最大の被害者
元公爵令嬢の日記16話の裏。
サイラス視点
ビアードが邸に訪ねて来た。
眉間に皺があり、嫌な予感しかしなかった。
「サイラス、頼む。マールの機嫌をとってくれ」
「なにしたの?」
「詳しくは言えない。ただ逆鱗に触れた気がする」
「嫌。無理だよ。俺はリオの機嫌の取り方は知らない」
ステラがお茶を出すと、退室ししばらくするとまた戻ってきた。剣を手に持ってるから嫌な予感がした。鞘から抜いてビアードに剣を向けた。
「レティシア様に何をしたんですか?」
ステラが人払いした理由を理解した。
「正直に言わないと斬りますよ」
「ステラ、剣をおさめて。ステラはまだ敵わない」
ステラが愛らしい顔で微笑んだ。
「サイラス様、この部屋では魔法は使えません。剣で戦うなんて言ってません。勝機はありますのでご安心ください。それにビアード様の首を飛ばしても、うまくことをおさめます」
そういえばステラはシオン嬢とも仲が良い。ステラを通して、いくつか魔道具をうちに仕入れさせてもらっている。部屋を見渡すといつの間にか魔石で結界が貼ってあった。
結界を解くために魔法を発動しようもできなかった。
「この魔石、ティア様がくれましたの。自信作ですって」
ティアの魔石があるならリアムの魔石も持っているだろう。あの二人は名家の直系らしく恐ろしいほど純度の高い魔石を作る。リオほどではないけど、俺よりよっぽどだ。ステラは魔法陣に詳しい。ステラは魔力がないけど魔石と魔法陣があれば発動はさせられる。ルーン嬢が魔石を使って魔法を使っていたので、憧れて勉強していた。ルーン嬢の独学の魔法の勉強ノートの模写を譲り受けていた。ノートには俺の見たことのない高度な魔法や魔法陣ばかりだった。ノートはエドワード様が姉様の友達ならと便宜を図ってくださった。ステラは在学中にエドワード様とも親交を深めていた。俺の嫁は悲しいことに優秀だった。
「この魔法陣は覚えたばかりですの。試す機会がなかったんですが」
体が重たくなってきた。ビアードも顔色が悪い。
「事情をお話しください。長い時間、ここにいるとお二人は倒れますよ」
「ステラ、解除、こんな魔法陣どこで」
ステラを止めたくても体が動かない。
「魔力の多い方には毒ですよ。たぶんビアード様が先に倒れます。相談したら、教えてくれました。武門の妻の自衛のために。なにかあった時に命を守れるようにって。他にもいくつか教えてもらいました。私を案じたリアム様達が魔石をたくさんくださいました。お優しいです」
誰もステラが自衛ではなく脅すために使用するなんて思わなかったんだろうな。
目を輝かせるステラの様子だと魔法陣を教えたのはルーン嬢だよな。
「サイラス、お前の妻をなんとかしろ。物騒すぎないか」
「ルーン嬢への憧れが強くて。こうなったら自白するしかない。ステラは謀も得意なんだ。ステラ、ビアードを殺したらティア達が悲しむよ」
「ビアード様は行方不明ということにしましょう。」
「ルーン嬢も悲しむよ」
「私がお慰め致します」
これは無理だ。ステラはリオより頑固だ。目の前の笑顔が可愛いのに。
「ビアード、やっぱり説得できない。諦めてステラに従って。嫌ならルーン嬢をつれてこないと無理。」
ステラを止められるのも彼女だけだ。
ビアードは黙っている。沈黙が続くもビアードの顔色がどんどん悪くなっていく。
「レティシア様の兄弟子であることに敬意を払って、教えてさしあげます。私は体に害のない自白剤も持ってます。気絶しても効果のあるものを。」
ビアードがリオに向ける顔をステラに向けている。怖いよな。気持ちはわかる。今度、ルーン嬢にステラのことを相談しにいこう。
「ビアード、ステラはルーン嬢に害のあることは絶対にしない。ステラはルーン嬢のためなら家も捨てるだろ?」
迷いなく頷いた。婚約したときからわかっていた。
レティシア様に会いたいので結婚してくださいと言われ、気づいたら婚約が整えられていた。
