第29話
儂は、齢89歳で、生涯を閉じようとしている。漢方医なので、病に侵された自分の寿命は、よく分かる。このご時世では、かなり長く生きた方だ。
養生所も作り、多くの人を治療し助ける事が出来、満足の行く人生だった。
最初の頃は、薬の実験に利用されるなどの、良からぬ噂が流れ、立ち上げてから暫くは、来所者も少なかったのは、今となっては、いい思い出じゃ。
まあ、治療費はとれるところからしか、とらぬとしたから、財は成せなかったが、医療の礎にはなれたであろう。
苦労はかけるが息子よ、後は、頼むぞ。
儂は静かに目を閉じた。
「もっと、人助けをしたいのでは、ありませんか?」
真っ暗闇に、声が響いた。
いや、もう十分に、儂は生きた
「医療の新しい技術や進歩を見たくありまさんか」
見たい。感じたい。だか、儂はもう年じゃ
ボケも入っとる。
「あなたの時を遡らせることは、造作もない事です。医療、新薬で、人の為にもう一度。いかがですか?」
やりたい。儂には、救えなかった連中が、沢山いる。
「では、若さと治癒、薬師の力を。仲間を探し、使命を」
仲間だと?
「はい、あなたと共に厄災に、立ち向かう仲間が、先に行ってます」
わかった。その使命とやら、全力で果そう
儂は、森の中の小川のほとりにいた。
喉の渇きを、小川の水で潤おそうと、掌で水をすくう。淡く掌の水が光った気がしたが、構わず飲む。
うーん。美味いっ
五臓六腑に染み渡るとは、この事だろうと一人ほくそ笑む。
ふと、水面に写った儂の顔に、目を移す。あの声が言っていた通り、20代半ばであろうか。眼光が、ギラギラした儂の顔には、皺がなく、禿げていた頭も黒い毛でフサフサだ。喜ばしい。
晩年まで、調剤をしていた為に、薬剤焼けで赤く染まった髭も、綺麗さっぱりなくなり、つるつるだ。喜ばしい。
さて、これからどうしたものかと思慮していたところ、見慣れない格好の3人組が、這々の体で儂のいる小川の水辺にたどり着き、へたり込んだ。
年長者らしい禿げが、儂に気付くと
「そこの若造。こんなところで、そんな格好で、何してる?」
「儂のことか?気づいたらここにいた。迷いこんだ?かな?」
「睡眠ダケの粒子でも吸ったか。武器、防具も無しで、ここは危険だぞ」
「そうか。気をつけよう。それより、連れが怪我でもしてるのか。顔色が悪い。それに、震えも来とるようだが。」
「魔物の毒に、やられたのだ。効果は薄いが、小川沿いに毒消し草が自生してるので、採りにきた」
儂は、毒消し草と聞き、辺りを見回して見た。ほう、薄く紫に光るこの草かな。
「これの、ことかのう」
「おっ、知ってるのかっ?それだっ。葉を何枚か摘んで持って来てくれないか」
儂は、よっこらしょっと立ち上がり、6枚ほど葉を摘み、持って行こうとしたが、何故か掌で6枚の葉を、揉んでいた。
「おい、何してる。急いでこっちに持って来てくれ。」
「ほい、こっちのほうか、効くと思うがの」
と儂は、掌にできた紫の粉を、震える男に振りかけた。
「き、きさまっ。何すっ?」
男の顔色が途端によくなり、震えも止まった。
「毒が、瞬時に、消えただと?まるで、毒消しの魔術のようだが。若造、貴様治癒魔術が使えるのか?」
「いんや、そんなもんは、知らん。医術と調剤の知識はあるがの」
「医者なのか?」
「そのような者かの」
男達は、改めて儂に礼を述べ、医者なら村に少し滞在してくれないかと言ってきた。
行く宛てのない儂は、男たちに着いて行き、山村に辿り着いた。




