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Brave.Brake.Fantasy[mind of world]  作者: OGRE
ゲームの始まり
3/19

兎娘と狐娘

 目の前で私をかばってくれた男の子の片腕が切り裂かれ、飛んで来る。彼に突き飛ばされた……。その突き飛ばされた私の体の方向へ腕は飛んできたのだ。本物の大量の血液を見るのさえ初めてで…体が強ばって動かない。真っ赤な粘性のある液体が私の体中についた時、私はより強く心が変わっていたことを今更ながら理解した。


『何がなんでも私は彼を助けなくてはいけない』


 体も動かないのに必死にそう思っている自分が本当に不思議だった。強い恐怖で私の体は小刻みに震え、腰が抜けているというのがとても情けない。でも、視線は腕と共にこちらへ飛ばされてきた彼の体を抱きとめながら彼の特徴的な白髪へ向かう。その時、私は思い出したのだ。彼は受け入れることでその力を手に入れたと言っていたことを……。受け入れる…何を受け入れていいのかはわからなかった。それを教えてくれたのは…彼へのとある感情。命懸けで私達を守ろうとあんなにも大きな怪獣と闘い、長い時間引きつけていてれた彼。その怪獣との危険な駆け引きを途中で離脱してでも私達を助けに来てくれた。傷つき動けない彼を私が守ろうという決心だ。そして、彼を強く抱き締めて目を瞑った直後、違和感があり目をあけた。私の目の前に一対の刀が現れる。片方が長くもう片方が短い一対の装飾が白く美しい刀。意を決してその刀を掴んだ瞬間に私の視界は大きく変化したのだ。


亜莉子(アリス)!!」

「私は……時兎(ときと)!!」

 体が白い閃光に包まれ…何故か暖かい。それでいて無理のない下から吹き上げる様な風の抱擁感が何故か心地いいという感覚。わからない。これまでの私はこんな奇異な出来事を受け入れなかっただろう。けれど、怖くない。

 不思議なことにするべきことまでもが理解できる。私たちを狙い振り下ろされた巨大な剣を一対の白い刃で受け止め、……本能のままに私はその刀を使い、左右に開くように一閃した。普通なら刀が折れてしまっただろうがその刀は欠けたりヒビすら入らない。それに通常の状態であれば私の非力な力では受け止められる様な重さではないだろう。でも、刀を握った私にはできた。もう、怖くない。

 軽快に動いていた(ゴーレム)を切れ味鋭く切り裂き、動かなくなったことを確認してからではあったが……。急に変化した私の体と服装を気にしながらも彼を担いで琴乃ちゃんの方向へ歩み寄った。彼にはまだ脈がある。それでも、腕を切断されたことから多量の出血が見られ、危険な状態であるのには変わりない。彼が助かるにはより適切で素早い処置が必要なのだ。

 それに加えてもう一つの危機が私たちへ迫っている事を忘れてはならない。再びあの轟音が聞こえてくる。OGRE(オウガ)君が銃器での戦闘であの怪獣の各部を壊してくれたのか、相手の動きは歪でシャンとしないところがある。しかも、相手の体液であろう赤黒い液が滴り、大分傷ついているようだ。そう考えると彼は相当な猛者ということになる。この戦闘慣れしてる彼に聞きたいことがたくさん生まれていた。でも、まずはお礼を言いたかった。放心している琴乃ちゃんに声をかけて止血を試みることを頼み、彼を安全な場所へ運ぶ彼女の背中を確認しながら私は巨大な生き物と対峙する。怖くないと言えば嘘になるけれど……。でも、彼は私達を…何度でも言う。絶対に守らないと!!


「亜莉子!! 逃げるよ!!」

「私が戦う。もう、大丈夫だから」

「大丈夫じゃないわよ!! 何かが変わったのかもしれないけど…」

「もう、私は弱くない!! 絶対に生き残る!」

「亜莉子……」

「琴乃ちゃんはOGRE君をお願い。……今度は私がアイツと戦う」

「……絶対に、絶対に帰って来てよね!」

「うん!」


 この姿になってからどのような力を得たのかを細部まで理解はできていない。それでも解ることは…するべきことを感覚で行使していると言う事だ。それに、この刀はとても鋭い。刀は昔の名刀以外は狙い難く、切り裂くよりは撲殺に向いた武器とも思われた程だ。先程は昔から剣術を習っていたにしても体が無意識に動いた希な例でもある。『彼を守りたい。』この気持ちが私を大きく変化させた。兎の耳と尻尾はオマケとしても……体はかなりの強力な身体能力を手に入れたはずだ。これまではいくら相手の太刀筋に反応出来ても身体能力がついてこず自分の太刀筋が相手の太刀筋について来なかった。反撃したくても私はその時点で押し負けていたのだ。それがどうだろう。今は反応と行動がほとんど同時で現に(ゴーレム)を一撃で切り裂いた。

