無力でもそれでも!
目の前に浮いている俺が愛用していた銃器を握った。それを口火に俺を最初に視認し空中から俺を狙った翼龍は真っ直ぐに体を向けて急降下してくる。体当たりだろうと思われる機動をしているやつを俺は容赦なく叩き落とした。あの無力すぎた夢なのような……また別の出来事なのか……あの時とは少しばかり訳が違う。ゲームの製作時に俺はバグや不備探しを友人達としていたためにそれなりにレベルが上がっていた。だから、先ほど撃墜した程度のモンスターならば一撃で倒すことが可能だったりする。
「まだ、行けるな。弾もばかにならない、節約か……」
アパートの三階からダイブし、真下に湧き上がるように集まるそれらへ手痛い機銃掃射を浴びせ続ける。こうしていかないと俺の回避の場所や足場もない。そこまでこの街の道は広くないし、こんな狭い場所で大型の物と遭遇したくない。いいや、モンスターなどとは極力出会いたくないな。
そんなことを思っていても事態はそこまで簡単ではないようだ。モンスターだけではなく様々なエネミーがいる。今はいないが系統が人間に近い者や悪魔のように知能の高い者は怪物と呼べないためにゲームの設定上エネミーと呼ぶがそれらは今は見受けられない。それらの特徴、種類、強さや動きの速さの指標として敵の頭上にはレベルが表示される。もちろんレベルだけならば俺も例外ではないのだが……。機銃の音を聞きつけ次々に翼龍と同種、もしくは近い場所にいたエネミーが次々に俺へ敵意を向けてくるのだ。それでも今現在は俺のレベルに至らず一捻りで殲滅できる程度の敵の波が十重二十重と押し寄せるだけだ。別段戦闘に厳しさがある訳でもないから状態異常で動きを止めたり、爆発したりするような特殊な弾丸を使わない。様々な機能を盛り込んだこの銃器を変形させて、機関銃モードに切り替え、掃射を加えるだけで殆どのエネミー、モンスターは溶けるように死んでいく。これは敵となる生物のレベルが低いからだ。そうでなければ俺が圧されてしまい直ぐにゲームオーバーだったろう。
それでも多勢に無勢は否めない。場所を移しながら追い込まれないように引っ掻き回して行くしかないのである。幸いついでに言うならば先程もいったように集団で行動しリーダーをもって統制をとるタイプのエネミー集団やモンスターの群はおらず、単一で生活する、もしくは群れるがすべてが同等の野性的な物が多いため敵同士でもテリトリーの関係、捕食という行動で潰しあってくれているため今は何とか戦えていたのだ。敵がどのように出現してにいるのか、一番の謎はなぜゲームの中のエネミーやモンスターが様々な場所に現れているのかが解らない。
……考える前に動かなければ! 俺はヒーローなどではないが、できるなら通りすがった時くらい教われている人を助けたい。俺しか今は戦える人物が居ないとも思われるそれが実情だ。
「ひっきり無しにわきやがって!! どいつもこいつも!!」
巨大なカマキリのような敵……。あれはメス個体でかなり攻撃的だ。しかも、状態異常攻撃が得意なタイプの嫌らしい敵である。『マンティス・アベニ』……ゲーム内ではそのように呼ばれ、オス個体である『マンティス・オベニ』と対になるのだ。メス個体は自身の生命力の限界、もしくは戦闘により負傷したりするとオスを補食し回復を図る設定だけにかなりエグいエネミーとなっている。だが、……なぜか周辺にいるはずのオベニの姿が見えない。代わりにアベニも食べることができないオベニの鋭利な刃物の様な前腕脚が一対落ちている。
……。
手間は省けたがなかなか気分はよろしくないな。想像するだけであれは……。うっぷ……。
アベニは車に逃げ込んだらしい大学生と思われる男女を襲っている。アベニは重量こそ軽いが大型のモンスターであることには変わりない。車が潰されるのも時間の問題だ。アベニは俺に気づいていない。さぁ、食らえ! 一撃で仕留めてやるよ!
