夢の世界
リオ視点
目が覚めると懐かしい風景だった。
息子のリアムに与えたはずのマール本邸の自室にいた。
覚えている風景とは違う。起き上がると、視界が低い。ベッドから抜け出し、鏡を見ると子供の姿だった。
「フウタ、いるか?」
呼んだらすぐに出て来る風の精霊の反応が全くない。レティシアの言っていた監禁されて目覚めたら子供に戻っていたというやつだろうか。半信半疑だったけどよくあることなんだろうか。クロード殿下も生前の記憶があるようだが・・・。
暦を見ると、6歳か。そうするとレティシアは3歳。もしかして、レティシアはまだクロード殿下と出会ってないよな・・。俺は良い時期に目覚めたかもしれない。
侍従に声を掛けられ食事に行くと記憶よりも若い両親と兄上達がいた。
「母上、課題が終われば、レティシアに会いにいってもいいですか?」
「先触れを出しておくわ」
母上に意外そうな顔を向けられた。許可がでたので、今日の課題をこなすことにした。兄上達が、自室に戻りすぐに課題に取り掛かった俺を不審そうに見ているけど気にしない。この頃の俺は、屋敷を抜け出して遊んでいたから気持ちはわかる。物語のように一時的に子供の頃の俺の体に宿ったのかもしれない。ただ昔の俺のように振舞う必要性も感じないから好きにすることにした。きっと俺ならどんな状況でも順応するだろう。昔からカナト兄上ほどではなくても、要領よかったから。
課題を終えて、書庫から絵本を持って俺はルーン公爵邸に行き、愛しいシアに会いにいくことにした。幼いシアは物凄く可愛いだろうな。
ルーン公爵邸に着くと執事長に快く迎え入れられた。執事長はルーン公爵家で絶対に敵にまわしてはいけない人だった。
ルーン公爵に物申せる使用人は彼だけだった。
「これはリオ様」
「突然申しわけありません。レティシアに会いたいんですが」
「お嬢様はお部屋です」
執事長が先に入り、しばらくすると教師と共に出て来た。
「リオ様、どうぞ」
俺が部屋に入ると、幼いレティシアが真剣な顔でペンを走らせていた。
小さい頃から集中力が凄かったのか。
後ろで眺めていても全く気付かない。レティシアの頭に手を置くとビクッとしてゆっくり振り向き、青い目でじっと見て、きょとんとしたあと、慌てて立ち上がった。
「失礼しました。ごきげんようリオ兄様」
礼儀作法に厳しいルーン公爵邸だからか。この頃は俺からは会いに行くことはなかった。母上はうちでのお茶会のときはレティシアも呼び、お茶会の時間は俺達に預けられていた。だからマール公爵邸で一緒に過ごすことが多かった。
綺麗な礼をしたシアの頭を撫でる。
「さすがだな。とっさでも礼ができるとは」
「お母様にはきっと怒られてしまうので、内緒にしてください」
このしゅんとした顔も久々だな。この顔を見ると笑わせたくなったんだよな。
「大変そうだな」
「ルーン公爵令嬢なら当然です。リオ兄様、どうされました?」
「会いにきただけ。休憩しようか」
「休憩?」
この頃のシアには休憩という概念がないのか・・・。執事長が俺を中に通したのなら休憩させてもいいだろう。
不思議そうな顔をするシアの手を引いて、ソファに座り膝の上に抱き上げる。
持参した王国神話の絵本を読み聞かせることにした。
「俺と勉強しようか。歴史の」
勉強という言葉にシアが頷いた。
絵本を開きゆっくり読んでいく。
「素晴らしいです。さすがマール公爵家です」
「シア?」
「こんなに、絵がたくさん書いてあり、お話もまとめてあります。すごいですね!!」
読み終わると目を輝かせて絵本を絶賛している。やっぱりシアは可愛い。このシアと毎日過ごせば使用人達は陥落するだろうな。ルーン公爵家の使用人のレティシアとエドワードへの忠誠は凄いから。
「あげるよ」
