学生時代の思い出2
エイベル視点
最近調子が悪かった。体が思うように動かない。負けたくないのに、全然勝てなかった。時間が空くと訓練していた。家に帰る時間も惜しくて、訓練場で訓練していた。こんな不甲斐ない姿を父上には見せられない。武門名家の嫡男に弱さは許されない。
「エイベル?」
聞き慣れた声に振り向くと脳天気な顔があった。
「レティシア、来てたのか。」
レティシアの後ろからカーチスとスワンが歩いてきた。そういえば訓練室の開放日か。
「エイベル、手合わせしてください」
「は?」
「訓練用の剣で魔法なしなら伯父様も許してくれます」
言い出したらきかないんだよな。仕方がないから付き合うか。
レティシアは動きが素早い。勘も良いから俺の攻撃躱される。ただレティシアの剣は軽い。あえてレティシアの剣を受け止めて力いっぱい跳ね返すと体がふらついたので、剣を飛ばす。
「また負けました」
レティシアが珍しく、しょんぼりしている。いつもは悔しそうな顔で睨んでくるのに。
「レティシア、連敗記録更新中だな」
カーチスの言葉にレティシアの表情がなくなった。
「連敗?」
「レティシア嬢、通算何敗目?」
「覚えてません」
その澄ました顔は誤魔化している。レティシアは普段はすぐに顔に出る。
「25敗じゃないか?」
「違います。23敗です。最近は全然勝てません。今までは時々勝てたのに…。」
「23連敗?」
レティシアがじっと見てきたな。
「笑いたければどうぞ。このままだとエディにも負けてしまいそうです」
エドワードも筋がいいと伯父上が褒めていた。すでにレティシアが勝てるとは思えないけど、口に出したらエドワードが怖いから余計なことは言わない。
「レティシアは武術の授業での手合わせは片っ端から挑みにいってるんです。」
「体力も集中力も切れても挑みにいくから、どんどん負けがたまっていくけど、止まらないんです」
拗ねているレティシアに楽しそうなカーチス、苦笑しているスワン…。ようやく話が見えてきた。
自分よりもひどいレティシアに噴き出してしまった。
「ビアード様、俺とも一戦お願いします」
「ニコル様!!」
「レティシア嬢、せっかくだから二人の手合わせ見てからやろうよ。見物だよ。」
「そうですね」
レティシアとスワンが座り込んだ。了承していないのに手合わせすることになっている。この雰囲気では断れないので了承することにした。
カーチスの剣は重たいけど、読みやすい。
「ニコル様、エイベルに治癒魔法をかけてくれませんか?」
「怪我してるようには見えないけど」
「エイベルの動きがおかしいです」
「わかったよ。」
俺がカーチスの剣を飛ばすとレティシア達が近づいてきた。
レティシアがにっこり笑って、俺の体を羽交い締めにした。振りほどいたらうるさそうだから大人しくすることにした。
「なに?」
「動いたらいけません。ニコル様お願いします」
スワンが俺の肩に手をあてて詠唱をはじめた。全身が暖かくなっていった。治癒魔法?
いつの間にか体が解放された。
「は?」
「使い過ぎですよ。動きがおかしいのでお願いしました。今日は訓練は終わりにして休んでください」
「おかしい?」
「いつものエイベルの動きではありません。」
レティシアが俺の顔をじっと見つめてため息をついた。
「クラム様、ニコル様、私は先に失礼します。エイベル、行きますよ」
「は?」
「お茶をいれてあげます。エイベルの部屋にいくので待っててください。わかりましたね」
レティシアに冷たい笑顔を浮かべ圧力をかけられ、思わず頷いた。時々忘れるけど、こいつはルーン公爵令嬢だった。恐ろしい女の世界で余裕で渡り合う人間だった。
俺の部屋に行きしばらくするとシエルを連れたレティシアが入室してきた。相変わらず、勝手にお茶をいれ、お茶と菓子を机の上に置いた。視線で座れと言われているので従うことにした。
「疲れた時には甘い物が一番です。どうぞ」
勧められたものを断るのは礼儀に反するので恐る恐る口に入れると、甘ったるそうな菓子は見た目に反して甘さが控えめだった。レティシアが笑っているので遊ばれたことに気付いた。
「さすがにエイベルの嫌いな甘すぎるものを出したりしません。なにを悩んでるんですか?」
「は?」
「妹弟子のよしみで聞いてあげます。」
目の前の顔を見て折れる様子が全くないので、話すまで解放されないことを察した。目の前の相手は恐ろしく頑固なことはよく知っていた。
「最近、調子が悪くてイラついていただけだ。今まで快勝していた相手に引き分けだった。」
「努力は嘘をつきませんって教えられましたがいささか信用できないですよね・・」
遠い目をした目の前の相手は俺以上に連敗中だった。
