レティシアの片思い 4話 リオ編
リオ視点
ルーン公爵からレティシアとの婚約の許可をもらったので俺はマール公爵邸に向かった。
夜遅くに帰ってきた俺に驚く母上に迎えられた。
先触れも忘れたし従者も置いてきたから驚くよな。
「リオ、おかえりなさい。どうしたの?」
「突然すみません。色々ありまして、父上と話がしたいんですが」
「構わないけど、食事を先にしたら?」
「いえ、できれば話を先に。母上も一緒にお願いします」
「わかったわ」
自覚して告白して婚姻の根回しって、一日ですることじゃないよな。
俺、なにをやってるんだろう。
よく考えればうちにくるのは休養日でよかったよ。
レティシアの暴走に巻き込まれたな。
まぁせっかくだから済ませるか。
後日にしたらレティシアが一人でうちにきて交渉しそうだし。
婚姻の交渉を令嬢にやらせるなんて男の俺の立場がなくなる。一生笑いもののネタにされる。
執務室に入ると父上が書類から視線を上げた。
「おかえり、どうした?休養日じゃないだろう?」
「突然すみません。相談が」
「なんだ?」
「レティシアと結婚したいんですが」
「お前、レティに手を出したのか!?まだ成人してないんだぞ」
「旦那様」
母上が笑顔で父上を宥めてくれてる。
言い方が悪かった。うちの父上もシアを溺愛しているの忘れてた。
「結婚はレティシアの成人後に。今の段階では婚約の打診を。レティシアなら外国語も堪能ですし妻として申し分ないと思うのですが。」
「ルーン公爵家は?」
「ルーン公爵に婚約の許可はいただきましたが、婚姻は叔母上とエドワードを倒してからという条件が。」
「それ、遠回しにお断りじゃないのか?」
「いえ、叔父上は賛同してくださったんですが」
「まぁ、うちは別に構わないけど大丈夫なのか?」
「できれば、婚姻するまでは王国を拠点に仕事をください。婚姻したあとなら赴任先はどこでも構いません。」
「レティシアは仕事を手伝ってくれるのか?」
今までもよく俺の書類の山から適当にとって、やってたしな。
翻訳は俺より早いし、結婚のためって言えば喜んでいくらでもやってくれそうだよな。卒業しようとしてたし。
「もちろん。とくに翻訳は喜んで引き受けますよ。」
「わかったよ。仕事は二人で頑張りなさい。ターナー伯爵家の修行の時間も配慮しよう。レティに負けたか」
「残念ながら。」
「リオも粘りましたね。もっと早く根負けすると思ってました」
「もしかして、この結末は父上達の予想通りですか?」
母上が楽しそうに笑っている。
「鈍いわね。貴女、レティシア以外の令嬢に見向きもしなかったじゃない。レティシアが泣いてたら令嬢を放って宥めに行ってたでしょ?その時点で諦めたわよ」
記憶にないけど、いくつのときですか?
人前でレティシアが泣いた記憶さえない。
「私は可愛いレティシアが娘になるのは大歓迎だよ。レティはいつ遊びに来るんだい?土産があるんだ」
父上の顔がだらしなく緩んでいる。
昔から父上はシアには甘かった。
「俺には帰国の手紙を書かないのにレティシアには書いてるんですね」
「叔父上の手紙嬉しいですって書かれるとついね。レティはカナト達とも文通してるよ」
「兄上と?」
「ああ。リオのこと色々相談してたみたいだよ」
嘘だろ。俺、知らないんだけど。
もしかして…
「二人ともそのうち帰ってくるんじゃないかな。リオ兄様は別の方を選んだのでたくさん励ましてくれたのにごめんなさいって手紙を送ったみたいだよ。」
実は外堀埋められてたのか?
