レティシア2年生 噂
サイラス視点
「サイラス、ちょっといいか?」
俺は同じ武門名家出身の友人に声をかけられた。
「なに?」
「ここではちょっと・・」
廊下に連れ出され、教室ではできない話に嫌な予感がしてならない。
「弟にリオを通してルーン嬢を紹介してほしいって頼まれたんだけど」
「え?無理だろ」
「理由がさ、ビアード様を紹介してほしいらしい」
彼の弟は1年生。ルーン嬢とビアードの関係はそんなに知られてないはずなんだけど・・。
「は?いや、ルーン嬢とビアードは確かに仲がいいけど、なんで1年生に広まってんの?」
「お前の弟がビアード様と訓練したって話を聞いて羨ましいみたいで。」
「ノアが?」
「ああ。ルーン嬢の紹介で訓練してもらったって話が一部で広まってる。まずいよな?」
「ルーン嬢は仲介するし、きっとその場に混ざるよな。リオが…」
「荒れるよな。初恋こじらせてるよな。もう少し余裕を持てばいいのに。将来結婚できるのに」
「リオは欲張りだから。」
「弟にはルーン嬢に決して声をかけるなとは言ってあるけど、あれは」
友人の視線をおうと、ルーン嬢が見慣れない1年生と歩いている。
嫌な予感がして、声をかけた。
「ルーン嬢?」
「グランド様、ごきげんよう。」
「初めて見るけど、新しい後輩?」
「先程ぶっかってしまいまして…。本を運ぶの手伝ってくれたんです。将来が楽しみですね。」
二人は分厚い本を何冊か持っている。
ルーン嬢が一人で運んでるのを見かねて手伝ったのか。
これを一度に一人で持ったら小柄なルーン嬢は前が見えないよな。
そんなことよりもルーン嬢の笑顔に顔を染める後輩を見てまずいと思った。
リオが教室から出てこないことを祈ろう。
ルーン嬢が後輩に振り向いた。
「エイベルだけでいいですか?エイベルよりもグランド様のほうが頼りになりますよ。」
俺はすでに後手に回っていたことを理解した。
「ビアードでよければ俺が紹介するよ。友達にも広めて構わないから」
「グランド様?」
「俺達武門名家の務めだから、あとは任されるよ」
家の務めといえばルーン嬢は納得した顔をした。
ルーン嬢は武門貴族の務めはよく知らないはずだ。
宰相一族の令嬢だから。
「わかりました。本、ありがとうございました。ここからは自分で持ちますわ。」
俺は後輩の持つ本を取り上げて教室で読書に集中してるリオに声をかける。
「リオ、ルーン嬢が本で潰れそうなんだけど」
ルーン嬢に対しては反応早いよな…。
いつの間にか隣にいるリオに本を渡す。
「シア、シエルは?」
「別件です。自分で持ちます。」
「いや、俺も図書室に行くから持つよ。」
リオがルーン嬢の持つ本を取り上げた。
「こんなに一度に持ったら前が見えないだろ?危ないよ」
すでに人にぶつかっているルーン嬢はおすまし顔で答えた。
「気をつけます」
「行くよ。」
「リオに全部持たせるのも」
「ほら」
リオが一冊だけルーン嬢に返した。ルーン嬢はリオをじっと見つめた。
「本当に図書室に用があるんですか?」
「ああ。俺の名前でいくつかシアの好きな本も借りていいよ」
ルーン嬢が嬉しそうに笑った。リオはルーン嬢の扱いはうまいよな…。
リオはルーン嬢の荷物持ちという用があるから嘘ではないか。
あんなに集中して読んでいた本はもういいのか。
異国語だから俺にはどんな本かわからないけど。
リオにとってルーン嬢以上に優先するものなんてないか…。
「本当ですか!?グランド様、失礼します。宜しくお願いしますね」
「またね」
ルーン嬢が礼をして笑顔で図書室に向かっていくのをリオが追って行った。
別に俺はルーン嬢の満面の笑みを見ても手を出さないから、にらまなくてもいいんだけど。
リオの余裕のなさに友人が笑っている。
この友人はリオの片思いに気づいている数少ない俺の味方だ。
俺をリオ係と名付けたのは彼だけど。
「ビアードを紹介してほしいんだっけ?」
「すいません。グランド様のお手を」
「気にしないで。友達にもルーン嬢じゃなくて、俺に声をかけてって伝えてくれる?ビアードは俺が紹介してあげるから」
「ありがとうございます」
「今日は面会依頼をとってないから、また今度ね。一緒に訓練を受けたい友人がいれば声をかけていいから」
