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乙女の恋は岩をも砕く!

 に、逃げられた―――っ!


 ぽかーんと。

 開けた口の中が寒い。ついでに言えば、闇に伸ばした手が夜風で冷たい。


 開け放たれた扉から出ていったのは我が愛しの(になる予定の)旦那様。

 ひゅーるりー♪とか歌っちゃいそうな気分だけど著作権的にマズイのでそこは我慢。


 や、ちょっと待てよ?


 少し冷静になって考えよう。

 なぜ異世界バイ○グラ……じゃない催淫剤を飲ませて逃げられたのか。私は。


 おかしい。これは絶対におかしいぞ。


 本来ならば催淫剤を飲んだせいでくらっとなった興奮状態のクラッド様を「大丈夫ですか?」と言いつつ私が支えて、あわよくばそのまま夫婦の寝室レッツゴー!とかそんなルートに進む筈では無かったのか。


 (これ他人にやったら本気で犯罪だからね!ついでに夫婦でも本当は駄目だから良い子は真似しないでね♪)


 どこで分岐間違ったんですかあたしは? 教えて○技林。

 (大○林を知らない人は「ゲーム 攻略本」で調べてみよう!)


 いやでも選択肢らしいの出てなかったような……って当たり前かこれ現実だし。


「お嬢様。思考のドツボに嵌まるのは構いませんが念のため、クラッド様のご様子を見に行かれたほうがよろしいかと存じますが」


「あ。エブリンごめん。今ちょっと存在忘れてた」


「いつもの事なので気にしておりません。これは私の予想ですが、恐らく本当にクラッド様は現在入浴されていらっしゃるかと思います。きっと出た頃にはお身体が冷え切っているかと思いますので、よろしければ暖かいスープなどお持ちになればよろしいかと」


「冷え切ってる? なんで?」


 そう私に説明しつつ、先ほど使った鍋をもう一度火に掛けているエブリンは言葉通り既にスープの準備に入っているようだった。冷蔵室から出したのは日本では生姜にあたる根菜類。他にも身体を温める作用のある赤い調味料なども用意し始めている。


「……きっと、今頃冷水を頭からかぶっていらっしゃるかと思いますので」


「ええっ!? まだエルフの月(日本じゃ三月)入ったばっかよっ?」


「そういう時も必要なのですよ。殿方には」


「そーなんだ……」


 とりあえず手伝いを、と生姜をげしげしおろし器で削っていると、エブリンは淡々と葱(見た目は)を高速切断しながらそう答えてくれた。


 イマイチ意味がわからないが、情報蜘蛛のエブリンのことだ。彼女にだけわかる事情というのがあるのだろう。


 何しろ二十歳で過労死したあたしは男性についてはからっきしなもので。


「にしても、クラッド様あの薬飲んだ途端に様子がおかしかったわよね。もしかして失敗したのかしら」


「それはありませんわ。お嬢様にしては珍しく用法用量を守っておいででしたし、何より私が確認しておりますので間違い御座いません」


「そりゃ確かに」


 エブリンの言い方が多少引っかかったものの、彼女の言う通りなので反論せずに頷いた。


 とすれば。あのクラッド様の七変化(具体的には四変化くらいだったけど)は一体何だったのだろうか。


 普段はウサギ並みの草食男子なのに、薬を飲まそうとしたら野良の黒猫が如く警戒され、かと思えば飲んだ途端に獰猛な獣みたいな目をされてしまった。


 いつもなら穏やかな墨色の瞳がああも鋭く輝くところなど、彼と出会ってから初めて目にしたくらいだ。

 だというのに、最後にはまさに場を脱するウサギみたいに逃げられて。


 正直わけわからん、というのが私の感想である。


 催淫剤って簡単に言えばしたくなっちゃうお薬ってわけよね?


 なのに手を出すどころか逃げられるってどういう事?


 え、もしかして生理的に無理とかそういう部類?


 だったら死ぬほど悲しいんですが。

 ちょっと立ち直れないかもしれないぞこれは。

 よく本の感想とか人への印象で『生理的に無理』って言っちゃう人も無理だもの。


 違うそうじゃない。私が言いたいのはあれだ。


 仮にも妻なんだからそういう気分になったのならさっさと手を出せば良いものを、それすら考えてもらえなかったのがショックだったんだ。


「やっぱ好きな相手じゃないと駄目って事かなぁ……」


「確かに『気持ちが伴っていない相手』であれば、中々難しいかもしれませんね」


「そっかあ……」


 作業をしつつぶつぶつひとり言う私に、横からエブリンが言葉を挟む。


 何かを含んでいるような様子だったけど、思い当たる節はないので再びクラッド様について考えた。


 気持ち……ってことは、イコール今の私じゃ駄目なわけで。

 つまりクラッド様に好きになってもらわねばならんと。


 でも私じゃなあ。


 クラッド様って大富豪クラスの商人(ビジネスマン)だし、いくら妻がいるといっても引く手は数多だと思うのよ。それこそ未婚のお嬢さんからちょっとマズイけど既婚の奥様まで。


 よほど綺麗とか可愛いとか、愛嬌あったりとかしないと無理だわ絶対。

 相当女子力高くないと。


 と、そこまで考えたところでふと気付く。


 え、だったら……磨けばいいんじゃない?