「こっち向けぇ!!」
アベニは俺の声に反応し俺に体を向けたがその瞬間に身体中に弾丸が突き刺さり、強烈な爆発を生んで破裂……。アベニの体は文字通り木っ端微塵になった。本来の標的である軍艦や戦闘機ならば強度もあるし無機質だから徹甲弾で撃っても穴が開くだけだが肉質の柔らかい……いくら巨大だとは言っても虫に撃つべきではなかったな。破裂したあとの体液の飛沫や徹甲弾自体の爆風もゲーム内のエフェクトと実体験とは比べ物にならないほどリアルで俺自身が驚いている。爆発に巻き込まれるのはかなり危険だ。近くで乱射は控えよう……。俺が死んでしまう。
ただ、ゲームの時でもそうだが奴らを虫の息であっても生かしておくのは危険だ。虫の形状のエネミーはしぶとく、回復もはやい上に俺のような鬼族にはかなり危険な相手が多い。状態異常をもたらす敵が多いのだ。最後まで気を抜けない。ゲームならば復活できるがこちらではできないのだろう。だから事は慎重に運ばなくてはいけないとも強く思う。
車の中の人間達は皆、生きているらしく恐怖に駆られて一目散に走って逃げていく。新たにエネミーに出くわして襲われなければいいのだが……。俺のプランとして、今はとにかく、敵が多い場所を探している。『R・R・M・F』では基本的にミッション事態は単体の狩猟任務だがそれよりも複数のオーダーを受託し数種類のエネミーやモンスターを目的に応じて狩るスタイルが望ましく、現実的だ。そのためにシステム上の理由から一定数を狩ると通常のミッションの場合は出現数が減るのである。それを求めて進むが大量のエネミーは居るのだがその中心地と呼べる場所が解らない。それにレベルの高いエネミーが増え、自分よりも高レベルのエネミーさえチラホラ居たのだ。下手に動けなくなりつつある。
また、メインミッションの完了もゲームのシステム本体が弄られて居なければ狙えば終わる。だが、可能性としての問題だが狩猟目的やクリアに制限の無いフリーフィールドである場合はかなりキツい。フリーフィールドは無限にモンスターが出現する上に段々とレベルが上昇してしまう。それで俺一人はかなりキツい……と言うことだ。フリーフィールドは対他人数用のクエストであるからそれが本当の目的だし。
「あ、あっち行け!! こっち来んな!!」
そんなことを考えながら辺りを散策していると懸命に落ちている石を拾って小型のモンスターを追い払おうとする勝ち気な少女とその後ろに足を怪我しているらしい少女がいる。俺が声をかけ、トカゲが大きくなったようなモンスターである『モコド』へ弾を撃ち込み、六匹居たそれらを全て殲滅した。彼女らが何故外に居るのかが不思議だがとりあえず助けた。この現状で人間にカテゴライズされる生き物に出会うなんていうのはかなりレアなケースだ。隠れているのかはたまた捕食されてしまっているのかは定かではないが多くは見受けられない。比較的町中の硬い家屋ならば隠れていても大丈夫なのだろうが…強力なモンスターや知能の高いエネミーではそれもあまり意味を持たない。
そういう意味で現状はまったくもって芳しくない。真新しい血飛沫の痕跡、腹が裂かれて内蔵の露出した遺体や酷い時は五体がバラバラになった元は人間であろうと気づくまでに時間がかかるだろう遺体があったりする。まずは少女達を安全な場所へ案内しなくてはいけないな。ここのやつらは俺が狩り尽くしてしまったのかあまり数はいない。先ほどのモコドの群れを統率する群れのリーダーである『ソエ・モコド』は少し前に倒した。他にも居るには居るが恐らく強い害はないだろう。
「大丈夫かい?」
「あ……」
「まぁ、当然か。警戒されんのは。いいけどとりあえず安全な建物の中とかに居たほうがいいんじゃないかな? 今、できるだけ倒してるけどなかなか減らないしね」
「ありがとうございます!!」
「はやく安全な場所にね!」
あの子達見覚えあるな。たしか、オリエンテーションの時に居た気がする。さって、次に行こうか。それにさっきも言ったがモンスターのレベルが徐々に上がっている。これはフリーフィールドの状態であるという証拠だ。どうにかして止めなくてはいけない。フリーフィールドは本来、ゲームの時は拠点もしくは街に帰還することで一回のクエストは締め切られるという形式なのだ。『リアル』が変質し右も左も解らない状態ではジタバタするしかない。だが、闇雲に行動してもこちらが消耗するだけだ。俺達は肉弾では勝てない。武器を携え、考えながら戦わねばいずれは押し負けてしまうだろう。
