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獣に到る病  作者: 髪槍夜昼
序章
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第一夜


人は誰しも心の中に『獣』を抱えている。


獣性と言う闇を、人間性と言う枷で抑えているのだ。


どんな賢人にも、どんな聖人にも、獣性は存在する。


どれだけ綺麗な言葉で取り繕うとも、人の本質は獣である。


その獣性が人間性を上回れば、もう元には戻らない。


それは病によって、呪いによって、或いは悲劇によって。


枷から解き放たれた獣は、人には戻れないのだ。








「………」


月明かりの下、一人の女が立っていた。


革製の軽装を身に着け、緑のマントを羽織った女だ。


腰に付けられたホルスターには二丁の銃が収められている。


マントの下には何本か銀のナイフも仕込んでおり、戦士と言うよりは狩人のような風貌の女だった。


年齢は十九歳ほどで、女性にしては背が高く、冷静かつ冷徹に見える容姿をしている。


『グルル…』


唸り声と共に獣の息遣いが辺りに響く。


女を取り囲むように三つの影が月明かりに照らされていた。


四本足で立ち、口からだらりと舌を垂らすそれは、一見すると狼に似ていた。


しかし、その皮膚はどす黒く変色し、骨格は狼よりも人間に近い。


爛々と赤い眼を輝かせて女を見るそれには理性も知性も無く、正しく『獣』そのものだった。


『グルァ!』


遂に我慢が出来なくなったのか、一匹の獣が女に襲い掛かる。


手足をバネのように動かし、女の頭上から飛び掛かった。


周囲には女を助ける者は居ない。


憐れな女は獣達によって骨まで貪られる筈だった。


「ファイア!」


女の手に握られたリボルバー銃が火を噴いた。


放たれた弾丸は、大きく開いた獣の口に飛び込む。


『グ、ガ…アアアア!』


「ハッ! 銀の弾丸の味はどう?」


悲鳴を上げる獣の体から黒い煙が噴き出す。


苦し気にのたうち回る獣の体が焼け焦げ、灰へと変わる。


「さて、次にコレを喰らいたいのは誰?」


狩人と獲物が逆転した瞬間だった。


強靭な肉体を持つ獣達は『銀』を苦手としているようで、その動きには怯えがあった。


それを見逃さず、女は次々と弾丸を撃ち込んでいく。


弾丸を撃ち込まれた獣の体は瞬く間に崩壊し、動かなくなる。


獣の息遣いが完全に消えるまで、五分と掛からなかった。


「ふー、終わった終わった」


全ての獣を倒した後、女は息を吐いた。


楽な仕事だったが、それでも消耗が無い訳では無い。


「ッ…」


眩暈を感じ、女は顔に手を当てる。


戦いの傷など負っていないが、少し疲労が溜まっているようだ。


最近はろくに休息も取らずに戦いを続けている。


激情のままに、獣を殺し続けている。


それが褒められた行為では無いことは理解しているが、それでも…


「それでも、私は…」


『グルァァァァァ!』


「!」


突然聞こえた叫び声に、女はハッとなる。


全ての獣を殺した筈だったが、見逃していたものが居たのだろう。


獣は油断していた女の背を深々と切り裂く。


「こ、の…!」


すぐに振り返り、女は銃口を獣の頭蓋に突き付けた。


「ファイア!」


破裂音と共に獣は頭部を吹き飛ばされ、地に崩れ落ちる。


すぐにその体が灰の山に変わった。


「く…!」


背に激痛が走り、女は膝をつく。


傷が思ったより深い。


出血も酷く、早く手当てをしなければ命に関わるだろう。


「…ッ!」


それなのに、手足が言うことを効かない。


体の力が抜けて、地面に倒れ込む。


(…死、ぬ?…私、こんな所で…?)


駄目だ。それだけは駄目だ。


こんな所では死ねない。


まだ何も成し遂げていない。


まだ何も出来ていないのに。


「…?」


コツ、とどこからか靴音が聞こえた。


暗い闇の中から、誰かが近付いていく。


(…誰? いや、誰でも、良い…)


朦朧とする意識の中、女は必死に顔を上げる。


「………」


そこに立っていたのは、不気味な風貌の男だった。


カラスのようなクチバシ付きのマスクを付けた男。


黒革のガウンコートを羽織り、頭には黒い帽子を被っている。


女を超える二メートル近い長身だが、手足は影のように細かった。


「………」


死神のような姿の男は、黒い手袋に覆われた手を伸ばす。


鋭利な爪が付いたその手を見ても、女は言葉を発することすら出来なかった。








「―――」


翌朝、女は見知らぬベッドの上で目を覚ました。


まず自分が生きていることに驚き、体に包帯が巻かれていることに驚いた。


まだ体に違和感はあるが、殆ど痛みも無い。


眠っている間に治療を受けたようだ。


「私、どうして…?」


どうして自分は助かったのだろうか?


記憶が確かなら油断していたせいで獣に深手を負わされ、その後に、


訳の分からない死神に会ったような…


「気が付いたか?」


「ッ!」


声を掛けられ、女は思わず悲鳴を上げそうになった。


居る。


昨夜出会った死神がベッドの横に立っていた。


「具合はどうだ? 傷は痛むか?」


「え、ええと、大丈夫、です」


「それは良かった! 食欲はあるか? 何か食べるか?」


死神は、思っていたより親切な雰囲気だった。


不気味なマスクから意外過ぎるくらい温厚な声が響く。


「と言っても今は薬膳スープくらいしか…待っていてくれ、他に何かないか見てくる」


「ちょ、ちょっと待って! 頭を整理させて!」


情報量が多過ぎる。


パニックに陥りそうな頭を抑え、女は叫んだ。


「まずは助けてくれてありがとう! 私はクリスティアナ。長ければ、クリスでいいわ」


取り敢えず礼を言い、クリスは目の前の不審すぎる男を見る。


「俺? 俺は…」


自分の番だと思い、男はコホンとマスクの下で咳払いをした。


「俺はアーテル。見ての通り、医者だ」

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