異世界への扉
いくつも書きかけの作品を放置しているクセに、また新作です。本当に、ごめんなさい。
でも、気づいてしまったんです。エロいシーンだと筆がノる事に(汗)
無責任な作者で申し訳ありませんが、「しょうがねぇな」と言いながらお付き合いいただけると、とても嬉しく思います。
オレの名は、北野道真。
ぎりぎり三十代の独身男だ。
彼女はおらず、コスプレ釜飯屋《百花》のユーリちゃんがお気に入り。なお、《百花》には女の子と男の娘が混ざって仕事をしてるので、ユーリちゃんが絶対に女の子と言えないところが、ちょっと怖い。
いやいや。
ユーリちゃんの話は、どうでも良いんだ。
20才そこそこの可愛い女の子(?)が、本気でおっさんに好意を持ってくれる訳がない事ぐらい、よく分かってるんだ。
お店に行った時だけでも楽しい時間を過ごせれば、それで・・・。
いやいや。だから、そうじゃなくて。
今のオレは、久々に里帰りした実家の一室に真っ黒な穴が口を開いているのを見つけて、呆然としているところだった。
穴は縦長の楕円形で、高さがオレの身長よりちょっと低いぐらい。
ちなみに、オレの身長は180センチだ。
最近少し下腹が出てきて、体重は70キロほど。でも、まだ細身と言って通用する・・・ハズ。
髪の毛は、ちゃんとある。
でも、モテない。女の子に嫌われる訳じゃないけど、モテもしない。
ユーリちゃんとの仲は、まるで進展しそうにない。
彼女がいた事もあるけど、ずいぶん前の話だ。
やっぱり男くさくないところが・・・。
いやいや。だから、現実逃避してる場合じゃないから!
どんな角度から覗き込んでも、真っ黒な穴の中は見通す事が出来なかった。部屋の電灯を点けても、それは変わらない。
そういう意味では、それは真っ黒な穴ではなく、真っ黒な平面の様だ。はっきり言って、超常現象感が半端ない。
実際、その穴は壁や床に開いているのではなく、何も存在しない空間にぽっかりと浮いているのだ。穴が開いていると言うなら、空間そのものに開いている事になる。
古ぼけた箪笥の置かれた和室に浮かぶ黒い穴。ああ、なんてシュールな光景でしょう!
「これって、間違いなくアレだよな。最近話題になってる異世界への扉ってヤツ――――」
少しでも気持ちを落ち着けようと、オレは思考をわざと口に出してみる。
オレが思い出したのは、数年前から世界中で発見されるようになった謎の穴の事だ。
「両親もいなくなって、誰もこの家に住んでいなかったから気が付かなかったけど、話題の穴がこんな場所にも出来てたなんてね」
オレは畳の上に座り込むと、鞄からレモンティーのペットボトルを取り出して、喉を潤した。
「えーと、少なくとも今のところ、こういう穴から異世界の生き物が出て来たとか、危ないエネルギーが放射されたとかいう報告はなかったよな」
そんな可能性があったら、こうして落ち着いてる場合ではない。大慌てで逃げ出さないといけないところだ。
「ただ、こちらから人間が入る事は出来る。犬や猫だって入れる。ただ、生き物以外は入れない・・・っと」
ペットボトルのフタを閉めてから穴に向かって放ってみたが、真っ黒な平面に跳ね返されて、ポタンと地面に落ちた。
「で、異世界に行くと、自由には帰って来れない。向こう側には、こういう穴は開いていないから。その代わり、30時間が経ったら自動的に元の場所に戻されてしまう」
これは、帰って来れない事を覚悟でこの穴に飛び込んだ、何人もの勇者たちの実体験に基づいた事実だ。何が起こるか分からないのにこんな穴に飛び込むなんて、頭のネジが緩みまくってないと無理だよな。おかげで、揶揄を込めて勇者と呼ばれている訳だ。
でも、ちょっと尊敬してしまうのも確か。
「向こう側には、ファンタジー小説やゲームで描かれる様な世界が広がっていて、モンスターと呼びたくなる生き物、それにエルフやドワーフ、獣人なんかが住んでいる。魔法もある」
ファンタジー好きなオレとしては、一度は行ってみたい世界だ。
これまで、勇者たちが異世界に行って来た報告をネットで漁っては、ずっとうらやましく思ってきた。
日本だけでも、こういう穴は50個以上確認されていて、未発見の物や申告されていない分を入れると100個以上は存在するだろうと言われている。
だのに、どうしてオレがいまだに異世界に行った事がないかと言うと、安全の為に政府が規制をかけていて、誰もが簡単に入れないからだ。
山の中や道路上等、誰でも入れる様な場所に開いた穴は、もちろん封鎖。私有地に開いた分は、その土地の持ち主に、穴を利用した異世界ツアーの様な商売を禁止するといった指導が成されるらしい。私有地の穴から異世界に行った者が死亡したり怪我を負った場合、土地の持ち主が罪に問われる場合もあるらしい。
そんな理由で、日本では一般人が異世界に渡れる可能性は、ひどく低い。よって、オレが異世界に行ける機会は、永遠にやって来ない筈だった。
「が、今、オレの目の前に異世界への扉がががががっ!」
異世界に渡る事はあの手この手で制限されているとは言え、異世界に渡る事そのものが禁止されている訳ではない。
扉を発見しながら役所に届けず、勝手に中に入った事がバレたって、逮捕されたりはしないのだ。せいぜい、担当部署の方からお説教を頂戴するぐらいだ。
・・・多分。
オレは立ち上がると、そろそろと真っ黒な穴に近づいた。
「さて、問題があるとすれば、一度入ったら30時間は帰って来れない事だけど、これは問題ない。ちょうど仕事は辞めたばかりだ」
だから、誰もいない実家に帰って来たのだ。
実家の片付けが終わった時点で、長年住んできたマンションも引き払う予定である。
どうして仕事を辞める事になったのかは、いちいち語るつもりはない。一言だけ言っておくと、オンナ絡みだ。でもオレは、良い思いもしていないし、悪い事もしてないよ?
「嫁も彼女もいないから、30時間ぐらい連絡がつかなくなっても、誰も不審には思わない」
仕事を辞めたのを心配してくれる同僚になら少しばかり心当たりはあるけど、わざわざ連絡をくれるかは怪しいかぎり。
うん。悲しくなんかないぞ。
「でも最大の問題は、向こうで30時間を無事に過ごせるかどうかだな」
生物しか異世界へ渡れないという事は、向こうに武器はもちろん、水や食料も持って行けないという事だ。そして向こうには、モンスターとも言うべき生き物がうろついている。これは、かなり恐ろしい話じゃないか?
それに恐ろしいのは、モンスターばかりではない。
この穴が火山の噴火口や大海の真ん中に通じてたりしたら、向こう側に出た途端にお陀仏だ。
砂漠や氷原なんかでも、30時間生きのびるのは難しいだろう。
それでも、行くのか?
死んじまうかも知れないのに?
オレは、静かに深く息を吸った。
先ほどまでの興奮は、不思議とおさまっている。
40才を目前に仕事を辞め、家族もいない田舎に引っ込む事を決めた時、オレは半ば人生をあきらめていなかったか?
そんなオレの前に現れた異世界への扉は、新たな人生をもたらしてくれようとしているのではないか?
だったら、怖れている場合じゃないだろう?
いいトシをして、見事な中二病ぶりである。
これが他人の話なら、笑ってしまうところだ。
でも。
「どうせ、一度あきらめた人生だしな」
一言うそぶいてみせると、オレはゆっくりと足を踏み出した。
さあ、鬼が出るか蛇が出るか――――。