「いえ、こんな貴重なものはいただくわけにはいきません。シエルに見せたいのでお借りしてもいいですか!?」
ルーン公爵家には絵本はなかった。全く貴重な本ではない。シアの机にあるのは、分厚い歴史書だ。
絶対に子供用の教材じゃないことは明らかだ。
今さらだけど、ルーン公爵家の教育ってどうなんだろうか。
レティシアもエドワードも物凄く優秀だったけど、細かい教育方針までは俺は知らない。一時期は年下のシアに負けたくなくて必死に勉強したけど…。
「いいよ。」
「リオ兄様、大好きです」
満面の笑みで抱きつくシアが可愛い。厳しいルーン公爵夫妻に育てられたレティシアがこんなに感情豊かに育ったのはレイヤ兄上の影響だと思う。気さくなレイヤ兄上はわかりやすくシアを可愛がっていた。シアは覚えてないかもしれないが。大好きって言って抱きつくことを教えたのはカナト兄上だが・・。
「シア、今日の予定は?」
「この後はダンスのお勉強です」
「せっかくだから、ダンスの練習付き合うよ」
「いえ、リオ兄様にお見せできません。まだ上手に踊れませんのでまたお母様に怒られてしまいます。」
しょんぼりするシアの頭を撫でる。
「俺はダンスが得意だから教えてやるよ。怒られないように踊れるようになろうな」
「ありがとうございます。リオ兄様」
俺の腕から離れたレティシアは教師がいないことにようやく気付き首をコテンと傾げていた。無防備で無邪気なシアは可愛らしい。
シエルを呼び出し、俺に気にせず授業を再開するように伝えた。
教師が来たのでレティシアのダンスの練習に付き合うことにした。身長差があっても今の俺ならリードは簡単だ。
ステップを間違えるシアなんて初めてだ。何度かリードして踊ると次第に慣れてきて最後には教師に絶賛されシアは安堵の笑みを見せていた。予定よりダンスの出来がよく晩餐までは空き時間だった。叔母上、晩餐までずっとダンスの練習させる気だったんですか!?
お茶を持ってきたシエルに自由な時間ですと伝えられて首を傾げていたので膝の上に抱き上げた。
シアと殿下が出会う前に婚約して囲い込めば、邪魔者は出ないよな。
「シア、俺とずっと一緒にいてくれないか?」
「ずっと一緒?」
「ああ。成人したら俺と結婚してほしい。俺のこと嫌い?」
「シアはリオ兄様が大好きです。でも私はお父様の命に従います。」
わかっていたけど模範解答だった。まぁ手を回せばいいか。
「おいおいな。今日も頑張ったな。また来るよ」
「リオ兄様、また一緒にダンスしてくれますか?」
「もちろん。いくらでも」
「ありがとうございます。お待ちしています」
にっこりと笑うシアの頭を撫でてマール公爵邸に帰り、母上を訪ねた。
ルーン公爵家に関しては一番頼りになるのは母上だから。
「母上、俺は将来レティシアと結婚したいんですがどうすればいいですか?」
母上が驚いた顔で見ている。気持ちはわかるよ。当時の俺にとってシアは可愛い妹分だったし。6歳で3歳のシアと婚約したいって早熟すぎるよな。
「リオ、本気なの?」
真剣な顔で母上を見つめる。冗談じゃないとわかってもらわないといけない。
「はい。シアのためならなんでもできます。ただあんなに可愛いシアに悪い虫がついたら困ります。できるだけ早く婚約したいんです」
「これからたくさんの出会いもあるわ」
頬に手を当てて困惑した顔で見られている。母上の困惑した顔は珍しい。俺も息子が同じことを言えば本気にしない気がするから母上の戸惑う気持ちもよくわかる。
「俺にとって生涯大事にしたいのはレティシアだけです。あんな可愛いシアを見たら他の令嬢なんて興味もわきません。俺にとってシア以上に好きになれる存在なんていません」
「リオ、あなた何があったの?」
