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Happy wedding -幸せを運ぶ自殺ー

 ――もう、死ぬしかないんだ。

 廃れた教会の中、大勢の人に看取られる男と女。

 そんな二人は愛の言葉と共に、互いの額に銃を向けあい優しく、しかしどこか悲しみを交えながら笑いあっていた。


 都会の謙遜とはよく言ったものなのかもしれない。

 日々、車や工事の雑音と共に生きる都会人はどうかしていると、地方民は言った。

 日々、変化もなくただ自然と戯れているだけの生活の何所がいいと、都会人は言った。

 住んでいる環境や、育った環境で人間の中身などいとも簡単に変わる。

 しかし、そんな大層な時間をかけずとも人間はほんの数秒で変化することができる。そのことを知る者は少なく、知っている者も実行するかと聞かれたら思わずためらってしまう。

「なぁ、本当に大丈夫なんだろうな」

「この期に及んでまだ疑うのかよ。大丈夫、安心しな。損はさせねーよ」

 どこよりも風が心地よくふき、空に少し近い場所。

 そんな場所で、二十代らしきスーツを着た男性とどこかのモデルかのような綺麗な女性に高校生と思しき幼い顔つきの少年が居た。

 少年と女性が並んで立ち、その先のフェンスを越えた所に男性が清々しい表情で立っている。

 それは、どこからどう見ても百人百様の答えもなく、ただ一概に『自殺』の他なかった。

「それじゃあ、行ってくるよ。天国か地獄か……、どっちになるか今から楽しみだよ」

「んじゃ、行ってら」

「行ってらっしゃい」

 男性はそのまま、少年と女性の送り言葉を聞いて微笑みながら旅立った。

「あ! 忘れてた」

 少年は、男性が旅立った後に何かを思い出したらしく慌ててフェンスへ走った。

「来世でもどうか、『コロシヤ』のご利用待ってまーす! よろしければまたお客様の自殺をお手伝いさせてくださいねー……ねー……」

 もう、届きはしない宣伝文句を叫ぶ少年の声は次第に小さくなって、最後には都会の騒音にかき消される程になっていた。

「何やってるのよ。今から死ぬ人間に宣伝したって意味ないって毎回言ってるでしょ」

「もしかすると、前世の記憶を持ってーとか、あるかもしれないだろ」

「あー、はいはい」

 少年の夢のような話に女性は冷たくあしらう。

「じゃあ、私さきに事務所帰ってるから」

「あ、ちょっと、俺さんも帰るー」

 そう言って、二人はそのビルの屋上を後にした。


 都会の騒音が少し薄れるとあるビル群の奥にある小さな雑貨ビル。

そこの四階にひっそりと営んでいる小さなお店がある。

店の名は、『コロシヤ』。

たったその四文字が書かれた小洒落たアートボードが看板のかわりとばかりに、ドアノブにかかっている。

 そのドアノブに手を伸ばし、ドアを開けて中に入ると、さっきまでビルの屋上に居た少年と女性がゆったりとくつろいでいた。

「なー、ココア飲みたい」

「へー」

 店の中に置いてある少し大きめなソファーに、少年は猫のように横になっている。

 そんな少年を、呆れたように見ている女性は、ディスクに置いてあるパソコンで事務作業をしていた。

「……ねー、ココア」

「え? なに。私に作らせようとしてるの?」

 少年が駄々をこねるように女性にお願いすると、鋭い眼光で睨みつけられる。

「あ、いやー。飲みたいよねーって」

「私は別にそんな気分じゃないから飲みたいなんて思わないわよ」

「で、ですよねー」

 女性の冷たすぎるその反応と鋭い眼光に少年は恐れをなしたのか、作り笑顔でテレビを見始める。

 すると、時間帯もあってか夕方のワイドショーが始まったばかりだった。

「あ、さっきの自殺もうニュースになってる」

 テレビに映し出されていたのは、さっきまで少年と女性がいたビルの前の路上。

 そこには、ブルーシートが敷かれ警察が現場検証を行っている映像が映し出されていた。

「たかだか、一人の自殺をこうも大げさに取り上げるなんて、日本は平和だねー」

「命を大切にしてるってことでいいじゃない。私はどうでもいいけど」

 女性は、作業の手を一秒たりとも止めることなく何の感情もない言葉を吐き出す。

「もうちょっと、興味持ったらどうなの?」

「一人一人の命に興味もってたら、この仕事やってけないわよ」

「そりゃ、正論だ」

 呆れるように女性が言うと、少年もそれに賛同する。

 二人の仕事。それは俗に言えば自殺援助。誰かの自殺願望を叶えるために活動している。

 勇気がでない。どうせ自殺するなら派手に死にたい。恨みを晴らしてから死にたい等々の一人では実行しにくいことまでを援助していくことをモットーに日々勤しんでいる二人。

 特に大々的な、宣伝をしていないにもかかわらず毎日最低でも一人はこの店に足を運びにやってくる。

 それだけ、自殺をしたがっている人がいると言うことだ。

『自殺サポート会社・コロシヤ』

 自殺を助け、命を見捨てる。

それがこの会社の社訓である。

「それにしても、最近は少し多い気がするけどな」

「確かにそうね。けど、それだけ収益があるんだからいいじゃない」

「まーな。稼げるときにがっぽり稼いどけってな」

 少年は、不敵に笑いながら、自殺のニュースが流れるワイドショーを見ていた。