 行けるかも知れない……。一対の刀を鞘に納めて私は柄に手をかけて前進した。それは…恐ろしい変化で反応が追いつけたのが奇跡に近かったと思う。私は怪獣の股下を駆け抜けてしまっていたのだ。それと同時に刀の切っ先を怪獣の体に引っ掻けるように急停止と体を捻る側転運動を加えた。一瞬遅れてついてくる怪獣の大味な反撃もバック中を加えて回避……体が軽い。何より空中での動きが自由自在で羽のようなのだ。


「私が私自身に追いつけてない……。こういう時にOGRE君に教えてもらいたいけど。今は私だけで何とかしなくちゃ」


 怪獣の体から飛び散る赤紫色の粘液に毒性があることはわかっていたけど……。まさか、飛来した大型の怪物が融解しながら死んでしまう程の酸性を示すなんて、度肝を抜かれた。でも、今の私なら例え背を向けて目を瞑っていても避けられる。移動を繰り返すうちに段々と理解してきたのは、この力は物理法則など既存のあれこれをある程度無視できる…という危険な側面を持つことだ。明らかに私の体重を無視した機敏な動きと、これまでできなかったような体技はそれを如実に表していた。

 それに、この武器…『時兎(トキト)』はあの毒粘液を受けても溶けている気配がない。でも、避けているだけではダメだ。粘液が厄介な存在でなかなか怪獣の体にダメージを入れるのは容易ではなかった。毒粘液以外にも怪獣自身の意思で機敏に攻撃してくる部分が強いからだ。かなり大柄なのに動きはとても機敏だからここも厄介な点である。毒粘液もそれと同時に飛ばしてくるから避けるべき物は増え、攻撃の手数が減ってしまう。OGRE君……。今、あなたの力が借りたいです。


『時兎??……一太刀?』


 小さな攻撃ではらちがあかない。私の中に重たい一撃を放つことができる技を模索すると脳裏によぎるのは一閃を主とする『居合』の剣技だ。私は小技を繰り出すことに長け、それ以上を求めなかった。なぜならそれだけでほとんどの勝てるであろう見込みがある試合では負けることがなかったからだ。だけど、必要に迫られて私もこのような技を使わなくてはならない。確固たる力と正確な位置取り、刃を入れる場所、タイミング、角度……。私の持つ小細工と手に入れた力を今、併用して使う。

 自分が初めて誰かのために強く、より強く、変化を求めた。このような命を脅かされ、よく解らない空想の世界のような状況下に投げ出されなければ変わろうとすら考えなかったのだ。今、試されている。私の本当の『意志』を……。彼を救いたいというより強い願いを!!


「行きます! 月扇兎(げっせんと)!!」


 最初の踏み込みは自身の実力が未知数であるがために解らず中途半端なところが際立った。しかし、二度目は違う。動きにメリハリをつけることで私にだって技の強弱くらいは見せることができる。一撃目の居合を通した直後にもう一度だけ怪獣の方向へ体を曲げた。完全な停止はできない。それだけこの時兎の力は強大なのだ。もう一度…確実にもう一度だけ攻撃を加え、確実に奴を沈める。二回目の一閃は私が培ったものとこれから私が築いて征く物の区切り…開基となろう。私が…時兎となった最初の私が自身で作る技だ。

 私が培った道はいつも日陰道だった。日向となる剣道と日陰の剣術は大きく異なる。確固たる思想を持ち、理念を押し通した剣を扱う術なのだ。剣道とは読んでそのごとく剣の道。突き詰める先を止めない進歩を進むためのもの。道は進めど扱うことはできない……。何も術を持たない人々からすれば確かに剣道とて強い。しかし、剣道はそれを扱うことを極める術には敵わないのだと思う。私は術を学んだ。これまではそれを行使し誰かの役に立つことなどなく、重荷にさえ感じていた。けれど、このような形であっても私を助けてくれた恩人に報いるために……必ず、私はこの術で怪獣を切り裂く。

 満身の流動を込め、時兎による時間の歪曲を利用して私はなおも加速する。速さを力に変え、物理法則を無視した規格外の攻撃範囲と太刀筋を生むのだ。時を駆け、飛び越え、その反動を動力源とし……あの巨大な生き物を……………………………………切り裂く!