今さらだけど、レティシアは俺と違って強くなる必要はない。
「お前、やめないのか?」
「やめませんよ。必要ですもの。私の血にも体にも価値があります。ルーン公爵令嬢として、どんなに・・、勝てなくても強くなることを諦めるわけにはいきません」
遠い目をしながら、首を横に降っている。レティシアにしては弱気だ。
「騎士を傍におけばいいだろうが」
「エイベルは怒るかもしれませんが、何があるかわかりません。護衛騎士がいても攫われたり殺されることもあります。自分の身は自分で守るしかないんです」
レティシアは攫われたり殺されかけたり経験豊富だった。命に別状がなく無事に助けられても、襲われた事実は変わらない。
「殺してもらえればいいんですが、人質にされるわけにはいきませんから。自衛ができれば自刃もできるでしょ?」
俺はレティシアのさらっと言った言葉に驚いた。いつもレティシアは能天気に笑っている。武術大会で殺されかけても、いつもと様子が変わらなかった。遠目で様子を確認したら周りの奴が動揺するのにレティシアは困惑しているだけだった。しかもその後、偶然会えば俺には予選落ちですと苦笑するだけだった。危機感が欠如しているわけではなかったんだろうか・・。
「お前、死を覚悟したことあるのか?」
「はい。2回ほど。お父様達に先立つ不孝を心の中で謝罪しましたわ」
あまりにあっさりと言いやがった。
「それなのに、護衛もつけずに出歩くのか?」
「死ぬときは死にます。自分の力不足で死ぬなら仕方ありません。でもまだ死にたくないので必死に努力するだけです。リオには内緒にしてください。リオは優しいから悲しい顔をします。」
相変わらず変わっていた。死にたくないから訓練するか・・。マールは悲しむのではなく頭を抱えるだろう。レティシアを殺そうとした生徒に尋問するマールは怖かった。自分の命さえも、ルーン公爵家のためにあっさり捨てようとするレティシアを守るのは大変だろう。しかも、好戦的な性格だ。マールの苦労を思えば俺の悩みは小さく思えてきた。
「在学中に武術大会に優勝しろと言われている。ただこのままだと、」
レティシアが肩を震わせて笑い出した。
「弱気。エイベルが・・・。」
「人に話せと言っておいて、その態度は」
相変わらず、失礼な奴である。
息を整えたレティシアが大きく息を吐き、俺の苦言を遮った。
「ポンコツですわ。ビアード公爵が命じたなら、エイベルならできると信じているからです。ビアード公爵は無謀なことを命じたりしません。諦めるなんてらしくありません。真っすぐに突き進むのがエイベルですわ。仕方ありません。」
レティシアが隣に移動して膝をたたいた。
「は?」
「さっさと寝てください。私は本を読んでます。膝の上はよく眠れますよ」
レティシアの膝を枕に寝たくない。
「いらない」
「シエル、エイベルを倒して」
シエルに無理やり体を倒された。とんでもない命令に迷いなく従うのか…。レティシアが俺の目の上に手を置いた。気づくと意識が奪われていた。
目を醒ますと頭の上でレティシアが本を読んでいた。この状況は絶対にマールに殺される。
「エイベル、無理しすぎです。ちゃんと休まないといけませんよ」
起き上がるとなぜか体が軽かった。
「リオは強いですが完璧すぎて、時々背中を追いかけるのが虚しくなります。騎士志望の後輩達はエイベルに憧れていますよ。私はグランド様の方が頼りになると思いますが・・・。でも努力家でまっすぐで、嘘のない貴方の姿は励みになります。ついつい背中を追いかけたくなるんです。リオは守ってくれますが一緒に戦える気は起きません。ただ、エイベルとは一緒に戦いたくなります。それも一つの資質だと思います。武術大会で負けても私が取りなしてあげますよ。私も来年こそは優勝できるように頑張ります」
自分も落ち込んでるのに、俺を慰めようとしているレティシアの頭を乱暴に撫でた。
「負けない」
「いずれ倒します」
「連敗記録が止まるといいな」
「頑張りますわ。エイベル、無理は禁物です。ニコル様の魔法のおかげで回復してますが、体はボロボロでしたよ。自己管理をしっかりなさいませ」
「俺はビアード公爵に相応しいか?」
「私にはわかりません。ですが、貴方に惹かれる生徒達がいるんです。恥じないように先輩としてビアード公爵家嫡男として相応しくあってほしいと思いますわ。さて、顔色もよくなりましたし、私は失礼します。もちろんリオに言ったりしないのでご安心ください」
