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bind -引導ー

 数年前の事だった。

 男と女がまだ大学生だった頃、講義が同じでたまたま座った席が隣同士。そんな、どこかのマンガのような出逢いから始まった二人の関係はゆっくりと深く強くなっていった。

 初めて交わした言葉は、「隣いいですか?」。些細なその言葉は、二人の運命を変えるには簡単すぎた。

「なぁ、俺達さ、大学を出たら就職するじゃんか」

「するねー」

「もし、そうなったらさ……」

 大学四年になり、就職先も決まった学生生活終わりの頃。

 それまで向き合ってこなかった『現実』が二人の前に当然のように現れた。

 「隣、いいですか?」男のたったそれだけの一言で二人は始まり、惹かれあい恋仲までになった。当初、二人の考えでは双方の両親へ真剣に話せば中を認めてもらえると思っていた。

 だが、その考えが幼稚で愚鈍だったとすぐに知ることになる。

 男と女の家はそれぞれ同じ分野で名をはせる一流企業であった。そこまではなんら障害となりうる話ではないが、両家が敵対していると事実が二人にとって乗り越えられない障害となった。

 現代版ロミオとジュリエット。

 そう言えば聞こえがよく、まるで何かのドラマの様にも思えるが当の本人たちからしたらただの悲劇でしかない。

「お願いします! どうか、彼女と一緒になることをお許しください! 父さん」

「……っ」

「お願い! お母さん! 彼と一緒にいたいの」

「……ふー」

 男と女はそれぞれの両親からもついには見捨てられ、勘当を押し付けられた。

 両親はそれでお互い諦めると思っていたが、それが二人の恋にさらなる熱を持たせ駆け落ちを覚悟させた。

 しかし、それは世間体が悪いと両家の親は強制的に二人を引き裂き軟禁する。

 引き裂かれた二人は、始めこそ絶望していたが、こんなところで項垂れているだけでは状況は打破できないと決起し脱走。

 同タイミングで決起しての脱走。運命としか言えないなにかが働き二人は出会いの場となった大学の正門で再会を果たす。

 そこからは逃走生活を余儀なくされ、その生活の中で出された答えが『心中』だった。

 こんな、何かに怯えて暮らす日々よりも、地獄なりどこかへ行って二人で何にも怯えない日々の方がまだマシと言う、二人の総意でのことだった。

 そして二人は、かつて噂を耳にしていた『コロシヤ』へ半信半疑で足を運んだのだった。


「にゃーるほどね」

 話を聞き終って少年は、顎に手をあて、ふむふむとうなずいていた。

 その隣では商人が、目を見開きキラキラと輝かせ男と女を見ていた。

「ねぇ、ねぇ! この二人の自殺手伝おうよ! ねー!」

「あー、もう! お前はここの店の従業員じゃないだろうがっ! 少しは黙っとけ」

 騒ぐ商人を鬱陶しくあしらい少年は、目の前に座っている男と女に聞く。

「理由は解った。ただ、それだと社会的に死ぬって方法もあるだろう。なんで態々物理的な死を選んだんだ?」

「社会的に死んだことにすれば、追われる心配も今よりは少なくなるでしょう。それこそ、整形などしてしまえば完全に他人になるわけですから。私達は、新しい戸籍や名前を用意する事ができますし」

 隣話を聞いていたモデルのような女性が、丁寧に二人に補足説明する。

 その説明に揺らぐことなく男と女は、物理的な死を選んだ。

「非常にありがたい提案なのですがもう決めた事ですし、それに……」

「死んで天に行って、一から二人の人生を歩んでいきたいんです」

 二人の言葉を聞いて、少年は口角を吊り上げる。

「よし。なら、こっちも全力でサポートしようじゃないか」

「ありがとうございます!」

 男と女は笑顔になり心の底から喜んでいた。それほどまでに死にたいと願っていた証拠だろう。

「おーい、けーやくしょー」

「はいはい」

 少年がそう言うと、女性はいわれることをわかっていたのか用意していた一枚の紙を手渡す。

「ほいってな。これに手書きでいいからサインとそれぞれの名前をフルネームで書いて」

「勿論、注意事項はちゃんと読んでね」

「それ、俺のセリフなんだけど」

「てへっ」

 男と女に契約書とペンを渡しながら、商人と話す少年。

「てか、本当に注意事項はしっかりと読んでな。こっちはまったくもって契約後は責任を負わないから」

 それほどまでに重要なのだろう。少年は商人の言ったことを繰り返すように二人に言う。

 男と女は二回も言われ、少年の最後に言った『責任を負わない』という言葉に重要性を感じ、注意事項をしっかりと読む。

 そこには、『自殺の末、死ねず生き残り障害が残ろうが被害額を一切払わない』、『契約完了後の逃亡は違反とみなす』、『自らの死に責任を負えぬ場合はこちらから契約破棄をするときがある』、『御社を広めた場合それなりの処置を下す』。

 その四つが記すれた注意事項は、この世に存在するどの事項よりも重く男と女に最後の決意をさせた。

「……これで」

 男と女は互いに見つめ合い頷き、名前を書いた契約書を少年に手渡す。

「よっし、確認できた。契約完了だ」

 少年は契約書を見て、二人がしっかり名前を書いたことを確認するとにっこりと笑ってみせる。

 その笑みは、何も知らない人が見れば純真無垢な無邪気な笑顔にみえるだろうが、自殺志願者からしたらただの悪魔の笑みにしか見えない。そんな両極端な印象を持たせる笑顔だった。

「それじゃあ、こっちの準備ができたら連絡するから、それまでは待機ってことで……ゼッテーに逃げんじゃねぇぞ」

「うっわー、怖い怖い」

「うっせー、部外者は黙ってろや」

「はいはーい」

 商人と少年の他愛も無い掛け合いを余所に、男と女は少年の言葉を重く受け止める。

 自分たちの自殺を改めて考えさせられる。目の前の少年が持っているたった一枚の紙切れ。その紙切れによって二人の命はこの世から無くなることになる。それも、自ら進んで。

「んじゃ、今日はもうやることないから帰ってよかよか」

 少年があしらう様に、男と女を店から出す。

「適当だなぁ。もっと大事にしなきゃ」

 呆れたように商人が言うが、少年はもはや気にも留めていなかった。

「それでは、また。ご連絡お待ちしています」

 男と女はそう言って、店から足早に出て行った。

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