即位
クロード視点
レティはやはり私のレティだった。
即位の儀の席にレティの姿がないのは物寂しくこの場にいれば誰よりも綺麗な笑顔で祝いの言葉をくれたんだろう。
空き時間ができたのでレティに会いにいくために転移した。リアム達がいないなら変装はいらない。リオにそっくりな顔の無邪気なリアムに懐かれるのは少し変な感じがする。
時々会いに行っているからかレティは驚くことなく、笑顔で迎えてくれる。転移で顔を見に行くと驚かずに「御身を大事にしてください」と護衛の心配だけしていた幼い頃のレティと似ているが違う。
「クロード様、休憩ですか?」
「ああ。付き合ってよ」
「わかりました。私はお祝いの言葉を伝えてもよろしいでしょうか?」
「もちろん」
「遅ればせながら、おめでとうございます。心よりお祝い申し上げます」
生きる世界が変わっても時が経っても礼をする所作の美しさと綺麗な笑みは変わらない。
「嬉しい?」
「はい。これ以上の言葉は無粋ですね。クロード様の努力が実ったことに祝杯をあげたい気持ちですわ」
聞き飽きるほど、未だに尽きない祝いの言葉に疲れたのも見抜いてくれているんだろう。
昔から私の心に寄り添ってくれるのは彼女だけ。
レティに昔の記憶があると確信を持ってからはつい甘えが出てしまう。
カトリーヌは頼りになり不満はない。レティよりも正妃に向いているのも理解している。
レティは王子の私に全幅の信頼を寄せてくれていた。昔、父上がレティを認めなかった理由はこれだろう。
カトリーヌは私が道を誤まれば、ためらいなく裁くだろう。ただレティは私と一緒に落ちることを選ぶだろう。
王家に生まれなけばと何度も思った私が王になった。
「私は自分がふさわしいとは思えない。それに感情に振り回される自分がいる」
「クロード様以上にふさわしい方を存じませんが、どうしてですか?」
どうしてと尋ねるのは昔のレティは言わないだろう。
私を鼓舞する言葉と優しさで包んでくれるのが私のレティだから。
でも居心地が良いのは昔も今も変わらない。
「私は罪を犯したから」
禁忌を犯したことは話せない。
レティの小さい手が私の手を包み、柔らかく微笑んだ。孤児院の視察の時にいつも浮かべていた笑顔だった。
「殿下が誰よりも努力家で誠実で優しいことは知っています。殿下が罪を犯したなら事情があったんでしょう」
「感情に振り回されて、王家の務めを見失ったことがある」
レティが私の手を放して、首を傾げた。
「いささか想像がつきませんがクロード様も人ですもの。そんな時もありますわ」
「レティが姿を消した時、海の皇国にのり込もうとした」
「まぁ!?御身を危険にさらすようなことはやめてくださいませ」
冗談だと思ってレティは笑っているけど本気だった。
「どうして女神の召還をしたんだ?個人的な興味で心に留めるよ」
私の瞳をじっと見てしばらくするとレティが苦笑した。
レティが私の瞳をじっと見つめて、考え込む癖は昔と変わらない。
「クロード様と同じ感情に振り回されたんです。私を庇って血だらけのリオに皇女様の近くにいたエディとクロード様を見たら体が勝手に動いてました。私がいれば国にも家にも迷惑がかかると思って逃げました。感情のままに行動したまだ若かった浅はかな小娘を笑ってください」
「私は君にとってなに?」
「いつまでも笑顔でいていただきたいと思います」
「私は君にとって大事なものに入っている?」
私の言葉に目を丸くしている。でもどうしても聞きたかった。
「昔の私はルーン公爵家と殿下のためだけに心を砕いていました。殿下が望んでくださるなら最期まで添い遂げる覚悟を決めてました。昔のレティシア・ルーンは殿下のものです。今は臣下として大事に思っております。私の忠誠は殿下のものです」
まっすぐで強い瞳で見つめる顔は変わらない。落ち込んだ時に鼓舞してくれる私のレティだ。レティの王太子への全幅の信頼が籠った視線は最初はくすぐったかったけど、段々堪らなく心地が良いものになった。
「敵わないな」
「殿下はたくさんの人に慕われています。レオ様よりもクロード様の方が人気がありますよ。貴方のことを民は愛してます。貴方のために誠心誠意尽くすでしょう。何もしてない私が言うのは説得力にかけますが」
「そんなことない。レティの隣は息がしやすい」
「リオの代わりとしては役不足ですが」
レティは私がマールに会いに来ていると思い込んでいる。
「シア、そこに、殿下!?」
驚いた顔をしたマールが駆け寄ってきた。
「リオ、おかえりなさい。リーファはお母様が散歩に連れていきました」
「やぁ、マール」
