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Brave.Brake.Fantasy[mind of world]  作者: OGRE
ゲームの始まり
6/19

前進の鬨

 アタシはアイツが何なのか理解できない。

 亜莉子が訝しむのは当然だけど…この男からはそれ以上に危険な空気が漏れ出ている。人間としての本質が変化し、この世界の住人となったアタシ達。自分にもある似たような歪な力は上手く噛み合わず働かない。それはゲームとしてこの世界を考えているからだと思う。心とかそういうことを考えているのであればこの世界は……妄想の域だ。

 藍緋というあの男は…再び亜莉子を守り、憎しみに満ちた表情で剣を振りかざし続ける。あれでは『化け物』にしか見えない……。アイツは銃を二本に変形させ、ベルトに接続しその射出される空気弾の推進力を利用して高速で飛び回っているようだ。ククリ刀というらしい分厚く無骨な作りの剣を振りかざしている。相手は体型から解る情報で見ていると女性らしい騎士だ。二人が振りかざす剣同士がぶつかりあうことで火花ではなく衝撃波が飛び交う。


「私も加わります!!」

「来るな!! 今のお前程度では足手まといだ!!」

「フフッ……やっぱりあなたは面白い。銃器だけでアタシにたてついて一度倒された。最初からそうしてれば……」

「黙れ。俺は…前までの俺とは違う。お前程度では…倒されない」


 近距離での戦闘は互角かアイツの方が少々押しているように見える。しかし、先に戦法を変えて戦況に変化をもたらしたのもアイツだ。距離を取るともなしにタイミングを合わせてククリを振り投げる。尋常ではない反応速度でククリ刀を投げているが…けして軽い武器ではないはずだ。普通の人間では腕がもげているだろう。何本所持しているのかわからないがククリ刀はどこからともなく湧き出てくる。兜や鎧にかすめてパーツを破壊する中でもその少女には当たらないのが不思議だ。

 加勢したいけれどアタシの実力では無理がある。亜莉子ならと思うけれど……。先程の一喝に腰を抜かしているあの子では無理だろう。アイツの威圧は少々行き過ぎだと思った程だ。でも、どのみち今のアタシ達では間合いに飛び込むのは自殺行為だし、技を行使するポイントも魔力も底をついている……。これではどうにもならない。

 そんな時、不意打ちという少女からの攻撃が行使された。

 黒い鎧にオッドアイの少女は彼に討伐されたゼピュロスの影から的確に亜莉子を狙ったのだ。その思惑は今は解らないけれど…あの少女はアイツと面識があるのだろう。アイツの口ぶりからはそうなる。亜莉子をまもり、再び反撃に転ずるがククリ刀の出が遅くなり始めた。やはりこれも限界値(キャパシティ)があるのだろう。

 腕力、脚力、精神力、第六感などの人間的な要素から鑑みてもアイツだけアタシ達の中では…飛び抜けている。そのアイツがあれだけ苦戦するということはそれだけの敵だということだ。アタシでは…。ん? アイツ……。逃げろ? そんな馬鹿なことができる訳がない。このシチュエーションも二回目だ。アイツは守り方が下手くそすぎるのだ。自分が犠牲にならなければならないような防御などアタシやこの子は望まない。なのに、アイツはそうやって心を盾にしようとする。少しはこの子のことも考えなさいよ!!


「……アンタさぁ、この世界の事に気付き始めてるねぇ」

「ハァ…ハァ…、紛いなりにも俺はこの現実(ゲーム)のシナリオ担当だった人間だ。気づかない訳が無い」

「そっか、アンタがストーリーを書いたんだ。なら、アタシらの生みの親なんだね。だけどさ、諦めたら? アタシに目ぇ付けられたら生きてられるはずないんだから」

「そうなるな。だが……お前が何者であろうが……俺はどんな苦難があったとしてもそれに屈しない。俺には技がある。心の奥底ではそれを活用できる望んでいたからな。今は、信頼できる仲間も増えた。俺は虚実などに屈しない!!」