 『貴方好みの女になります』的な。


 そういえば、この世界の私って一応淑女として生活は出来ているけど、自分磨き的なのをしてるわけじゃないしな。


 当たって砕けろではないけれど、やらないよりはマシ……な気もする。


「―――よし! 決めたわエブリン! 私明日から『良い女』になる為の自分磨きをするわ!」


「はあ。またお嬢様は極端な考え方を……いいでしょう。どういったものか、聞かせていただけますか」


 エブリンが湧いたお鍋の中に私がおろした生姜の削り汁を入れながら、溜息交じりに告げた。


 何、その微妙~に嫌そうな顔は。


 これでもちゃんと考えて出した結論なんだから、そんな眉顰ませなくてもいいじゃないの。


 とちょっとだけ不満に思いつつ、私はエブリンに次の計画を話して聞かせた。


「つまりはね。気持ちが伴ってないのに力押ししようとするから駄目なんだと思うのよ。なら自分の魅力を上げなら、プラス手助けとして薬を導入すればいいと思うの!」


「結局薬には頼るんですねお嬢様」


「だって、私単独じゃクラッド様に手を出してもらえる自信が無いんだもの」


「正直なのは結構ですが、挑む前から負け腰では勝てる戦も負けてしまいます。とりあえず、栄養剤と称した催淫剤は暫くおあずけにしましょう。良くてもフェロモン香水程度ですね。お嬢様の自分磨きについては……まあ私は賛成いたしましょう。あの方の焦った顔というのも見てみたいですし」


「焦った顔……? ちょっと意味わかんないけど、エブリンがOKならあたしにも二言は無いわ! 明日から『旦那様の貞操を奪え!』計画……じゃない、ホトトギス計画の第二弾開始よ!」


 ふん! と私が拳を固く握り締め決意表明をした時にはちょうど、白い湯気がたつスープが出来上がった。


 エブリンはそれをスープ皿に入れ、盆にのせて私に渡してくれる。


「かしこまりましたわお嬢様。では、今日はひとまずこれを旦那様にお持ちになって下さい。明日からは心機一転頑張りましょう。……恋する乙女は岩をも砕くと申しますものね」


 でもって、満面の笑顔でそう言った。


「んなっ!? えええええエブリン貴女ななな何のことっ!?」


 不意打ちを食らって思わず慌ててすっとぼけたら、まるでチェシャ猫か!とばかりのにんまり笑顔が侍女の顔に浮かぶ。


 いやめっちゃ恐いよエブリン……ただでさえ調理場の照明落としてて暗いんだから。


 手にした盆のスープ落っことしたらどうしてくれる。


「隠しても無駄も大無駄ですわリイナお嬢様。バレバレどころか駄々漏れですわ。むしろ振りまいておりますわ。ファージが磨いたワイングラスよりもクリアですわよお嬢様。……クラッド様が、お好きなのでしょう?」


「ぐえっ! どぅはあああああっ」


「あらあらまあまあ。何慌てていらっしゃるんですかお嬢様。スープが零れてしまうじゃありませんか。もし床を汚したらアーノルドに叱られますのでご自分で後始末なさってくださいましね」


 わたわたする私に、エブリンが留めの言葉を投げてくる。

 なんという無常か。


 ちなみに、ファージというのは調理場担当の若い青年である。食器磨きはアーノルドの教えによって職人の域に達しているという調理師より食器師になりつつある青年だ。

 (一体どういうスパルタやってんのかは恐いので知りたくない)


「エブリンひど! いや私はせっかく良い人に嫁げたんだから出来ればこの地位を強固にしたいだけでして! 今後良い結婚生活を送れたら私もクラッド様も皆ハッピーじゃない!」


「まあお嬢様ったら誤魔化すのが下手過ぎますわ。それこそ臍で茶を沸かすほどには失笑ものですわ」


「エヴリン貴女って時々どぎついわよね……」


「何か仰いましたかお嬢様」


 ああ言えばこう言われる。前世の記憶が蘇る以前から彼女に口で勝てた試しは無いが、今日ほどコテンパンにやられた日も無かったように思う。


 というか、私の心がフルボッコなんでもう勘弁して下さい……。


「私の負けよエブリン……。そりゃクラッド様の事は好きよ。だって家を助けてくれたし、あのお母様でも許してくれてるし。あまり会えない割には、私の事気に掛けてくれてるもの。もしチャンスがあるのなら、あの人とちゃんとした夫婦になりたいって思うわ」


「こちらしてはお嬢様がそう思うようになったきっかけを教えていただきたいところですが」


「それはまだ勘弁してっ!」


 白旗上げて降参したのに、まだ特攻してこようとする有能な侍女に、流石の私も待ったをかける。

 いやだって、スープだって冷めちゃうし。


 決して逃げてるわけじゃありませんよっ。


「……仕方が無いですね。ではそろそろ旦那様も禊がお済みになった頃でしょうし、そちらお持ちになって下さい。わたしは片付けを済ませたら休ませていただきます」


「ええ。今夜はありがとうエブリン。おやすみなさい」


「おやすみなさいお嬢様。良い夢を」


 強制恋バナを諦めてくれたエブリンは、顔を普段のものに戻し(あの笑顔すごく恐かった)後片付けを始めた。


 私は彼女に軽く淑女の礼をとってから、逃げたウサギ……じゃないクラッド様の部屋へと調理場を後にした。


「……これでは旦那様も前途多難ですわね……」


 私が居なくなった調理場でエブリンがそう呟いていた事など、勿論知る由も無く。


 結局、出来上がったスープをクラッド様のところに持っていった時には、彼はもう普段通りに戻っていて、そしてスープを飲んだ後は(本当にクラッド様水浴びてたよ唇紫だった)再び商会の事務所に戻っていってしまったのでした。


 ……ったくもう一体どっちが家なんだか。


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