レティシア3年生 武術大会
リオ視点
珍しく俺の部屋にシアが飛び込んできた。
俺を見て固まっている。
何か言おうか迷ってるな。
「シア、どうした?」
瞳が潤んでるな。
椅子から立ち上がってドアを閉めて固まるシアを抱き寄せる。
「シア?」
「リオ、ごめんなさい。私、」
シアの瞳から涙があふれ出した。たぶん俺関連かな。
何かをやらかして俺を巻き込んだかな。
どうしようもなく後悔して、混乱して感情のコントロールができなくなってるかな。
背中を叩いて落ち着くのを待つ。そろそろ大丈夫そうだな。
抱き上げてソファに座らせる。
怖がらせないように、優しく問いかける。
このシアは取り扱いを間違えると何をしでかすかわからないから。
シアの泣き顔が可愛いと思うのは仕方ない。
「シア、怒らないから、話してくれる?」
「あのね、」
たどたどしい説明を要約すると、俺が気に食わないやつに、自分がシアと婚約したいと迫られたか。
武術大会で俺が団体戦に出ないのは弱いから。
そんな弱いやつがルーン令嬢の婚約者なんておかしい。
シアは俺は弱くないって言い返したらしい。
俺が負けたら、婚約しろと迫られた。へぇ。
婚約は公爵が決めるからできないと断ったけど聞いてもらえなかったか。
うん。簡単だよな。潰そう。
俺のシアに話しかけた。しかも泣かせた。
シアは俺を巻き込んだことに泣いてるんだけど追い詰めたのはそいつだよな。
シアもわかってないよな。
お前が頼むならなんでもしてやるのに。
俺はシアのお願いならいくらでもかなえるよ。
シアは好戦的だけど、最近はほとんど笑顔でかわしてたもんな。俺のために我慢できなかったって。たまらないよな。ルーン公爵令嬢のシアが俺のために私情を抑えきれなかったとか。
顔がニヤけそうになるのを我慢する。
俺のせいで泣かせないって決めてたけど、俺のために泣くシアは愛しくてたまらない。
団体戦で優勝してもサイラスが一緒なら目立たないだろう。
今年は団体戦だけ出るか。
サイラスには世話になってるし、たまには友人のために一肌脱ぐか。俺は目立たないしサイラスは功績を手に入れるし一石二鳥だよな。
最優先は、
「ごめんな。俺のせいで嫌な思いさせて」
「違う。もっと上手にかわせばよかったんです。私、また」
シアのせいじゃないから。
俺の害虫駆除の手落ちだから。
シアが可愛いから害虫が寄ってくるのは仕方ないんだよ。
「俺のために怒ったんだろ?」
「違います。ただ我慢できなくて、リオ、強いのに。」
「ありがとな。後は俺に任せて。」
「リオ、団体戦なんて出たくないのに、」
「今年は最後だから出るつもりだったから気にしないで」
「本当?私のせいで無理してないですか?」
「ああ。今年は優勝を目指すかな。俺の応援してくれる?」
「リオが目指すなら優勝は決まりですね。もちろん応援します。」
「優勝できるかわかんないけどな」
「ご謙遜を。私のリオ兄様は一番ですもの。絶対にリオのことバカにしたこと、後悔させます。きちんと謝罪していただきますわ。」
シアの俺への信頼はすごいよな。お前がそんなに信じるなら優勝するよ。
ただ、そいつに近づくのはやめて。
「ありがとな。いや、そいつのことは、俺に任せて。俺に売られた喧嘩だから。シアは今年はどうする?」
「出ません。お父様から今年は控えなさいと言われてます。」
「去年のことか。」
「ええ。さすがにシエルから報告があがったみたいです。」
残念そうにしてるが、こればかりはな。
大会中はシアのことはセリアに頼むか。
また、狙われない保障もないから。
「なぁ、シア、もし危険なことが起きたら大会中でも俺に知らせて。」
「それは」
目を泳がせるな。俺の最優先はお前の安全なんだよ。
「シアがちゃんと教えてくれないなら、俺は大会に集中できない。」
「わかりました。約束しますわ。リオ、頑張ってくださいね」
「頼むな。任せろ。シアに勝利を捧げるよ」
「怪我をしないでくださいね。ご武運をお祈りしますわ」
微笑んだシアが突然手を組んで祈りを捧げだしたけど…納得。魔石を作ったのか。
シアの魔石も純度高いよな。
シアの指から流れる血を魔石に吸わせてる。
無詠唱で水魔法で指を切ったのか。
「リオ、あげます。怪我したら魔石を吸収、待って。」
シアに唇を重ねられてる。え?体に送りこまれてる?
