異世界犯罪の実態
翌日、パンとコーヒーで朝食を済ませると、オレたちは水場に向かう事にした。
特殊チームが予定より早く到着する可能性もあったので、出現ポイントの地面に水場の大まかな方向の矢印を描いておく。
オレとリョウちゃんが倒したゴブリンたちの死体は、まだ同じ場所に転がっていた。
スライムに溶かされたり、他のモンスターに食われたりしていたが、魔法を使った個体は年老いて美味くなさそうだったのか、比較的綺麗に残っていた。
田丸さんがナイフで老ゴブリンの角を切り取ると、その皮を剥いてからオレに投げ渡して来る。他のゴブリンには角はなかったが、その個体だけには額に1本の角があったのだ。
受け取ったのは、小指程の長さの、歪な形の黄色く澄んだ宝石である。
「魔石は、頭に角として生えるんです。こいつのは小さかったから皮を被ってましたが、大きくなると剥き出しになりますから、一目で魔石持ちだと見分けが付きますよ」
小さいから皮を被ってるとか、大きくなると剥き出しになるとか、遠回しに昨夜のマコトくんの縮こまりっぷりを揶揄してるんじゃないよね? 縮こまってなけりゃあ、普通サイズなんだからな!
「これを買い取りしてもらえるんですか? でも、これは何の役に立つんですか?」
「それも小説に出て来る話のまんまなんですが、魔道具のエネルギー源になるそうなんですよ。それに、日本でも魔力を利用する実験をしているって言いますしね」
「魔道具ですか! という事は、政府はこちらの世界の人たちと交流してるんですね?」
「はい。街に近い場所に繋がった扉を押さえて、定期的に人を送り込んでますよ」
「へー。でも、それって、秘密じゃないいんですか?」
「探索者登録をした方には、明かしている話です。申請すれば、その扉を利用させてもらえるぐらいですから」
どうやらオレが知らないだけで、異世界利用は着々と進んでいるらしい。
が、そうなると心配になるのは、異世界絡みの様々なトラブルの発生だ。オレがそれを問うと、伊勢崎さんも田丸さんも表情を引き締めた。
「異世界人とのトラブルは多いですね。が、これはほぼ政府の機関が対処しています。問題は、異世界を利用しての地球人同士のトラブル、そして犯罪ですね。我々はその為にいるのですが、一筋縄でいかないというのが実情ですね」
「異世界を利用した犯罪ですか? あ、例えばモンスターに襲わせて、人を殺したり、傷つけたりするとか?」
「そうです。ゲームでいうMPKが、現実に行える訳ですから」
MPKとはモンスター プレイヤー キルの略で、何らかの手段でモンスターをけしかけ、他のプレイヤーを殺す行為だ。
「それって目撃者がいないと、事故なのかMPKなのか区別が付きませんよね?」
「そうなんです。それどころか魔法で殺された場合でも、誰に殺されたのか特定するのは至難の業です」
「わぁ、そういうのを聞くと、こっちで地球人に会うのが怖くなるなー」
「まあ、街でもない場所で地球人同士が出会う確率は、かなり低いですけどね。同じ扉から不特定多数の人間が探索に入らない様に制限している目的の1つはそれですよ」
「1つって事は、他にも?」
「もう1つの目的は、密輸の阻止の為ですね。日本から異世界に入った者と外国から入った者が出会って、禁輸品の受け渡しをすれば――――」
「確かに、密輸が出来ますね。でも、外国から入った者と日本から入った者が、こっちで落ち合えるんですか? 日本だと海に囲まれてて、歩いての移動は無理だと思いますけど」
「地球とこちらでは地形が違いますからね。地続きならば、時間と労力さえかければ、何とかなるもんです」
「あ、でも、それをやろうとしたらアイテムボックスは必要不可欠ですよね? アイテムボックスがあるんなら、異世界を経由しなくても密輸し放題なんじゃ?」
今更ながらにオレは、アイテムボックスに物を入れておけば、税関の目を逃れられる事に思い至った。
しかし、伊勢崎さんはニヤっと笑う。