一応理由は帰りの馬車で考えた。当時の俺はシアの勉強やルーンでの様子は知らなかった。うちではいつもニコニコ笑ってたから、悲しい顔はあまり記憶にない。結婚してからマールが好きな理由を教えてくれた。シアは誰かがずっと一緒にいて優しくしてくれるのが嬉しかったらしい。ルーンでは両親が厳しく一人の時間が多かったから、マールは暖かくて大好きだったと笑っていたな。
「シアに会いにいったらずっと真剣な顔して勉強してたんです。丁度ダンスの練習の時間になったので、付き合おうとしたら、悲しい顔して断られたんです。俺には見せられない。叔母上に怒られるような下手なダンスだからって。説得して一緒に踊ったら、ずっと作り笑いを浮かべて、一生懸命踊ってましたよ。最後に上手に踊れた時に満面の笑みをこぼしたのを見て、落ちました。シアにはいつも笑っていてほしいと思ったんです。」
母上が俺の顔をじっくり見つめるので、瞳をそらさず見つめ返す。
ふふふと笑った母上を見て俺は勝利を確信した。
「まさかレイヤよりもリオのほうが先なんて・・。」
「どうしてもシアと一緒になりたいので、協力してください」
俺は両親がシアを気に入っていることも、婚姻を俺の意思に任せてくれることも知っている。
「ルーン公爵を説得なさい。うちは受け入れると思うわ」
「母上、俺は当分ルーン公爵邸に通ってもいいですか?」
「自分の課題が終わってからね。レティはそんなにダンスが下手だったの?」
「いえ、上手いと思いますよ。今日は2曲新しい曲を覚えてました。ステップを間違えたらお説教のようです。一度教わったら間違いは許されないみたいです。」
「え?」
俺も驚いた。教師はシアのステップの間違いを数えて書き込んでいた。覗き込んだ評価表は子供に求めるにはレベルが高すぎていた。
昔からシアはダンスが上手かった。社交デビューの頃には、リードしなくても、自然に合わすし、相手に気付かれずにリードすることもある。シアと踊ると自分がダンスがうまくなったように感じるんだよな。シアがパートナーよりダンスの腕が上手いことに気付かせず、相手をの気持ちを高揚させた状態でダンスを踊り終えるからシアと踊りたい奴が多かった。
「シアはルーン公爵令嬢は完璧なダンスを身に付けなければいけませんって。」
「レティのお勉強の様子はどう?」
「ほぼ丸一日予定がぎっしりでした。今日は分厚い歴史書を覚えてましたよ。休憩しようと誘ったら休憩の意味がわからずに首を傾げていました」
母上が冷笑を浮かべた。
「私、出かけてくるわ。」
「お気をつけて」
これでレティシアの勉強は楽になるはずだ。母上は妹のルーン公爵夫人がズレていることをよく知っている。
俺の想像通り、レティシアの勉強の見直しが行われ自由時間が増えた。マールよりルーンのほうが来客が来ないので、俺は時間が許す限りルーン公爵邸に通いレティシアと過ごすことにした。兄上にレティシアが懐いて取られるのがおもしろくなかったわけではない。この頃のシアが俺よりレイヤ兄上の膝の上を気に入っていたなんて知りたくなかった。
ルーン公爵邸で、シアに休憩の大事さを教えた。そしてルーン公爵との仲を取り持つことにした。
叔父上は不器用な人だった。レティシアを隠れて溺愛しているのに、当人の前では仏頂面の厳しい父親だった。シアは叔父上を怖がっていた。俺はシアを宥めながら叔父と三人の時間を頻繁に設けることにした。
叔父上はルーン公爵邸にいる時は必ず休憩時間を設け、シアと叔父上と三人でお茶を飲むのが日課になった。
好物の蜂蜜菓子をシアのために叔父上が用意してくれたことを教えると警戒心が薄れていった。
段々シアは叔父上にも無邪気な笑みを向けるようになり、自分が疎まれてないことに気づいてからは懐いた。
叔母上はエドワードを妊娠していたので、刺激しないように介入しなかった。