「へぇ…そういうことっ……。それならアタシにも趣味があるわぁ。フフ…、アンタみたいな奴の絶望する顔がアタシは一番大好きっ♡」


 黒い鎧の少女は急に体を捻り、そちらに突進する。アイツの不意をつき、腰を抜かして放心している亜莉子を狙う。あと少しで届くはずだった鋒だったが……。

 ありえない角度に刃が閃き、その剣どころか少女の腕ごとかなり遠くへ吹き飛んだ。一瞬の出来事だったからかその間に何が起きたのか少女は理解できていなかったのだろう。放心して呆けた表情から異常を感知した体の部位へ視線を移す少女。そして、視線と交差するように一瞬遅れて腕がつながっていた部分から血飛沫が噴き出した。

 アタシは……その憎しみと苦痛にゆがむ少女の表情が強く鮮烈に焼き付いて離れない。経験した事のない寒気が体を襲う。脚が……。言う事をきかないのだ。

 憎々しげなその表情をアイツへ向けた後に、奥の手とも言うべきか、彼女は空中に飛び上がり黒い靄に包まれていく。次第に巨大化する靄……。中から現れたその巨大な容姿に先ほどの少女の面影はない。鎧だけでいうなれば見えるけれど……。後ずさりするアタシと腰が抜けている亜莉子、なおも銃器を構えるこの男。

 以前も負けているという。勝てる見込みもない。それでもアイツは構えるのだ。憎しみでも恐怖でもなく、怒りでもない。澄んだ(おもい)だ。この原動力でアイツは動いているんだ。『感情』というトリガーがこの世界では大きく関係している。アイツは多分アタシ達を生かすためだけに変わったんだ。目の前で…無力なアタシ達を何とかして……変えるために。アイツが変わったんだ。なら、アタシも……。


「アンタだけじゃないよ。怖いのは」

「……そんなこと言ってる場合か?」

「そうだろうね。なら、その限界っぽい腕も解いたら? アンタが無理しても誰も喜ばないんだからさ」

「そういうことじゃねぇ。……」


 頭上から重い声が聞こえてくる。巨大な生き物の放つ重低音だ。振動として放たれるその声に耳が悲鳴を上げそう……。でも、この場で逃げる訳にはいかない。

 アタシは……ポテンシャルと技を持つ亜莉子に嫉妬していた。そして、隣のコイツには呆れていた。

 結晶化している腕の一部が指先からサラサラと砂のように砕け始めている。もしかしたらあの腕はかなりリスクを伴って造形しているのかもしれない。握りなおした拍子に指が関節ごともげるように砕けてしまう程に劣化してしまっているのだ。それでもアイツは握り、新しい弾丸を込めている。


「二度目はないと思っていたけど…死んでもらうわ。今回はうれしいでしょぅ? 可愛らしいガールフレンドっていうお花があるんだから!! さぁ!! これで終わり……消えなさい!!」


 黒い靄の塊が巨大な龍の口元で作られる。

 正直言って足がすくむ。でも、アタシがやらなくちゃ……。亜莉子にばかり頼りっきりは良くないし、アタシも何かできることがあるはずだ。

 前向きに心持を転がすごとにアタシの体には力がみなぎった。これがこの世界で適応し生きていこうということなのだ。せめて、収束を始めたアイツの準備が整うまではアタシが護る。……アタシの元になる象徴である天照大神は太陽を象徴し、日本国を天空から守護する陽光をイメージさせる。ゲームや様々な設定でも焔などのように温かみを持つ物に関連した力を持つ。アタシの力を見せる時だ!!


「我が陽光よ、我とかの者等を守れ……。日輪盾(ソル・シールド)!!」


 黒いモヤモヤがぶつかる衝撃に耐えるために踏ん張り、赤塗りの下駄は地面にくい込んだ。ご都合主義って凄いわぁ……。普通ならアタシもコイツも亜莉子も吹き飛んでる。だけど、この世界に溶け込むことで肥大したアタシに備わる太陽の力で何とか凌げているのだ。その隣で対戦車ライフルの形状をした銃を座りながら構えていた男が立ち上がる。