「残念ながら、今はそれは不可能なんです。数年前にアメリカで開発された魔道具がありましてね、アイテムボックスの中身を外から調べられる様になってるんですよ」
「ええっ、そんな物が実用化されてるんですか!?」
「魔力によって強化された人間を検知する物とか、地球産の魔道具も色々と実用化されてますね」
スポーツのドーピング防止の項目に、最近は魔力的な強化も含まれているのだそうだ。それを調べるのにも、魔道具が使われている訳である。
「うわっ、全然知らなかった・・・」
「まあ魔道具はともかく、密輸の件ですが、弓月さんはこちらでの映像を撮って動画配信をする事を考えられているんですよね?」
「え? あ、はい、そうですね」
リョウちゃんは、正直に洗いざらい事情を話した様だ。
「可能性としてですが、顔が知られてしまった場合、密輸組織に狙われるケースがあります」
「まさか、ウチの扉を密輸に利用する為にですか?」
「そうです。警察に知られていない個人所有の扉は、組織にとって垂涎の物件です。住人の方があまり近所と交流がない場合、いつの間にか家ごと乗っ取られている場合もありました」
両親が亡くなって以来住む者がいなくなった我が家など、乗っ取るには打って付けだと分かる。
リョウちゃんが動画を配信するのは、想像以上に問題を孕んでいるらしい。
「では、異世界動画の配信は止めた方が良いと?」
「異世界そのものの危険性は別として考えるなら、警察に届け済みである事を明かしておけば、組織に狙われる確率は減るでしょう」
「な、なるほど。黙って配信をやってたら、突然怖い連中が押しかけて来るかも知れなかったのか・・・」
異世界だけではなく、日本でも命がけの戦いを強いられる破目になるところだった訳だ。
「しかも押しかけて来るのは、魔力的に鍛えられた人間ですよ。シャレになりません」
「・・・」
オレは何も考えてなかった事を思い知らされ、本気で青くなった。
「北野道さん、勘違いしないで下さい。我々はお2人の行動を規制しようというのではありません。政府や警察の提唱しているルールに則って、異世界探索を行って欲しいだけです」
「わ・・・分かりました。肝に銘じておきます」
「さて、難しい話はこれぐらいにして、パワーレベリングに移りますか」
重い空気を打ち破る様に、伊勢崎さんは両手を打ち鳴らした。
「は、はい。そうですね。お願いします」
「じゃあ・・・。田丸!」
「了解」
小さく頷くと、田丸さんが小走りで水場に近づいて行った。
「これから田丸がモンスターを引っ張って来ます。それを私がぶっ倒しますから、北野道さんがトドメを刺していって下さい」
すぐに田丸さんがモンスターに追われながら戻って来た。追って来ているのは、水牛型のモンスターが3体だ。体色は濃い茶色で、体長2メートル超え。膨れ上がった筋肉と巨大な角が、尋常じゃない戦闘力を物語っている。
簡単に言うと、1人では相手をしたくない手合いだ。
田丸さんがオレたちのそばに戻って来ると、伊勢崎さんがリラックスした様子で水牛たちの前に立ち塞がった。素手のままだ。
「行きますよ」
そこからは、圧巻だった。
伊勢崎さんも田丸さんも、水牛たちを簡単に素手で殴り倒してしまったのだ。
2人が拳を振るう度に、肉を打つ鈍い音が響き、水牛の巨体が宙に舞う。まさにマンガ――――いや、ゲームの様な光景である。
オレは若干腰が引けながら、地面に横たわったままピクピクしている水牛たちに骨槍を刺していった。
ニワトリを倒した時と同じぐらいの熱さが下腹部に生まれるが、なぜかマコトくんは頭を垂れたままだ。まあ、その方がありがたいけど。
オレがトドメを刺している間に、田丸さんはまた水場に向けて走っている。
次に引っ張って来たのは、水牛が5体。
2体増えても、やる事は変わらない。
滑る様に動いた2人が拳を振るう。水牛がもんどり打つ。手刀を振り下ろす。水牛が崩れ落ちる。
「強過ぎるわ・・・」
オレは、あきれるばかり。
朝から始まったパワーレベリングは昼まで続き、水場のモンスターは一掃されてしまった。