「………時兎(タイム・ジャンパー)


 轟音が鳴り響き、次は巨大な生き物の肢体が崩れ落ちた。砂ぼこりと毒液の霧が舞い上がるが不思議と私の周りにはそれは押し寄せて来なかったように感じる。

 刃についた毒粘液を一振りして払い落とし、私は鞘に二本の刀を納めた。軽い金属音の後にさらに怪獣の体に切り込みが表れる。私がしでかしたのだろう戦闘行為と、この荒廃を見つめ直す内に私は正気に戻り…腰を抜かした。興奮とは恐ろしい物だと私は自分の両手を見る。久しく柄など握らなかったせいか掌にはマメと潰れたらしい薄い血の跡とリンパ液のベタつきが残る。しばらく立てずに休憩してから刀を杖代わりにして何とか歩き出すことができた。

 身体中が痛くてたまらないのだ。たぶん、彼と同じような存在に変遷したとしても馴染みきらない状態での急激な体への負荷が現れたのだと思う。そして、臭いと微かな音を頼りに琴乃ちゃんとOGRE君を探し当てた。……今さらだけど『藍緋(あいひ)君』のがいいのかなぁ? まだ、意識は回復していないだろうし……あれ?


「お、おかえり。亜莉子……」

「『ひ、膝枕? 膝枕だよね? 膝枕!!』……」

「え、えと。亜莉子はこの変化がどうして起きたか解る?」

「何となくなら」

「解るんだ……。教えて……急に変化してアタシもこんなんだし」


 琴乃ちゃんは見事に金髪になっていた。しかも……犬? いや、狐? それに近い感覚の生き物に見える。素直にかわいいのだけれど、そのかわいいという表現をあまり好まないらしい琴乃ちゃんは私に自身の耳を引っ張りながら赤面している。でも、似合うのになぁ。そう考えるとOGRE君…藍緋君? もう、どちらでもいいや。彼はあまり変化が無いように見えたがしっかり気にするとけっこう目立つ角が見えた。もしかしたら私達がこちら側に来ることでそれがしっかり見えるようになったのだと思う。彼の頭を優しく下ろし、近くにあったホームセンターの商品だったらしいクッションを借りて頭を支えると私の方向へ琴乃ちゃんは向かってくる。


「ほぇ…、アンタは兎なんだ。ネザーランドドワーフみたいな垂れ耳とかミニチュアラビットみたいな小さめな耳かと思いきや割と普通の兎なんだね」

「そういう琴乃ちゃんは妖怪さんだね。尻尾が九本もあるし」

「お互いコスプレみたいで落ち着かないよね?」

「うん……。そう見ると彼が一番普通かも、まぁ、角は除いてだけどさ」


 呼吸も正常になり腕の止血も何故か琴乃ちゃんの新しい能力でなんとかなったのだという。ゲームの知識は恐らく私よりも琴乃ちゃんの方が数段上であるけれど私は攻撃の性能がかなり高く、琴乃ちゃんには回復の性能もあるのだ。攻撃性がどうかはわからないけれど…彼女のおかげで私達の命の恩人は息をとりとめたのである。まぁ、これであいこかな? 彼の命も救えた訳だし。

 新しい服装と体が落ち着かないのか尻尾をわさわさしている琴乃ちゃんはホームセンターの倉庫へ向かう。……どうやって動かしていたんだろうか? 彼女は食料品を漁って来ているのだ。こういう言い方はもともと人間の私ではあんまりいい言い方ではないと思うけれど人間さんは周りに見受けられない。私達が極度に運がよかっただけなのかもしれなかった。その間は…一瞬ヤキモチを焼いてしまった『膝枕』を私もして見る。なんでか…落ち着く。彼の体温が感じられるとあれだけの恐怖を味わい、闘いをして帰ってきたかいがあると思えるのだ。それに……この大きな代償は私の命の代わりなのだ……な。

