ゴブリンとの遭遇
結局、朝までにあったゾンビの襲撃は2回だけだった。
総数的には30体に届いていないだろう。
トンボやニワトリ型モンスターに比べて移動速度の遅いゾンビは、付近にいるのを掃除してしまえば、姿を見せなくなるのかも知れない。
リョウちゃんのトラウマ防止にも、そうだとありがたいんだけどね。
ゾンビたちに股間の凶器を見せ付けられてからのリョウちゃんは、心なしかオレからも距離を取っている様である。オレの股間にも同じ凶器が付いている事に思い当ってしまったらしい。
本当に迷惑な話である。
オレの凶器は、もっと可愛いというのに。
ゴブリンゾンビ、許すまじ。
太陽が顔を出し、辺りが明るくなったところで、オレたちは移動を始める。
とりあえず、ゾンビの残骸がゴロゴロしている場所から離れたかったのだ。
スライムさん、至急に掃除をお願いします。
なお明るい状態で見ると、オレもリョウちゃんもひどく汚れていたので、オレの小指からチョロチョロ流れ出す水で、ザッと身体を洗っておいた。リョウちゃんの極薄スポーツブラとスパッツが水に濡れた様子が、オレのマコトくんをゴブリン化させるほどのインパクトだった事は、言い添えておく。
オレのスパッツも極薄なので、もちろんリョウちゃんに気づかれ、ドン引きされた。
ゴブリンゾンビ、許すまじ。
この日は、時間が許す限り、探索の足を伸ばそうという事にしている。
良い狩り場とか拠点に適した場所とかが見つかれば助かるし、明らかに強そうなモンスターがいれば、近づかない様に記憶しておきたい。
ゴブリンのゾンビが大量に出たからには、近くにゴブリンが巣食っている可能性も高い筈だ。ゴブリンゾンビたちがリョウちゃん相手に股間の武器を逞しくしていた事から、生きたゴブリンたちもリョウちゃんに不埒な真似をしようとするのは間違いないだろう。
ゴブリンの巣も、近づきたくない場所に入れておくべきだ。
異世界アイドル動画を、異世界アダルト動画にしてしまう訳にはいかないのである。
リョウちゃん的には動画の視聴数を稼ぐ為に、積極的に肌も露出していく気みたいだ。でも、さすがに股間をモザイク処理されたゴブリンに、自ら襲われる動画は配信したくないだろう。
そのうち、『異世界でゴブリンに襲われてみた』なんて動画を配信をする勇者が現れるのかも知れないけど、リョウちゃんにそんな役回りはさせたくない。
なんだか、ただの協力者の予定だったのに、それだけで済ませたくなくなってきたぞ。いっそ、押しかけマネージャーとかにしてもらおうかな。
つらつら考えながら歩いていると、遠くに大きな水場が見えて来た。
その辺りだけ緑が濃くなり、大小さまざまの鳥やトンボ型の生き物が周囲を飛び回っている。
「当然、あいつらを狙うゴツいのもいるんだろうな」
「例えば、ワニとかですか?」
「ああ、ありそう。でも、水中でワニとは戦いたくないな」
「私もパスです」
オレもリョウちゃんも出来るだけ身を低くし、コソコソとした動きに変更。水場から20メートルぐらいの位置に生えた灌木の陰に滑り込む。
灌木の左右から顔を出して観察してみると、予想以上に生物の数が多い。
岸辺には丈の低い草が生い茂り、水面にも鮮やかな色の花が咲き乱れている。
鳥やトンボ型のモンスターは花の蜜を吸ったり、水中の生物を狙っている様だ。ツルに似た鳥が水中に嘴を突っ込み、丸々と太った魚を捕食している。
「デカい魚だな。塩を持ち込んだら、魚の塩焼きが食べられるな」
「あっちには、牛や豚みたなのもいますよ」
「ほー、ホントだ。でもリョウちゃん、牛や豚、さばける?」
「無理です」
「うん、オレも無理」
「まあ、肉を食べたいなら、向こうから持って来たらいいですもんね」
「そういう事だねー」
昨日、異世界に渡って来てからブロックタイプの栄養食品を分け合って食べただけなので、正直腹が減っている。牛や豚そっくりのモンスターには食欲を刺激されるが、さばける自信もないなら、手を出すべきではないだろう。
それに、牛も豚も数体ずつ集まって行動しているので、集団でかかって来られたら、痛い目に遭ってしまうかも知れない。
「悪いけど、あと10時間ぐらい食べるのは我慢だな」
異世界に渡って来たのが、午前11時。今が、多分翌日の午前7時頃。残り時間は、10時間ぐらいの筈だ。なぜか、こちらと地球の時刻はシンクロしているらしい。
「ダイエットは慣れてるから、大丈夫ですよ」
「え。ダイエットやってるの? すごいスタイルいいのに」
「油断すると、すぐお肉が付いちゃうんですよ」
「そうなんだ。でも、あんまり痩せ過ぎないでね。オレは、今のリョウちゃんが最高に好みだからさ」
「・・・」
リョウちゃんは顔を赤くして黙り込んだ。
「水場に近づくのは危険そうだから、狩り場は別に探そうか」
「・・・そうですね」
オレはリョウちゃんを促して、水場から離れようとする。
静かに方向転換しようとした瞬間、視界を過った何かがオレの神経に触った。
何だ?