ひんやりするな。
「リオ、気分が悪くなりませんか?」
「ああ。大丈夫だ」
「もし、怪我したり魔力が足りなくなったらこの魔石を吸収させてください。きっと、回復しますわ」
お前、平然としてるけど無意識?
「ありがとう。シア、さっきのって?」
「魔力を合わせただけです。血縁が近いから大丈夫だと思うんですが、念の為。合わない魔力は体に毒ですから」
うん。気づいてないな。シアの手を取って血の滲む指を舐める。
昔もそんなことあったな。起きたらシアの指が口の中にあって驚いた。魔力回復させてたのか。
「リオ、やめて」
確かに相性良さそうだな。シアの血、甘い。
体に魔力が馴染んでいく。血止まったみたいだな。
目の前には顔を真っ赤に染めたいつものシアがいる。
「血、止まったよ」
「自分でできますわ」
「いや、シアの血うまいから、またしてやるよ」
「リオ?」
「ごめん。気にしないで。そろそろ帰るか?」
待って。魔力を送るって?
シアに口づけて魔力を流す。
シアに胸を叩かれるので唇を放す。
シアが俺の胸に体を預けてくる。
「リオ、もういらない。おくりすぎです。あんまり多いとおかしくなるんです」
確かに。顔がとろんとして、力が抜けてるな。
「ごめん、加減がわからなくて」
「リオは私より魔力の量が多いので気をつけてください」
シアの体がフラフラしてるので、寮まで抱いて戻った。
シアは珍しく俺の腕の中で静かにしていた。
寮で待ってたシエルに任せて俺はサイラスの部屋を目指した。
「リオ、どうした?」
「武術大会の団体戦の申込みした?」
「そんな時期か。まだだけど。」
「今年は俺と出ないか?」
「個人戦じゃなく?」
「今年は団体戦にする。あと一人は誰を誘うか。」
「ルーン嬢は?」
「今年は観戦するってさ。応援するって言うから優勝目指そうかと」
「ぶれないな。目立つけどいいの?」
「目立つのはサイラスだよ。俺は影でサポートする。風魔法が使えて隠密向きな奴がいいな。強くなくていいから。」
「わかったよ。心当たりに声かけとくよ。ルーン嬢絡み?」
「シアを泣かしたやつに報復するだけだ。」
「やっぱりか。まぁリオと組めるのも最後かもしれないし付き合うよ」
サイラスが風魔法に優れて隠密向きな男爵令息を一人連れてきた。
これでどっちが風魔法を使ったかわからない。
シアに手を出したのは五年生の侯爵令息。もう二度と手をださないようにしないとな。
武術大会当日。
いつも通りの予選の宝探しは楽勝。
毎年同じようなとこにあるからな。
手こずるのは低学年だけ。
宝を持って会場に向かおうとすると、予想通り囲まれてるな。
六人を風魔法で動きを止めて、サイラスが峰打ちする。
一応、男爵令息に六人を風魔法で拘束させておく。
寡黙で忠実に指示を守る。サイラス、優秀な奴を連れてきたよな。さすが、顔が広いよな。
その後は邪魔は、入らなかった。
喧嘩を売る相手は見極めないと駄目だよな。
さて、シアに手を出したやつと当たるのは準決勝だけどそこまで残るかな。残るな。ビアードと組んでるのか。楽しみだ。
俺達はサイラス一人に戦わさて、俺が宝を守って、男爵令息に宝を狙いながら、罠を仕掛けさせる。影が薄くて気配が消せるなんてありがたい。俺の仕掛けも男爵令息の仕業に見えるから助かる。
シアはずっと、観客席でセリアとグレイ嬢の間に座って見ている。時々手を振ってくるから振り返すと嬉しそうに笑う。
可愛いよな。
さて、俺にとって一番大事な試合がはじまる。
「サイラス、剣だけならビアードに勝てるか?」
「また俺、一人で戦うの?」
「ビアードの魔法は俺が封じる。いけるか?」
「仕方ないか。ああ。時々ビアードの気を反らせてくれると助かる。」
男爵令息に袋を渡す。
「任せろ。侯爵令息の傍にこの袋を落として風の結界で封じてくれるか?」
「俺の魔力だとすぐ破られる可能性が。」
「その上から俺が結界を重ねがけする。袋とあいつをまとめておいてくれればいいから」
