ゾンビたちの衝動
ニワトリ型モンスターを2体も倒せた事で、オレたちの能力取得は予想以上に順調に進んだ。
オレは神経伝達速度と筋力の強化、着火と湧水の魔法、アイテムボックス。リョウちゃんは筋力強化とアイテムボックスを取得済みである。
リョウちゃんもアイテムボックスをゲット出来たおかげで、次回は武器や食料もそれなりに持ち込めるだろう。ひもじい思いをしなくて済みそうだ。アイテムボックスに収納した状態でしか異世界への扉をくぐれないのは不便であるが、そういうものとして、あきらめるしかない。
なお、持ち込んだ物をそのまま異世界に置いておく事も出来ない。
人間が30時間経つと元の世界に戻されるのと同じで、持ち込んだ物も30時間しか異世界に留まれないのだ。物を紛失する心配がないのはありがたいけれど、逆に現地に物資を備蓄する事も不可能である。
おかげで異世界での活動の拠点を作るのも、現地調達した材料だけしか使えないのであった。せめて釘や針金が使えればなと思うオレである。
実際、屋根をかけるというだけの事に、オレたちは2~3時間もの時を費やしてしまった。気づけば、また夕闇が迫ろうとしている。
慌てて薪に火を付けると、オレたちは出来立ての屋根の下で肩を寄せ合った。やはり、四方を壁に囲まれていない場所で迎える夜は、無条件に怖い。ましてや、高い確率でゾンビが出るとなると、なおさらだ。
アイテムボックスの隙間に押し込んで来たブロックタイプの栄養食品を齧りながら、周囲に神経を張り巡らせる。
「次は、感知系の能力が欲しくなりますね」
「そうだな。魔力感知とか暗視とかがあると、夜も少しは安心かもな」
「私もアイテムボックスを取れたから、センサーみたいな物を持って来るって手もありますけど」
「うん。センサーライトとかでもいいな。むやみに能力は取れないからね。リョウちゃんのアイテムボックスは、どれぐらい物が入りそう?」
「んー、そんなに大きくないスポーツバッグぐらいかなぁ」
「ほぉ。それは、けっこう入るね。帰ったら、センサーもそうだけど、便利そうなグッズを探してみるか」
わずかな量の栄養食品を食べ終わると、オレはリョウちゃんの前に左手の小指を差し出した。水の補給の為だ。
なぜか一度恨みがましい目でオレを睨んでから、リョウちゃんがそれを咥える。
リョウちゃんの柔らかい唇に小指を包まれているだけで、股間のマコトくんがピクピクし始めるが、今は我慢我慢。さすがに、いつ暗闇からゾンビが出て来るか分からない状況で、リョウちゃんを押し倒す訳にはいかないだろう。
「あ。もしかして、次からは水も持ち込めるから、リョウちゃんに指を吸ってもらえなくなるのか!?」
重大な事実に気づくオレ。
「・・・ばか」
今度は、本気で睨まれた。
なんか、幸せ・・・。
食事タイムが終われば、夜更かし耐久レースの始まり。オレが1人で過ごした時と同じく、今回も30時間起き続けている予定なのである。
順番に眠るという手もあったが、リョウちゃんに1人で見張りをやらせるのは可哀そうなので寝てていいよと言ったら、それは拒否されてしまった。ちゃんと1人で異世界を探索出来る様になりたいのだという。危険を察知する能力をそろえれば良いだけの話で、無理に起きている訓練は必要ない気もしたけど、リョウちゃんと2人で肩を並べてられるのが嬉しかったので、オレはそれ以上何も言わなかった。
完全な夜が訪れ、頭上を彩る星々の強い輝きにひとしきり感動した後、リョウちゃんは焚き火の周りの闇の圧力に気づいた様である。
急に口数が少なくなり、無意識にオレの左腕を両手で抱え込む。
「どうした? 怖くなってきた?」
「す、少し・・・」
「無理もないよ。これが日本だとしても、こんなに真っ暗なら怖くて仕方ないと思うよ」
オレは1人でキャンプをした経験はないけど、1人きりでキャンプ出来る人間は度胸があるのだなと感心してしまう。
「前は、ゾンビが出たんですよね?」
「ああ。人間じゃなくてゴブリンか何かのゾンビだったけどな。でも、いつ襲われるかと待っているより、ゾンビが出て来てくれた方が気が紛れて良いかもなー」
「ゾンビって、気持ち悪いですか?」
「正直、臭いし汚いし、かなり気持ち悪いかな」
「ああ、やっぱりそうなんですね・・・」
オレの左腕を掴んでいるリョウちゃんの身体に、ブルブルッと怖気が走ったのが分かった。左腕の抱え込み具合が強くなり、二の腕に柔らかい圧力が加えられる。こ、これは・・・!