オレは瞳を凝らす。
いた!
地面に伏せる様にして丈の低い草に隠れ、こちらを凝視している緑色の生物――――。
気づかれたと悟るや、そいつは素早く立ち上がり、手にしていた槍を投擲して来た。
オレはリョウちゃんを押し倒して、それを避ける。間一髪のタイミングだ。
「え? 何!?」
「敵だ!」
突然押し倒されてうろたえるリョウちゃんに短く敵の存在を知らせると、オレは急いで身を起こす。
が、敵はもう目の前に迫っていた。
速い。トンボやニワトリとは、素早さが段違いだ。
右手の棍棒が振り下ろされる。
避けられない。
とっさに掲げた左腕に鈍い衝撃。
そのまま押し込まれそうになるのを堪えながら、右手でトンボの脚を叩きつける。
肉を割く感触。
飛び散る緑の体液。
緑色のモンスターは唸り声を上げながら飛び下がると、ガクリと膝を落とした。
首をトンボの脚で斬りつけたのが致命傷になったらしい。そいつは、オレたちを睨みながら前のめりに倒れ、動きを止める。
同時に下っ腹にほのかな熱が生じたので、倒したとみて間違いないらしい。
オレはその場にしゃがみ込むと、左腕の痛みに奥歯を噛み締めた。これまで軽い怪我なら魔力を取り込んだタイミングで治っていたが、今回の怪我はその限度を越えていた様だ。嫌な汗が、頭のてっぺんから伝い落ちてくる。
「マ、マコトさん!!」
焦ったリョウちゃんが泣きそうな声を出すが、笑ってやる余裕がない。
「私、治癒魔法を取ります!」そう言って虚空を睨み、何かブツブツつぶやき始める。
が、経験上、そんなアバウトな望み方では能力を得られない筈だ。すぐに「どうしよう、治癒が取れない!」とうろたえる始末。
「リョウちゃん、・・・まず、・・・い、痛み止めの・・・能力を・・・」
「痛み止めですか!? はい、分かりました!!」
おそらく、オレの腕は折れている。だから、骨折の治療と打ち身の治療が必要だ。
治癒魔法という様な何でもかんでも同時に治せてしまう能力はゲット出来なくても、骨折と打ち身に限定すれば、それぞれを治癒する能力を得られる可能性はあった。
でも、今貯まっている魔力量では、リョウちゃんがその両方をゲットするのは難しいだろう。ならばオレが片方の能力を取得して自分に使えば良いのだが、痛みを抱えたままではその作業をやれる自信がなかったのである。
そこで、まずは痛みを取り除いてもらおうと考えたのだ。
リョウちゃんはすぐに痛み止めの能力をゲットして、左の手のひらをオレの患部にかざした。すると、びっくりするぐらいすぐ綺麗に左腕の痛みが消え去る。
「ええっ!? もう痛くなくなった!!」
魔法だかスキルだか分からないけど、スゴいな。革命的だわ。素直に感心してしまう。
オレはすぐさま、骨折治療の能力の取得を願った。そして、その能力を宿す場所は・・・あ、左腕が折れてるんだから、左手じゃダメだよね。だったら、右手の手のひらだ。
無事に能力が宿った右手を左腕にかざすと、左腕の中でピシッとかパキッとか音が数回鳴ってから、しばらく肉の奥でゾワゾワする感覚が続いた。
「どう、ですか?」
「う、うん、多分、骨はつながった様な・・・」
「よ、良かったですー!」
あからさまにホッとするリョウちゃん。
「心配かけたね。おかげで助かった」
「そんな事ないです。私こそ助けられてばかりで・・・。それより、まだ腕が・・・」
骨がつながっただけで打ち身の治療が出来ていないオレの腕は、内出血の痕跡が赤黒く斑模様を描いており、パンパンに腫れあがっている。
しかし、打ち身の治療能力を取得出来るだけの魔力は、オレにもリョウちゃんにも残っていない。
「大丈夫だ。魔力の元が向こうからやって来てくれた」
「え?」
オレたちは、いつの間にか10体近いゴブリンに囲まれていたのだった。