シアは気づいてないんだろうな。これから外堀を埋めるって騒いでたし。父上が珍しく帰っていたのって・・。
「もしかして、俺にはレティシアを選ぶ選択肢しかなかったんですか?」
「いや、家の利さえ見つければ好きにすればいい。ただ可愛い姪と従妹を泣かした報いは受けるのは仕方ない」
想像しただけで恐ろしい。
シアに兄上の帰国日を聞いて同席してもらおう。
俺一人だとまずい。兄上に心身共に殺られる気がする。
一応大事な確認をするか。
「マール公爵家はこの婚約は」
「もちろん歓迎だよ。可愛いくて優秀な嫁は歓迎だ。手塩にかけて育てたかいがあったな、ローズ」
「旦那様、気が早いですわ。リオはまだ妹には敵いませんもの。リオ、頑張ってね。応援するわ」
とりあえず、婚約の手続きは父上が引き受けてくれるそうだ。
これで一段落だな。
次の日シアを迎えに行って、学園に帰ってきた。
ビアードに頼まれた仕事すまさないとか。
すぐ終わるだろう。
鍵はシアが返しに行くと言ったが譲ってもらった。
変わりにビアードの仕事を奪われたので、やりたいなら任せることにした。
「ビアード、鍵返すよ。ありがとな」
「あいつのお守り面倒だから、ちゃんとしてくれ」
「ああ。悪かったな」
「俺の渡した仕事は?」
「レティシアがやるって奪われた」
「あれさ、クラブの見回りだけど一人で平気か?」
「取り返してくる。レティシアが世話になったな」
「時々なら引き受けてやるよ」
「必要ない。」
クラブの見回りなら放課後捕まえれば平気か。
教室に行くとサイラスに笑顔を向けられた。
「リオ、おめでとう。顔を見ればわかるよ。レティシア嬢はリオを選んだってことでいいの?」
「まぁな」
「おし!!」
「なんでそんなに喜んでんの?」
「俺、お前に賭けてたからさ」
「お前も賭けてたんだな」
「レティシア嬢も賭けてたよ」
「当人が?」
「うん。お前に振られるほうに」
「あいつさ、俺のこと好きってわりに全く信じてないよな」
「リオが悪い」
「まぁな」
「おめでとう。手遅れにならなくてよかったな」
「ありがとう」
なんだかんだで自覚できたのは面倒見のいい友人のおかげだから感謝を告げた。俺達の会話を聞いて悲鳴が聞こえたのは気にしない。
放課後、シアを探しにいくといなかった。
クラブを見回ってるのかと思い学園を歩き回ったけど、いない。
まさかと思ってビアードの部屋にいくとまた膝の上で寝ている。
なんでビアードの膝で寝るんだろうな。
「レティシアが仕事終ったってさ。本当に仕事早いよな」
「なんで、またここにいる?」
「ここ以外だと絡まれるのが面倒なんだと。クラブ周りで心身共に疲れたみたいだ。こいつ体力ないしな。レティシア、結構絡まれてるから気をつけてやれよ。武術できても魔法使えないし」
「悪いな。これは引き受ける」
シアを抱き上げて部屋に移動する。
これ、早めに婚約しないと駄目だ。ビアードの部屋に入り浸るのやめてほしい。
俺の部屋のソファに寝かせてクッションを持たせて毛布をかける。今更だけど俺の部屋なのにレティシア用の物が多いよな。
ぐっすり眠っているから、当分起きない。
仕事を片付けるか。さっさと卒業試験を受けて叔父上に修行をつけてもらいにいくかな。学園にいる間はロベルト先生に頼むか。
物音が聞こえてソファに目を向けるとレティシアが毛布にうずくまっている。
仕事はやめて立ち上がり、毛布の中にレティシアの顔を覗き込む。
「起きた?」
「おはよう?」
「おはよう」
虚ろな瞳で見つめられている。
「うん?なんで?りお?夢?」
「夢じゃないから」
「私、エイベルの部屋に」
「それはもうやめような」
「なんで?」
「シア、俺と婚約するんだろ?」
「こんやく?」
「そう。婚約。成人したら結婚するんだろ」
「うん」
「婚約者以外の男と二人っきりってどうなの?」
「エイベルだよ」
「エイベルは男だ」
「おとこ?エイベルが?」
「女にみえるの?」
「ううん。お兄様だよ」
「本当の兄妹じゃないだろ」
「うん」
なんでそんなにしょんぼりするの。
「だから二人っきりになるのは駄目」
「困る」
「なんで?」
「あの部屋が一番安全」
「俺のところにくればいい」
「迷惑」
「迷惑じゃないよ。」
「リオ、立場をわきまえなさいって」
実は俺の言葉気にしてたのかな。
ほぼ毎回言ってたからな。
「もう言わないよ。ちゃんと俺の傍にいて。困ったら俺に頼って」
「なんで?」
なんでって。
待って、俺、入学してから、シアに頼られた記憶は一切ない。
「ビアードに頼るのも、甘えるのもやめて。俺よりビアードばかり頼りにされると、傷つく」
「リオ兄様、悲しい?」
「うん。凄く悲しい」
「頼っていいのかな」
「もちろん」
「諦めて、俺のとこに来いって人達怖い」
「え?」
「断っても断っても駄目なの。だからエイベルのとこにいくの。エイベルがいつも助けてくれるの」
シアに絡んでくる奴らか。自分より巨漢の男に迫られたら怖いよな。
少しは気にかけてやったほうが良かったかな。
絡まれてるのも怖がってるのも知らなかったよ。ごめんな。
「セリアは?」
「内緒。心配するから。セリアに危害を加えられたら大変」
セリアはお前より強いし喜んで報復してくれたんじゃないか。
セリアにも頼らず、今までずっとビアードを頼ってきたんだろうか。
「そっか。俺がなんとかするよ」
「ありがとう」
シアの頭を撫でたらまた眠った。
目元にクマがあるから寝不足なのかな。
とりあえずシアの憂いを払うかな。たぶんこの会話も覚えてないからビアードのことはゆっくり話さないとだな。
シアが怖がるほど付きまとわれてるってどういう状況?
シエルに状況を聞いて、シアに付きまとう奴らは叩きのめすか。
公爵令嬢の言葉を無視するなんて、平等の学園でも許されないよな。
調べたらシアの人気が凄い。これ、俺、卒業して大丈夫なんだろうか?
