エステルのお願い
リアムとティアが11歳。マール公爵邸でお世話になっている頃のお話。
サイラス視点
俺は妻のステラとの間に娘が一人いる。エステルはステラ譲りの外見で小柄で可愛らしい。ただ悲しいことにステラに似てしまった。リオ達がフラン王国に帰ってきてからは俺抜きでも、たびたび遊びに行っている。ステラはなぜかリオ達の滞在先を知っている。ステラのルーン嬢関連の情報収集能力は異常だから気にしないことにした。
「お父様、お願いがあります」
仕事から帰るとエステルが待っていた。武術を習いたい、冒険者になりたいの次はどんなお願いだろうか。エステルはEランク、ステラはDランクの冒険者の資格を持っている。経験が足りないためランクアップできないらしい。俺はルーン嬢から話を聞くまで二人が冒険者の資格を取ったことは知らなかった。
「お父様、聞いてますか?」
エステルに不服そうに見つめられている。
「ごめん。お願いって?」
「かなえてくれますか?」
「内容による」
エステルとの会話は油断してはいけない。安易に了承すると、とんでもないお願いをされることがある。
「来年度の入学試験を受けさせてください」
「は?」
エステルは10歳。ステイ学園の入学試験は再来年度受ける予定である。飛び級制度はあっても、11歳で入学することはできない。
「お父様、聞いてますか?」
「エステルは再来年入学だから、試験は来年だよ。」
「遅いのです。私は来年入学したいんです」
「理由は?」
「ティア達が来年入学するんです。入学したら、会えなくなります。私もお母様のように充実した学園生活を送りたいのです」
エステルがいかに来年から学園に通いたいか語りだした。エステルの国民登録はおえている。社交界デビューも終わって、どう考えても無理な話だ。
「エステル、それはできないよ」
「なら私は家を出ます」
「は!?」
「ティアの侍女として雇ってもらいます。私は侍女の仕事も覚えています。お給金がなくても、貯めたお小遣いがあるから大丈夫です」
そんなことしてたの初耳なんだけど・・。
「ステラはなんて?」
「お母様は応援してくれました。お母様は昔、後悔したことがあるそうです。いつでも卒業できるように準備を整えておくのは大事と教えてくださいました」
駄目だ。これは俺の手におえない。
昔はステラも姿を消したルーン嬢を追いかけたかったんだよな。在学中に武術の特訓してたし、婚約してから会う時はいつも剣の相手をさせられていた。兄上には、呆れられたけど本人が望むんだから仕方がなかった。それにルーン嬢の話をしてあげると、喜ぶ姿は可愛かったしな。俺なりに将来妻にする女性は大事にするつもりだったから、喜んでくれるならいいと思うことにした。
今はエステルのことだよな。
「ティアの侍女になりたいなら両親の承諾が必要だ。ルーン嬢達に相談しようか。」
「準備してきます」
「今日は遅いから、予定を確認するから待ってて」
俺はマール公爵邸に手紙を送った。リオ達への手紙は教えられた偽名と暗号で送れば届けてもらえるようになっている。未だにリオ達が帰国しているのもルーン嬢の生存も発表する気はないらしい。リオとしてはルーン嬢を貴族社会に戻したくないらしい。他にも、きな臭い理由もあるけど・・。
俺は3日後にマール公爵の別邸に訪問した。
「ようこそおこしくださいました。グランド様、ステラ、エステル様。」
綺麗に礼をする姿はいつ見ても変わらない。
「どうぞ、座って」
リオが椅子をすすめた。ルーン嬢は身重だから安静にさせたいんだろう。
「エステル様、ごめんなさい。ティア達はお勉強で夕方まで帰って来ないんです」
ごめん。ルーン嬢。ティア達のいない場所で話がしたくて、リオに調整をしてもらった。リオはティアとエステルを一緒にすると泊まりたいと言い出すのを知っているから快く了承してくれた。
「レティシア様、父の前でもエステルとお呼びください。様はいりません。待ってます」
