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素っ裸の救援者

 どうやらオレは日本に戻れない様だ。

 そう認識するまでに、しばらくの時間を要した。

 そして襲ってくる絶望感。

「マジかー。勘弁してくれよー。眠いし、腹も減ってるのになー。向こうに戻ったら、リョウちゃんと順番に風呂に入って、一緒にご飯食べて、一つ屋根の下で寝る予定だったのに・・・」

 オレは愚痴りながら、急いで薪を拾い集めていた。

 絶望しながらも、呆けていられる余裕はない。もう日が暮れかかって、辺りは薄暗くなりつつあるのだ。

 

 暗さで身動きが取れなくなるまでに、焚き火を作っておかねばならない。

 リョウちゃんと一緒に倒したゾンビの残骸がまだ残っているが、仕方なく昨夜と同じ場所で夜営する事にする。まだ集めた薪が、そこに残っていたからだ。

「昼のうちに燃やしておけば良かったよ」

 スライムの群がるゾンビの残骸が、非常に気持ち悪いし、臭い。

 一斉に立ち上がって来たりしないだろうな。


 薪に火を付けると、小指から出した水で喉を潤しながら、オレは考え事を始めた。どうして、オレが日本に戻れなくなったのか。

 異世界に行ったまま帰って来ない者の報告も、あるのは確かだ。が、これまで語られていた理由は、大型のモンスターに丸ごと食べられてしまったからというものだった。他に考えられるとしたら、火山に落ちたとか高出力の火魔法を食らって、骨まで燃え尽きたという可能性だろう。

 要するに、地球に戻るべき肉体が残っていないから、何も戻らなかったというだけの話だ。


 が、オレのパターンは違う。

 こうして肉体が全て残っているのに、なぜ帰れない?

 もしかして、こうしているオレは魂のみの存在で、知らないうちに肉体を失っていたのか? だったら、リョウちゃんが気が付かない筈がない・・・と、思いたい。

 とりあえず手の甲をつねってみると、普通に痛い。

 生きてる。

 うん、生きてる。

 肉体がある。

 間違いない・・・多分。


 なら、生きているオレが地球に戻れない原因は・・・。

 ゴブリンの魔法だ。

 それ以外に思いつけるものはなかった。

 あれを食らって以来、今も肌の表面がチリチリする感覚。これが、オレの帰還を妨げているに違いない。効果の分からない魔法攻撃だとは思ったが、実は攻撃対象をこの世界に引き留めておく働きがあった訳だ。


 だとすると、ゴブリンたちはオレたちが時間が経てば消える存在だと知っていたのか? 知っていて、それを阻止する魔法を使ったのか? だったら、この魔法を食らった地球人は、オレ1人じゃないのではないだろうか?

 元の世界に帰還する術を失い、ゴブリンに捕らわれている地球人がいる事を想像し、オレは背筋を震わせる。

 生きたゴブリンも、ゾンビとなったゴブリンも、はっきりとリョウちゃんに執着していたのだ。

 魔法も、本来はリョウちゃんを狙ったものだった。

 

 奴らは、リョウちゃんをこの世界に引き留めておいて、オレがいなくなってから好きにするつもりだったのか?

 全てのゴブリンたちが、股間を猛らせていたのを思い出す。

 物語によく描かれている、人間の女性に欲情するゴブリンの生態を思い出す。

 ゴブリンたちに組み伏せられ、白い肌を蹂躙されているリョウちゃんの姿を想像してしまう。

 ちょっと、興奮する。いやいやいや・・・。


 ゴブリンたちの目的は、リョウちゃんだったのだ。

 今、こうして心細い夜を迎えているのは、本当はリョウちゃんの筈だったのだ。

 だったら。

 だったら、良かった。

 異世界に取り残されたのが、オレで良かった。

 オレだけが向こうに戻って、帰って来ないリョウちゃんを心配し続けるのより。

 オレが何も出来ない状況で、リョウちゃんがゴブリンに襲われてしまう事より。

 百倍も良かった。

 だったら、喜んでオレはこちらの世界に残る。

 くじけず、ゴブリンたちと戦える。


 暗闇の中からゾロゾロと姿を現したゴブリンたちに向かい、オレは精一杯の笑みを浮かべてみせた。


 オレの笑みを威嚇と取ったのか、武器を構えるゴブリンたち。

 今回は10体以上いる様だ。しかも夜間仕様なのか、黒い泥か塗料だかを身体に塗りたくっており、その姿が闇に紛れている。これは、苦労しそうだ。

 オレはソロリソロリと移動すると、予備の焚き火用に積み上げていた薪の山に火を付けた。少しだけ辺りが明るくなったが、まだまだゴブリンたちの姿は視認しにくい。仕方ないので、火の付いた薪をゴブリンたちに向かって次々と投げつける。


 もちろん、そんな事でゴブリンたちにダメージは与えられないが、その姿を照らし出すのには成功した。

 よしっ、今のうちだ!

