帰還の時間
身長120センチ前後。緑色の肌。足は短く、ガニ股。ひどい猫背。頭髪は灰色でモヒカン。無毛の奴もいる。衣服は着ていない。どいつもこいつも、股間の凶器がこれ見よがしに剥き出しだ。
そんな連中が、槍や棍棒を手に、オレたちを取り囲んでいる。
「ゴブリン・・・!」
そう呟くリョウちゃんの声には、怯えではなく怒りがこもっている様に感じられた。
オレが怪我を負わされたせいか? はたまた、ゴブリンたちの股間が行儀知らずのせいか?
「オレが突っ込むから、リョウちゃんは援護を頼む」
リョウちゃんが今にも突っ込んで行きそうに見えたので、その前にオレが飛び出す。
ニタニタしながら正面から近づいて来ていた奴の肩口に、トンボの脚を一閃。オレが傷ついているのを見て侮っていたのか、無防備に斬撃を食らってくれた。
まず1体!
崩れ落ちる矮躯を蹴り飛ばして後続へのけん制にしながら、次に隣の槍持ちを狙う。何かの骨で作ったらしい槍は人間の身長ほどの長さで、トンボの脚より優秀な武器に見える。
横薙ぎにしたトンボの脚は、骨槍でがっちり受け止められた。
体格差が大きい割に、力の強さはあまり変わらないらしい。筋力強化をしていなかったらヤバかった。ゲームみたいに、バッタバッタと薙ぎ倒すのは難しい様だ。
オレは右腕1本で骨槍と拮抗しながら、ゴブリンの顔面に向かって左手から炎を噴き出させた。
「ギュオォォッ!!」
目を焼かれたゴブリンが、炎から顔を背けようとする。オレは力の抜けた骨槍を左手で掴むと、トンボの脚をゴブリンの脳天に振り下ろした。
棒の様に倒れるゴブリン。その手から、骨槍を奪い取る。
2体目!
迫るゴブリンたちにトンボの脚を投げつけながら視線をめぐらせると、棍棒を持ったゴブリンと対峙するリョウちゃんが見えた。素早く走り寄り、そのゴブリンの腰に骨槍をねじ込む。ブツッという感触。怯んだゴブリンを、リョウちゃんが斬り捨てた。
3体目だ!
そこからは乱戦になった。
リョウちゃんも前に出て、激しくトンボの脚を振るう。ゴブリンたちは、明らかにそんなリョウちゃんを狙っている。自然とオレがリョウちゃんをフォローする形になっていく。
筋力強化がオレより強いのか、リョウちゃんが力負けする事なくゴブリンを叩き斬る。
4体目。
リョウちゃんの隙を狙おうとした槍持ちの背中に、オレの骨槍が突き刺さる。
5体目。
骨槍を拾い上げたリョウちゃんが、正面から躍りかかって来た短剣持ちの胸を新たな武器で貫く。
6体目。
残るは2体。いや、3体か。年老いた1体を槍を持った2体が守っているのが見える。
「何を?」
首飾りや腕輪をいくつも付けた1体は槍持ちの陰に隠れ、両手の指を複雑に組み合わせながら、何かウンウンと唸っている。魔法でも使おうとしているのか?
リョウちゃんに注意を促そうとした途端に、槍持ちの1体がスルスルと前進を開始。リョウちゃんが同じ骨槍で迎え撃つ。
リョウちゃんが槍を振ると、あっさり弾け飛ぶゴブリンの槍。返す槍に頭部を強打され、ゴブリンの首が直角に折れ曲がった。リョウちゃん、強い!
7体目。
しかし、そのタイミングで老ゴブリンの挙動が変わる。奇声を発しながら、リョウちゃんに向かって両手を差し出したのだ。
まずい! 何だか分からないけど、とにかくまずい!!
オレは骨槍を老ゴブリンに投げつけると同時に、リョウちゃんの前に飛び出す。
パシッ――――!!