「もしお許しが出るなら、泊まって行ってください。ティア達も喜びます」
優しく微笑むルーン嬢とは対照的にリオに冷たい視線を向けられた。
「いや、顔を見たら帰るよ。」
「サイラス様、お一人で帰ってください」
ステラも一緒に泊まる気だよな。ステラはルーン嬢と一緒に住みたいらしい。マール公爵邸の使用人募集が全く出ないことを悲しんでいる。絶対採用されないと思うけど、ステラなら身分を隠して受けにいきそうで怖い・・。
「ステラ、無理を言ってはいけません。またいつでも来てください」
「はい」
「お務めを果たしてからお願いしますね」
「もちろんです」
さすがルーン嬢。ステラの扱いがうまい。ステラはルーン嬢の言葉は快く聞くからな。
「お茶にしましょう。サイラス様はどうされますか?」
「俺もいただいてもいいかな」
「リオと別室にご用意しましょうか?」
「いや、是非ここで、一緒に。二人に相談があるんだ」
エステルの目が輝いた。エステル、ごめん。俺は願いをかなえられない。
ルーン嬢がきょとんとした顔をしてから、柔らかく微笑んだ。
「私でお役にたてるかわかりませんが・・・・。リオがいるから大丈夫ですね。リオ、私もご一緒してもよろしいですか?」
「シア、俺はサイラスなんかと二人でお茶をしたくないから」
「そういうことにしてあげます。」
ルーン嬢が楽しそうに笑いながらお茶の準備をはじめた。いつの間にかステラが手伝っていた。
ステラ達の他愛もない話を聞きながら、俺はどう切り出そうか迷っていた。
「レティシア様、リオ様、お願いがあります」
エステルが愛らしい顔でルーン嬢を見つめている。
「お願いですか?私に」
「シア、俺に話させて。エステル嬢、どんなお願いか教えてほしい」
笑顔で了承しようするルーン嬢をリオが止めた。子供の可愛いお願いさえ警戒するのはさすがだ。でも今回はリオの判断が正しい。
「私をティアの侍女にしてください」
ルーン嬢はきょとんとして、リオからは俺への冷たい視線が一瞬投げかけられた。ルーン嬢がリオを見つめた。
「リオ、私の聞き間違えでしょうか。最近は従者になるのが流行っているのかしら・・。」
リオはルーン嬢の肩を抱いて微笑みかけ穏やかな顔でエステルを見た。
「シア、落ち着いて。俺にまかせてよ。エステル嬢、理由を教えてくれないか」
「私はティア達と一緒に学園に通いたいんです。でもお父様が許してくれないんです。それなら家を出るしかありません。お給金もいりません。どうかお願いします」
頭を下げるエステルを見て、ルーン嬢が俺に困惑した顔を向けている。ルーン嬢がリオに囁いた。
「リオ、子供に聞かせられない事情があるのかもしれません。二人でお話してきてください。」
誤解されている。
「サイラス様、リオ様とごゆっくり。」
ステラににっこり笑いかけられた。
「ルーン嬢、俺は再来年から学園に通わせたいと思っている。ただ、エステルはどうしても来年から通いたいらしい」
ルーン嬢が安堵の顔をした。
「エステル、どうして来年から通いたいんですか?」
「ティア達が学園に行ったら会えなくなるのが寂しいんです」
ルーン嬢がクスクスと笑い出した。
「ティア達に良いお友達ができて良かったですわ。長期休暇には帰ってくるからまた遊んであげてください」
「寂しいんです。だから侍女になればずっと一緒にいられると思ったんです」
「侍女と友達は立ち位置が変わるんです。私は侍女のことは信頼してますし大切です。でも私の方が立場が上なんです。お互いに本音でお話はできないんですよ」
「シエル様とですか?」
「時々甘えてしまいますが、普段はシエルの前では、恥じない主であるように心がけてます。臣下を守るのは主の務めです。シエルに諫められることもありますけどね。でも私達の絆は主従なんです。同じ景色も見る視点が異なります。ただお友達は違います。ティア達はエステルが大好きですよ。私は母としては友人として絆を育んでほしいと思います」