「他家門なのにいいんですか?」
「学園は平等だからね。」
後輩の名前を聞いて別れた。
友人が苦笑している。
「サイラスいいのか?」
「ルーン嬢を巻き込むより穏便だろ?お前も協力しろよ」
「優秀な学生の勧誘か。ビアード様に紹介しながら気に入れば自分の家門に勧誘するんだろ?」
「もちろん。」
「俺はサイラスと違ってビアード様と面識ないんだけど」
「俺だってリオを通して知り合っただけ。とりあえずノアは締めるよ。弟は頼むよ。」
「ああ。紹介は武門貴族を通すように伝えておくよ。ルーン嬢には手を出すなと。本人は無害だけど恐ろしい保護者がいるからな」
友人と打ち合わせをして、ビアードに相談するとあっさり了承してくれた。
ビアードは面倒見がいい。
ただビアードが1年生を訓練しているのを知ったルーン嬢が拗ねていた。
ビアードがうちの教室に来るのはルーン嬢関連。
ビアードはリオと二人になるのは避けたいらしい。
怖がる気持ちはわかるよ。よくリオに八つ当たりされてるから尚更…。
「マール、レティシアをなんとかしろ!?」
「シアに何をした?」
「訓練の仲間に入れてほしいって騒いでる。」
「なんで?」
「1年が俺と訓練してるのを聞いてずるいって。なんで声をかけてくれないのかって…。」
「なんでいつもそっちにいくのかなぁ…。」
「マールの許可をとれば入れてやるとは言ってあるけど。マール相手だと全く勝てる見込みがなくて心が折れそうだって。授業でカーチスにボロ負けしたのが堪えたらしい。」
「シア、手を抜くと怒るんだよ。お前だって負けられないだろ?」
「まぁな。」
これ、まずいな。
ここでルーン嬢がきたら最悪だよ。
大体俺の勘って当たるんだよな。
「エイベル!見つけました!!グランド様、リオごきげんよう。エイベルをお借りしてもいいですか?」
「俺、忙しいから話すならここにして。」
「わかりました。はい、許可を取れました!!」
ルーン嬢が満面の笑みでビアードの前に紙を突きつけた。
覗くとルーン公爵夫人からみたいだ。
「お母様が訓練に参加していいって。たくさんの相手と手合わせするのが大切って。強い相手でも必ずスキがあるから見極められるようになりなさいって!!これでいいでしょ?」
「俺はマールの許可をとれと。」
「リオ、怪我には気をつけます。いいですよね?ルーン公爵家の許可があれば反対しませんよね?」
えげつない。
さすがにリオもこれは反対できない。
ルーン公爵夫人のほうがリオより立場は上だから。
「なぁ、シア、どうして叔母上の許可をもらったの?」
「セリアが武術のことはお父様よりお母様のほうが適任って。怪我をしてもエイベル達を責めないと一筆も頂いてます。抜かりはありません」
「セリアのやつ…。余計な入れ知恵を。」
「リオ?どうしました?まぁいいですわ。エイベル、いいでしょ?仲間にいれてください」
「ビアード、シアが参加するなら俺もやる。」
「嘘だろ?」
ビアードはリオの言葉に固まった。
「野獣の群れにシアを一人で放り込めない」
「リオ、一人で平気です。学園にはオオカミもクマも出ません。もし出たら弓で仕留めます。できればさばけるようになりたい」
「出ないだろ。やっぱりバカなの?」
「ポンコツエイベルには言われたくありません。ちょっと武術が強いからっていい気にならないでくださいませ」
「お前と比べたらちょっとじゃないけどな」
「いつか勝ちます。今は体が小さいから仕方ないんです」
「体だけじゃなくて体力だろ?一番の欠点は」
「ビアード、」
「マールと訓練すればいいだろ!?」
「エイベルは全然一緒に訓練してくれませんもの。ずるいです。後輩が可愛いのもわかりますよ!!なら私も仲間にいれてください。」
やばい。リオが涼し気に笑ってる。
捉え方によってはリオよりも、ビアードを選んでるように聞こえる…。
俺、寒気がしてきた…。
「やっぱり武門名家には敵わないよな。シアと一緒にビアード公爵家の訓練を仕込んでもらうよ。」
「マール?」
「俺だと物足りないみたいだし、ビアードよろしく頼むよ」
「俺はお前がいるとやりずらいんだけど」
「邪魔しないから気にするな」
ルーン嬢がリオを、じっと見ている。
「リオ、怒ってます?」
「俺がシアに怒るわけないだろ。俺は叔父上にシアのことを任されてるから。」