 そして、コイツはARRESTを変形させた。威力よりも収束効率を重視したようだ。彼は形の違う拳銃を構えている。大振りでサイレンサーのようなものがついた拳銃は何か光源のような物でも仕込まれているようで光が徐々に強まっていく。反対に握られた比較的小型の拳銃は機関部から何かが弾けるような不思議な音をたてながら蒸気を出していた。だが、その蒸気は徐々に消えていっている。おそらくあれはアイツの使う銃を様々な技巧により助けるアイテムなのだろう。弾丸に秘密がありそうだ。左右で違う弾丸を装填された銃はやはり目的が違うのだろう。


『あぁ……キツい。重っ……』

「無理ならいつでも言え、プランを変えるだけだからな」

「馬鹿……言わないで…よ!! 一人でお使いも出来ないなんて……惨めすぎるのよ……。アンタは黙って守られてればいい……の。アタシが…押し返す!!」


 何を思ったかアイツは何かを口走り、最初にイービルグングニルを討ち取った時に見せた靄に似た物を纏う。今度は赤色の靄ではない。かなり明るい黄色の光だ。

 こいつの怖いところはここだと思う。様々な状況に応じて形を変える液体のような男……。頑なに形状を保つことを拒み、新たな形への遷移を望むのだ。アタシでは考えられない。亜莉子は頑固だ。三者三様の違いがありアタシと亜莉子も大きく違う。


「大拳銃式簡易収束形態による放射。十式解放……。帝の十八番。陽輝艇(ザ・アーク)……」


 黒い靄と対極の波脈を感じる。実弾ではないらしい。アイツからは未だに職業(ジョブ)や種族に関する説明は受けていない。しかし、なんとなくで把握した内容からは推察できた。アイツが何故近接武器を所持しながらもイービル・グングニルに対して接近戦闘を行わなかったのか……。またアイツのスキルを見た際に回避などのスキルがなかったことなど。様々にアイツは隠している。

 まだ弾丸は放たれていないがそれでもアイツからは今まで以上に澄んだ力を感じるのだ。そろそろ余裕がなくなって来たかも。結界にヒビが入り、アタシの魔法力の限界を知らせている。でも、あとちょっとだけ……アタシの体なんだから言うこと聞きなさいよぉ!!


『覚醒の兆候が早いな……。理由も揃っている。頑固と言うなら二人ともそうだが……こちらはかなりの頑固者だな。一線を逸脱させない厳格な自己確立か。羨ましい限りだ』

「まだまだぁ!! アンタは何もしなくていい。アタシが押し返す。亜莉子!! いつまでへばってんの?! アタシらが一人前な所を見せてやろうじゃないのよ!!」

「う、うん!!」


 啖呵切ったのはいいけど……魔法力はほとんど無い。使わない技力(スキルポイント)で……何か、何かできないの?


「お前のような魔法師や神官職には力変換(チェンジ)がスキルにあるはずだ。時兎。お前はそのスキを守れるか?」


 技力(スキルポイント)を転換するスキル……あった!! 亜莉子が直後に前へ出た。今しかない!! 技力を使い切っている亜莉子には今は少しの時間稼ぎしかできない。アイツの用いる特殊な弾は集束に時間を要する……。でも、アイツ楽しそう…ね。

 時間を稼ぐ為に力を振り絞った亜莉子。彼女の斬撃波が次々に放たれ、靄が一時的に後ろへ後退していく。しかし、相手もやすやすとやられる訳がない。モヤとは別にブレスを吹き出し、強烈な一撃を亜莉子へ吹きかけようとするが……。間一髪のタイミングで収束しながら挙動していたアイツに引っ張りあげられてアタシの後ろに落ちてきた。もう、亜莉子に無理はさせられない。立つのもやっとな程に弱ってフラフラしている。技力を魔法力に転換するスキルが間に合い、なんとか2人を守ることはできそうだ。あれ? アイツいつの間にっ!!


