表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
獣に到る病  作者: 髪槍夜昼
一章 愛の獣
10/102

第十夜


「次は『ケセド』に向かうわよ」


翌日、村を出た後にクリスは言った。


隣を歩くアーテルは地図を広げながら、首を傾げる。


「ケセド、って第四都市の?」


「そう」


クリスはアーテルの持つ地図を覗き込み、頷く。


その地図にはこの大陸の主要な都市が全て描かれていた。


最北端に在るのが第一都市であり、白日教会の本拠地でもある『聖都ケテル』


そこから南下するごとに第二都市『コクマー』第三都市『ビナー』と続く。


第四都市『ケセド』は大陸の東部で、クリス達の居る場所からはやや北へ進んだ地点にある。


「………」


この国には王が居ない。


その為、大陸の各地に存在する主要都市の『領主』がそれぞれ分割して治めている。


都市には番号が割り振られているが、領主同士の権力に大きな違いは無い。


「考えてみれば、変わった支配体制だよね。この国」


権力を分散し、それぞれの都市の代表によって国の方針を決める。


アーテルはあまり政治に詳しい訳では無いが、普通は一つの王が国を纏めるものでは無いだろうか。


「…呆れた。この国に住んでいながら、国の歴史も知らないの?」


「うん?」


ため息をつくクリスに、アーテルは首を傾げた。


「元々、この国は一人の王が支配していたのよ。もう何百年も昔の話だけど」


トントン、と自分のこめかみを指で叩きながら、クリスは修道院で習ったことを告げる。


「だけど、その王は典型的な暴君で、民衆を苦しめ続けた」


「………」


「やがて革命が起き、その暴君が処刑された後、人々は過ちを繰り返さないことを神に誓ったのよ」


悪逆の王を滅ぼした人々は今までの支配体制が間違っていたと考えたのだ。


一人の人間に権力を集中させるのではなく、多くの人々が話し合って決める国を築こうと。


かつての暴君を再び生み出さない為に。


「へえ、なるほどね。初めて聞いたよ」


一つ賢くなった、とでも言いたげにアーテルは頷く。


「どんな善人も権力を持つと人が変わるって言うからねー。昔の人は賢いなー」


「………」


感心したようなアーテルを見ながら、クリスは口を閉じた。


今の大陸に王は無く、ただ一人の支配者など無い。


否、無かったのだ。狼狂病が蔓延するまでは。


約百年前から国を蝕む狼狂病と人狼の脅威には、全ての領主が頭を抱えた。


あらゆる対抗策を練ったが、何の意味も無かった。


そんな時に当時、第一都市『ケテル』を拠点に活動していた白日教会が狼狂病のワクチンを開発したのだ。


更に教会の戦士達は領主達を悩ませていた人狼を次々と討伐し、その影響力を強めた。


現在では第一都市の領主を兼任する白日教会の『教皇』が事実上この国の王となっている。


「………」


結果的にとは言え、再び一人の権力を高めることとなったのは、かつての誓いを裏切ることにはならないだろうか。


白日教会の信徒であるクリスは、教皇が悪人などと口が裂けても言わないが、権力が人を変えると言うのならそれは聖人であっても同じなのだろうか。


「それで? ケセドには次の任務?」


「…そうよ。昨夜、新たな任務が下ったの」


不安を呑み込み、クリスはアーテルに視線を向ける。


「若い女の姿をした人狼よ」


「若い、女…?」


アーテルは不思議そうに繰り返す。


その疑問を察し、クリスは頷いた。


「人狼は本来、獣の姿をしているわ」


大半は、と言うよりほぼ全ての人狼がそうだ。


人狼とは変質した元人間。


生前の知性を失った心を表すように、外見も生前からかけ離れた形に変貌する。


かつての家族が見ても、一目では本人だと気付かない程だ。


「だけど、稀に人型の人狼が姿を見せることがある」


それは日中を出歩くデイウォーカーよりも更に希少。


デイウォーカーのような突然変異した種では無く、人狼の上位種とでも呼ぶべき存在。


知性を持ち、人間のように会話する者。


しかし、その本質は獣と変わらず、人のふりをしながらも理性は無い。


人を殺し、血肉を喰らう化物に違いは無い。


「『メガセリオン』…奴らは自分のことをそう呼んでいるらしいわ」


昏い感情を込めた目で、クリスは自身の敵の名を呼んだ。








「ふーん、ふふーん♪」


同じ頃、ある村で『女』が鼻歌交じりに風呂に入っていた。


それは、人間離れした美貌を持つ美女だった。


小柄だが、手足はしなやかで豊満なスタイルを持つ。


猫のような金色の瞳を持ち、頭頂部には耳まで生えている。


「昼間からお風呂入るのって、最高の贅沢よねぇ」


ネコ科染みた容姿を持つ女は手で湯を掬い、笑みを浮かべた。


指の隙間を流れるそれは、透明なお湯では無かった。


赤黒く、鉄の匂いを漂わせるそれは人の血液。


女神を思わせる肢体が浸っているのは、真っ赤な血の風呂だった。


『ヴィーナス』


「あら?」


機嫌よく血の風呂に入っていた女、ヴィーナスは自身を呼ぶ声に首を傾げる。


視線を向けると、そこには一羽のカラスが居た。


一見普通のカラスだが、眼が赤く、眉間にも第三の眼がある異形のカラスだ。


「あららら? マスターじゃないですかぁ。お久しぶりねぇ」


裸の体を隠しもせず、ヴィーナスは笑みを深める。


「嫌だわぁ、私まだ入浴中なんですよぉ? いやらしいんだからぁ♪」


『…血の風呂なんかに入っても力は増えないぞ。相変わらず、趣味が悪いな』


三つ目のカラスは呆れたように目を細めた。


『前にも言っただろう。定期的に血を飲まなければ、力が衰えてしまうと』


「だってぇ。私、処女の血しか飲みたくないんですものぉ」


『…偏食も大概にしろ』


カラスは人間のようにため息をついた。


『…まあいい。お前達に獣らしく好きに生きろと言ったのは俺だ。狩りの仕方まで文句は言うまい』


「流石マスター! 話が分かる男って大好きよぉ」


『それよりも』


話を変えるようにカラスは視線をヴィーナスへ向ける。


『最近派手に暴れすぎたようだな。教会の連中に目を付けられているぞ』


「そうかしら? うーん、そうかも」


『大丈夫だとは思うが、一応警告しておく。殺されるなよ』


「心配してくれて嬉しいわぁ! でも、大丈夫よぉ」


血で濡れた手で頬を撫でながら、ヴィーナスは邪悪な笑みを浮かべた。


「聖人だろうと聖女だろうと、相手が人間である限り私は無敵だから♪」


笑みの中に確かな自負と自信を込めて、ヴィーナスは言った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