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獣に到る病  作者: 髪槍夜昼
一章 愛の獣
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第十一夜


「ケセドか。大きな都市に入るのは久しぶりだな」


道を歩きながらアーテルは呟く。


「大都市にはどんな物があるのだろう? 何が有名か知っているかい?」


「…すっかり観光気分ね」


心なしかウキウキしているように聞こえる声に、クリスはため息をついた。


「言っておくけど、ケセドには寄らないわよ」


「え?」


ぴたり、とアーテルの動きが止まる。


カラスのようなマスクがクリスへと向けられる。


「ケセドに向かうと言わなかった?」


「言ったけど。中に入るとは言ってないでしょう?」


クリスは懐から地図を取り出す。


「本部からの情報だと人狼は、ケセド付近の村を襲っているみたいだから」


あくまでケセドは地図上の目印であり、目的地は近くの村だ。


わざわざケセドに入る必要はない。


「ケセドの領主に報告しなくていいのかい?」


「大丈夫よ。白日教会の聖女には人狼に関する全ての権限が与えられているから」


人狼を討伐する為、と言えば大抵の無理は通る。


彼らにとってみれば、自身の領地で暴れる獣を無償で退治してくれるのだ。


反対する理由が無い。


「そうか、残念だな。新しい患者との出会いだと思ったんだけど」


「それは残念ね」


どうでも良さそうに相槌を打ち、クリスはちらりとアーテルの目を見る。


「…どのみち、あなたは入ることが出来ないわよ」


「うん? どうして?」


「その格好が怪し過ぎるって言うのはまず置いておくとして…」


じろじろとアーテルの恰好を見た後、クリスは言う。


「ケセドは閉鎖的な都市だから。部外者は基本的に入れないわ」


全ての都市がそうである訳では無いが、余所者を拒む都市は少なくない。


理由は簡単。狼狂病を都市内に持ち込ませない為だ。


「狼狂病を恐れるあまり、感染者を害虫のように毛嫌いしているのよ」


「それは、了見の狭い話だな」


驚いたようにアーテルは呟く。


「狼狂病は、人から人へ感染しないと言うのに」


医学的な知識を持つアーテルはそう断言する。


狼狂病は人狼に噛まれ、その黒い血が体内に入り込んだ者が感染する病だ。


感染者に触れたり、言葉を交わしたりした程度で感染することは無い。


しかし、狼狂病を恐れる人々の中にはそう信じる者も多い。


たった一人の感染者が都市内に入るだけで、都市が滅ぶと本気で思っているのだ。


「それだけ普通の人は狼狂病が怖いのよ」


辺境の村ならともかく、都市の人間は狼狂病の知識を持っている。


領主となればその感染者が死後に人狼となることも知っているだろう。


人が理性無き獣に変貌する。


悪夢のようなその現象は、無力な人々を恐怖させるのだ。


「悪いのは人間では無く、人狼よ」


クリスは恐怖する人々を責めない。


そもそも人狼さえ居なければ、普通に暮らせていた筈なのだ。


門を封鎖し、都市の中で生涯を震えながら過ごすことも無かった。


「本当に、人狼が嫌いなんだな」


「当たり前でしょう! 好きな人間なんている訳が無いわ!」


怒りに身を震わせるクリス。


「…人狼はただ生きる為に人を襲うだけでは無く、同類を増やす為にも人を襲う」


人間を殺すことも無く、狼狂病に感染させる。


知性無き人狼が、まるで本能のように人を人狼に変えていく。


被害は広がる一方だ。


「おかしいのよ、絶対に。誰かの…『何か』の意思が存在するとしか思えないわ」


全ての人狼が何か企んで数を増やしているようには思えない。


そこには何者かの意思を感じた。


何者かが、人狼に命令を下しているのだと。


「それが、メガセリオン?」


「そうよ」


人型の人狼。


理性は無くとも、人間以上の知性を持つ怪人。


奴らが人狼に指示を出している可能性は高い。


「でも、何の為に?」


「そこまでは知らないわよ。人間を支配する為とか?」


メガセリオンが人狼の上位種であるなら、人狼を増やすことで勢力を増やそうとしているのだろうか。


詳しい目的までは知らないが、それも本人に聞けば分かることだろう。


クリスはそう結論付け、足を進めた。








「…これは」


目の前の惨状にクリスは言葉を失った。


そこは本部からの情報にあった人狼の被害にあった場所だった。


何の変哲もない村だった。


クリスが先日滞在した村と変わらない自然豊かな場所だった。


それが、


「酷い…」


何も残っていなかった。


家と言う家は燃やされ、壊され、死体が地面に転がっている。


人の気配は無い。


生存した者は一人も無く、辺りには死臭が漂っている。


山賊に襲われた村でも、もう少し命の痕跡が残っている物だ。


「どうして、ここまで…!」


ただの獣では有り得ない地獄。


コレは人の知性を以て行われたことだった。


人の悪意を持った人狼の仕業だ。


悪意のままに村を皆殺しにした人狼に、クリスは拳を握り締める。


(…妙だな。死体が少ない)


静かに怒るクリスの隣で、アーテルは目を細める。


破壊された建物内には血と腐乱した死体が残されていたが、数が少ない。


建物の数から考えるに、死体として転がっているのは半分以下だ。


だとすれば、残りはどこへ消えた?


「…女の死体か。全て」


腐った死体を全て観察し、アーテルはそう呟いたのだった。

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