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Brave.Brake.Fantasy[mind of world]  作者: OGRE
創る人…歩む人…
18/19

不思議なお茶会

 亜莉子が再び担ぎ込まれ、目立った外傷が無い事に安心しつつも自分の醜さに打ちひしがれている。いつの間にかこの子、亜莉子が傷ついて帰って来る度に2つの感情が浮かぶようになっていた。1つは亜莉子を心配している物。でも、相反する様にもう1人の歪んだアタシが自己主張を始めていたのだ。


『何で…この子は死なないんだろ』


 出会った当初は短い髪で、小柄で華奢な体格だった亜莉子。そんなこの子を妹の様に見ていた。可愛らしい、素直に可愛らしい亜莉子を愛でていると…出来の悪い自分を忘れていられたから。

 性格は悪かったができの良い兄達から離れたかった。惨めだったのよ。アタシを見て早くも自立を始めていた弟妹達を置いて、アタシは逃げる様に大学入学を決めた時に一人暮らしを始めた。

 両親は共働きで大家族を支える為に奔走していた。だけど、家の中を支え切れてはいなかったのだ。アタシは逃げた。大嫌いな兄貴のサンドバッグじゃない! アタシは保育士でもない…アタシはアタシだ。

 始まった一人暮らし。小さな部屋で1人になり気づいた。アタシは…何ができて、何の為に生きてるんだろぅってさ。今まではそんな事考える余裕すら無かったから気づかなかった。そして、亜莉子と出会いアタシはまた拠り所を見つけたのだ。逃げ込んで自分の弱さから目を背けられる場所をね。あの居心地のよい関係がまさか崩れるとは思わなかったけど。しかも、アタシから切るような真似をしたんだから。


『この子さえ、居なかったら、もしかしたらアイツはアタシを……』


 体中に傷痕が残ってしまった亜莉子。色白で小さくて、スベスベでお人形さんみたいな亜莉子。ガサツで特に美人要素の無いアタシとは違う。たぶん、OGREもこの子を……。

 無意識に亜莉子の首元に伸びていた両手を…我に帰り引っ込めた。胸の傷痕は痛々しいし、最近で言えばイービル・グングニルにやられたらしい火傷のような痕が……。それでもこの子は可愛らしい。それにOGREを愛している。そんな彼女は最近になり可愛らしいだけではなくなっていたのだ。綺麗……。以前よりも弱い心音と少し不安定な呼吸。本当ならこの子も縛り付けてでも戦場には出しちゃダメなんだ。でも、アタシにはそれができなくなってしまった。亜莉子も……どこかに行っちゃいそうで…さ。


「ねぇ、亜莉子。アタシはどうしたら良かったんだろね。OGREはアタシ達の為に居なくなっちゃった。亜莉子もアイツを見てアイツの代わりをするように無理をする。アタシはどうしたら……良いんだろぅ、ねぇ…亜莉子」


 そんな時にもう1人のアタシが悪魔の囁きを耳打ちする。

『こんな不安定でわがままな子は捨てちゃえばいいのよ』

 ……。アタシはそんな時にOGREからの手紙を読むようにしていた。実はアタシもOGREが居なくなってから寝付けないのだ。アタシは亜莉子みたいに強くないからすぐに体調に現れてしまったけど。ろくに戦場へ出ないのも犬死だけは避けたいという恐怖からだ。亜莉子の頭を膝に乗せながらなんども読み返す内に紙が弱ってきてしまった手紙をもう一度開く。

 ……?! え? 何これ。文字が…入れ替わった? 亜莉子にかざしている部分の文字が入れ替わる。離すと元の文面に戻った。内容は……違う。何、これ……、意識が……とお…の…く。


『ここは?』

『あ、琴乃ちゃん、どうしたの?』


 目の前には以前の亜莉子が居た。OGREやあの世界とは関係ない、以前の亜莉子だ。アタシを椅子に座らせながら亜莉子はカップとミルク、砂糖を用意している。あれ? 亜莉子はこんな器用な……。

 その違和感を覚えた瞬間だ。誰も座っていなかった椅子に……あの狂った亜莉子が居た。目の前にはティーセットの準備を終えた亜莉子もいる。ニコニコしながらアタシへお茶を勧める亜莉子と、お茶を飲みながらアタシへギョロりと視線だけ動かした狂った亜莉子。……何が起きているの?