書類を出して部屋にもどるとシアが起きていた。
「リオ兄様?」
「起きたか。寝不足?」
「ええ。ご迷惑をおかけしました。私、どうしてここに?」
「運んだ」
「え?」
「なんでビアードの部屋にいたの?」
「頼まれた仕事が終わったので渡しに。エイベルったら邪魔なら起こしてくれればいいのに。わざわざリオを呼び出して回収させるなんてひどい。失礼しますね。お仕事がんばってくださいね」
去ろうとするシアの腕を掴んで抱き寄せる。たぶんビアードに文句を言いにいくつもりだろう。
シアがきょとんとする。
「リオ?」
全くわかってない。
「なぁ、俺たちの関係ってなに?」
「え?従兄妹ですわ」
「他にないの?」
「将来は婚約できればいいなって」
「婚約するし結婚もする」
「人の気持ちなんてわかりません」
「俺たちは恋人じゃないの?」
「恋人?」
「恋愛して婚約して結婚する」
「夢みたいですね」
「夢?」
「私はリオが好きですわ。重たすぎて負担になって振られるのはごめんですもの」
「そんなことしない。シアの気持ちが負担になることなんてない」
「リオ、私に惚れてないでしょ?」
「惚れてる。可愛くて仕方ない。俺の恋人が他の男に甘えるなんて許せない」
「え?」
「自覚したばっかりだけどずっとお前が好きだったんだよ。この部屋、俺の部屋なのにお前の物ばかりだろ?好きでもないやつのためにここまでしないよな。」
「リオは身内には優しいですからこれくらいしますわ」
「エドワードには、こんなに世話をやかないよ。まぁそれはいいや。ビアードに甘えるのやめて」
「甘える?」
「抱きついたり、膝の上で寝たり」
「寂しい時はどうすればいいんですの?」
「俺のところにくればいい。甘やかしてやるよ」
「迷惑」
「俺は可愛いシアを独り占めしたいの。だからビアードといる時間を俺に譲ってよ。これからはちゃんと守るよ」
シアがクスクス笑い出す。
「リオ、嫉妬してるみたい。」
「そうだよ。ビアードに嫉妬してる。シアが頼るのが俺じゃないのが悔しい」
「わかりましたわ。気をつけますわ。ねぇ、リオ、私今年卒業してもいいですか?」
「ごめん。まだ叔母上に勝てる気がしない」
「私も修行したいですし、ついていきたいです。仕事も手伝います。お金もちゃんと稼ぐのでリオに迷惑かけないと約束します。ただ傍にいるのだけ許してください」
「お前と婚姻するまでは王国中心の仕事を回してもらうことになってるよ。ただ婚姻後の赴任先は父上に従う。一緒に来てくれるだろ?」
「連れてってくれますか?」
「もちろん。だからさ婚姻したらセリアやエドワードと今までみたいに会えなくなるよ。成人するまでは俺以外との時間を優先して」
「私はリオが一番です。」
「わかってるよ。ただ婚姻したらマールの人間になるんだよ。それまではルーンの家族との時間を大事にして。正直、お前を成人前に連れ去ったらエドワード達が怖い。俺のためを思うなら俺が叔母上に勝てるまで待ってて。」
「リオ、本当に勝てると思ってますの?」
「頑張るとしかいえない。どうにもならなかったらシアを連れて逃げようかな」
「お母様に勝てないからって私を捨てませんか?」
「捨てないよ。シアを捨てるなら貴族位返上して国外逃亡してもいい。ついてきてくれる?」
「もちろんですわ。リオと一緒ならどこでも構いません。」
「俺を信じて待ってて」
「はい。」
「お願いだから勝手に追いかけてこないでな」
「そんなことしませんわ。リオ、お仕事私にも回してくださいね。修行する時間を作らないと」
「ありがとう。正直助かる」
「私に魔法がつかえればよかったのに」
「魔法がつかえれば今頃殿下の婚約者だったかもよ」
「前言撤回します」
「お前は俺を信じて待ってればいいの」
「頑張ってくださいね。でもリオが卒業したら誰に甘えればいいんですの?」
「エドワードが入学してくるだろ」
「エディは駄目ですわ。私はお姉様ですもの」
「定期的に会いにくるからセリアとシエルで我慢して。エドワード以外の男はやめて。ビアードも駄目」
「わかりました。約束ですよ」
「ああ。約束だ」
卒業しても定期的に会いに来ないとな。
どうしようもなく甘えん坊で意地っ張りな年下の恋人が他の男に甘えないように。
調べて驚いた。予想はしてたけど予想以上だった。
レティシアは何かあるといつもビアードのところに行っていたらしい。
無自覚だった過去の自分を殴りたくなる。
もっとレティシアのことを気にかけてやればよかった。
彼女を俺だけのものにするために叔母上に勝たないと。
もう少し修行しておけばよかったな。
最近の俺は後悔ばかりだ。
これからの人生もレティシアに振り回されそうだよな。
気楽に生きたかったんだけど。
彼女が俺の隣で笑ってくれるならなんでもいいか。




