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特殊事象課

 一瞬のブラックアウトが終わると、もうそこは日本だった。

 カーテンが引かれたままの薄暗い和室の中だ。

 弓月(ゆづき)涼子(りょうこ)は、全裸のまま一度目を閉じる。異世界を行き来するというオカルティックな体験に、改めて眩暈(めまい)を覚えたのである。

 その足元に、パサリと何かが落ちた。

 見れば、ついさっきまで自分が身に付けていたスパッツとスポーツブラだ。超が付く程の極薄素材で、身体のラインが丸わかりになるという凶悪な代物である。視聴者獲得の目的がなければ、絶対に着る気など起きなかっただろう。


 自分が裸である事を思い出し、涼子は畳の上に残されていたバスローブを拾い上げ、袖を通した。

 共に異世界に向かう以上、裸を見られる事は覚悟していたし、実際には唇を奪われ、胸も好き放題にされてしまったが、さすがに裸のままマコトを待つ訳にはいかない。

 吊り橋効果どころではない異常な精神状態の中、モンスターの邪魔が入らなければ、涼子はきっとマコトを受け入れてしまっていただろう。アイドルを夢見て、馬鹿正直に20才の今まで彼氏1人作らなかったというのに、危ないところだった。


 元々、涼子は普通にイケメンが好きな女の子だ。

 それも、年上のワイルド系だのマッチョ系ではなく、同世代のヒゲも生えない様な王子様系のイケメンが好きなのである。

 言っては悪いが、マコトは『おっさん』という生き物でしかなく、全く男として意識していなかった。バイト先の先輩のユーリから話を聞いて、好い人らしいと思っていた程度だった。

 そんな人間に裸をさらさなけれなならない事には抵抗があったが、逆に、迫られたとしても適当にあしらえる自信があったのも確かだ。


 それが蓋を開けてみれば、いきなり一線を越えかけてしまったばかりか、それをイヤとも思っていない自分がいるではないか。涼子は、頭を抱えたくなる。

 異世界に行ってみて、大きく価値観や人生観が変わった気はするが、最も大きな変化は男性観にあったと言えるかも知れない。

 もうすぐマコトが裸で目の前に現れると思うと、やけにソワソワしてしまう。涼子に欲情したマコトのスパッツの下の盛り上がりを思い出して、耳が熱くなる。

 裸のマコトに着せ掛けてあげようと、やはり畳の上に落ちていたマコトのバスローブを拾い上げる涼子。


 と――――。


 いきなり空中に現れた黒い布切れが、パサリと畳の上に落ちた。マコトのスパッツだ。

 続いて、マコトが頭部に付けていたビデオカメラが落下して来る。

 

 が。


「マコトさんは?」

 それ以上、何も帰って来ない。

 マコトが姿を現さない。


 涼子は思わず異世界への扉に飛び込もうとして、敢え無く跳ね返された。

 一度異世界に渡った者は、戻って来てから30時間が経過しないと、再び異世界に受け入れてもらえないのだ。

 跳ね返されて仰向けに倒れたまま、涼子は異世界につながっている筈の真っ黒い平面を、呆然と見上げた。

「そんな・・・! どうしたらいいの? マコトさん・・・」





 

 涼子が真っ先に相談したのは、同じ学校の琴浜(ことはま)佐和子(さわこ)だった。

 マコトにも話した、涼子の動画配信の相棒である。涼子のルックスに惚れ込んだ佐和子が、映像のモデルを依頼して来てからの付き合いだ。

「おリョウ、落ち着きな。死体が帰って来てないんなら、マコトさんは多分生きてるよ。周りには、そんなに強いモンスターはいなかったんだろ?」

「うん。そうだけど、だったら、どうして帰って来ないの?」

「それこそ、おリョウには何か心当たりがないのかい? 魔法的なものとか・・・」

「あ! もしかしたらゴブリンの魔法が・・・」


 マコトが帰還できない原因――――涼子には、ゴブリンの放った謎魔法しか思い当るものがなかった。

 あの魔法が、マコトを異世界に繋ぎ止めているのかも知れない。

 そうだとしたら、涼子にはどうする事も出来ない。せいぜい魔法の効果が切れて、マコトが自然に帰って来れると願うぐらいである。

「おリョウ、警察に行きな」

「え? でも・・・」

「大丈夫だ。どうせ異世界の動画を配信するなら、警察に届け出ない訳にはいかなかったんだ。私有地にある扉を潜るのは、犯罪でも何でもない。安全を確かめずに勝手に潜った件で説教はされるだろうが、罰せられる事はないから安心しろ」