ゲームであった『R・R・M・F』のようにアイテムショップがない今は各種専用アイテムが希少価値だ。それに調合したり弾を作るにしても製作用の指定されたアイテムをここで手に入れるのはかなり困難という現状もある。俺もいくらゲームの設定と同化しても結局はエネミーの攻撃をモロに受けて耐え切れる訳がない。よって夜などは身を隠す。一応、ゲーム内での鍛冶スキルと生産スキルを最大レベルまで上げて良かったと感じている。この何もない現状でできることはエネミーやモンスターの骨や体の一部などを使い、弾丸を作れるということだけなのだ。そうでもなけばこれはなかなかに酷な話……。
いきなり弱音に聞こえるかもしれないが魔法銃士は基本的に補助職だ。確かにメイン火力たるものを持ち合わせている。けれど、この火力は前衛あってこそのもの。前衛が居ない現在では俺が立ち回りや回避、遮蔽物などでなんとかするしかないのである。『R・R・M・F』のゲームシステムでは選んだ条件において戦闘において変化は大きく、何か条件が変わるごとにバトルスタイルの大小の変化を強いられる。俺の現在の職である魔法銃士は最底辺の開始職である機銃士から二段階の銃士系職を経験することで派生し、派生自体には関係ないが必須となるスキルの関係で探索兵と呼ばれる軽攻撃探索軽の近接職をマスターする必要がある。探索兵の詳細は機会のある時に話すとして、その後に探索兵の高位職にあたる騎士を経由してもう一度機銃士の派生に戻るのだ。
その過程で俺は戦闘スタイルをいくつも経験した。探索兵は様々な動きができるけれど剣士よりも限定的で火力を維持できないという最大の弱みがある。それでもそれは罠を使ったり、機銃士でも生きてくる状態異常攻撃の強化スキルを得る事ができる上に近接攻撃と遠距離攻撃の強化、敵からの視認率低下というボーナスまである。
他にも魔法使い系の職であるウィザードを経験したり、立ち回りは条件次第でかなり変わってしまう。それに複数とそうではない時の立ち回りも大きく異なるのだ。今もそうでなかなか、ゲームのようには上手く行かない。それにゲームではHP制だが今は違う。かなりシビアなのだ。ゲームの中は吹き飛ばされようが切りつけられようが補食されようがご都合主義で生き残れる。それがこの世界では生きていない。
「思えばいろいろやって来たな。みんな…大丈夫だろうか」
各地に散らばるサークルのメンバーも同じように孤軍奮闘を余儀なくされているに違いない。頭のいい連中ならいいし生産系の職の奴らも知識はあるだろうから生き残ってくれていることを願うばかりだ。そんなことを言いつつ自分も人の心配をできる立場ではない。目の前の数少ない人を救えるだけでもまだいいのかもしれないな。俺ひとりでは本当に無力だ。
今は大型のモンスターに攻撃されて崩れかけていた大型スーパーの瓦礫の隙間に逃げ込んでいる。何故か小型のエネミーや大型のモンスターは壊すだけ壊してあまりこの類の場所にとどまろうとしない。何か嫌がる物があるらしい。特に虫の系統のエネミーは近づかない。それをいいことに今は弾丸の作成とスーパーの食品で腹ごしらえをしている。夜に出歩くのは得策ではない。夜行性の生き物たちはかなり獰猛な者が多いのが理由だ。今の孤立無援状態では無理しすぎると倒れかねないし、俺が倒れればここの地域は特に無法地帯だ。関係者はかなり少ない。この区間にいる『R・R・M・F』関係者は俺だけ、どうにもならない。
だから俺がなんとかしなくてはならない。平和ともいかないがある程度の安息を得るためになんとか……。そのために、いくら自分のやっていたゲームとは言えそれが本職でない。だから忘れている部分を思い出し円滑に戦闘行為を行う意味でも自身のステータスを整理する。