 よく見たら2人とも見慣れない懐中時計のような物を首から提げていた。時間が違う? お茶だけを飲み続けていた狂った亜莉子が急に口を開いた。やせ細り、弱りきった亜莉子だ。アタシはどうして良いか解らずただただ、その亜莉子が鼻で笑いながら着席するまでを…沈黙していた。


「いつまでぇ、いい子ちゃんぶってるんですかぁ? 何もできない愚図な私が彼に好かれてるのが面白く無いくせに」

「ぇぁ……」

「……ふん」

「ねぇ琴乃ちゃん。琴乃ちゃんは私のことが好き?」


 最初の亜莉子が狂った亜莉子を抑えながらアタシに問いかけてくる。亜莉子が壊れてしまってからアタシは…どうして良いか解らなくなってしまったのだ。アタシの中には今、悪魔がいる。……ここで亜莉子を殺せば、手当したが助からなかったからと言えば。アタシはOGRE(カレ)を我が物にできる。それができてしまうアタシ。……その感情が芽生えてしまったアタシ。こんな醜いアタシでは亜莉子と共には居られない。OGREに…顔向けできない。

 私は誰かに必要とされていたい! 孤立したくない。実家にいた時の様に道具のような扱いではなく、アタシをアタシとして必要としてくれる……愛してくれる人が欲しい。OGREはアタシを1人前の戦力であり、仲間として見てくれた。アタシは認めてくれたOGREに応えたかったんだ。だから、自分からOGREを抑えようとした癖に亜莉子の企てを途中で遮り、OGREのやりたいようにさせたくて……。


「ふふふ、琴乃ちゃんは私より、OGRE君の方が好きよねぇ? だって、何度も、何度も私の首を絞めようとしてたよねぇ? でも、殺してくれなかった。甘いよ、琴乃ちゃんは。私は貴女を殺す覚悟だって……あるんだから」


 背後からまた、新たな気配がした。でも、この気配は…亜莉子?

 そう、3人目の亜莉子は今の亜莉子に酷似していた。胸に結晶が張り付いたような……傷痕だらけの亜莉子。ネットリと絡みつくような言い回しと以前の様に丁寧な口調。冷や汗を流しながらゆっくりとアタシは振り返った。アタシが振り返った瞬間、彼女はアタシの首元へOGREのククリ刀をかざしていた。体は凍りついた様に動かず、スローモーションの様に視界はゆったりと動く。満面の笑み、高笑いしながらなお嬉しそうに振りかぶるその細い腕……ククリ刀が空気を斬る鈍い音、首元に感じる痛み。


「天照姉! 天照姉! しっかりして! 天照姉!!」

「はっ!? はぁ…はぁ…はぁ…」


 アタシの肩を掴みながら月詠がアタシを心配そうに覗き込んでいた。どうやら魘されていた様な状態だったらしい。汗だくで顔面蒼白のアタシと完全に眠り込んでいる亜莉子。とりあえず、アタシと月詠の2人で亜莉子をベッドに寝かせ、アタシは月詠に頼みホットミルクを作って貰って飲んでいる。彼女は良くできた子だ。アタシが思い詰めていて、詮索されるのが嫌な事も理解しているらしく何も言ってこない。

 頭がよく、何事にも控えめな性格だ。アタシも昔はそうだった。兄達に圧迫され、自分を守る為に変わっていったのだ。アタシは兄達が嫌いだった。男嫌いもそれが元だ。それを覆したのがOGRE。けして友好的な奴では無かったし、最初なんて最悪だったはず。でも、アタシや仲間を親身に助ける姿にだんだん惹かれていった。アタシは…いつの間にかアイツが助けてくれる事が当たり前で、アタシがアイツを支えられると思い込んでいたのだ。


「天照姉…大丈夫?」

「う、うん。大丈夫」

「どう考えても大丈夫そうな顔には見えないわね。寝不足と……恋煩いかしら?」


 椿さんがいつの間にかいた。

 寝不足は確かに見れば解るだろう。月詠もそれは解っていて体調を気にした発言をしたのだ。でも、椿さんは違う。……私が最近戦わなくなった本当の理由を突いてきている。本当に突き刺された様な痛みが胸に走った。……感情が、歪み、弱くなってしまっている。ブラッディー・オーガとの一騎打ちの時、あの程度でガス欠になってしまったのもこれが理由。力が不安定になる、それは心が壊れているのだ。OGREのメモにも残されている。アイツはゲームの内容以外にもアイツなりの考察や見解を残した文書を皆に託した。今、その当人がどこで何をしているのかは解らない。だけど、アタシは……。