「リオ?」
「シアは俺よりビアードがいいんだろ?」
「リオ兄様とポンコツエイベルなんて比べる価値もありません。ただ色んな人と経験をつみたいんです」
「いいけどさ、訓練は休養日にするみたいだけど、今のシアに時間はあるの?」
ルーン嬢が固まった。
訓練って放課後してるみたいだけど。
余計なことを言うのはやめよう。
「予定があえば、参加させていただきます」
「ルーン公爵令嬢は忙しいからな。うちからも幾つか、シアの指名を受けてるんだけど」
「全然訓練する暇がありません。後で招待状をください。失礼しますわ」
しょんぼりしたルーン嬢が立ち去っていった。
「リオ、追わないの?」
「たぶんセリアのところに行くよ。ビアード、訓練は休養日で。放課後は絶対にやめろ」
ビアードが苦笑している。
「やっぱり参加させる気はないんだな」
「タイミングがあえばシアと一緒に参加させてもらうよ。たぶんビアードとの訓練の話題が出なければ忘れるだろう」
「ルーン公爵夫人はどうするんだよ?」
「叔母上も忘れっぽいから大丈夫だよ。シアの頼みだから動いただけだろう」
「うちの派閥の筆頭なのに大丈夫なのかよ」
「叔父上とエドワードがいるから。レティシアが飴役、エドワードが鞭でうまくやってるよ。社交界での情報収集とパイプつくりはレティシアが一番うまいからどうしても最近はレティシアに仕事が集まるみたいだけどな。こないだも気難しい辺境伯とのパイプを作ってきたしな。」
「さすがルーン公爵令嬢。あのお転婆娘がよくやるよな」
「俺のだからな」
「あれの相手はお前にしかできないよ。俺には手綱を握れない」
「とりあえず、レティシアの耳にビアードの訓練の話題が入らないようにするから余計なことを言うなよ」
「俺、自分からあいつに話題をふったことない。ただわめくのを聞き流してるだけなんだけど」
「お前じゃないなら1年か・・。」
やばい。これ危険。うちのノアが元凶とは知られたくない。
「リオ、1年は俺がやるよ。」
「サイラス?」
「任せて。ルーン嬢の前でビアードの話題をあげないように徹底させるよ。個人訓練のほうが上達するって伝えるよ。そんなことに時間をとられるよりルーン嬢と過ごすほうが有意義でしょ?」
「すぐすむけど」
「これは武門貴族の務めだから。俺がやるから」
「わかった。しばらくは様子を見る」
ノアにはしっかり言い聞かせ、ロンにも頼んだ。
ノアがビアードや合同訓練関係の話題をルーン嬢に出せないように気を付けてほしいと。
ノアは心配だけどロンがいれば大丈夫だろう。
これ以上迂闊なことをするとうちが取り潰される。
後は、
「ルーン嬢」
「グランド様、おはようございます」
「おはよう。相談なんだけど」
リオがルーン嬢が自分と訓練したがらないと拗ねていることを話すと不思議な顔をしている。
「リオ兄様が?」
「そう。ビアードを選んだのがショックだったみたい。シアは俺の訓練よりもビアードがいいのかって」
「信じられません」
「年上だから情けないとこ見せたくないんだよ。訓練誘ってあげて。最近、暇そうだから」
「珍しいですね。ポンコツエイベルなんてリオ兄様と比べる価値なんてないのに」
腑に落ちない顔をしたルーン嬢を説得して教室に行くと登校したリオに睨まれた。
「ルーン嬢、リオに会いにきたんだけど、まだ来てないから保護してただけ」
ルーン嬢がリオの顔を見て首をかしげている。
「シア、どうした?」
「いえ、リオ兄様たまには構ってください」
「え?ああ、もちろん。何がしたいの?」
「監督生限定の池で訓練したいんです。だめですか?」
「俺でいいの?」
「リオの時間が許せばお願いします。それにリオとの訓練が一番です」
「わかったよ。手配しておく」
「あと、欲しい本があるんです」
「もうすぐ読み終わるから貸してやるよ。」
「リオ、大好きですわ」
ルーン嬢を抱きしめるリオを見て機嫌が直ったことに安心する。
真剣に読んでた本は彼女関連だったのか。
彼女がリオのそばにいる間に、こっちの手回しをしないと。
武門貴族が外交一家に振り回されるって複雑だけど仕方がない。
グランド伯爵家の安寧のためにはマール公爵家を敵にまわすわけにはいかないから。




