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異世界の夜

 剥いだ木の皮を細かく裂いたものに、指先の炎を近づける。程なくして、燃え始める木の皮。

 魔法だ。

 成功だ。

 感動だ。

 ついにオレも、魔法使いの仲間入りだ!

 あ。いいトシして女性経験がないって意味ではないぞ。オレにだって彼女がいた事もあるし、彼女でもない相手と上手くいった事だってあるんだ。ユーリちゃんとだって、そのうちきっと、ゴニョニョムニャムニャ・・・。


 円錐状に組み上げた木の枝の隙間に火種を押し込むと、すぐにパチパチと音を立て、木の枝が燃え始める。

 更に太めの枝を立てかけ、炎を大きくすると、焚き火の完成。

 子どもの頃、実家の風呂を薪で沸かしていたせいで、実はこういう作業は得意なのだ。

 それに、拾い集めた木が、よく乾燥してくれていたのも、ありがたかった。植生を見ても、そんなに雨が降らない気候なのだろう。

 とにかくこれで、夜を乗り越えられる目処が立った。


「火があるのと無いのとじゃあ、暗闇の怖さ加減が全然違ってくるからな」

 まだ太陽の明るさが残っているうちに、出来るだけ多くの薪を集めておく事にした。乾燥した丸太もあったので、頑張って引きずって来る。この丸太を燃やしたら、炎はかなり長時間保つだろうし、モンスター除けにもなるかも知れない。

 焚き火の木組みだけを、拠点を囲む様に3つ作っておいた。モンスターが出て来たら、盛大に火を燃やす為だ。





「さて、魔法で火が出せたんだから、当然水も出せると信じたいが」

 一応「水魔法」と念じてみるが、体内の魔力が軽くざわついただけで、やはりそれ以上の事は何も起こらない。

「では、火と同じ要領で――――」

 左手の小指だけを立てると、その先端からチョロチョロと水がこぼれ落ちるイメージを思い描いた。

 まずは、喉を潤せる程度の水が得られれば、それで良い。モンスターを倒したり、お風呂を満杯に出来るほどの水量は、今は望むまい。


 オレの脳裏でイメージが固まった途端、体内で蠢く魔力が左手の小指に集中していき、そこにファンタジーな力を宿ったのが分かった。

「おおっ、いけた気がする!」

 早速小指を立て、「水!」と念じてみる。すると、イメージした通りに小指の先から水がこぼれ落ち始める。

「出た出た!」

 小指を口に含むと、意外と冷たい水が舌の上で弾けた。

「美味いっ!」

 この瞬間、オレが異世界で生き抜いていく為のハードルが、また1つクリアされたのだった。


「しかし、小指から出る様にしたのは失敗だったかな? まるで、小指が小便小僧のアレみたいに見えるんですけど」

 自分が小便小僧のアレに口を付けて水を飲んでる場面を想像すると、一気に気分が萎える。

「小便を飲むのは、サバイバルの基本なんだろうけどねー」

 でも、そこまでハードなサバイバルは、出来れば遠慮したい。

 喉の渇きも癒えたので、灌木に背を預け、過ごし易い体勢を作る。

 今から朝までを無事に乗り切れれば、今回の探索行は成功した様なものだ。30時間にはまだまだ時間はあるが、昼間の事はあまり心配していない。という訳で、出来るだけリラックスした状態で夜に備えたい。

「野外に素っ裸でいる時点で、絶対リラックス出来ないけどなー」





 日が暮れると、文字通り満天の星々が現れた。

 一粒一粒が驚くほど大きく明るい星々が、空を埋め尽くしたのだ。昼間に見えた木星っぽい星は、姿を消している。

 地球で言う月の様な天体は、一見して存在していないらしかった。その代わり、際立って強力な光を放つ星が、いくつかある。

「惑星なのかな? それとも、そんな近距離に他の恒星があるのか?」

 見覚えのある星座はないし、改めて異世界に来たのだという実感が強くなる。


 そして、星空への衝撃が薄れてきたオレに襲いかかって来たのは、暗闇への恐怖と寒さだ。

 焚き火の熱と光だけを頼りに、オレはブルブルと身を震わせていた。

 春ぐらいの気候の中、屋外で素っ裸のまま過ごしているのだ。寒くない訳がない。焚き火を作れなかったら、ひどい目に遭っていただろう。

 もしまた異世界に来るのであれば、トンボの翅を回収しておいて、身体に巻き付けるなりすれば良いかも知れない。アイテムボックスをマスターすれば、服だって持って来れるハズだ。


 しかし、暗闇への恐怖の方は、簡単に乗り越えられそうにない。

 草むらでカサリと音がする度、そして木の葉がザワリと鳴る度、オレの心臓が全力で躍り出す。

 風が頬を撫でる度、はるか彼方で獣が鳴き声を上げる度、オレの息が乱れていく。

 焚き火の明かりが届かない闇の向こうから、何者かがオレを見ている。オレを狙っている。そんな感覚に神経がすり減らされる。

 ここが日本であったなら、そこまで恐怖は感じなかっただろう。

 クマやイノシシは危険だが、焚き火を盛大に燃やしている限り、好き好んで近づいては来ないハズだからだ。


 対して、異世界の獣たちは?