「ふふ、貴女と対話するのは初めてね」

「そ、そうですね」

「貴女の悩みは見てれば解るわ。鯖ちゃんや天ちゃんから触りだけ聞いてるけど……親友と想い人が重なってしまった。そうよね?」

「……私は、どうしたらいいんでしょうか」

「『あら、一人称が変わったわね』……そうね。事は簡単よ。2人ともOGREを諦めたらいいのよ。それが1番簡単よ?」


 冷たい言葉がアタシの胸を抉るように飛んできた。クリティカルヒットを受けた私は苦しくなり座り込む。月詠はそんなアタシに駆け寄り、背中を摩ってくれた。私は太陽。光が弱くなれば、与えられる恩恵も減る。そして、アタシは魔法を使う。他のメンバーの様に武器での直接攻撃はあまり無く、間接的な特殊攻撃だ。私は能力の特性上、皆よりも感情の変動を受けやすい。それが如実に現れている。胸が冷たい。苦しい。……目眩が酷くなり、アタシは倒れたらしい。


『琴乃ちゃんはOGRE君の何になりたいの?』


 今度は茶室ですか? 

 お茶をたててくれるのは時兎になりたての亜莉子。……アタシは彼女と目を合わせるのも今は怖いのだ。以前の寒気は本当に感じたような……リアリティに富んだものだった。お茶をたてる亜莉子の手が急に止まる。なんだろう。正座のまま亜莉子は目の前のアタシに真剣な面持ちで言葉を紡ぐ。亜莉子はアタシの親友。壊れた亜莉子をアタシは何とかしてあげたかった。でも、できないよ。壊してしまったのはアタシかもしれないから。アタシが亜莉子の想いを解って居ながら……。

 亜莉子は動かない。真剣な面持ちのままだ。時間だけが経過していく。亜莉子は微動だにしない。傷痕や結晶の痕がない亜莉子はまだ綺麗な濁りのない瞳でアタシを見つめ続けている。そんな亜莉子の表情が今度は悲しげになってゆく。亜莉子はアタシに何を言いたいのだろう。音が遠のいていく。亜莉子の唇の動きで何を言っているのかを判断する。むずい……。でも、亜莉子……。


『し…ん…ゃ…う…よ』

『しんじゃうよ? 死んじゃうよ!?』


 そこでアタシは目を覚ました。

 ベッドの横には新しい見た目の時兎を手入れする亜莉子が居る。こちらをニンマリと見ながら手入れをしたばかりの刀に舌を這わせ、アタシへ詰め寄っきた。亜莉子の甘い独特な体臭。気味の悪い笑みの亜莉子。目立って八重歯と細い舌が主張するが亜莉子はお構い無しにその刃をアタシの首筋へ添える。でも、当てては来ない。……耳元で『ズバッァ』などと効果音を放ち、もう一度近くの椅子に体重をかけた。前までの肌を見せない和服ではなく、お腹も出して、盛大に開いた胸元など晒で隠して居なかったら丸見えだし。

 ボーッとしているアタシへ今度はつまらなそうに言葉を残す。この子、確実におかしくなってる。何がこの子を変えているのかは解らない。でも、最初の引っ込み思案な亜莉子は今やどこにもいないのだ。そして、亜莉子は部屋を出る。直前に残した言葉……そっくりそのまま少し前の亜莉子に返したいけど。確かにアタシも壊れてるのかな? はぁ、OGRE……。アタシはこんなに弱かったんだね。アンタにもっと…守って欲しかった…かな?


「こーとーのーちゃぁん? 自分を押し込めるのはいいけど。とってもつまらない。私、そんなつまらない人がライバルなんて嫌だなぁ。本当に…殺しちゃうかも…よ? フフフ」


 厨房で椿さんと2人で皆の食事を作っている。今までは作れたのがアタシだけだったからアタシが1人でやっていた。でも、今は椿さんや最近は覚えてきている月詠、オニキスも加わっている。アタシは魔法で火を使うし、冷却が必要な物は月詠が、切ったり刺したりは椿さんが得意だし、オニキスは用具を次々準備、片付け、手入れする段取りに長けている。皆が皆で違うのだ。食事を終えると、亜莉子が気味の悪い笑顔を見せながらアタシを呼び出した。

 素直に怖い。

 亜莉子は月明かりの中をルンルン言いながら歩いている。ゆったりと歩いていると、目の前にはOGREが作ってから何度も改修している見張り台が見えていた。亜莉子が振り返り、アタシへ再び問を向ける。……あれ? 今考えたら、亜莉子って右利き?


「ねぇ、琴乃ちゃん。OGRE君の所に行きたくない?」

「な、何を言ってるの?」

「……ふふふ、決まってるじゃなっ……。あーァ、バレちゃっかぁ」


 あ、亜莉子が、2人?!

