コスプレ釜飯屋《百花》
「おっす。久しぶり」
「久しぶりですね、マコトさん。呼び出し、待ってましたよぉ」
「調子良いヤツだなぁ。この店に来たかっただけだろうに」
「いやいや。2割ぐらいは、本当にマコトさんに会いたかったんですって!」
「2割かよ!」
てな訳で、場所はオレのお気に入り、コスプレ釜飯屋《百花》である。
にぎやかにオレの目の前に座ったのは、福本拓也。年齢は30代半ば。オレが会社を辞めるまで、後輩だった男だ。身長はオレと同じく180センチぐらいだが、体格はずっと逞しい。人好きのするキャラだけど、昔はそこそこやんちゃだったらしい。
「こんばんわー」
そこに、ナース姿とメイド姿の女の子がやって来て、オレとタクヤの隣に着いた。
ナース姿の黒髪セミロングが、オレのお気に入りのユーリちゃん。色白美人で、おしとやかな20才。ほのかな色気が、オレの胸をざわつかせる。
そして、メイド姿の茶髪ショートは、リョウちゃんだ。ボーイッシュで、切れ長の目が印象的。まだ店に入って2日目らしい。首や肩は華奢なのに、ある部分はしっかり育っている。これまた、美人。
「リョウちゃんは、まだ2日目? 大丈夫、大丈夫! 楽しそうに笑ってくれてるだけで、俺もマコトさんも機嫌が好くなるから!」
新人と聞いて、すかさずタクヤがリラックスさせにかかる。この男がこういう調子なので、店側も安心してオレたちの席に新人を着ける事が多い。オレたちにしても、新しい女の子と知り合いになれるのは嬉しいところだ。
「注文は、どうしますー?」
「じゃあ、今日は焼き肉にするか。そうそう、和牛コース。飲み物は、いつもので。それと、2人も何か飲んで」
「ありがとうございますー。マコトさんはカシオレで、タクヤさんは生中ですね? リョウちゃんは、何飲む?」
「あ、すみません。私もカシオレで」
「少々お待ち下さいねー」
ユーリちゃんが慣れた様子で注文を取ると、席を離れて行った。
すかさずリョウちゃんの情報収拾にかかるタクヤ。
「リョウちゃんは20才? 昼間は何やってるの?」
「えっと、学生です」
「大学? 専門?」
「専門です」
「だったら、あれだ。タレントさんの養成学校とかでしょ?」
「え? どうして?」
正解だったらしい。
「だって、ここ、そういう子が多いからねー。実際にタレントやってた子もいたし。リョウちゃん可愛いから、すぐに分かったよ!」
女の子にとって、出勤日に融通が利いて、給料もそれなりにもらえる仕事というと、真っ先に上げられるのが水商売だ。実際、売れない芸人やタレントがスナックやキャバクラでバイトしている例は、少なくないらしい。
でも、水商売で働いていたという経歴は、逆にタレント活動の足を引っ張ってしまう可能性も高い。
そんな中、このコスプレ釜飯屋は、多少露出の多い衣装を着てテーブルに着かなくてはいけないものの、お触り禁止、写真撮影禁止、連絡先交換禁止という規則があるように、所謂いかがわしい店ではない。
女の子がテーブルに着いて焼き肉やお鍋の面倒を見てくれる段階で、法律上は風俗店になっちゃうのだけど、仕事内容はそんなに際どくないのである。
そんな理由で、水商売にまで手を染められないけど、お金はいりますってタレントさんやその卵が、たまにこの店で働いているのだ。
「へえ、そうなんですね」
「それに、ママも昔はちょっとタレント活動してたらしいよ」
「あ、聞きました! 面接の時、いっぱい写真を見せられました!」
「あはは、ママらしい!」
ママと呼ばれてはいるものの、ミス・バラクーダは筋骨逞しい♂である。実は、嫁さんと子どももいるらしい。が、店に出る際には、金色に染めた髪を高く結い上げ、ばっちりメイクを決め、豪奢なドレスを身にまとうのだ。地元ローカル限定でだが、おねぇタレントの走りだった人である。
店のメインメニューは焼き肉や鍋なのに、釜飯屋と謳っているのは、そういう意味だ。もちろん、釜飯もメニューにちゃんとある。
そして、未来のミス・バラクーダもまた何人かこの店で働いている。男の娘というヤツだ。そのおかげで、お触り、写真撮影、連絡先交換に続いてもう1つ禁止されているのは、店員の性別を確かめようとする事である。