魔法銃士の特徴それは魔法攻撃力に依存した火力なのだ。正しくは射撃攻撃力をベースに魔法攻撃力がどれだけ高いかでボーナスが加算されているというものである。それに機銃士は実弾が多いが魔法銃士になると特に多いのが光線銃だ。これが設定上では魔法関連判定の攻撃の一部となっている。そして、強化された反面劣る部分…それは切り返しが効かせにくい。つまり隙が大きいのだ。一撃が大きいのはいいのだが小さく区切りをつけて動かしにくいのは銃の様な遠距離攻撃からすればかなり致命的だと言うことは理解できるだろう。しかも、収束攻撃のためにチャージを要する。これも手数や機動力の面でかなりの痛手の一つだ。今はそれらを極力使わずに機銃士の時の動きでなんとかしている。それも…そろそろきつくなるのかもしれないがな。機銃士は確固たる火力がない。それが運用の大きな鍵となる。火力を持たねば戦えない強力なそれらを相手に俺がどのように戦って行くか……これが争点だ。せめて、ひとりでも前衛がいてくれれば……。
「かなりやられてるな……。この街の人口から考えても殆どやられてる。夜の間にこれだけか……」
かなり過激な表現かもしれないがエネミーやモンスターからすれば…人間型の一部は除くが基本的に人間とて捕食できれば奴らは肉としか見ない。食べれる、捕まえやすい、数が多いとなればそれは的ともなろう。昨日はなかった腐臭が街中に立ち込めている。俺も隠れながら移動し、できれば敵に見つからないように討ち取り、俺もこそこそと隠密行動を取る。特に小型のモンスターはモンスター同士で呼応し合うのか数をそこに集めてしまいやすい。それらを餌にする大きな物を集めると今は厄介だ。そう言えばモンスターは怪物という意味だがエネミーは敵という意味。口煩い自分のくせと勝手な主義で使い分けてしまうからまぎらわしくて申し訳ないが……。双方の大型が集まるのは勘弁だ……。
引き潰されたらたまったものではない。いくら強靭な皮膚や体の構造を得ても人に近い脆弱さはあまり変わらないということだ。強力な圧力をかけられたり跳ね飛ばされれば生き残れる確率などほとんどない。その一撃で死をまぬがれ、生き残れたとしても結局は捕食の手は免れないとも考えられる。小型モンスターですらレベルが急激に上がる現在。フリーフィールドのレベルの倍率よりも数段高い。これは異常だ。
「何でこんなに強い奴らが……やっぱりARENの言っていた事は正しかったか。これまでの固定概念は捨てなくちゃならない」
これまでのゲームとは違い、レベルの表示はあれどほとんど現実に恐竜や巨大な異種族がいるのとほとんど変わらない。『R・R・M・F』では人間に形が似ているがそれよりも強力な巨人や俺とはまた違うカテゴリーの鬼などが存在し、面倒なのは無機質的な俗に言われるゴーレムの様なものまでエリアによって存在しているということだ。ここがどの様な物でどういう敵が出現するかは不確定。今は探る他ない。
そして、昨日助けた少女達と再び出会うこととなった。どうやら彼女たちは食糧を探していたらしい。まぁ、闘う戦わないは関係なく腹は減るし足を怪我しているもう片方の女の子からしたら食糧がなければ抵抗力も下がるし回復も進まないだろう。賢明といえばそうだがこの状況でよく外に出ようなどと考えた物だ。そこには感心できる。俺なら武器もなく力もないならそこから動けず餓死していると思われる。今はこの武器、『ARREST』があるために強気ではあるが俺はもともとそこまで気は強くない。
「どうやら無事だったようだね」
「?! …はぁ、脅かさないでよ」
「悪い。だが、何でこんなところにいるんだ? 隠れていた方がいいだろう」
「お腹減ったのよ。この子も足怪我してるし、熱は持ってないから化膿してはないと思うんだけど。薬も欲しいし」
「……わかった。それじゃ、昨日に俺が居たところに案内するよ。食糧もあるしできるだけ隠れていてくれ」
気の強い活発な印象の女の子が俺に頷き後ろで疲れたように片足をかばって歩く女の子に肩を貸し、俺が銃を構えながら彼女らを守るように進む。最初はまだ警戒の感覚の抜けなかった両者も俺が二人の安全に協力し、敵を殲滅する術を持つことを時間を経るに従い理解したのかだんだんと話しかけてくるようになった。まぁ、俺としてもあれだけ警戒されていると守る側としてはやりにくい。いつ突飛な行動に出られるかわかったものではないし、知識のない彼女たちではどうしようもない。それに彼女らはこちら側の人間であるという概念や気持ちが抜けきらないために理解もそれほど簡単にできないだろう。いくら頭の柔らかい人間でもいきなりこの『日常』が『虚実』に飲み込まれて同化し…いいや、急襲されて今刻々と侵食され続けているなどと理解できないだろう。