ステラの希望は自分より年上で家格が釣り合い、リオと仲が良い存在だった。グレイ伯爵令嬢では動きにくいためステラは成人してすぐに家を出たかったらしい。
「当然です。エステルを連れてレティシア様のもとに行きます。レティシア様がサイラス様を支えてあげてというので、ここにいるだけです」
ここまで迷いなく言うと気持ちが良いよな。
「サイラス、お前、俺より」
ビアードが同情する視線を向けてくるけど、俺の周りはルーン嬢が一番の奴らばかりだ。ステラがルーン嬢のために俺と婚姻したことは理解している。普段は妻として役割を果たしてくれてるから不満はない。俺はリオとは違う。それにルーン嬢が関わらなければステラはよくできた妻だ。
ビアードの視線は流す。真っ青な顔色をして、もう少しでビアードは倒れそうだ。
「さっさと話せ。」
「他言無用できるか?」
「ああ。」
「うちのバカ息子がレティシアを脅した。その上マールに隠れて接触していた」
俺は息を飲んだ。
恐ろしい友人の顔が脳裏に浮かんだ。リオの逆鱗を二つも踏んでいる。待てよ。
ビアードが生きてる。リオが殺してないなら無事におさまってるな。ただリオは執念深いから一歩間違えればビアード公爵家が滅びる。ビアード、うちにくるよりも、ルーン嬢に土下座して取りなしてもらうことが得策だったよ。
ステラがビアードを静かに見ている。
「脅した?レティシア様を?あのお優しいレティシア様を?」
「ステラ、ルーン嬢は無事だから落ち着いて」
「私、レティシア様のもとに行ってきます!!」
ステラが剣をおさめて飛び出して行った。うん。助かったな。
ルーン嬢ならうまく宥めて送り返してくれるだろう。
そして安心した俺は緊張の線が切れて気を失った。
「お父様、起きてください」
エステルの声で目をあけると、体が軽くなっていた。
「エステル?」
「お昼寝するならベットでお願いします。」
呆れた顔でエステルが俺を見つめていた。
見渡すとステラの書いた魔法陣が破いてあった。
「お父様、お母様はどこに行きましたか?」
エステルはステラのことを聞きにきて俺が倒れていたから結界を解除したのか?
それなら注意しないといけない。
「エステル、まさか結界を?」
「お部屋に魔石がある時は下に紙が置いてないか確認するのは常識です。魔石を触らないように気をつけて紙を破きましたのでご安心ください」
正しい方法だけど俺、教えてないんだけど。
「誰に教わったの?」
「ティア」
ビアードがふらふらと起き上がった。やっぱりビアードも倒れてたのか。
「お前の嫁は何者なんだ」
「ルーン嬢の信奉者」
「あいつの周りには物騒な奴しかいないのか」
「ルーン嬢が優しいから助かるよ。ルーン嬢に謝って執り成してもらいなよ。」
「いや、マールが俺を脅しにきたことが知られれば殺される」
「ステラが行った時点でもう手遅れだと思うよ」
「お母様はレティシア様のところですか!?ずるいです。」
まずいことを聞かれた。エステルもルーン嬢に懐いている。ティア達がいなくても、ステラと一緒に遊びにいっている。最近はリーファと遊ぶのも楽しいらしい。
「エステル、そろそろ授業だろ?戻らないと」
「私も行きたいです。お母様がいるなら安全です」
不満そうなエステルの頭に手を置いて、顔を覗き込む。
「ティア達が帰ってくる日を聞いておくよ。そしたら会いに行こう。もうすぐ試験たろ?飛び級して同じ学年になりたいなら、」
「お勉強します。お父様、ティアに会わせてね。置いていったら許しません」
エステルは俺の言葉を最後まで聞かずに部屋を出ていった。ティア達と同じ学年になると意気込んでいる。年を誤魔化して入学試験を受けようとしたのは必死に止めた。説得したのはルーン嬢だけど。
「サイラス、頼む!!なんとかしてくれ。俺の中でマールを止められるのはお前だけだ」
真顔のビアードに頼まれるけど、できないことは引き受けられない。
