ニワトリは恐竜の子孫
異世界に渡って30時間を過ぎると、強制的に元の世界に戻されてしまう。そして、次にまた異世界に行っても最初現れたのと同じ場所にしか出現する事が出来ない。
つまり異世界でどれだけ移動しても、その距離は30時間経つとリセットされてしまう。
それが分かっていたので、オレは前もってスタート地点に武器を用意していた。転移と同時に武器を使える様にだ。トンボの脚。軽くて、丈夫。突いて良し、切って良しの優良武器だ。
本来なら、アイテムボックスにナイフなんかを入れて来たかったのだけど、今回はリョウちゃんの服やビデオカメラを持って来る必要があった為、それが出来なかった。
なお、『座標指定』と呼ばれる能力をゲットしたら、異世界での出現ポイントを選べるようになるらしい。まあ、習得するには大量の魔力を必要とするらしいので、その能力を使えるのは、まだ少し先の話になるだろう。
巨大なトンボの脚を受け取り、リョウちゃんは目を真ん丸に開いて驚いてくれた。予想以上の大きさに、魂消た様だ。いちいちリアクションが愛おしい。
男が一緒にいると分かってしまう画像は配信には使えないのだけど、とりあえずカメラはずっとリョウちゃんを撮り続けている。後は、編集の段階で頑張ってもらうしかない。ちなみにオレは、編集には関わらない約束である。そんな技術もないしね。
「こんなに大きな虫がいるんですね」
「ああ。昼間は、虫の相手がメインになると思うよ。リョウちゃんは、虫は平気?」
「なんとか、我慢します。ゴキブリとかクモとかゲジゲジなんかは無理と思いますけど・・・」
「それは、同感。気持ち悪いのが出て来た時には、迷わず逃げる事にしようか」
「あ、マコトさんもそういうのは・・・?」
「うん。全然ダメ」
「あはは・・・」
オレは田舎出身ではあるけど、虫は得意ではない。むやみに脚がいっぱいあったり、逆に脚がなかったりして、うねうねと動く生物は、生理的に全く受け付けない。もちろん、ゴキブリもダメだ。
「じゃあ、トンボが出たら、オレが翅を切って落とすから、トドメを頼むわ」
「は、はい・・・!」
素直に頷くリョウちゃんを従えて歩き出すと、すぐに1体のトンボ型モンスターが近づいて来た。
「ああっ、き、来ましたよ!」
巨大なトンボの接近に気づいて怯えるリョウちゃん。それでも逃げ出したりパニック状態にならないところは、とてもありがたい。
オレは素早くトンボ型モンスターに近寄ると、右手で持ったトンボの脚を振り下ろした。
千切れ飛ぶトンボの翅。
巨大トンボは地面に突き刺さる様に墜落し、その巨体をジタバタさせる。
「リョウちゃん、横から近づいて、首を突き刺して!」
「はい!!」
あたふたと移動をすると、リョウちゃんがトンボの脚を突き出した。
体節の隙間に命中したらしく、トンボの脚がモンスターの身体に潜り込む。
が、まだトンボ型モンスターは暴れ続ける。
オレはトンボ型モンスターの身体を押さえつけると、リョウちゃんに刺突を繰り返させる。
四度五度と身体を貫かれ、トンボ型モンスターはゆっくりと動きを止めた。
「やったな!」
オレが笑いかけると、リョウちゃんは泣きそうな表情でその場に座り込んだ。
怪我でもしたかと近寄ってみたが、どうやら大丈夫の様である。
初めて大型の生物を自分の手にかけたという経験に、虚脱状態になっているのだろう。20才の女の子には、酷な体験だった筈だ。生き物を殺す感覚は、大多数の日本人には強烈なストレスにしかならない。
ハアハアと息を荒げるリョウちゃんの肩に手を置き、「頑張ったな」などと労いの言葉をかけてみる。我ながら似合わないセリフだと思うが、仕方ない。
「慌てなくていい。ちゃんと守ってやるから、息が整うまで休んでろ」
「す、すみません・・・」
リョウちゃんの肩をポンポンと叩いてから、オレは周囲を警戒し始めた。ビデオカメラは、ベルトで頭部に固定してある。リョウちゃんが戦えないなら、オレの経験値稼ぎをさせてもらうだけの事だ。
それにしても、半裸とも言える恰好のまま憔悴している美少女とは良いものだ。眼福である。
男としての本能に火が付くね。
今回は、凶暴なマコトくんが披露出来ちゃうかも知れない。
「ごめんなさい。もう、大丈夫です」
10分も休むと、リョウちゃんは一応復活して来た。
「無理するなよ。時間はたっぷりあるんだから」
「いえ。温い事言ってられませんし・・・。それより、水をいただいて良いですか?」
「あ、ごめん、ごめん。先に水を飲ませてあげるべきだったね」
オレは左手の小指を突き出すと、その先から水をチョロチョロと溢れ出させた。水の入ったペットボトルぐらい持って来たかったのだけど、荷物の関係で無理だったのだ。おかげで今回の探索行では、水は全てオレの小指から出た物で賄う事になる。
リョウちゃんは跪いた姿勢で口を開き、舌を突き出しながら、オレの小指から流れ落ちる水を受け止めた。
エロい! とてつもなくエロい!