いきなりそんなことを語ってもただ気違いと判断されるだけだから、ゆっくりと彼女達と話す他ないと今は思う。現段階で、生き残りは彼女達と俺という現状。周囲に生き残りが居るとして俺たちと行動が共にできない様な何か理由があるか……本当に既に俺たち以外がここでは全滅しているのか。選択肢はあろうがここではよりキツい選択肢を選んでおく方があとの気分は楽だ。希望は過分に持たないことを勧める。特にこのような絶望的な状況下では尚更だとと俺は思うのだ。
「二人はこれまでどうやって逃げ隠れしてきたんだい?」
「最初は琴乃ちゃんの部屋にいたんだけど食糧が無くなっちゃって。怖かったけど私の家に向かってる途中に私がドジして噛まれちゃって」
「その時に君に助けられたの。というか君は何者?」
「まだ、知らなくていいよ。どのみち聞いても理解できないと思うし」
「?」
「あ、あの…」
「ん?」
「それでも、私は知りたいです。助けてくれた人のことを何も知らないのは…あんまりよくないですし」
律儀な子だなぁ……。正直に語ろうと考えたが部分的に俺は語った。ゲームが動のとかファンタジックな所は伏せる方が俺も話を進めやすかったのだ。だが、一度もそれについて前々から知識が無かった訳ではない。…と明言はしていない。朧げな回答を今はしなくてはいけないと俺は判断した。この子達がどれだけ寛容な性格でもこればかりは理解できない。これが…ゲームであるなどと理解できないだろう。俺たちは今現在、ゲームの中の登場人物なのだ。
「OGREさんというんですか?」
「あぁ、多くは今の君たちにはかなり厳しいし、理解に苦しむ様な内容だからあえて言わない。だが、これだけは言っておくよ。俺は『人間』の敵ではないし、あの害獣は俺にも害を出す。だから、狩る」
「……アタシ達は戦えないの?」
「…」
「……」
「無理…とは言わない。だけど、君たちはこれを見ても何もないということはこれを現実であると理解できていない証拠だ。君たちが…これを現実なんだとわかった瞬間に……俺と同じようになると思う」
「元は人間なの?」
「本名は『藍緋 悠染』。今年からこの近くの大学に入学する予定だったんだけどな」
「私達と一緒…」
「恐らく学部も近いんじゃないかな? 君…えっと」
「琴乃」
「そう、琴乃さんには見覚えあるし」
その瞬間に轟音が近くで起きる。……ここで来るか。俺の中で最大にして最凶の強敵。確かにあいつは一番最初のゲームのストーリーの区切りで現れる超重量級モンスターだ。分類までもを言うなら俺たちが一撃でやられたあの『アルティメット・ダーカー』の系譜で神威種と呼ばれるまったく生体や体の構造がわからない生き物の一種。その名もイービル・グングニル。
グングニルとは西洋の神話の一つにある北欧神話の中での最高神オーディンの持つ投槍だ。それをモチーフにされていることから雷を持つと思われるが…やつの特徴はそれではない。ありえないまでの大柄な体躯に体のいたるところから放つ金属や地面すら腐食させる毒液だ。前にも語っただろう。俺は状態異常に極端に弱い。しかもやつの毒にはHPゲージを削る毒効果だけではなく、麻痺や睡眠というゲーム上の設定もある。リアルではどうだかわからないが…この状況でこいつに出会すなんてよほど俺には運がない。弾丸はあるが……アイツの体に通常の弾丸は透過しない。特殊な貫通技工の施された弾丸ならば多少のダメージになるが急造品のモンスターの骨片や爪、牙、外殻から作り出した脆い弾丸ではまともなダメージは期待できない。
二人に隠れながらこの場を離れるように伝え、俺は一人、やつに視認されないように背後へ回る。あいつへ対しての特攻的な弾丸がここに無い以上は俺は簡単に戦えない。時間をかけずに倒すのは無理だ。そういう意味では俺も毒を受ける確率が上がる。リスキーなのは承知でも今はこの戦法しかない。確実に適射角と適射距離を保ち、尚且つこそこそとアイツに引き潰されない位置取りを動き回る。これ以外に俺には何も残されていない。何故、ここでこいつが出てきたのかは理解不能だが…やらねば死ぬ。それだけだ。
