サイラスとビアード
元公爵令嬢の記録の六話前編の後のお話。
突然訪ねてきたルーン嬢とティアがリオに連れられて帰った。
彼女は相変わらずリオを振り回しているようだ。
訓練中に眉間に皺を寄せたビアードに呼ばれるから何事かと思ったけど、碌なことじゃなかった。
帰りに酒に誘われ付き合うことにした。
「サイラス、お前の友人はなんとかならないか」
「できるのはリオの奥方だけ」
「あいつも頼りにならない。近々会いに行かないとまた来るんだろうな。あのバカは・・・」
「彼女にそんなこと言えるのはビアードとシオン嬢だけだ。一度聞きたかったんだけどさ、もちろんリオには言わない。あんなに懐かれて一度も彼女に心が揺れなかった?」
ビアードは俺の質問に頷いた。
「やる気になった時の公爵令嬢としての手腕はさすがだよな。うちの母上も褒めていた」
俺の求めた答えじゃなかった。ルーン公爵令嬢の能力の高さは有名だった。
学園をはじめ、貴族には彼女の信者は多かった。
「そっちじゃない。彼女が公爵令嬢として飛び抜けていたのは俺も知ってる。女として」
心底、呆れた顔で見られている・・・。
「子供の頃から見ていたお転婆娘をどうすれば女に見える?大人の前では猫かぶっても俺の前では暴れ馬だった」
「俺はビアードも彼女が好きなんだと思ってたよ」
「ありえない。手のかかる妹みたいなものだ。我儘で意地っ張りで性格悪くて、短気で」
ビアードのルーン嬢への言葉が止まらない。
「あの麗しの令嬢を・・・。」
「サイラス、本気で思ってる?本人にも色々問題あるけどあいつの母親と弟、かなり怖いだろ?俺はあいつを嫁にもらいたいのは相当の物好きしかいないと思う」
「もし彼女がビアードを好きなら?」
「家の命令じゃなければ絶対嫌だ」
「彼女をここまで嫌がるのはビアードくらいだよ」
「サイラスはあるのか?」
「庇護欲をそそられたことは」
「お前・・・。あれに庇護欲・・・。大丈夫か?」
人を哀れんだ目で見ないで欲しい。お前だけだから。
ルーン嬢を冷たく拒絶できんのは。
「ビアードは女遊びしないのに女慣れしすぎだろう」
「子供のころから恐ろしいのが傍にいたからな。よわよわしく泣くのは嘘泣き。騒ぎながら泣くのはマジ泣き。あいつ、顔だけはいいだろ?」
ルーン嬢を顔だけと評価するとは。
マジ泣き?初耳なんだけど。
「騒ぎながら泣く?」
「話せばあいつがうるさいから言わない。会いにいきたくない。マールが怖すぎる。サイラス、付き合ってくれ」
絶対に恐ろしいことが起こる・・。ビアードとルーン嬢だけでもまずいのに、ティアも加われば地獄絵図だ。
「嫌だよ。シオン嬢に頼めば?リオとやり合えるのはシオン嬢くらいだろ」
「だめだ。シオン嬢は愉快犯だ。ティアも可愛がってるから報復されたらたまらない。マールと手を組んだら最悪だ」
酒のせいで赤くなった顔が青くなっている。
嫌な記憶が蘇ったんだろうか…。
「次期ビアード公爵が情けない」
「父上だって恐れるものはある。俺の学生時代はいつも望んでないのにあいつらに振り回された。あいつが部屋に来るたびに嫌な予感しかしなかったよ。マールがあいつの動きを調べてなかったのは今でも不思議でならない。おかげで俺は助かったけど。」
「ビアード、面倒見いいもんな。何度か助けてだろ?」
「あれか?。令嬢達が嫌味を受け流すレティシアに自分の婚約者をけしかけてきた時か?」
「それは知らない」
「だからマールが動かなかったのか。カーチスが代わりに相手をしてたけど、目に余って手を回したよ。あいつの顔に傷つけろって言われてたみたいだ。明らかに自分より弱いあいつを手合わせに指名していたからな。うちの家門とターナー家門に手を回した。あいつに勝負を挑む相手がいるなら叩きのめせと。挑戦状をもらいましたと自慢してきたあいつには頭が痛くなった」
「挑戦状?」
「ご令嬢から直接手渡されたと。俺の所に挑戦状の返事の書き方を聞きに来たけど、うやむやにして預かった。さすがに武門貴族の上級生からの挑戦状だったから行かせるわけには行かないだろ?」
それ行かせたら血の雨が降っただろうな。
顔に傷以前にルーン嬢に声をかけただけでもリオは不機嫌になる。
「確かに。リオに言わなかったの?」
「絶対に妬いて俺が八つ当たりされるのが目に見えてたからな。武門貴族のことは武門貴族で片付けるべきだろう?」
「ビアードも実は彼女の保護者だったのか」
「被害者だ。旅に出てる間は平穏だったよな。どうすればいい?」
「リオはティアに弱いからなんとかなるんじゃない?」
「今日の様子を見てもそう思うか!?俺はいつかあいつに暗殺される気がする」
「情けない。さすがにしないよ。絶対にリオの溺愛する二人が怒るよ。きっとやるならリアムじゃないかな。リオにそっくり。二人のためなら、ためらいもなく手を汚しそう」
「物騒な夫婦にしてあの子供か・・。あの年で殺気出せるとか怖すぎる。どんな訓練をさせてるんだよ・・」
「あの夫婦はターナー伯爵家の血が強いのか。彼女は違うか」
「あいつはどうすればあんな育ち方をしたんだろうな・・。ティアとリアムの将来が心配だ。ティアがな・・・。あの自分の意思を曲げないところが母親そっくりなんだよ。どうすればいい」
「行くしかない。いっそ愛人にしたら?」
「ありえない。そんな醜聞は許されない。それにうちにとってはデメリットしかない」
「彼女がティアを連れてきたのはそうゆうことだろ?」
「あいつ母親なのに厳しいだろ。歳を重ねれば俺のことなんて忘れるよ。自分の父親と年が変わらない人間を好きになるかよ。」
「ティアは可愛いだろ?」
「純粋無垢なところは親と違って可愛いけど、大人として無理。そして何より両親が嫌だ。」
「骨は拾ってやるから行ってこい。リオとリアムも二人を傍においておけば平気だよ。あの家は女性が強いから」
「サイラス、他人事だからって・・・」
「他人事だからな。まぁビアードでよかったよ。うちだったら恐ろしい。ステラは喜んで迎え入れそう。親子でどうぞって言うよ。俺の嫁は俺よりもティア達が好きだから。俺、いつまで振り回されるんだろう・・・」
「あの二人の手綱を握れる奴はいないのか・・」
「マール公爵夫人とルーン公爵くらいだろ。・・たぶん」
「俺はつくづくあいつが殿下に選ばれなくてよかったよ」
「なんで?」
「国中があいつに振り回されるなんて耐えられん。殿下だけでも大変なのに。しかも殿下は今でもあいつを気に入っている」
「彼女に魅了された人は多いから。まぁリオが筆頭だけどね」
「いっそまた旅立たないかな。平和だった頃が懐かしい・・」
ルーン嬢の帰りを待つ者は多い。帰って来たことを隠しているけどいつまで隠せるかな。
もう少し落ち着いてくれたら楽なんだけど。
でもビアードの願い通りルーン嬢が旅立つとステラやエステルが寂しがる。誰も追いかけてこないようにリオが痕跡を完璧に消すのはありがたいけど。
俺もビアードと同じ二人に振り回されるんだろうか。
平穏が恋しい。