 昼間のトンボたちなら、炎を恐れるかも知れない。

 でも、夜に出て来る虫の多くは、明るい所に寄って来るんじゃなかったか?

 例えば、蛾とか・・・。

 いやいやいや。巨大な蛾は、ごめん被りたい。

 毛がふさふさした巨大蛾が闇の中からフワリと飛んで来たら、恥も外聞もなく悲鳴を上げる自信がある。

 蛾とゴキブリ、そして、脚がいっぱいある虫はダメだ。


 暗闇を見つめていると、次から次へとろくでもない妄想が湧いてくる。

 オーバーな話ではなく、己の妄想に殺されてしまいそうだ。

「どうせなら、ユーリちゃんとかとの楽しい妄想をお願いします」

 そう願うと、焚き火の向こうにユーリちゃんらしき白い影が浮かび上がり・・・次の瞬間、シルエットがだらしなく崩れてゾンビに変貌した。

「ああっ、惜しい! もうちょっとでユーリちゃんが出て来たのに!」


 よし。次こそはユーリちゃんの妄想を完成させるぞ。

 それで、あんな格好やこんな格好をさせてやるんだ。

 出て来ーい、出て来ーい、ユーリちゃん出て来ーい・・・!

 って、さっきのゾンビが消えてないじゃんかよ。

 おまけに、だんだん近づいて来てるし。


 もう良いから、ゾンビさんは消えて下さーい。そして、ユーリちゃんが出て来て下さーい。

 くそ。なんか臭いな。鼻が曲がりそうだ。

 それにゾンビさんが、「ふしゅる、ふしゅる」うるさいし。

 うわっ、ホントに臭いぞ。

 何かが腐った(にお)だ。堪えられん!!


「つか、本物のゾンビかよ~~~~っ!!」

 オレは、目の前まで迫っていたゾンビを、間一髪足裏で蹴り飛ばした。

 腹を強く押された形になり、2~3歩下がってからあっけなく尻餅をつくゾンビ。

 ゾンビを蹴った裸足の足裏に非常に気色悪い感触が残っているが、今は我慢だ。近くに置いていたトンボの脚を掴むと、ゾンビの首に叩きつける。


 ぶしゃっ――――!!


 豆腐だかゼリーだかを潰した様な手応えとともに、ゾンビの首が宙に舞った。

 白く濁った瞳が、焚き火の炎を受けて、ギラリと輝く。

 ボトンと地に落ちる生首。

 首を失い、地面に横たわった胴体。

 どちらも、動き出そうとする気配はなかった。


「お、終わったのか? ゾンビの殺し方って、これでOK?」

 恐る恐るゾンビの残骸に近づいてみる。

「ぐわっ、ホントに腐ってる! 臭い! 気持ち悪い!!」

 皮膚は完全になくなり、赤黒い筋・・・いや、細かい描写はやめておこう。

 こいつは、ゾンビだ。その一言で、説明は足りるだろう。

 それ以上の説明は、したくない。


「ただ付け加えるなら、人間のゾンビではなさそうだな」

 そいつは、明らかに小柄だった。

 身長で言うと、120~130センチぐらいだ。

 足は短く、極度のガニ股。背は丸みを帯び、背中にたてがみの様な毛がまばらに残っている。

 手の指は4本。爪が異様に鋭い。

 そして生首の方には、耳まで広がった口と野獣のごとき牙が確認できた。


「ゴブリンか、もしかして? つまり、この付近にはゴブリンが生息している可能性があると?」

 ゾンビだったから動きも遅かったけど、生きているゴブリンなら、こうも簡単には勝てやしなかっただろう。それこそ集団でかかって来られたら、こちらが狩られる立場になる可能性がある。

「強くならなきゃダメって事だな」

 ゆらりゆらりと近づいて来るいくつもの白い影を見やり、オレは覚悟を決めた。

 こいつらを全部、倒す!

 倒して、強くなる!!


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