「二人共、ゆっくりでいいからこの場から逃げるんだ。あいつはまずい。このスーパーの場所を覚えて、ほとぼりが冷めたら動くといい。それに、二人共隠れるのは上手みたいだし。俺がなんとか引きつけてここから離しながら倒すことを試みる」
「ど、どうやって戦うの?」
「私たちにも何かできないんですか?」
「気持ちは嬉しいが今は君たちができることは何一つない。とにかく、逃げて…生き延びるんだ」
あいつに透過性のある弾丸は弾丸の内側に空気に触れると発火する金属を使用した特殊技工の施された弾丸が一番効果的だ。しかし、その弾丸の数は少ない。こちらでは作れないだろうしあいつの弱点に近距離に近づいて打ち込む他ないのだ。俺からの合図で彼女たちは逃げるように段取りも整えて、彼女達二人を逃がし、最良の手段としてあいつの討伐を図る。こんなところで死んでたまるか。
貫通技工の施された弾丸のつながる束を体に巻きつけ、走りながら相手に接近する構えを取る。そして、俺は期を見て走り出す。敵もそれと同時に気づいた。俺は海浜の方向へ走り、やつが足を取られる場所を目指したのだ。本来、『R・R・M・F』の本編ではあいつは巨大な毒霧が渦巻く鍾乳洞の奥深くの毒沼で闘う。しかし、ここは屋外であいつも体が大きく足が速い。それに追いつかれては俺には勝ち目はない。毒液の噴出の弱いところから貫通する弾丸を打ち込むが……硬い。弾き返されるか。幸い跳弾はこちらに飛んでこなかったが……俺は奴を引きつけながら少女たちに口笛で合図を出す。遠くで逃げていてくれることを願うばかりだ。
「やっぱり、お前さんは苦手だよグングニル!!」
本来こいつの戦闘には近接のメンバーがパーティーに居る事が前提だ。ソロプレイのストーリーモードでもNPCが囮をしてくれるからそれが戦いやすい。しかしそれがない今は俺はグルグル回りながら、とにかくこいつの足をどこか一箇所でもこわさなくてはいけないのだ。こいつは足の底面に近い外殻を壊すと転ぶようになる。弾丸が効果を上げだしたのか最初にやつは堤防の段差に蹴躓いて前のめりにヘッドスライディングでもするように派手な転倒をした。太い四本の足の右前脚の骨に見える外殻を砕き、転倒が目立つ奴を回転しながら円滑に走る。グングニルの弱点は胴体の裏側の皮膚の薄い腹部、勿論頭部だ。効果的な弾丸を弱点へ撃ち込むのはかなりのダメージだろう。
そして、もう少しでやつが倒れると思われるタイミングで聞き覚えのある声の悲鳴が聞こえてくる。冷や汗など表現するには行き過ぎたかなり強い悪寒と気持ちの上での焦燥が襲う。俺は一度、グングニルを転倒させ、そこから悲鳴の聞こえた方向へ全力疾走した。瓦礫を抜い、小型の敵を無視して一目散にそこへ向かうために走る。そして、見えた!!
「ひぃ!!」
「亜莉子!! 逃げて!!」
「こ、腰が…ぬ、抜け」
面倒な…ゴーレムタイプだ。意思はないがアイツ等は機構のどこかを破壊しても行動に麻痺や遅れが出ないという嫌な側面を持つ。琴乃さんの横を駆け抜け俺はやつの頭部に徹甲弾を打ち込み、腰が抜けて動けないらしい少女を抱えて走ろうとする。しかし、ゴーレムの持つ大振りな剣が俺の背中側から襲う。
意識が飛びそうな激痛と共に俺と女の子は俺が撃った徹甲弾に救われ爆風に吹き飛ばされて琴乃さんの近くに転がった。くそう、視界が霞む…。ダメだ。早く、逃げるんだ。
「はやく…、に、逃げろ!!」
「馬鹿言わないで!! アンタをおいて逃げられる訳ないじゃない!!」
足が震えている。琴乃さんが俺の銃を拾い、叫びながらゴーレムへ向けてまだ、装填されていた徹甲弾を乱れ打つ。しかし、徹甲弾のように口径の大きな弾丸は所持数も少なく、装填数も少なめだ。そのためにすぐに弾丸は底をつき、無機質な機械音だけが鳴り響く。それが悲痛な叫びにさえ聞こえてしまう。それでも無情にもゴーレムは俺たちへ巨大な剣を向ける。狙いは俺のとなりの女の子……間に合え!!
その瞬間に俺の意識は飛んだ。それから何がどうなったのかはわからないが……俺が目覚めたその時には少女達が安堵のため息と大粒の涙、異質なぬくもりを俺に向けていた。