「も、もしかして、ゾンビとかも苦手?」
「ゾンビ映画とか、苦手じゃないんですけど・・・なんか急に・・・その・・・怖くなってきて」
映画でなら怖くないものでも、現実に出て来るとなれば恐ろしく感じてしまう事は、特に珍しくもないだろう。リョウちゃんが急に怖がり出した気持ちは、よく分かる。
まさか、オレにくっつく為に怖がってる振りをしている訳じゃないだろうし。リョウちゃんがあざとい性格かどうかは別にして、オレがそんなにモテるタイプじゃない事は、深く自覚しているつもりだ。
とにかく今は、左腕に訪れた幸せを、よぉく味わっておく事にしよう。
「ゾンビが出ても、リョウちゃんは無理をしなくていいよ。勇者たちのレポートじゃ、討伐に手を出さなくても、近くにいるだけで魔力はもらえるってなってたからね」
もちろん、よりダメージを与えた方が、多くの魔力をもらえるらしいが。
「で、でも・・・」
「気持ち悪いのと戦うのは、何か遠距離の攻撃手段を手に入れてからでも良いと思うよ」
「あー・・・うん、はい・・・」
葛藤まる出しのリョウちゃんの返事。
「じゃ、手を出せたら出してみて。無理をしない範囲でさ」
「・・・はい」
いじらしいリョウちゃんの態度に、またキスをしたいという衝動に駆られたが、腕を離されてしまう可能性を考えて、じっと我慢をしたオレだった。
そして、数時間後――――。
聞こえた。
草を踏む足音だ。
左腕の至福の時間は終わり。
やはり、今回もゾンビが出るのらしい。
1体2体ではない。オレたちを半ば囲む様に、足音が近づいて来る。
「来たぞ。そっちの薪にも火を移して」
夜間戦闘用に作っていた3つの薪の山に、リョウちゃんと手分けをして火を付けた。ゾンビが火を嫌がるのは、前回の戦闘で実証済みである。いざとなれば、トンボの翅を葺いた屋根にだって火を付けてやるつもりだ。
オレはトンボの脚を両手に1本ずつ持ち、焚き火の前に出た。
果たして暗闇から現れたのは、前回と同じくゴブリンのゾンビだ。
相変わらず動きはトロいし、筋力の強化されたオレには楽勝の相手だろう。いざとなれば、リョウちゃんの援護ももらえる筈である。
ただ、ゾンビの爪や牙にかかると感染症の心配が大きいので、ヒット&アウェイの戦法に専念した。遠間から素早く飛び込んで攻撃を入れると、すぐにゾンビの攻撃範囲の外に逃れて、傷を負わない様に心がけたのである。映画みたいに、自分がゾンビの仲間入りなんてしたくないしね。
ヨロヨロと近づくゾンビたち。
狙いを定め、飛び込むと、トンボの脚をゾンビの首に叩きこむ。
一撃を入れると、ダメージの多寡にかかわらず、バックステップで離脱。
ゾンビたちがユルユルとこちらへ向き直るのを確認しながら、また次のゾンビに狙いを付ける。
再び、突進。
斬撃。
後退。
その繰り返し。
身体の動きだけでなく頭脳の回転まで鈍いゾンビたちはオレの戦法に対応出来ず、次々と倒れていく。
気付けば、いつの間にかリョウちゃんも戦列に加わっていた。火の付いた薪を左手に持ち、その炎でゾンビを威嚇しながら、トンボの脚でゾンビの首や四肢を切り飛ばす。顔面が蒼白なのが痛々しいが、なかなかの戦いっぷりだ。
が、急にゾンビたちの行動パターンに変化が現れる。オレの事を無視して、全ての個体がリョウちゃんに向かい始めたのだ。
リョウちゃんの方が与し易いと判断したのか? だとしてもオレに背中を向けるのは、致命的なミスと思えるんだけど。
しかし。
「え? え? うそっ、いやっ、来ないでー!!」
順調にゾンビを屠っていたリョウちゃんが、突然顔を真っ赤ににして悲鳴を上げた。
「どうした? 何かあったのか!?」
リョウちゃんの魔力稼ぎの為に手を抜いていたオレは、慌ててゾンビの殲滅速度をアップさせる。
「こ、こいつら・・・、みんな、アレがっ・・・・いや~~~~っ!!」
「え?」
倒したゾンビに目をやると、どいつもこいつも股間の凶器をビール瓶ほどの大きさに肥大させていた。リョウちゃんが悲鳴を上げるのも不思議ではない。
しかも、ある物は皮膚がベロリと剥がれており、ある物は腐って組織がボロボロ、またある物からは湧いた蛆がボタボタと地面にこぼれ落ちている。
悪夢の如き光景だ。
オレは本気中の本気で、ゾンビどもに襲いかかった。
「お前ら、リョウちゃんに変なトラウマを植え付けるんじゃねぇ!!」
リョウちゃんに欲情して良いのは、オレだけだ!