レティシアの傍にいて、甘やかしつづけたおかげで、シアが段々俺に依存しはじめた。
なんでも俺に話しにくる様子は可愛いし、困っていることを隠すこともなくなった。シアは休みの日はいつもルーン公爵邸で俺の訪問を待っていた。
時々俺の服を無意識に掴んでるのもたまらなかった。
長年の経験で誘導はするけど、説教は絶対にしないことにした。
叔父上のシアへの溺愛はかわらない。叔父上は俺がシアとの仲を取り持ったことで、昔よりも俺への対応が甘い。叔父上とお茶の最中にうとうとして眠ってしまったシアを膝の上に寝かせて説得することにした。
「叔父上、シアと婚約させてくれませんか?」
「リオ?」
「婿入りで構いません。いずれ産まれてくる次期当主をシアと一緒に支えます。結婚しても叔父上達の傍で過ごします。こんなに可愛いシアを独り占めするつもりはありません。ただもうすぐ神殿通いがはじまります。悪い虫がつくのは見過ごせません」
叔父上の眉間に皺が浮かんだ。
「確かにレティシアは可愛い。色んな虫がついてくるだろうな」
「絶対に守りますし、幸せにします。俺を家族に迎え入れてもらえませんか?」
「マール公爵家の三男がルーンに婿入りか?」
「シアは叔父上が大好きなので、マールに嫁ぐよりもルーンに残った方が喜ぶかなと。ルーン公爵家のためにが口癖ですが」
叔父上が俺の言葉に揺れていた。レティシアが叔父上が好きなことや将来産まれる子供もルーンで叔父上の側で育てたいと叔父上の好む言葉を並べた。社交も俺達が積極的にこなすことを話すと説得は成功した。
俺は4歳のレティシアと婚約した。レティシアの腕に抱かれているエドワードを見ながら、どうやってシスコンに育てないようにするか悩んでいた。
エドワードのシスコンよりも重要な問題があった。
俺はマール公爵家の人間だからいくつか社交に参加しなければいけなかった。
ただ俺は自分の容姿目当てで近づく令嬢達がシアに嫌がらせをするのを回避したかった。
「母上、俺、モテたくないんですけど、どうすればいいですか?」
今世は時々母上に困惑した顔を向けられていた。
「リオ?」
「兄上達も令嬢に人気じゃないですか。ファンとか煩わしいんです。なにより、バカなご令嬢にシアが嫌がらせや言いがかりをつけられたら、たまりません。」
噴き出す音に振り向くとカナト兄上だった。
「本当にレティ中心に生きてるな」
「三男に産まれたことに感謝してます」
「レティの婚約者でいたいなら優秀さは必要だ。似合わない分厚い伊達眼鏡でもかけておけばいいんじゃないか?」
優れた容姿は必要ない。容姿に文句を言うやつもいるけど、撃退できる自信はある。
「ありがとうございます。名案です」
俺は兄上が冗談で言っていたのを察したが、採用することにした。
分厚い伊達眼鏡を手に入れて、レティシアに会いにいくことにした。散々マールの使用人やレイヤ兄上に止められたけど気にしなかった。
ルーン公爵邸の使用人は俺の姿を見ても動揺しなかった。ルーンは使用人の教育も厳しいから客人の俺に不審に思っても態度に出すような者はいない。
シアだけは眼鏡をかけた俺に困惑した顔を向けた。
「リオ兄様、目が悪くなったんですか?」
「違うよ。事情があってこれからはこれで過ごそうと思う。嫌?」
「リオ兄様の綺麗な目が見えないのは寂しいです」
「シアと二人の時は外すよ」
「本当ですか!?」
眼鏡を外すとシアが目を輝かせて覗き込んだ。
「ああ。シア、俺は冴えない婚約者って言われるけどいいか?」
「私はどんなリオ兄様も大好きです。そんなひどいこと言う方には負けません。リオ兄様は素晴らしいんです。それは眼鏡をかけても変わらない事実ですわ」
「俺もシアが一番好きだよ」