乾いた音とともにオレの胸に何かが命中し、冷たい痛みが全身を走り抜けた。
「ぐはっ!」
よろめくオレ。
そこに迫る最後の槍持ち。
「マコトさん!!」
オレの身体にゴブリンの槍が届こうとした時、一瞬早く飛び出したリョウちゃんの槍が、逆にゴブリンの胸を貫いた。
8体目だ。
「大丈夫ですか? 当たった所を見せて下さい!」
「そ、それより、魔法を使ったゴブリンは?」
「死んでるみたです。マコトさんの投げた槍がお腹に刺さって・・・」
見れば、確かにオレの投げた槍に腹部を貫かれて、老ゴブリンは事切れていた。
9体目。
「特に外傷は見当たらないですね」
魔法が命中した胸をリョウちゃんに確認してもらったが、幸いな事にダメージはない様だった。プヨプヨな身体をじっくり調べられたせいで、軽く精神的ダメージがあったけれども。
「何か自覚症状はありますか?」
「なんだか肌がチリチリするけど、身体を動かすのには支障がないみたいたいだな」
「良かった。心配しましたよー」
「ごめんごめん、悪かった」
「いえ、かばってもらったんだから、私が謝らないといけませんよね」
「気にしなくていい。たまたまオレに当たっただけの話だから」
「そういう訳にもいきませんよ。ありがとうございました」
神妙に頭を下げるリョウちゃん。
「まあ、オレの方が頑丈だろうし、リョウちゃんの身体に傷を付けたくなかったしね」
「ホントに無茶はしないで下さいね。あ、左手の打ち身は、マコトさんで治せますか? 後で魔法の悪い影響が出たら怖いので、私の魔力は残しておきたいですから」
「そうだね。麻痺とか毒とかの効果が出る可能性もあるし、そうなったら新しい能力を習得する余裕なんてないだろうし」
オレは打ち身を治癒する能力を習得すると、早速左腕に使用した。みるみる腫れが引き、赤黒い内出血の痕跡が消えていく。あいかわらず、効果の表れ方が劇的だ。
ゴブリンの死体から骨製の槍4本と骨製の短剣3本、木製の棍棒3本を回収すると、オレたちは水場から離れた。水場にいる牛やトンボに気づかれて連戦になるのは、ごめんこうむりたい。ゲームと違って、モンスターと戦うのは、恐ろしく心身を消耗するのだ。
「出現ポイント近くまで戻って、時間切れを待とうか」
「そうですね。さすがに疲れました」
「うん。オレも」
異世界探索をするのは、やはり2人でもキツい。
「これは、もう1人か2人いた方がいいかもね」
リョウちゃんの裸は独占しておきたいけど、背に腹は代えられない気分だ。
「あ、実は同じ学校の子を1人、参加させて欲しいんですけど、ダメですか?」
「ん? どういう子?」
もしかして、彼氏か?
「映像関係の勉強をしてる子で、私の動画配信の協力者なんです」
「では、撮影も彼が?」
「彼じゃなくて彼女ですけどね。女の子ですから」
おおっ、女の子なら大歓迎! ・・・あ、いや、戦力が欲しいんだから、やっぱり男の方が良いのか。でも、新しい女の子の裸が・・・。うわぁ、悩む。
「その子は、モンスターと戦えそう?」
「正直、体力とか運動神経は、あまり・・・」
「でもまあ、トンボあたりを地道に狩って、補助的なスキルを身に付けてもらえば助かるのかな」
「じゃあ、次回連れて来ますね。面倒は私が見ますから」
「うん。怪我をするのもイヤだし、その子のペースに合わせて、のんびりやるか」
「はい!」
こちらの世界への出現ポイントに戻って来ると、オレたちは骨槍を1本ずつ持って、現れたモンスターだけを倒しながらタイムリミットを待った。短剣は、オレが2本、リョウちゃんが1本、アイテムボックスに入れてある。残りの骨槍と棍棒は出現ポイントに置いたままだ。
リョウちゃんは、次に電撃を飛ばす様な技を習得したいらしい。
たとえ5メートルでも離れた位置から攻撃を出来るなら、それは十分なアドバンテージになるだろう。オレが前衛として戦っている時に援護をしてもらうのにも都合が良い。
が、火を付けるだの水を出すなどとは比べ物にならないぐらいの魔力がないと、習得は難しい様だ。気長にやるしかないだろう。
「あ、何か引っ張られる感じが・・・」
ふいに、リョウちゃんがつぶやく。
「時間が来たみたいだな。そのまま引っ張られてやると、元の世界に戻れるよ。こっちの世界に留まろうと頑張っても、どんどん引っ張られる力が強くなって、抵抗出来ないらしいけど」
「引っ張られる、引っ張られる」
「無理しなくていいよ。もう戻っちゃえば?」
「マコトさんは?」
「うん。まだ、引っ張られる感覚が来ないね。個人によってバラつきがあるのかな?」
「じゃあ先に戻って、服を着ておきますね」
「あ! ちょ、ちょ、ちょ~~っと!!」
イタズラっぽい笑みを浮かべると、リョウちゃんの身体は一瞬に姿を消した。中身を失ったスパッツとスポーツブラが宙に舞ったが、それもオレが手を伸ばす前に消え失せた。リョウちゃんが手にしていた骨槍だけが取り残され、パタンと地面に倒れる。
リョウちゃんの裸を盗み見るチャンスが失われたと気づいて、オレもパタリと倒れた。
「なんで同じタイミングで、向こうに戻れないんだよぉ~?」
そりゃ、次に異世界に来る時にまたチャンスはあるんだし、今度はもう1人女の子が増えるという美味しい展開なのだけれど、それでも、今、リョウちゃんの裸が見たかった。
「はぅぅ・・・」
地面に転がったまま、オレはいじけ続けた。
いつまでも、いつまでも、いじけ続けた。
しつこく、しつこく、いじけ続けた。
あれ? 何かおかしくないか?
全然帰れる気がしないんだけど。