優雅な笑みを浮かべ立ち去っていくレティシアを見送った。いつも俺の都合なんて考えずに来て帰っていく傍若無人な奴だ。今日はもう休むことにした。翌日から、今までの調子の悪さが嘘のように体が軽かった。あいつの言う通りか・・。俺より年下の公爵令嬢が必死に頑張るなら負けるわけにはいかないよな。俺としてはシエルに倒されてたのは悔しかった。うちの筆頭派閥の令嬢の命なら従うしかないか。
おまけ
お嬢様の姿に足を止めました。
「シエル、良かった。一緒に来てくれますか?」
「構いませんが、お嬢様、訓練では?」
「エイベルが具合が悪そうなので、寝かせます」
お嬢様の言葉に困惑しました。ただお嬢様は頑固です。この決意したお顔の時は止めても無駄ですね。お嬢様はノックをして入室許可を待たずに入っていきました。ビアード様のことは気にせずお茶を淹れてます。ビアード様の部屋にはお嬢様の茶器等置かせていただいてます。勝手にお茶とお菓子を用意して机の上に置いて、視線でビアード様を座らせました。確かに様子がおかしいですね。いつもは賑やかな方ですがお嬢様に従ってます。
私はお嬢様とビアード様の話を聞いて頭を抱えたくなりました。お嬢様をお守りするためにもっと強くならないといけません。お嬢様が私を守れるようになりたいとおっしゃる気持ちはありがたいですが・・。
お嬢様がビアード様に膝枕をしようとしていますが、拒まれます。お嬢様はよくリオ様の膝で寝てるので、特別な行動とは思わないんでしょう。お嬢様の命令なら逆らえないので、ビアード様のツボを押して、無理やり倒しました。眠ったビアード様をみてお嬢様が苦笑しています。
「シエル、ありがとうございます」
「構いませんが、褒められた行為ではありませんよ」
「こうでもしないと休みませんから。意地っ張りです。疲れているのに気づかないなんて」
「お嬢様もですよ。」
「わかってます。だから無理やり寝かせたんです」
お嬢様はお優しいです。ビアード様の目の下にはクマがありました。お二人はよく喧嘩をされてますが、仲は良いんですよね。ターナー伯爵がお嬢様とビアード様の組み合わせの方が修行になるとおっしゃってました。お互いに負けず嫌いで張り合うので、時間があうなら敢えて一緒に練習させるそうです。リオ様はお嬢様の手助けをしてしまうので、よくないそうです。ターナー伯爵は自分で気付かせることを大事にしているので、答えやヒントを与えるリオ様はお嬢様の教育にはよくないそうです。だから二人は引き離して修行をするそうです。ターナー伯爵には私もよくお世話になっております。
「お嬢様、それでも無理矢理はよくありません」
「リオにも」
「リオ様はマール公爵夫人からの許可があるので特別です」
「わかりました。次からはちゃんと説得します。」
伝わってませんね。まぁ合意の上ならいいですね。
お嬢様に本を渡すと読書をはじめました。しばらくするとビアード様が起きました。
お嬢様の膝枕に顔を青くするビアード様にお嬢様が自分のことを棚にあげて言い聞かせてます。お嬢様にはもう少し自己管理を覚えていただけると、非常に助かるのですが。お嬢様の言葉にビアード様の顔つきが変わりました。お嬢様がビアード様を見て微笑みました。お嬢様の愁いも消えたようです。たださすがに、今日のお嬢様の行動はリオ様に失礼ですね。
「お嬢様、せっかくですので、リオ様にもお茶をいれてさしあげたらいかがですか?」
「リオに?」
「お菓子も余ってますので」
きょとんとしながら、お嬢様がリオ様の部屋に行きました。
「シア、どうした?」
「お菓子があるので食べませんか?」
「ああ。ありがとう。」
リオ様は嬉しそうに微笑まれました。お嬢様のお茶を淹れる様子を眺めてますね。
お茶を出したお嬢様の腕を掴んでリオ様が、見つめてます。
抱き上げて、お嬢様を寝かしはじめました。
「リオ?」
「帰りは送るから、少し寝ようか。寝不足だろ?」
「私、本が」
「おやすみ、シア」
諦めたお嬢様が眠りにつきました。
実はお嬢様は訓練と読書に夢中で寝不足でした。お嬢様を寝かしつけるのはリオ様だけです。
「今日も訓練か」
「はい。」
「仕方がないは駄目なんだろうな。」
「お嬢様は真面目ですから」
「母上に相談するのも嫌がるからなぁ。勝てるように、するしかないな…。」
リオ様がお嬢様の訓練方針を変えたことで、連敗記録が止まりました。おかげで、お嬢様の無理な訓練が終わりました。リオ様には頭が上がりません。奥様は厳しい方なので、お嬢様の無理を止めません。むしろ、奥様の言葉でお嬢様は余計に無理をしてしまいます。奥様の基準は誰にもわかりません。リオ様にはお嬢様がお世話になってます。リオ様はお嬢様と過ごせれば幸せそうなのがありがたいです。無理をしがちなお嬢様をお止めできるリオ様がお側にいる限り安心ですね。