「そ、そうなの?」

「ああ。届け出のあった扉には、専門の人間が調査で潜る事になっているから、マコトさんの事も相談に乗ってくれる筈さ」

「分かった。警察に行ってみる」

「そうしな。私も手が空いたら、そっちに向かうよ」

「うん。待ってる」


 佐和子との電話を切ると、すぐさま涼子は警察に向かった。

 辺りはもう暗くなってしまっているが、朝まで待っていられる状況ではない。この瞬間も、1人で異世界に取り残されたマコトは、生命の危機に瀕しているのだ。

 30時間の間にマコトが食べたのは、わずかな量の栄養食品だけ。もう、食べる物は何も残っていない。それに、昨晩はほとんど眠っていない筈だ。そして今から始まるゾンビタイム。涼子の唇は、知らぬうちにプルプルと震えていた。


 朝生(あさお)市警察 特殊事象課――――通称『異世界課』。

 異世界へ通じる扉が世界中に現れて以降、それにまつわる対応の為に、警察内に新設された部署である。

 一般的には、異世界に渡ろうとする市民を取り締まっているイメージが強いが、佐和子によると一方的に異世界転移を禁止している訳ではないらしい。

 涼子は、30代半ばと思われる体育会系の担当者に経緯を説明し、マコトの救出を依頼した。


「なるほど。大型のモンスターに捕食された訳でもなさそうなのに、向こうから戻って来ないというのは珍しい現象ですね」

 伊勢崎(いせざき)と名乗った男はそう言うと、あちこちに立て続けに連絡を取り始める。

 黙って、それを見ているしかない涼子。

 やがて連絡が終わると、伊勢崎は難しい表情で涼子に向き直った。


「失礼な言い方になりますが、今回は極めてレアなケースである為に警察庁の特殊チームが動いてくれる事になりました」

「本当ですか!? それで、いつ?」

 あからさまにデーター収集が目的と分かる話ではあったが、マコトの救出確率が上がるという意味では、特殊チームの出動は朗報であった。涼子の表情が少し明るくなる。


「チームの現場投入までには、おそらく24時間以上を要するでしょう」

「え? そんなに? すいません、そんなには待てません! こうしてる間にもマコトさんは・・・!」

「分かっています」

 激しく言い募ろうとする涼子を制する伊勢崎。

「ですから、今から私が救助に向かいます。特殊チームが到着するまでは、私が北野道さんを守ります。今、相棒を呼びましたので、一緒に北野道さんの自宅まで同行願えますか?」


 頼もしい言葉で涼子を安心させると、伊勢崎は出発の準備に入る。

 程なくして伊勢崎の相棒である田丸が到着し、タクシーでマコトの家に向かった。異世界には30時間行ったままになるので、警察の車両は使わせてもらえないらしい。

 マコトの家に着くと、伊勢崎たちは真っすぐ異世界への扉のある和室に向かう。

「では、行ってきます。弓月さんは扉を越えられる様になっても1人で異世界に向かわず、あくまで特殊チームの到着を待って下さい」


「あ、あの、食料とかは?」

「問題ありません。アイテムボックスの中には、色々と入っていますから」

 伊勢崎と田丸はニヤリと笑うと、服を脱ぎ始めた。

「で、では、よろしくお願いします!」

 目の前で逞しい二の腕を見せつけられ、涼子は慌てて部屋を飛び出した。マッチョ系は好きではなかったのに、顔が熱い。この数日で、どんどん男性観が変わっていく。


 しばらくして和室を覗くと、すでに2人の姿は消えていた。

 部屋の隅に、几帳面に畳まれた服が2人分置かれている。

 涼子は、黙って頭を下げた。

 

 

 

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