「わかりました。サイラスがビアード様を倒したら、宝を取ればいいんですね」
「助かる。ありがとな」
「いえ」
「なぁ、リオ、こんなんでいいの?ルーン嬢に勇姿見せなくていいの?」
「ああ。シアは怪我さえしなければいいってさ」
サイラスは諦めたみたいだ。この大会でサイラスの名が有名になるだろうな。
さて、始めるか。
いくつか魔石と魔法陣をばら撒く。
ビアードが竜巻をだしたな。竜巻の魔力に触れた魔石がビアードに向かって飛んでいく。魔法攻撃を受けたら術者に3倍ではね返る仕掛けだ。竜巻を消したな。同じ手を使うからダメなんだよ。
サイラス達に速度向上の魔法を掛ける。
ビアードは守りで残るのか。風使いなら守りより攻撃に向いてるのにな。一番強い奴が宝を守るか。わかりやすいな。
サイラスと戦ってるのは水魔法の使い手か。
おぉ!!うまい。あいつ、もう風の結界に、閉じ込めたのか。
あいつうちの隠密部隊にほしいな。
侯爵令息への結界を重ねがけする。俺の結界が完成したのを確認し結界を解除したな。優秀だよな。俺の魔力に反応して袋の魔石が爆発して結界内に粉が舞い散る。自分で調合すれば規定違反にならない。セリアに聞いた無害な一番臭い粉。狭い結界内に充満してるだろうな。
あえて結界を最小サイズにして、外界と遮断した。
何もできずに結界内で気絶するとか惨めだよな。
その匂い洗っても当分落ちないからな。
サイラスが戦ってる水魔法の使い手の足元を風魔法で斬りつける。バランスを崩したところをサイラスが剣を飛ばす。サイラスの飛ばした剣を場外まで魔法で吹き飛ばす。男爵令息が相手を風魔法で場外にした。二人共息ピッタリだな。ビアード、お前守ってる場合じゃないと思うけど。さっきから解除しようとしてるけど、俺の結界、お前ごときが解けないよ。
結界に魔力をぶつけて駄目なら、術者を攻撃しないと。
サイラスがビアードを斬りつける。
宝から離せればこっちのものだけど、今回はサイラスに勝たせたほうがいい。ビアードに勝つのはサイラスの評価があがるからな。ビアードを風魔法で斬りつける。さすがに避けるな。まぁ集中力さえ乱せれば問題ない。ビアードの剣筋は単純だから読みやすい。
ビアードの足元に竜巻を発生させて、体勢を崩させる。
さすがサイラス、斬りつけたな。ビアードの腕から出血って、シアは大丈夫か?シアの顔色が青いな。仕方ないか。さっさと終わらすか。
サイラスの剣筋に合わせて突風を送る。ビアードは吹き飛ばされて場外。侯爵令息はまだ意識あるのか。いや、倒れた。
サイラスが宝を手にして試合終了。観客席にシアの姿がない。
シアはビアードの所に行ったな。
「リオ、ごめん」
「いや、仕方ないだろ。お疲れ、ちょっと行ってくる」
保健室に行くとやっぱりいた。
「大丈夫か?」
「ああ。こいつ引き取って。軽傷なのに大袈裟なんだよ」
「シア、大丈夫だって」
「痛そう。」
仕方ないな。シアからもらった魔石を差し出す。
「ほら」
「これ、リオの」
「俺、怪我してないし、仕方ないな」
シアが受け取らないので、ビアードの腕に魔石を当てる。
俺、治癒魔法はそんなに得意じゃないから加減がわからないんだよな。
シアが気にしてビアードの傍にいるなら魔石を譲ったほうがマシだ。
ビアードのせいでシアの顔が曇るなんて許せない。
「マール、なに?嘘だろ!?治った!?」
シアの魔石の効果がすごいな。
治癒魔法は水属性の十八番。さすが水属性を司るルーン公爵家。
ルーン公爵も一流の治癒魔導師。
「明日の個人戦頑張れよ。シア、行くよ」
シアの手をとり、部屋を出ていく。
「勝手に使ってごめんな」
「リオ、かがんで」
シアの視線に合わせると、シアが唇を重ねてくる。
魔力送ってるのか。シアが唇を離して俺の胸に頭を預ける。
「シア、大丈夫?」
「うん。送ることに慣れないからちょっと疲れるだけです。リオ、お疲れ様。」
「ありがとう」
「足りる?」
「シアが足りない」
「はい?」
シアに口づけると顔が赤くなったな。