「休憩ですって。リオがいるなら私はいりませんね。リオの代役ですよ。妬かないでくださいませ。私は行きますのでお二人でごゆっくりどうぞ。」
レティは楽しそうに笑い礼をして去っていく。マールが来ると自分は邪魔だといつもいなくなってしまう。レティが鈍くて思い込みが強く勘違いしやすいのは変わらない。
「相変わらずか」
「殿下、俺の目を盗んでくるのやめてくれませんか?人妻と二人っきりはいかがなものでしょう」
「最近、調子が悪そうだから、顔を見に」
「お気遣いありがとうごいます。ですが不要です」
社交の顔で遠慮ない物言いは警戒する相手に向ける者。時を戻した世界はレティとリオの態度が違った。
「かわらないな。そんなに私が嫌いかい?」
「妻に近づく男を歓迎する夫はいません」
「複雑だよ。やっぱりレティはリオなんだな」
「はい?」
「私に見せない顔をリオには見せてたから。落ち込んだレティを見つけるのはいつもリオが先だった。夢の話だ」
「俺はレティシアの貴方への信頼が面白くありませんでした。二人の空気感も。時々貴方に向ける切ない視線や優しい顔も。嫉妬で狂いそうでしたよ」
「まさか、マールに嫉妬を向けられるとは。私の友人にそっくりなのに別人だな」
「どんなご友人でした?」
「気心知れた頼りになる友人だった。いつも涼しい顔で、なんでもそつなくこなしてたな。マールの方が幸せそうだ」
「俺は幸せですから」
「これからもレティを守ってくれるか?」
「当然です。俺はシアが一番です。ですから俺に任せて、様子を見に来なくても大丈夫ですよ。そろそろ諦めてくれませんか?」
「簡単には割り切れないよ。レティが幸せそうなのが、複雑だよ」
「そのお心は妃殿下に向けてください」
「リオ、罪を犯した王を民は受け入れるだろうか」
「知られなければいいんです。それに譲れないもののためなら仕方ありません。俺はシアのように無条件に貴方の全てを信じることはできません。でも新国王即位は心よりお祝い申し上げます。陛下はきっとよき国を築いていただけると信じております」
「まさかマールにそんなことを言われる日がくるとは」
私の知るリオも同じことを言いそうだ。本質は変わらないか。
頭を下げたマールが苦虫を潰したような顔をして顔を上げた。
「エイベル、近衛ならしっかり御身をお守りしなさい」
「転移魔法で」
「追跡魔法くらいかけてくださいませ。クロード様が転移魔法が得意なのは言い訳にはなりません。お忍びを止められないなら貴方はしっかり追いかけるしかありません。いつまでポンコツなんですか」
「おい」
「何があるかわかりません。まだうちは安全ですが、他の場所はそうとは言えません。しっかり働いてください」
「お前から説得は」
「無理ですよ。クロード様のお忍び好きは昔からですもの。主の願いを叶えるのは臣下の務め。願いを叶えながらしっかりお守りなさい」
マールの嫌な顔に納得した。マールはエイベルに気付いたのか。あの二人は仲が良いから嫉妬する気持ちはよくわかる。昔からよく喧嘩していたよな・・。
エイベルが来たなら、戻らなといけない時間か・・。
「そろそろ戻るよ。またね、レティ」
「お気をつけてお帰りください」
レティが礼をしたので私は転移魔法を発動した。
気持ちも浮上したし、執務に戻るか。
執務室に行くと冷たい笑みを浮かべるカトリーヌがいた。
「お帰りなさいませ」
「ただいま。エイベルを送ったか」
「はい。約束の時間はとうに過ぎております。執務にお戻りください」
「相変わらず厳しいな」
「国のためです。それに優しさは十分頂いてきたのではありませんか?」
「そうだな。王子とリーファは歳が近い。いずれ義娘にできるかな」
「ティアを召し上げるのは諦めたんですか?」
「やはり代わりはいないよ」
「リーファを義娘にしたいなら揉めます」
「よい国作りに励むしかないな」
カトリーヌの報告を聞きながら、机の上の書類と向き合うことにした。
レティの傍にいたいなら加減を間違えてはいけない。
また姿を消されると、世界の色がなくなる。
秘術で時間を戻したことは後悔していない。私が守れずに、ずっと眠って衰弱していったレティが幸せそうに笑っている。リオとは違った特別をもらえるだけでも満足すべきかもしれない。
彼女が危険な目に合わないように良い国を作らないといけない。
女神召還を崇める欲に眩んだ者がまだいるから。
今度こそ彼女が暖かく優しい世界で生きていけるよう。
共に歩む道を恋しくて堪らなくなったらまた会いに行こう。きっと私の好きな笑みを浮かべて迎えてくれるだろう。