 恐らくもう、彼は戦えない。彼は銃器を扱う。弾丸を装填するためにもう片方の腕も使うのだ。その腕を失った彼はもう、前線に出ることはできないと思う。そして、私達二人で彼を守るんだ。今はひ弱で知識もない私たちでもなんでかこの状況にいきなり順応的な彼に教えてもらえば……たぶん大丈夫。私は決めた。彼を守るのだと。柔らかで……薄く蛍光色の緑が入った彼の髪の毛は白ではないようだ。それを優しく撫で付けながら彼の青白い肌を見ていると……。


「あ~れ~? 亜莉子ぅ?」

「ふぇ!? 琴乃ちゃん!!」

「かーぃーなぁっ!! ウサミミもあって小さい亜莉子はホントに映えるぅ!! ケータイ生きてたら永久保存したかった!!『野郎に初膝枕を奪われたのは腹がたつが……』」

「え? 携帯壊れたの?」

「多分、あんたのも使えないよ。何でこんなふうかはわからないけどね」


 画面はテレビでもないのに波立つような灰色の画面になっていた。砂嵐が起きたような状態。なぜ、このような状態なのだろうか。まだ、彼が起きないことには解らない。けれど、これまでの私達の常識が通用しないことは明白だ。それが私たち自身にも露になり、生き物として人間とは違う何かになった。彼が私たちに隠しているのはこの変化の根本的なところなのかも知れない。今の私たちにならすぐにでも語ってくれるのだろうけれどその彼が意識を取り戻すまでは二人……もしかしたら生きている他の人と共に打開しなくてはならないのだ。彼が意識を取り戻さないのは心配というよりも不安の方が強い。

 もし、このまま彼が意識を取り戻さないのであれば知識の供給源がこの現段階では絶たれたこととなる。それは言わずもがな大きな穴でしかない。彼がいなくなれば私達のこの期の成長もマイナスとなり、自身の身を守ることもかなわなくなってしまう。このままでは本当に……最悪の状況となる。絶対に彼が生還する方向へ目指さなくてはいけない。私たちも全力を尽くさないと。


「彼が知ってることを早く聞きたいね。そうすれば…私達二人でもなんとか戦えるかもだし」

「あんた、前向きななったね」

「え?」

「前までとは違う。アタシも見習わなくちゃね。こいつはどうであれ、あんたは絶対守るよ。アタシ」


 琴乃ちゃんとはこっちに引っ越してきてから知り合った。不安だった時に入学式、オリエンテーションと一緒にいてくれたことで私は彼女と最初に仲良くなっていた。ちょっと? かなり個性的な子ではあるけど悪い子じゃない。お互いの変化についてまずは可能な限り伝え合う。二人で協力してこの状況を乗り切るにはお互いの情報があるに越したことはない。そのために私の情報を彼女に伝えた。

 私の能力は恐らくある程度の限界はあるだろうけれど時間や何らかのタイミングをずらしたり無効化できる能力なのだ。物量的な威力も強力な加速を加えることで威力が上がるということである。簡単に言うとこれまでの太刀筋はそこまで速くなかったが時兎の加速を加えるとそれだけで新幹線よりも速くなっているのだ。今はこれだけしかわからない。武器もこの二本で一対の日本刀『時兎』以外は無いようだし。


「凄い、てか亜莉子って剣術なんて習ってたんだ」

「私の家がそうなの。お爺ちゃんが総師範」

「ほぇ…」

「あ、えと、琴乃ちゃんはどんなの? どんな能力?」

「アタシのはわかっているだけだと今は闘いには向かないかなぁ……」


 琴乃ちゃん曰く、彼女の力はヒーラーという類らしい。ヒーラーとはまぁ、様々なゲームで味方を回復できる回復能力を持つ魔法や特殊な能力を持つキャラクターの総称だ。彼女の力で彼の止血はほぼ一瞬で完了、さらに彼の落ち着かなかった脈も彼女が彼に触るだけで正常となり呼吸も同様……。ただ、腕は再生できなかったことからこれはそのように元通りにできる様な能力ではなく、彼女の中に響いた力の名前は……。


