を誰よりも憎む。
クールに見えるのは顔だけで、心は誰よりも熱い。
「悪い! 未熟なのは自覚しているわよ!」
クリスは怒りの目をアーテルへ向けた。
分かってはいるのだ。
白日教会の聖女は、常に冷静でなければならないと。
冷静かつ冷徹に、人狼を殺さなければならないと。
だからこそ、普段は感情を表に出さないように振る舞っている。
それでも感情的になってしまうのは、クリスがまだ未熟だからだ。
「いやいや、悪いことなんて何一つないよ」
ひらひらと手を振り、アーテルは言った。
「むしろ、良い。うん、凄く良い」
とても嬉しそうにアーテルは告げる。
「その喜び、その怒り、その哀しみ、その楽しみ。それこそが人間である証だ。獣では決して有り得ない人間の強さの源だよ」
「………」
手放しの称賛にクリスは複雑な表情を浮かべた。
アーテルは感情的であることが人間の強さと言うが、クリス自身はそれを未熟と考えているのだ。
「…そう言うあなたは、死体の山を見ても随分冷静じゃない」
「俺? 俺は職業柄、死体なんて見慣れているから」
あっさりとアーテルはそう答える。
「それに俺は『人でなし』だからね」
「え?」
「何でもなーい。それより、ほら」
誤魔化すように笑い、アーテルは前を指差す。
「あ、えっと、俺、は…」
「生存者…!」
そこに居たのは、ボロボロの服を着た若い男だった。
何やら怯えたような目でクリスとアーテルを見ている。
「アンタらは、その…」
「白日教会の聖女、クリスです。あなた達を助けに来ました」
「ああ…! やっぱり!」
クリスの言葉に歓喜し、男は笑みを浮かべた。
「頼む! 妻と娘を助けてくれ! このままだと奴に殺されちまう!」
「!」
「こっちだ! 来てくれ!」
興奮した様子で男は突然走り出す。
案内するつもりなのだろうが、冷静さを失っているのかクリス達を振り返りもせずに走っている。
「追い掛けるわよ!」
「仰せのままに、と」
二人は離れていく男の背を眺めながら、その後を追った。
「あ、あそこだ!」
男は村の中央まで夢中で走ると、そこで足を止めた。
破壊された村の中心に、一人の女が立っている。
「アレが…!」
物陰に隠れながら、クリスはその女を観察する。
それは美しい女だった。
小柄だがスタイルは良く、それを強調するような派手なドレスに身を包んでいる。
日除け用の白い傘を差し、愉しげに笑みを浮かべていた。
一見人間のようだが、猫のような金色の眼を持ち、頭頂部には獣の耳が生えている。
「ネコミミが生えているぞ。随分と可愛らしい人狼もいたものだね」
やや呆れたようにアーテルは呟く。
あれでは人狼と言うよりは獣人だ。
それほどに人の部分が多い。
「それよりも…」
クリスは女が眺めている物に気付き、顔を強張らせる。
愉しそうに笑う女の視線の先にあるのは、磔となった女だった。
若い女と幼い女、母娘がそれぞれ木に磔となっている。
そして、その下には大量の薪が。
「あの二人は私の妻と娘です…! お願いします! どうか、助けて下さい…!」
「ッ!」
このまま放っておけば、あの二人は焼かれて殺されるだろう。
だが、状況も分からないままに敵の懐に飛び込んで良いのだろうか。
「ああ…!」
男が声を上げる。
女の手に、燃え盛る松明が握られていた。
(迷っている時間は、無い…!)
クリスは地面を蹴り、物陰から飛び出した。
「あら?」
それに気付いた女より速く、リボルバー銃を向ける。
(貰った…!)
女の動きは遅い。
クリスの銃口は既に女の心臓に狙いを定めている。
何をするよりも先に心臓を撃ち抜く。
「ヴィーナス様を護れ!」
「な…!」
その時、クリスと女の間に影が割り込んだ。
女を護るように盾となったのは、村の男達だ。
生身の人間の盾に驚き、クリスは反応が遅れる。
「捕まえろ!」
「ッ…」
背後からクリスを羽交い締めにする男。
それは、先程クリス達をここへ案内した男だった。
「ぷ、あはははは! 教会の聖女様も案外間抜けなのねぇ」
女が嘲笑する。
男達はまるで奴隷のように女の周りに傅いた。
「一体、どうして…」
「簡単な話よぉ。ここの村の男達は、みーんな私の美貌の虜となったのよぉ」
訳が分からないと言う表情のクリスに、女は笑みを浮かべる。
「私の言うことなら何だって聞いてくれるの」
女は視線を磔となった母娘へ向けた。
火を放たれるまでも無く、その二人は既に餓死していた。
「自分の妻や娘を自ら殺す。コレって最大の愛情表現だと思わないかしらぁ?」
「悪魔…!」
「あははは! 私は悪魔じゃなくて、獣よ」
女神のような美貌と、悪魔のような邪悪を併せ持つ女は告げる。
「私はメガセリオンの一体。『色欲』のヴィーナスよ」




