ロダの記録のおまけ
エイベル視点
陛下の生誕祭の後、王宮の兵が足りないので警備に駆り出されていた俺はレオ様に呼ばれてクロード殿下の執務室に向かった。
許可も礼もいらないから急いで中にと言われて慌てて入室するとレオ様がクロード殿下を羽交い締めにしている。初めて見る光景に目を疑った。
「兄上を止めて。海の皇国に乗り込む。転移魔法で行く気だ」
「殿下?」
「たぶんキレてる。メイル伯爵家にレティシアが貶められた。マールは療養中。他に宥められる人物を思いつかない」
レオ様の言葉に戸惑った。そして明らかに人選ミスである。俺もマールも無理だろう。クロード殿下がキレた記憶はない。不機嫌なことはあったとしても。
まず殿下が冷静さを失うほどのことか?
あいつは学園では常に貶められていた。わからないことを考えても仕方がない。
魔力欠乏症者は多発していても死者はいないという生誕祭の惨事にしてはありえない奇跡が起っている。
悪運の強いあいつが死ぬわけないだろう。
「殿下、レティシアは大丈夫ですよ。悪運だけは強いですから。今頃のんびりしてますよ」
「レオ、止めないでくれないか。」
「転移魔法の発動を解いてください。父上の許可もないでしょう」
「咎は帰ってきてから受ける。王太子を降ろされてもいい」
クロード殿下も暴走するのか。殿下はレティシアを気に入っていた。
この状況を見て、ポンコツエイベルしっかりしなさいとか言いそうだよな。あいつへの苦言は後だ。
無事を伝えてもおさまらないか。大体は本人の興味をそらせばいいんだよな。まさかレティシアを宥めた経験が役にたつとは思わなかった。
そういえばあいつはクロード殿下の即位を昔から信じていたよな。
「殿下、それ、レティシアの前で言えますか?」
振り払おうとする動きが止まったけどレオ様は警戒しているからまだ駄目か。
どうするかな。
あいつの女神の召還は誰も知らない魔法だった。女神の召還は膨大な魔力や代償がいるだろうと神官が呟いていた。もし本当だとすればレティシアが迷うことなく命をかける理由。
あの生粋のルーン公爵令嬢が動く理由は家と王家のため。時々あいつが浮かべる優雅な笑みが浮かんだ。勝手なやつだ。
父上から聞いた話を思い出したら辻褄があう。
「あの時荒れる皇女の一番近くにいたのはどなたかご存知ですか?」
皇女の隣に殿下とエドワードが倒れていたと父上が言っていた。二人が魔力欠乏もなくただ眠っていたことが奇跡だと。マールは遠くに吹き飛ばされてまだ目を醒まさないらしい。マールがレティシアをあの状況で側から離すわけがない。マールは守ろうとして、魔力欠乏おこしたんだろうな。俺はあの状況で魔力を発動しなかったから、欠乏症にはならなかった。ただ倒れただけだった。
「クロード殿下とエドワードです。殿下、レティシアが貴方にかけた言葉はもう忘れてしまいましたか?」
殿下から表情が抜け落ちた。
「彼女は私のことなんて・・」
殿下はレティシアのことでは時々弱気になる。
レティシアは人の気持ちを浮上させるのがうまかった。それは殿下が相手でも変わらなかった。
普段はうるさいだけなのに、時々妙に優しくなるんだよな。特に両殿下には甘かった。
マールはだから殿下がレティシアに近づくのを嫌がっていた。
「あいつはひどいやつです。性格悪くて、素直じゃなくて意地っ張り。なのに殿下の気持ちの機敏に聡い。鈍いのに、貴方の変化は見逃さなかった。今の殿下を見たら、きっと言うと思いますよ。殿下の笑顔が民の宝。そんなお顔はやめてくださいって。」
「そんなにひどい顔をしているか」
さすがに俺は言葉にできる立場ではない。不敬だ。レオ様が笑った。
「残念ながら否定できません。兄上、レティシアは大丈夫ですよ。」
「レオは心配してないのか」
「神官たちがレティシアの無事を祈祷しています。それにレティシアですよ。」
「なんの力もない15の少女だ」
殿下が知らないはずはない。あいつは公爵令嬢として優秀だ。母上が褒めていた。ルーン公爵夫人のかわりにレティシアが社交をこなしてからはうちの派閥が大きくなったと。
「あれでもうちの派閥筆頭のルーン公爵令嬢です。交渉・社交はお手のもの。ターナー伯爵お墨付きの逃げ足の早さ。あれを捕まえられる人間は中々いません。心配無用です。自分の所為で殿下の御身を危険にさらしたとすれば、ためらうことなく、自刃する気概も持ってます。今は止めるマールもいません。それにあいつは自分が貶められても気にしません。どんな言葉もレティシアは捨て置いて放っておきますよ。自分の家が関わらない限りは」
レオ様が殿下を解放した。殿下が椅子に腰かけた。いつもの穏やかな顔に戻られた。
「二人の仲の良さに妬けるよ。レオ、王位に興味はないか?」
「私には荷が重いです。兄上を支えられるように励みます」
「まさか、エイベルに説得される日がくるとは思わなかったよ」
「これが最後と願うばかりです。」
「わかったよ。マール公爵に勅使を頼んで出方を見る」
「兄上、俺が行きましょうか?」
「いらない。あちらの出方を見て決める。やることが山積みだ。エイベル、ありがとう。下がっていい」
俺は礼をして下がった。殿下が乗り込まなくて良かった。もともと転移魔法でよく消える人だ。
海の皇国に地震でも起こす気だったのだろうか。
俺はレティシアは無事だと思っている。だってルーン公爵家が荒れていない。エドワードは重度のシスコンだ。何度かターナー伯爵家で会ったから知っている。エドワードがレティシアと不仲という貴族の目は節穴だと思う。
そして俺は執念の塊のような男も知っている。マールはいつまで寝てるんだろうか・・。絶対にあいつはレティシアを追いかける。落ち着いたら餞別でも用意するか。
俺もレティシアに命を救われた一人だから。あの時、体に魔力がまとわりつき、身動きが取れなかった。あの状況で動けたレティシアは何者だ・・。あいつに助けられる日がくるなんてな。情けない。
しばらくすると俺は身の程知らずの多さにぞっとした。
ルーン公爵家を責める貴族が現れた。追い落としたいのはわかるけど、レティシアに命を救われた貴族が加わっているのは呆れた。
俺は呆れるだけだが、激怒するやつもいる。
レティシアの誹謗中傷を広めた家は大嵐に襲われたらしい。また家の事業が悪化、病気にかかったりと不幸にみまわれることもあるらしい。女神に愛されるレティシアへの無礼に神の裁きが落ちたという神官もいる。俺は全部人災かと思ったけど、口をつぐむことにした。どこかで間抜けな顔して笑っているだろう妹分を思い描きながら俺は自分の役割をこなすことにした。