 薪を投げつけながら、オレは一番近くのゴブリンに襲撃をかける。

 火の付いた薪に注意をそらされたのか、あっさりオレの攻撃を食らうゴブリン。ぶっつりという感触とともに、骨の槍がゴブリンの腹に潜り込んでいく。


 すぐさま槍を引き抜き、横手から迫って来た骨槍を力いっぱい弾く。

 リョウちゃんは軽々とゴブリンたちを打ち負かしていたというのに、年齢が倍近くの男のオレがギリギリの戦いしか出来ないのは情けない。同じ筋力強化を身に付けているとはいえ、リョウちゃんが能力に注ぎ込んだ魔力は、オレよりずっと多いのだろう。

 反射神経を強化しているからこそ、多勢のゴブリンと渡り合えているのだと信じたいが、もっと分かりやすい強さが欲しい。


 ゴブリンの攻撃を弾き、蹴りを入れる。

 姿勢を崩したところに槍を叩きつける。

 素早く槍を引くと、更に素早く槍を突き込む。

 更に蹴りを入れて、槍を抜く。

 周囲に群がったゴブリンたちをけん制して、槍を振り回す。

 背中に打撃を受ける。

 振り向き様、棍棒を持った奴に体当たり。

 転んだところを踏み越え、包囲を突破。

 焚き火まで走り戻る。

 振り返る。

 ゴブリンが迫る。

 槍を振り回す。

 蹴りを飛ばす。

 殴られる。

 斬られる。

 刺す。

 刺す。

 刺される。

 蹴る。

 刺される。

 殴られる。

 殴られる。

 痛い。

 痛い。

 逃げる。

 走る。

 転ぶ。

 殴られる。

 立ち上がる。

 槍を振り回す。

 振り回す。

 ・・・。





 全身の痛みと疲労で意識が朦朧とする中、突然の閃光と爆音がオレに叩きつけられた。

 一瞬にして、視覚と聴覚がダメになる。

 いや、三半規管が揺らされたのか、まともに立ってもいられない。

 お手上げだ。

 ただでさえ追い込まれていたのに、もうどうしようもない。

 オレは地面に倒れ込むと、槍だけは立てたまま身体を丸め込んだ。

 そして、身体に加えられる筈の痛みに備える。

 勝てはしなくとも、黙ってやられるのもイヤだ。痛みを感じた瞬間に、槍を振り回してやる。


 その瞬間を、オレは息を止めて待つ。

 待つ。

 息を。

 止めて。

 待つ・・・。

 プハァ!

 あれ? 痛みが来ないんですけど。

 

 ゴブリンが去った訳ではない。さっきからずっと、ドタバタ暴れる振動が地面から伝わってくる。

 オレは身を起こすと、何となく機能が復活してきた目で辺りを見回した。

「うぉっ!?」

 その目に飛び込んで来たのは、素っ裸でゴブリンたちを蹂躙する2人の男の姿だ。2人とも、右手に鉈に似た大型ナイフを、左手に金属製の特殊警棒を持っている。

 ゴブリンたちの動きが悪く、男たちに全く付いていけていない。おそらくゴブリンたちも、先ほどの閃光と爆音のせいで、オレと同じ様に目と耳が役に立っていないのだ。だとしたら、閃光と爆音はゴブリンの魔法ではなかった事になる。


 つまり、裸の2人組が閃光と爆音を使ったって訳だ。

 何の為に? オレを助ける為にか?

 よく見れば、2人の容貌は日本人のものである。という事は、リョウちゃんの救援要請でやって来た警察官なのか?

 うわっ、助けられたのは嬉しいけど、怒られるのはイヤだなー。


 しかし、2人とも強い。簡単にゴブリンを倒していってしまう。

 筋力も反射神経も、オレと比べ物にならないぐらい、たっぷり魔力を使って強化してるのだろう。

 つか、恐怖や緊張でオレのマコトくんはカブト虫の幼虫みたいに縮こまっているのに、なんであの2人のはブラブラとリラックスしてるんだよ?

 この程度の数のゴブリンなら、脅威も感じないってか?

 くそっ、その強さに憧れちまうじゃないか。


 まだ地面に座り込んだままのオレの前で、10匹を超えていたゴブリンは、あっさりと殲滅されてしまった。

 鍛えられた筋肉とリラックスした股間を見せつけながら、2人がオレに近づいて来る。

 体育会系のイケメンだ。

 あ、待て待て待ってくれ。

 焦る焦る。

 今すぐ、カブト虫の幼虫を隠したい。

 オレだって縮こまってなかったら、人並みの大きさはあるんだからな!

 

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