だからして、リョウちゃんはどこからどう見ても女の子だけど、本当に女の子なのかは確信が持てないのだ。
ユーリちゃんが飲み物を運んで来てくれたので4人で乾杯し、続いてミス・バラクーダ自らが持って来てくれた焼き肉に舌鼓を打つ。ユーリちゃんとリョウちゃんが、肉を焼いて取り皿に置くところまでをやってくれるので、オレたちは食べるだけに専念出来る。
もちろんその間、多少下ネタの混じった楽しい会話が続いているのだが。
パッとしない独身中年男には、至福の時間である。
「それでマコトさん、何か用があるって言ってませんでしたか?」
ユーリちゃんに無駄な攻撃を続けているオレに、不意にタクヤが切り出して来た。
「あ。楽しすぎて、肝心の話を忘れてたわ」
真剣に忘れてました。
「だと思いましたよ!」
「で、タクヤ、異世界に行ってみないか?」
そう。今回タクヤを呼び出したのは、異世界を一緒に探索しないかと誘う為だったのである。さすがに、ソロでの探索行は大変過ぎたのだ。
しかし、わざわざこの店でタクヤに誘いをかけたのは、ユーリちゃんの気を引く事が目的だと告白しておく。
本当なら、他人に聞かれる恐れのある場所で口にして良い話題ではない。
我が家に異世界への扉があるなんて知られたら、警察が飛んで来ちゃうかも知れないのだ。
「異世界ってアレですか? 何年か前から話題になってる穴の話ですか?」
「それそれ。その穴から行ける異世界」
「ああ、やっぱりですか」
なぜか、タクヤの顔色が曇る。
「うん? 何か問題があったか?」
「いやぁ、実はですね・・・」
話を聞いてみると、なんとタクヤはすでに“異世界への扉”を潜った経験があるのだそうだ。
それも、“異世界への扉”が発見され始めてすぐの事。ロクに異世界に関する情報も出回ってなかった頃の話だ。とびっきりの勇者が、こんな間近にいたとは思わなかったよ。
元やんちゃ仲間たちと酒に酔った勢いで異世界に渡ったタクヤたちは、かなりとんでもない目に遭ったらしい。死人や大怪我を負った者が出なかったのが不思議なほどの惨状だったという。
「だから、異世界はもうちょっと――――」
「そっか。残念だな」
イケイケなタクヤなら絶対乗ってくれると思っていただけに、完全に当てが外れてしまった。すでにトラウマを負うほどの体験してるとは、さすがに予想出来なかったわ。
こうなったら犬でも飼って、探索のパートナーにするかな。確か、犬も人間と同じく30時間の異世界滞在が出来た筈だ。どっちかと言うと、猫の方が好きなんだけどな。
いやがる人間を無理に誘う訳にもいかないので、異世界勧誘はきっぱりと終わりにし、ユーリちゃんたちとの会話を楽しむ事に切り替える。
ユーリちゃんもリョウちゃんも異世界の話に興味を示してくれたので、その後の会話は盛り上がった。タクヤも辛いだろうに、異世界でどれだけひどい目に遭ったかを面白おかしく披露してくれた。
オレも「内緒だよ」と断ってみせてから、指先に炎を点してみせたりした。ユーリちゃんが、目を丸くして驚いてくれたのが心地良かった。
そのうち店が混んできたのでユーリちゃんが他の席に移り、オレたちの席に着いているのはリョウちゃんだけになった。
「残ったのが私の方で、ごめんなさい」
リョウちゃんも打ち解けてくれたのか、自虐っぽい冗談を飛ばしてくれる。
「いやいや、リョウちゃん大好きだから、残ってくれて嬉しいよー」
「調子の良い人は、信用出来ませんから!」
「ホント、ホント!」
軽口を叩きながら、タクヤがトイレに立った。
その途端、リョウちゃんの表情が、真剣なものに変わり、まっすぐオレへと向けられる。
深い、ドキリとする視線だ。
あれ? まさか、リョウちゃんの方から口説いてくれるのか?
「マコトさん、あの――――」
おお。口ごもるリョウちゃんが可愛いぞ。
「うん?」
何も気づいていない振りをして、シレッと返事をしながら、おっさんの胸がバクバク高鳴っていく。
「私を、異世界に連れて行ってもらえませんか?」
ん? あれ?