「ちょっと!! アンタも来なさいよ!!」

「天照……いいや、琴乃だったか。俺は……お前達とは違う。まだ、まだ、お前達よりもやりようはあるんだ。自分の身を案じろ」


 アイツの右手に握られた拳銃から眩い光の筋が放たれた。彼の足元から抉られた地面……。軸足にしていた右足付近はあんなに細い脚でよく耐えていると思う程に崩れが深刻だ。

 アタシの結界によりその衝撃波からアタシと亜莉子は無傷。それだけの衝撃であったということだ。その光は次々に分岐し、靄を砕いて巨大な龍へ向かう。回避をするべく羽ばたこうとしたらしい。だが、光の筋はそれこそ無限に分岐を繰り返して帯の様だ。避ける場所などもちろん無い。蜂の巣にされ、そのまま地面に落下した。かなりの範囲で光線が焼き付け、手痛いダメージを与えているのだ。


「ぐぅ……っ!! こんな程度でぇ!!!!」

「回帰の怒砲……リバース・ヴォルケーノ!!!!!!」


 そこにこれでもかと、さらなる追い打ちをかける。右手の拳銃からは蒸気を吹き出していた。そして、未だ放たれていない左手に握られた拳銃からは……。その口径に合わない太さの熱線が噴き出したのだ。反動は凄まじく、熱線の熱量により周囲はまるで別世界のような情景へと変貌を遂げた。もちろん巨龍は以前のように余裕のある表情はどこにもない。死んだのか逃げたのか…巨龍は断末魔をあげた後に消え去っていた。


「はぁ…はぁ…。この腕は便利だな。痛みを感じない。吸熱にはもってこいって訳か」

「……」

「肩をかせ、二人共歩くのはキツイだろ」

「アンタ……普通じゃないわよ」


 結晶で出来ている腕の摩耗や体中に見られる戦闘の跡。アタシや亜莉子なんて特に戦闘らしいものなんてしてないのに満身創痍の疲労困憊、もっと言うなら心が痛い。


「そうか?」

「……狂ってる。何者なのよ。最初のアンタに戻りなさいよ。頼りないくらいが……人間味を残してたわ。今のアンタはNPCよ」

「……。もしかしたら、シナリオの設定が俺に上書きされてるのかもな」

「ど、どういう意味よ?!」

「いずれ解る」


 アタシ達は事実歩けず、アイツに担がれて拠点に帰ってきた。亜莉子に至ってはアイツの体温と臭いに落ち着いたのか眠ってしまっているし。未だに信じられない話だが本当にこの世界はゲームなのだ。

 『どういう意味かはいずれ解る……』

 意味深なこの言葉をアタシは忘れない。いいや、忘れられない。あの虚ろな瞳をアタシは忘れないだろう。初期の柔らかかったアイツは今やどこにもいない。ストーリーの姿を知るコイツや一部の人間にしか解らない部分。

 ……アイツが何を考え、何をしたいのか。後者に関してはアタシや亜莉子の防衛だろうけど。


「入るわよ?」

「……」

「……? 居ないの? 入るわね」


 熟睡している。

 確かに疲れるわよ。アタシ達のようなお荷物を抱えて大技を連発したんだから。コイツはいつだって必死だ。必死過ぎるから周りの人物からしたら遠い存在に感じられてしまうのかもね。

 アンタはアタシや亜莉子にしたら命の恩人であり、大切な仲間で……尊敬すべき師だ。アンタが無理をすることをアタシも亜莉子も望まない。でも、アタシ達は弱いんだ。まだ、コイツの庇護のもとでしか戦えない。多彩な戦闘技術を持つこの……(オウガ)と肩を並べなくては。


「OGRE……。野郎は好かないけどアンタは嫌いじゃない。亜莉子のために刃を振るう時だけでいいから。(こころ)を取り戻して」


 ゲームの世界と言うのは本当に便利だ。

 食べ物は腐らないし、服の手入れも要らない、アタシに至ってはガスや電気がなくても加熱が出来る。亜莉子は高速移動や瞬間転移が出来るし、OGREは日曜大工や様々な加工が得意だ。

 そんなアタシが今、アタシの親友と師にできることは暖かい料理を作り、待つことだけ。先に耳を揺らしながら眠そうに亜莉子が起き出してきた。可愛らしい……。素直に萌え要素満点だ。服も肌蹴てチラチラ見える胸とか太腿とか……ぐへへ。