抱き寄せると嬉しそうに笑うシアが愛しくてたまらない。今のシアは無邪気で素直だった。
王家の行事は参加させなかった。シアには悪いけど、行事の二日前に夢中になる本を渡して、当日は微熱を出してもらった。シアの予定は叔父上に教えてもらっていたので、邪魔し放題だった。
王家の行事の時は寝込むシアの側にずっといた。手を握って時々目を開けるシアの頭を撫でて、ふんわり笑って目を閉じる様子を見守るのが日課だった。
***
王子に見初められずに、冴えない俺の婚約者になったルーン公爵令嬢は平穏だった。
令嬢達はどんなにシアが優秀で美人でも自分の敵にならないなら放っておく。
ただ何がおこるかわからないので、自衛は教えることにした。俺は風の天才と呼ばれる叔母上に武術を指導してもらい、シアにはターナー伯爵家から騎士を派遣してもらった。叔父上達はシアを愛でていたからターナー伯爵家に修行に出す予定はなかった。
シアは王家の行事に参加しないためセリアとは出会っていない。社交デビューしたシアが参加するお茶会は夫人ばかりのお茶会だった。叔母上は社交が苦手なので叔父上はシアに期待していたからだろう。体が弱く王家の行事に参加しなくても評価は高かった。体が弱いのに、ルーンのために大人ばかりの社交に参加し、冴えない婚約者を慕っているルーン公爵令嬢は夫人の心を掴んだ。
レティシアには友達はいないが、俺とエドワードがいれば満足していた。友達という概念があるかは怪しいが…。
レティシアとは二つ約束をした。絶対に俺から離れないことと海の皇国語だけは覚えないこと。俺に全幅の信頼をおくシアは俺の言葉は素直に頷いた。理由も聞かれなかったので言わなかった。
俺は風の精霊のフウタとまた契約した。
ロキはシアとの出会いを潰してマール公爵家で保護することにした。海の皇国に送り返すか迷ったけど、やめた。俺の知ってる未来の流れが変わって対処できなくなることを避けたかった。ただシアが姿を消す理由を作った海の皇族にシアを近づける気はなかった。
***
12歳の時に学園に入学したレティシアは俺の学年に飛び級させた。
教室にレティシアと一緒に入ると視線が集まった。
「レティシア・ルーンです。よろしくお願いします」
綺麗に礼をするレティシアにリール嬢が近づいてきた。
「レティシア、本当に飛び級したのね」
リール嬢の笑みに周りの男が赤面した。レティシアは俺の腕を抱きリール嬢を見てニコニコと笑っている。一緒にいることが嬉しくてたまらないと上機嫌な様子は可愛いがシアに注がれる男の視線は気に入らない。
「はい。リオ兄様と一緒にいたくて頑張りました。至らないところもありますが、よろしくお願いします」
「本当にマール様が大好きね」
「はい。エイミー様、リール侯爵夫人に入学したらエイミー様に師事しなさいと」
「お母様ったら。」
レティシア・ルーンは、相変わらずリール侯爵夫人のお気に入りだった。そしてリール嬢とも顔見知りだ。
レティシアにも令嬢の庇護者は必要だ。リール嬢はレティシアと俺の仲を邪魔しないから友人として歓迎することにした。
授業が終わり休憩時間になるとレティシアの周りに人が集まった。麗しのルーン公爵令嬢に近づきたい奴は多い。
「リオ、囲まれてるけど平気?」
「まずそうだったら保護するよ」
シアは質問責めにあっていた。ルーン公爵令嬢は社交界では夫人や当主とばかり話すので、同世代とは同派閥の令嬢の一部しか言葉をかわすことはなかった。俺が常に近くにいたから邪な男は近づけなかった。ただレティシアなら対処できるのは知っているから見守ることにした。あまり俺が庇いすぎるのも、不満を買うからさじ加減が大事だ。前は俺が庇いすぎたのも良くなかったようだ・・。
「ルーン嬢、どうしてマールにしたんですか!?」