「さてっと、今日の所はこれくらいでっと」

 少年がソファーから立ち上がり、一人外に出ようとする。

「ちょっと待ちなさい」

 そんな少年を、一言で女性は止めた。

「仕事まだ残ってるんだけど」

「え、えー。な、なんのことかなー」

 白々しいほどにそっぽを向いて知らないふるいをする少年の、肩をゆっくりとつかむ女性の顔は美しい笑顔だった。

「……手伝わせていただきます」

 女性の笑顔を見て、冷や汗をこぼしながら少年は事務作業を手伝い始めた。

 どうやら、コロシヤでは女性の方が強いのかもしれない。

「じゃあ、これよろしくね」

 そういって女性は、少年の前に大量の書類を、ドンッとわざとらしく置く。

「え? マジで」

「マジで」


「ふっざけんなよ! こんなの終わるわけねーじゃんかよ」

 書類の山を半分終わらせること二時間。少年の集中力も早々になくなり、夜も更けて時間は夜の十一時を丁度過ぎたところだった。

 未だに走っている電車の走行音を、眠気覚ましに女性は少年とは違い黙々と事務作業をこなしていた。

「口を動かさないで、手を動かせば後一時間で終わるかもよ」

「この紙の山の半分を二時間かけて終わらせたのに、残り半分を同一時間で終わらせろと?」

「黙々と言葉を発さずに、やれば?」

「……あ、はい」

 正論を女性から言われ、返す言葉をなくした少年は再び作業に戻った。

「はっろー」

 そんな矢先に、店のドアがキーと音をたて開いた。

「やっほ、ボクちゃん。元気にしてるかい」

 女性のような華奢な体格に、少し高めの声を持った女性とも男性とも言い難い容姿を持ったテンション高めの来客がやってきた。

「誰がボクちゃんだ」

「あ、商人。こんな時間に何かようなの?」

「あれ? なんか歓迎されてない感じ?」

「ようやく気付いたか。心の底から歓迎されてなかったことに」

 少し鈍いのか商人は歓迎されていないことに気付くのに、時間がかかった。

「えー、そんなー。僕、かなしいぞー」

 商人は嘘臭すぎる、芝居がかった棒読みをミュージカルのように少年の耳元で言う。

 それが、かなり鬱陶しかったのだろう。少年は、右手で払いのける。

「ひっどーい。ねぇ、そう思わな……」

 商人が女性に話しかけ全部言い終わろうというタイミングで、店のドアがまたキーっと音をたてた。

「おい、商人。ちゃんと閉めろよ」

「え? 僕ちゃんと閉めたよ。本当に」

「じゃあ、なんでドアが開いた音がしたんだよ」

「そんなの僕は知らないよ。たてつけでも悪かったんじゃないの」

 少年と商人がくだらない言い争いをしていると、ドアがある出入り口から少し低めの男の声が聞こえてきた。

「夜遅くにすいません」

 声とともに姿を見せたのは、若い男女だった。

「ほら、僕が閉めてなかったからじゃなかったじゃん」

男女が姿を見せると、商人はすぐに少年へあてつけかのように、むっふんと威張ってみせる。

 そんな商人を見て少年は、ぐうの音も出ないようで激しく悔しがる。

「くっそ、マジかよ。てか、こんな時間に来客なんて想像できるかよ」

「えへへん。正義は必ず勝つんだよ」

 くだらない茶番劇を繰り広げる少年と商人を目の前に、訪れた男女は神妙な面持ちでずっと立っていた。

「ごめんなさいね。よろしければ、あちらのソファーにお座りください」

 商人と少年が下らない茶番劇をやっている横で、女性が来客二人をソファーまで案内させ、すでにソファーに居た少年を無理矢理どかせて座らせ、お茶をテーブルの上に用意する。

「あと少しだけ待っててくださいね」

「あ、はい」

 女性は、来客二人にそう伝えると足早に少年に近づき耳元で小さくつぶやいた。

「早くしろ、ボケ」

「は、はーい」

 少年は、引きつり笑顔になりながら来客二人が座るソファーの前においたパイプ椅子に座る。

「いらっしゃい。お二人は勿論、ここがどんな店かどうか知って来てますよね」

 いきなり目の前に現れ自己紹介も無しに、少年は来客二人に尋ねた。

「はい。勿論です」

「はい。大丈夫です」

 二人が力強くそう言ったのを確認すると、少年は口角を不気味に吊り上げた。

 その不敵な表情は、どうしてか人を惹きこませるような不思議な笑みのようにもみえた。

「なら、早速本題に入ろうか」

 その言葉を合図にしたかのように、女性が少年の横にパイプ椅子を置き並ぶように座った。

「ここからは私も失礼しますね」

 女性はにっこりと笑い、それ以上は何も言わなかった。

 まるで、なにかの儀式のようなそんな堅苦しさがありつつも、自然でいられる空間が一気に出来上がった。

「二人はどうして、自殺をしたいと思ったんだ」

 少年のその言葉は、必ず来客に聞いていることだった。

 中途半端な気持ちの自殺を手伝うわけにはいかなかったからだ。

 コロシヤに来て自殺を決意した。など言われたらそれは『援助』などではなく『促進』になってしまう。

 ここは、あくまで自殺援助を目的にした会社であり自殺促進を目的とはしていない。だから、確実に迷うことなき決意を持った者だけがコロシヤの援助を受けることができるのだった。

「それは……」

 来客の男が女の手を握りながら、静かに語り始めた。

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