「でも・・」
「侍女よりも友人の方が一緒にいられる時間は多い。侍女の仕事は忙しいから学園生活ではシエルはそんなにシアの傍にいなかったよ。」
「ええ。シエルは抱える仕事も多かったので。私のシエルは優秀ですから。シエルのおかげで快適な生活を送ってましたわ。私はシエルがいかに優秀だったか傍を離れて気付きましたもの。これは違うお話ですね。快適な生活はシエルのおかげです。ただ学園生活が楽しかったのはステラ達のおかげですわ」
「お母様の?」
「はい。私は学園では嫌われ者でした。そんな私にセリアやステラ達はいつも優しくしてくれました。困った時はいつも手を貸してくれました。私の傍にいたことで嫌な思いもさせました。それでも、私は皆が傍にいてくれたのが嬉しかったんです。学園での生活はルーン公爵令嬢として過ごした時間の中で一際楽しかった時間です。」
「私はレティシア様と過ごして嫌な思いなどしたことありません。とても充実した時間でしたわ」
「貴方のお母様はいつもこう言いながら笑顔で隣にいてくれたの。セリアは逃げるのにステラが逃げることはなかったわ。貴方のお父様もリオにとってはかけがえのないお友達です。だから、これからもティア達のお友達として過ごしてくれたら嬉しいわ」
ルーン嬢は誤解をしている。ただ突っ込んだら、ルーン嬢の邪魔になるので黙っていることにした。
「わかりました。私は侍女はやめます。でも1年間寂しいです」
「来年もう一人家族が増える予定なんです。嫌でなければ、ティア達のかわりに遊んであげてくれないかしら?」
「え?」
ルーン嬢がお腹に手を当てている。
「このまま成長していけば、来年の春には産まれる予定です。ただちょっと成長が遅いみたいで・・。エステルがよければ、遊び相手になってくれたら嬉しいですわ。」
「ティア達がいなくても、遊びに来てもいいですか?」
「ステラ達のお許しがあるなら歓迎しますわ。ただ身の安全だけは気をつけてください」
「はい。リオ様、私にも修行をつけてください」
「俺?」
「私はリアム達よりも強くなりたいです。」
「エステル、あなたのお父様も強いですよ」
「お父様は手加減するから駄目です。気絶してもいいのでお願いします」
「気絶させるまではリアムにさえやってないよ」
「ただいま!!エステルまだいる!?」
突然帰ってきたティアにルーン嬢が驚いている。
「ただいま帰りました。今日のお勉強は終わりました。」
「ティア、リアム、お帰りなさい。お疲れ様」
ルーン嬢がリオと見つめ合ってため息を零した。たぶんティアが集中できずに、中止になったのか。
「仕方ありませんね。」
「子供だからな。」
リアムが俺の前にきた。
「サイラス、修行して」
「いいよ。行こうか」
エステルはティアが帰ってきてご機嫌だな。エステルを説得できたので、もう俺の用はすんだからいいけどさ。
「リアム、邪魔してはいけません」
「ルーン嬢、気にしないで。リアムは俺に任せてゆっくりしてて」
「ステラは素敵な旦那様を持てて羨ましいですわ。」
「俺も手伝うかな。リアム、補助してやるからサイラスから一勝あげるか」
リオに冷気を当てられている。
「リオはルーン嬢とゆっくりしていたら?」
「いや、お前の嫁がいる限り無理だ。責任もって連れて帰れよ」
俺はリアムとの訓練でボロボロになった。リオの補助の腕は凄いよな。そしてリアムも強い。この腕なら武術大会優勝も夢ではない。確実に子供の頃の俺達よりも強い。この腕を知れば武門貴族の取り合いに巻き込まれそうだが、マール公爵家の後ろ盾なら大丈夫か・・。リアムはティア達に近づく者に容赦ない。ティアも好戦的・・。この二人の学園生活は大丈夫なんだろうか。俺達の学生時代は慌ただしかったけど、良心的なルーン嬢がいた。リアムとティアにエステル・・・。嫌な予感しかしない。何かあれば助けてやればいいか。