「天照」

「神様の名前だね」

「うん。回復の力を使える辺りから考えても攻撃的ではないよ。亜莉子の兎ちゃんのが余程強そうだし」

「そ、そうかな。でも、琴乃ちゃんの狐ちゃんもとっても可愛いよ?」

「あははははは!!」

「フフフフっ…」


 その時、膝枕していた彼の頭が動いた。言わずもがな意識を取り戻したのだ。OGRE君の声は澄んだテノールで本当によく通る。小さな声なのに……。そして、飛び起きた彼は状況が判断できていないらしく私たちを視界に入れると疑問符を乱立させた。それもそうだろう。気を失う前は普通の女の子だった私達が気づけば『ケモッ娘』になっていたのだ。当惑もしますよ。

 彼の武器を探しているようだけれどどこにも見当たらない。それもそのはず、武器は自由に見せたり隠せたりするようで私も最初は慣れる事ができなかった。それが不便だと思うことはないけれどどう考えても機能的とは言えない。


「ここは?」

「さっきと同じ、ホームセンターだよ」

「グングニルは?!」

「さっきの怪物なら亜莉子が倒したわ」

「俺は……どうなったんだ?」

「あ、えと、左腕が……」

「そうか……これくらいで済んでよかった。君も無事で何よりだよ」


 こんな状況でも私を心配できる彼はそのあたりが本当に凄い。私なら発狂してしまうだろうし、いかに人助けでも相手を恨むと思う。相手がいなければと考えないことはないと思うのだ。けれど彼は本当に安心したように笑顔を見せる。その笑顔で私も急に笑顔になっていた。涙が出てきてへにゃっと歪んだ笑顔だけれど…この状況で笑えた自分が驚きだ。

 しかし、その笑いを見せた私の表情をこわばらせたのは先ほど倒したはずの怪獣である。…彼はグングニルと呼んだ巨大な生物の死体がある場所が急に怪しい紫色の閃光を上げて強い風を放つ。彼は銃器を握る。そして……彼の本気を見た。グングニルは怒り狂い、先ほどとは違う異型となってここへ猛進してくるのだ。彼は落ち着いてはいない。


「一式開放……(ホムラ)神威!!」


 彼の体がグングニルと同じ様な光を上げて角が奇怪な光をあげだした。そして、彼の左腕が…何かよく解らない物質で固化し、ポケットから何か大きな円筒の物体を取り出し、機銃の基部に装填する。直後に機関銃の様な形状をしていたその武器が変形して内部から七色に光輝く円筒形をした部分が露出した。グングニルはまだ距離がある。それでもあの速さではそこまで時間はない。だから…私も征く!!

 それと同時に琴乃ちゃんも武器を展開した。長い杖の様な武器を出し、先端に焔の様なモヤモヤしたものを集中させる。どのように攻撃するのだろう? その後、グングニルと距離を詰めるために私が走り出したと同時に琴乃ちゃんの杖が私の背後から速度を上げ、グングニルの頭部へ命中した。お見事! だが、それでも止まらない。私も、やつの脚を切りつけるが前にも増して流れるように溢れ出す毒液の飛沫を浴びそうになり、一旦距離を取ることを余儀なくされてしまった。だが、最後に彼の攻撃が残っている。ここからでもわかる。避けないと私も焼かれる様な熱量だ。……彼は私を待っている?


「よし、煉獄怒砲(ヴォル・カノン)!!」


 真っ赤に輝くその一線はグングニルの心臓を貫き、その先の空へと抜け、雲を突き破り見えなくなる。腰が抜けてしまった。この数時間で何回の死に目を見て生還し、新しい日常に驚かされたことだろう。彼が私を抱き上げてくれる。腕はどうやら一時的な物らしく消えているけれど、同じく腰を抜かしている琴乃ちゃんの隣に優しく下ろしてくれた。ホームセンターから彼はチョコレートを拝借してきて私たちへ手渡し、自身もそのチョコレートを頬張り、て早く食べ終えると……。いきなり私達の変化についての言葉が飛んできた。やはり彼はこの現象に何か大きな知識を持ち合わせているらしい。


「二人とも獣人系の鬼か……いや、幻獣系だな」

「ふみゅ?」

「なんへっ、あんふぁは…ひぇってんほよ!!」

「理解できるかどうかは本当にわからないぞ? だが、その姿になっているということはこの世界に順応できたんだろうな。この世界はもともとテレビゲームだったんだよ」

「へ? テレビゲーム?」

「そうだ。テレビゲームだ。俺と何人かのクリエイター集団で作っていた辛口なアクションゲームのようなものだったんだ。メインシナリオは迫り来る巨大な生き物を討伐、または狩猟、殺害するもので他のサブシナリオには斡旋される任務をこなしたり拠点の農場や牧場なんかでスローライフもできたんだが。この状況じゃスローなんてものは感じられないな。殺伐なら嫌と言うほど味わったが」