 寝起きの悪い亜莉子は少し放置するかOGREが来ないと完全には目覚めない。そこに……寝起きに機嫌の悪くなるOGREが現れた。亜莉子は忙しく肌蹴ていた和装をただし始めている。二階にある食堂替わりに使う給仕室でシチューを食べ始めた。久々にまともな夕食であるため二人共嬉しそうだ。その雰囲気を壊すのは嫌だけど言わなくちゃいけないこともある。アタシはこの世界に順応しなくてはならない。彼を……この世界と同化させない為に……。


「美味しい……」

「美味い……。お前、調合スキル……」

「…………」

「琴乃ちゃん?」

「アタシ達はアンタのパートナーなのよね?」

「あぁ、この状況だ。君達を助けられるのは……」

「パートナーと言うなら。アタシ達にもアンタを守る技くらい教えてよ。スキル……。アタシ達にはまだ余白がある。そうよね?」


 難しい表情のOGRE。何があり、アタシ達にその先を学ばせないのかはわからない。だけど、出し渋るのは何かの害がアタシや亜莉子にあるからだ。彼の頭の中を見てみたいよ。アンタは……時に必要な事まで隠してしまう。それがアタシや……亜莉子に害を出す前に彼にも学んでもらわなくては。彼の中の整理がついたのか一旦話を切り替えるように匙を握る。


「話そう。だが、長くなるから先に食事を終えてからの方がいいだろうな。せっかく作ってもらった訳だ」


 不意な笑顔にときめいた自分が……情けない。

 コイツはいつも変化する。容器を用意してやらないと形を保てないのか、それとも彼にも揺るぎない部分があり隠さなくてはならないからわざと表面を揺らがせるのか。どちらにせよ……。我らが師は出会った日から数日でかなり人間から遠ざかった。アタシ達に……出来ること。それは彼を守ること。影より人間的な温かみで支え……あの笑顔を守ることにほかならない。

 暖かい料理を完食し、亜莉子は満足気に耳をピコピコしている。大切な仲間……か。OGREが声のトーンを落としながらアタシや亜莉子へと驚愕の内容を伝えてきた。結晶でできた左腕や彼に見え隠れする不穏な影は彼が、変わってしまう前兆だったのだと言う。いつの間にか彼の瞳と白目の色は逆転し、気味の悪い配色になっている。同時に爪や角などもかなり不気味だ。


「先ずは2人に覚悟の丈を問いたい。俺がどうしてこうなったかを頭の回転がいい2人ならば解っただろう」

虚実(ゲーム)と同化している?」

「その通りだ。その条件を提示した上で問う。本当に…この先に進むか?」

「アタシ達もアンタみたいになるのよね?」

「その点に関しては有り得ないから問題ない。限りなく近くは成り得るかもしれないが」

「は?」


 アタシはこの後に続いていた亜莉子への残酷な未来を感じ取っていた。アタシ達は言わばプレイヤーの立場であり、彼とは違う。彼は……この虚実の中に沈み切っているらしい。製作の全てに強く関わる彼にはとても強い交わりがある。それこそ絡みに絡んだ毛糸のようにどこから解くべきか……本人すら解らないらしい。

 だけど、アタシや亜莉子はただ、見ているだけというのは嫌なのだ。この付近での生き残りはかなり少ないだろう。助けてくれた彼を……必ず現実(リアル)に引き戻さなくてはいけない。アタシは拳へ無意識に力を込めていた。彼はそんな瞬間に小さな笑顔をアタシたち二人へ向けている。亜莉子はオロオロするばかり。これからこの男をどうにかしなくてはならない。しのごの言ってられないのだ。

 OGREとは醜く大柄な化物であったり豚の容姿をもした表現をされる事の多い想像上の怪物。日本語でいう鬼の一種だが……。コイツは違う。確かに、コイツのコンプレックスは察した。心が脆弱なのだろう。だけど、それはアイツ自身のハードルに見合わないだけの事。アタシ達三人の中ではアイツは飛び抜けて強い。……まるで設定資料の中のアイツが描く主人公のように。アイツは滅私と荒廃を繰り返す。人を支え、無力感に打ち拉がれ、自らと闘う。そんな絵に書いたプログラムの様な男。醜い? いいや、むしろ面はいい方、小柄だけど筋肉質で均一な鍛えられた肉体。彼は…私達の師は…本当に何かが異なる。