麗しのルーン令嬢の婚約者が俺なのが気に入らない奴は多い。婿入りでもルーン公爵家は魅力的である。
「お父様の命です。リオ兄様のようなすばらしい方に私が相応しくないのはわかってますわ。精一杯努力致しますので、長い目で見ていただきますようお願い申し上げます」
「え?」
ただシアは自分が相応しくないから言いがかりをつけられていると思っている。そして、俺への侮辱を聞くと、俺のことを喜々として語り出す。こないだは俺への賞賛の嵐でパドマ嬢を撃退していた。
「お互いにべた惚れだな。婚約したときも、突然眼鏡を掛け出したのも驚いたけどさ」
「容姿に惹かれたバカな奴らがシアに危害を加えたら困るだろう?」
「一部でお前の眼鏡を外そうと躍起になってる奴もいるけどな」
「無礼だよな」
俺は絶対に眼鏡を人前で外すことはなかった。
外すのはシアと二人の時だけである。母上の不満げな視線は気にしないことにしている。マールの務めはしっかり果たしているから文句を言われる筋合いはない。
「ルーン嬢はマールの眼鏡をとれますか?」
「リオ兄様のお姿は誰にもお見せできません。」
「どうしてですか?」
「リオ兄様が望みません。それに婚約者を独り占めしたいものですわ。私のリオ兄様をとらないでくださいませ」
悲しそうな顔をするシアに男子生徒に批難の視線が向かった。
俺はサイラスは放っておいてシアを保護することにした。
「シア」
「失礼します」
俺の声に気付いたシアが腕に抱きついてくる。
シアの中心が俺なのも中々気持ちがいい。
ルーン公爵令嬢としてやっかみを受けることはあるがシアの汚点は俺の婚約者で体が弱いことくらいだ。
男友達もいないから、他のファンに絡まれることもない。
相変わらず、シアの害虫駆除は続けてるけど。
俺のシアはこんな平穏な生活を本当は夢見てたんだろうか。
***
目を醒ますと、見慣れた天井だった。
「リオ、起きたんですか?」
「シア?」
「体調はいかがですか?」
心配そうに見つめる様子に俺は風邪で寝込んだことを思い出した。
夢を見ていたのか。
「ああ。シアは?」
「よかったです。私は大丈夫ですよ」
体を起こして、妻のレティシアを抱きしめる。子供の姿は愛らしく、かわいいが成長した美人で魅力溢れる妻もたまらない。
「夢を見ていたんだ」
抱きしめたシアの髪を撫でながら平穏な夢の世界の話をすると楽しそうに笑っていた。
「また5歳に戻ったら、リオに求婚に行きますわ」
「お父様の命令に従うんだろう?」
「だって夢の中のお父様がリオを認めたのはルーンにとって必要ということです。私の平穏にはリオが、でもまたフラれるかもしれませんね」
あの時、シアの婚約しようという言葉に頷いたら未来はかわっていたんだろうか・・。
でもあれはシアの言い方も悪いと思う。冗談にしか聞こえなかった。自覚のなかった俺も悪いけど。
「次は俺に抱きついて、悲しい顔で見つめながら、大好きだから結婚してって言ってみな。じっと見つめてお願いすれば叶うから」
昔から俺はシアの泣き顔や上目遣いに弱かったから自覚がなくても頷く自信がある。
「リオ兄様に効果がありますか?」
「ああ。絶大な効果があるよ。本人が保証するから」
「次なんていりませんが、その時は試してみましょう。次の座右の銘はリオと一緒の平穏な生活ですね、できればエディの女嫌いも回避しないと」
どんなシアも可愛いけど、やっぱり腕の中にいるシアが一番愛しい。
シアが俺との未来を望んでくれることも幸せだ。こっちの世界は平穏ではないだろうが、愛しい妻のためにまた暗躍を続けるかな。俺は苦労してシアを手に入れたのに、なんの苦労もなくシアに求婚されるのは面白くない気がしてきた。夢の世界のことよりも欲望に忠実に俺の腕の中で楽しそうなシアを愛でることにした。