 その製作に関わった人達の中の一人が彼らしい。彼がここにいたことで私たちは助けられた訳だが……。彼は横目に私達の様子を確認するために視線だけを向けてきた。彼がここに居なければ私たちはこんな風に生きていなかったのだとも言える。たくさんの人が亡くなった。彼はゲームを作った中の一人だけどどうしてこうなったかは解らないと言う。しかし、それを予兆させる出来事の末に彼はここで私達の目の前に居るのだとも語った。

 訳が解らないという一括りの言葉で締めてしまえばそれ以上の探求を行えなくなる。彼は確かに知識はあれどどの様な理由で世界がこうなったかは解っていなかったはずだ。その解らない中で彼は己を捨て戦うことを選び…彼の心情を表す武器である『Arrest』を手に入れた。そこがまず他人とは違う。理由ではなく彼は勝ち取ろうともがいた故の現在の姿なのだ。

 私たちにしてもそう。確かに彼一人を助けたいという心内を見せるためにこの姿になった。大きさは関係なく彼も私たちも何かを変えて打開したいと望んで現れた武器が…私の時兎、琴乃ちゃんの紅蓮(プロミネンス)なのである。そう考えればこの世界の住人となるのは簡単そうでかなり難しい。思いの丈が足るか足らないか、さらにはそこに至るか至らないか……。極限に追い込まれた時の順能力や応用力、受容力を求められる。


「そういえば、OGRE君はレベル高いよね?」

「まぁ、この状況になる前にも俺たちは大分やってたからな。システム修正の関係で」

「へぇ、割と本格的だったのね」

「確かに作るものはかなり質が高かったと思うよ。まぁ、だからこそ、命懸けの生き残り戦なんだ。現状が……」


 私たちは彼に教えてもらったゲーム製作者の意図とは反した方向へ向かうこのゲームのストーリーを目の当たりにした。しかも、彼はシナリオや設定における説明の文章を担当したかなり製作でも中枢の内容を知る人物だとも言う。その彼がこれだけ困惑する様な内容に力不足でも足掻いた。結果として彼は私達のような新たな仲間を教育する立場になり今、私たち二人へ教える立場なのだから運命とは不思議だ。

 彼は50レベル代と言うことで様々な難易度帯が設定されたこのゲームで初期の慣らしが終わった辺りらしい。え? ……50レベルまででかなりの経験値が必要なのに? 先程の『イービル・グングニル』を討伐したところで経験値は微々たるものだ。それでは周囲の小型なんて……気が遠くなる。楽してレベルは上がるわけがないとは思ったけれどこれではあまりにも過酷すぎる。


「そんなことで悩んでいたのか? すぐに上がるさ」

「へ? 今、考えてることわかりました?」

「そんなの見てれば解る。『イービル・グングニル』倒したのに……とか思ったんだろ? あいつは初期の初ボスだからそんなに美味くないよ。それよりもいい方法がある」

「もったいぶらないで言いなさいよ!!」

「俺と闘う」

「は?」

「はい?」

「俺と模擬戦をすればさっきの奴くらいは一人で倒せるくらいになるだろうな『近接職』のお前たちは」


 近接職と限定した彼の意図は解らないけれど……確かに『イービル・グングニル』のレベルは周囲の通常の敵よりも数段低めだったのだ。それでもあいつは強かった。ゲームなんてほとんどやったことないけれどあんな風に特殊な攻撃だったり小細工の多い大きな敵は本当にやりにくい。あれが彼と同レベルなんて言ったら今の『1レベル』の私達では正直何もできなかっただろう。

 でも、彼は何食わぬ顔で時兎のことや天焔のことについて触れ、トレーニングに関してもやり方まで教えてくれた。それは、私達二人で彼に一撃でも浴びせられれば合格。それまでに彼に何度も倒されるからそれでレベルを上げればいいとのことらしい。それにレベルが10レベルを超えて20レベルに至るかいたらないかまでは彼も攻撃してこないという。まぁ、流石に意図的な攻撃ではなく、流して倒したりはしてくるみたいだけど。


「個別に行ってくるならそれでも構わない。文字通り、人数も少ないから手とり足取り鍛えてやるよ」

『怖っ……』

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