極薄スパッツの下で、オレのマコトくんが目覚め始める。
いかん! こんな光景をいつまでも見せられていたら、オレがモンスターになってしまいそうだ。
オレは左手を下げると、リョウちゃんが飲み易い位置に持って行こうとする。
が、次の瞬間、あろう事かリョウちゃんがパクリとオレの小指を咥え込んだ。
柔らかな粘膜に包まれるオレの小指。
オレの心臓が、ドキリと跳ね上がった。
そしてリョウちゃんがクックッと喉を鳴らす度に、小指の先端に舌が押し当てられる。
やばい!
小指の先端から水以外の物が出そうだ!!
オレは無様に腰をくねらせてしまう。
喉の渇きが治まると、リョウちゃんは恥ずかしそうに、オレの小指から口を離した。
少し下側が厚ぼったい唇が遠ざかって行くのを、オレは未練がましく見送る。
「す、すいません。つい・・・」
「い、いや。しょ、しょうがないよ」
照れまくる20才の美少女とアラフォーのおっさん。
微妙な空気に包まれながら、オレたちは移動を再開した。
途中で遭遇したスライムは、やはり放置。敵意を向けて来ない者を、こちらから攻撃する気にはなれない。
リョウちゃんとしても大きなモンスターと格好良く戦う映像が欲しいらしく、スライムをスルーする事に異論はない様である。
そして次に現れたのは、やたらと大きな鳥だった。
身長2メートル余りで、逞しいガタイ。体色は茶色で、羽をバタバタさせてはいるが、上空に舞い上がる様子はない。頭部に目立つ羽飾りがあるせいもあって、茶色の巨大なニワトリというイメージである。
初見の大物を前に、まずは逃げるべきかと考えたものの、残念ながらすでに相手はこちらを獲物と認定して、やる気満々の様だった。
草原というなだらかな地形では、人間がニワトリと鬼ごっこをしても勝てる見込みはないだろう。つまり、迎え撃つしかない訳だ。
「リョウちゃん、まずは奴の攻撃をかわす事に専念して! で、チャンスがあったら、反撃よろしく!」
オレはリョウちゃんの返事を待たずに、スルスルと歩を進めた。
露出度満点の美少女に良いところを見せようと、無謀な真似をしているという自覚はあるが、他に堅実な手段を思いつかないのも事実だ。ここは、オレが踏ん張るしかない。
巨大ニワトリは羽を左右に大きく広げた上、頭の羽飾りを垂直に立て、胸の辺りの羽毛を膨らませ、精いっぱい自分を大きく見せようとする。威嚇しているのだろう。
「つまり、身の危険を感じてるという事だ・・・なっ!」
相手が攻撃して来る前に、まずはオレが仕掛けた。
倒れ込む程の前傾姿勢でダッシュをかけると、すれ違い様にニワトリの首にトンボの脚を一閃。
が、手応えがない。
分厚い羽毛で、柔らかく受け止められた感覚だ。
そこを、広げた羽で打ち据えられた。
布団を丸めた塊で殴られた感じ。殴られた痛みはないが、オレはダッシュを一瞬で止められ、仰向けにぶっ倒れる。
「がはっ!」
急激な転倒のショックで目を回すオレに向けて、ニワトリモンスターの巨大な嘴が、鋭く振り下ろされた。