 そこから彼を開放しなくてはいけない。


「あ、あの」

「ん?」

「私は……二人と必ず生き残る手段を手に入れるなら……。このままでも構いません。OGRE君のご友人が生き残っているはずですから私は」

「人間としての人生を捨てても良いというのか?」

「はい」

「天照、お前は?」

「亜莉子が言うんじゃ仕方ないわね。どのみち、最初のアンタじゃないけどさ、本気で行かなければこのゲームは簡単には勝たしてくれないんでしょ?」

「あぁ、それは間違いない」


 亜莉子もアタシも意志が固まる。恐らく、アイツはそれを読んでいたのだろう。アタシと亜莉子を包むように不思議な光が巻き起こる。それはいうまでもなくこれまでのアタシ達ではなくなることを意味しているのだ。それと同調するようにOGREからも異質な光が漏れ出る。いいや、閃く。

 彼が言うには本来はゲームとしてだけならば、ステータスの上昇はレベルアップやスキルレベルの増加に伴い付加されるようだ。しかし、このゲームはコマとマスを抜き取った人生ゲームなのだろう。どこまで進むかはアタシやプレイヤーの尺度と力に依存する。……彼は変わるのだ。

 アタシ達三人が再び顔を合わせた先にいたのは風貌こそ違えど先ほどまでの仲間だった。二人がどの様な力を得たのかは戦いでわかる事。白兎の亜莉子は少し洋風なデザインが組み込まれ、紅いポップな印象の可愛らしい靴と指先の出る手袋、小さな紅い帽子などと童話『不思議の国のアリス』を思わせる変化がある。アタシは赤と青のツートンで月と太陽をかたどった和装……狐の衣装は変わらんのかい!!


「こんなデザはなかったはずだ。お前たちはゲームを作る俺達とは違う立場の人間になったんだろう」

「クリエイターでは無く、私たちはあくまでもプレイヤーな訳ですね」

「みたいね。でも、アンタだけ代わり映えしないわね」

「俺はどう転んでも…クリエイターって位置は変わらないだろうな。俺は…メインクリエイターの一人だ。だから本来はこれとは違うキャラデザが……」


 本当に聞きたい話からはぐらかされている気がする。視線を逸らさずに話すタイプのアイツがあまりこちらと視線を合わそうとしないのだ。さて、ここは厳しめに彼を追い立てますか。彼は心が弱いと言うよりは心配しすぎなのであろう。優しいから、堅実だから故の弱点だ。亜莉子の事に逸早く気づいたのは彼がその質だからだろうね。


「で? アタシ達が強くなるには?」

「……はぁ。何が起きても知らないぞ? スキルを使う時なんかには最初の一回目は何故か解らないがプロパティみたいな画面に説明書きと一緒に存在しているはずだ」

「う、うん。知らない名前の技? がたくさん」

力変換(チェンジ)を使っている天照は解るだろう。その技は1度使うとその画面からは消える」

「確かに」

「だから、要所に応じてこれらを開けばいい。そして、種族値などのパラメータは同じ要領でステータス画面を開けば見られるはずだ。そこから自身(これから)を選択していくといい」


 そこからは頭が痛くなるレベルの集中講義が始まった。技の講義は叩き込むタイプだったのに……。プレイして覚えていくタイプのアタシには理屈を叩き込むこの授業は拷問でしかない。しかし、隣の亜莉子は前向きに食いつく。あの子生真面目だしなぁ。

 だからお似合いなんかなぁ……。

 ま、自分からこの人を師と立てたならアタシもついて行くしかない。すぐにわかる訳ないか。それだけ入り組んだ人物と言う事なんだろう。飛び入りだからなのかそれとも別な理由があるのかは定かではないがアタシや亜莉子には一つの武装。彼は複数の武装。……隠しているなら暴くまで。アタシは太陽の化身を体現した。ならば照らして行けばいい。アイツやアタシ、亜莉子が円満に……。いや、アイツの仲間も含め全てを照らし守れるように。

 大きくなろう。

 その前にこれはホントに何とかならないのだろうか。この講義…下手すりゃ教授も嫌がるかもね……。

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