「無理だよ。前にも言ったけどリオを止められるのはルーン嬢だけだ。お前の息子は凄いな。あのルーン嬢を脅すなんて。内容は知りたくないから話さないで。巻き込まれたくない」
「どうすればいい?」
「ビアード達がまだ生きてるなら今は大丈夫だろう。リオは動くときは忠告しない。昔より甘くなったな」
「は?」
「親になってかわったかな」
リオはビアードが嫌いだから、理由さえあれば忠告しないで取り潰したよ。
ただ俺が感心したのは間違いだった。馴染みの魔力の気配に嫌な予感がした。結界が発動された。
「サイラス、嫁を回収しろ。」
バルコニーから機嫌の悪いリオが入ってきた。
「リオ、どうしたの?」
「突然、うちに来てシアに抱きついて泣き崩れた。状況はわからないけど、シアがサイラスとエステルの身を心配しているから様子を見にきた。」
ステラがルーン嬢の所に行ったのは知ってたけど泣き崩れた?ステラもルーン嬢が絡むと思考と行動力がおかしくなるから考えるのはやめよう。自分より能力の高いやつのことは理解しようと考えるだけ無駄だ。
ステラのことはいい。今はどうやって乗り切るかだ。リオの視線がビアードを捉えた。できれば気づかないで欲しかった。
「マール、レティシアの魔力のことは話してない」
とんでもないことを聞いた。
リオから表情が抜け落ちた。気絶したフリでもするか。
「サイラス」
駄目だ。リオは俺を見逃すつもりはない。知りたくなかった。
「墓まで持ってく。そして俺は何も聞いていない」
リオが冷たい顔で笑った。これは一歩間違えたらうちが吹き飛ぶ。
「監視対象が増えたか。ビアード、お前は最後にしてやるよ。覚悟しておけ」
リオがビアード公爵家を潰す気だ。それは国としてまずい。
「リオ、ビアードが死んだらまずいよ」
「風魔法はマールが守る。何も支障がない。」
「殿下のお忍びを止められるのはビアードと妃殿下だけだ」
出ていこうとしたリオの足が止まった。ビアードから殿下がルーン嬢をいまだに特別に思っていることは聞いていた。
殿下がもしも突然行方不明になれば、ルーン嬢に聞けと極秘で教えられていた。
「それでも生かす理由がない」
相変わらず、ルーン嬢以外には興味がないよな。
「ビアード公爵家が滅びればルーンが後始末に動く。何よりルーン嬢が悲しむ。泣かせないんだろう?」
リオの瞳が揺れた。リオを説得できるのはルーン嬢の存在だけだ。
「ステラはエラムがルーン嬢に無礼を働いたことしか知らない。俺も何も聞かなかった。ビアードのことを信じられないなら、俺とルーン嬢が保証してやるよ。ビアードはルーン嬢を売ることはしない。ビアードもルーン嬢に命を救われた一人だ。家や王家を裏切っても忠義は守る。もし、ルーン嬢への忠義を捨てた騎士なら俺が切り捨ててやる。ビアードのせいでルーン嬢が処罰されたなら俺が逃してやるよ。」
「そこまで、庇うか」
「冷静になれ。」
リオがため息をついた。
「胎教に悪いことはしたくないしな。」
「四人目か。おめでとう」
「ありがとう。とりあえずお前の嫁をなんとかしろ」
「無理。ルーン嬢に言い訳して帰らせて。次はティア達はいつ帰ってくる?」
「次の休養日」
「エステル連れてく。」
「わかった。俺はこれで」
リオが消えていった。空が飛べるのは羨ましい。
ビアードに尊敬した眼差しをむけられている。
「今回は運が良かっただけだから」
「助かった。サイラスの言葉はマールに届くんだな。マールのことはサイラスに任せろってあいつも言ってたしな」
「勘違いだから」
「助かったよ。ありがとな」
ビアードは安心した顔で帰っていった。
俺は全然安心できなかった。たぶんリオがうちに監視を送るだろう。ビアードは被害者ではなく当事者かもしれない。
これからはビアードとも距離をおこう。
俺は厄介事には関わりたくないから。
ステラは翌朝帰ってきた。ルーン嬢と過ごしたおかげで機嫌が良かった。
相変わらず俺の周りにはルーン嬢を中心に生きてる奴らが多すぎる。