これで、ビアードのことなんて考えられないだろう。
シアが抱きついてくる。体が暖かい。体力回復の魔法使ったな。
人目がなくて無詠唱でも危険だ。お説教しないとだけど、また後日だな。
「回復したから行ってくるよ」
「怪我だけは気をつけてくださいね」
シアの頭を撫でて、別れる。
その後、順当に勝ち進み優勝した。団体戦は評価が高い人間から表彰される。俺の狙い通り一番の功績はサイラスに与えられた。次に男爵令息、最後に俺。これなら軍部に声がかけられることはないだろう。俺は宝を守ってただけで何もしてないように見えてるはずだ。
表彰式を終えるとビアードに捕まった。
「マール!!」
「ビアードなに?」
「あの匂いなんとかしろ」
「風の結界で閉じ込めておけば?」
「他に方法は?」
「時間とともに消えるんじゃない?体に害はないよ」
「同じ空間にいるの苦痛なんだけど」
「まぁ、そのうち匂いなんて気にしてられなくなると思うよ。じゃあな、」
「待てよ」
ビアードの声を無視して進む。
明日の個人戦はずっとシアの隣にいよう。
解説してやったら喜ぶだろうな。
尊敬の目で見られるな。
武術大会を一緒に観戦するの初めてだな。
明日は1日シアを可愛がる。
考えるだけで疲れた体が軽くなる。
「マール」
追いかけてくるビアードは気にしない。あれは
「リオ、おめでとうございます。」
満面の笑みで抱きついてくるシアを抱きしめる。
「ありがとう」
「私のリオ兄様が一番ですわ」
「シアの期待に答えられてよかったよ。」
「さすがです。素敵でしたわ。やっぱり、うん?なんか変なにおいが」
シアがビアードに視線を向けた。
「エイベル、なんか変なにおいがしますわ。」
「匂い?」
「ビアード、邪魔だ。さっさと消えろ」
「エイベル、湯あみに行った方がいいです。その匂いはまずいですわ。なんか気持ち悪くなってきました」
顔色を悪くするシアを抱き上げて、移動する。
ビアードは結界で閉じ込めたから追いかけてこないだろ。
たぶん匂いが移ったのか。俺は気付かなかったけどシアにはわかったのか。
いつも抱き上げると嫌がるシアがぐったりしている。
セリア、本当に無害な薬なんだよな!?
セリアのところに行くと、苦笑して小瓶を飲ませていた。
ぐったりしたシアがもとに戻った。
まぁシアさえ無事ならあとはどうでもいいか。
俺の優勝を喜ぶシアを愛でることにした。
俺はそんなに活躍してないのに、優勝は俺の成果と思ってるシアが可愛い。
可愛いけどあんまり興奮して倒れないように落ち着かせるかな。
その夜、シアを泣かしたやつの親である侯爵には手紙を書いた。
ルーン公爵令嬢に縁談の破棄を迫り侯爵家との婚約を結ばせようとしたことは、家としての判断かと。
強引に婚約を迫られてルーン公爵令嬢が怯えていること
婚約者を傷つけられたマール公爵三男が怒っていること
マール公爵家への挑戦と受け取るべきなのかの確認の手紙を送った。
侯爵からは早馬で謝罪と卒業後は廃嫡にすること、
ルーン公爵令嬢には近づかせないから許してほしいと返事がきた。
子供のしたことなのでマール公爵家としては目をつぶるけど、もしルーン公爵令嬢に近づいたり危害をくわえることがあれば、侯爵家に責任をとってもらうと返事を送った。
これでシアに手を出した侯爵令息の未来は真っ暗だ。
武術大会で何もできずに倒れて異臭を撒き散らす。どんな気分だろうな。
来年の武術大会で優勝すれば廃嫡になっても就職先くらいはあるかもな。
優勝できないようにニコル達を育てようかな。
あとは俺達を見守る会に情報を流しておくか。
俺達の仲を引き裂いてレティシアを泣かせたと知ったら令嬢達の視線も冷たくなるだろうな。
レティシアに無理強いをしたって言ったらシアのファンも動くかな。侯爵家が公爵家の決まった縁談に口を出すのも醜聞だよな。
穏やかな学園生活が送れないだろうな。
残りの学園生活に充分苦労してくれたまえ。ざまあみろ。