 どこから現れたのかは解らない。でも、亜莉子が急に現れ、先程までの亜莉子の胸に刃物を突き通している。亜莉子は…左利き。その亜莉子が右手で重い刃を握っていた。小さな違和感はそれを確信づけたけど、……貫かれたはずの亜莉子が靄へと姿を変える。そして、新たに造形されたのは……。OGRE……。

 亜莉子は見るからに不機嫌そうだ。それに亜莉子の不機嫌な部分はどうやらアタシにも向いているらしい。アタシに向けては視線すら合わせないしね……。造形されたOGREは両手にククリ刀を持っている。ギラつく刃を返し、アタシに向けて……飛んでくる!


「琴乃ちゃん、私は確かにOGRE君を独占したい。でも、私は貴女を失うのは嫌だよ」

「あ、亜莉子」

「それにOGRE君は私や皆との帰還を願ってる。なら、私は……壊れちゃってもぉ! 私のしたいようにするょォっ!!」


 飛んできたククリ刀を亜莉子が弾き上げた。一瞬正気に戻ったと思われた亜莉子だったけどすぐにまた狂い始めてしまう。投げ込まれ続けるククリ刀を回避せずに必ず嶺で弾き落とす。後ろにアタシがいるからだ。亜莉子が前を張るならアタシがバックアップしないでどうすんのよ! 何がトリガーなのかは解らない。でも、亜莉子は通常時だとしても歪な見た目から更に歪な状態へ変化する。その亜莉子が握る時兎へまずは攻撃的な付加を。高出力の焔には金属切断や瓦礫の破壊に用いる方法がある。時兎の長い刀へ強力な白い焔を這わせた。相方になる短い刀へは防御を可能にする小さな日輪の盾を……。


「亜莉子……」

「私は…あの時の貴女を許す気はないし、私はOGRE君の為に生きるの。この命を2度も助けてくれた。私は…彼の操り人形でも構わない。だから、彼が望むなら、私は貴女の事も許してあげる」

「アタシは許して欲しいなんて思わないわよ。アタシはアンタに顔向けできないしね。アタシは……答えを知りたい。OGREがどうしたいのかを……」

「アンタら仲良くくっちゃべってると痛い目みるぜ?」


 今回のドッペルは変身しないみたいだ。ククリ刀の猛襲を掻い潜りながらアタシと亜莉子はOGREのドッペルと渡り合う。亜莉子は基本攻撃が近接でほぼ敵に密着している。アタシは逆に遠隔で詰め寄られたら逃げたり、防御する手立てが無い。そんなアタシを必ず守る挙動を混ぜている亜莉子。

 亜莉子には加速の力がある。でも、それは武器に備わる力であって彼女自身の力ではないらしい。仲間の皆が覚醒していくのにアタシ達だけが覚醒していないのだ。アタシにも武器に備わる……変形は備わっている。でも、アタシ自身の力ではない。どうしたらいいんだろう。

 OGREが居た頃とは違う点がドッペルにはある。ドッペルはゲーム内での存在。だから、HPで管理された存在らしい。OGREは言わずもがな現実(リアル)から引き込まれた人だ。だから、致命傷もあれば簡単な怪我で死んでしまう事さえあったんだろう。……アタシはOGREと同じライン、後衛だ。バックアップが主体の戦闘員。バックアップ……? アタシは……アタシの力で、亜莉子を支える? アタシだから支えられる?


「亜莉子、今から体が軽くなると思う。あと、亜莉子の時間調整の幅を弄ってみる」

「? とりあえず、やってみて」


 訳が分からず『はァ?』って感じの表情をされた。鯖艦のスキルを参考にアタシも魔法ではない……、アタシの力を形作る。アタシの力は『助人(ヘルパー)』だ。

 亜莉子の足首、腰に意識を集中。さらに範囲を拡大し、亜莉子向かって飛んでくるククリ刀に干渉する。空気を使った壁に突き刺し止めるのだ。まあ、失速し効果を失ったククリ刀はドッペルの意思で消して新たに展開してるみたいだけど。この力はアタシが助けたい人へもたらす物。アタシのキャパシティによって抑制される部分もある様だし、干渉しきれない物もある。亜莉子の刀、時兎には干渉できないのだ。だから、時間調整には干渉できない。……と思いきや亜莉子がその能力を使っている最中なら使える様だ。

 亜莉子がニヤリと笑う。力がどのような物か解って来たらしい。彼女がアタシの力に干渉し、力の増減を調整しているようだ。そうしなければならない理由があるらしい。


「ふーん、君ら、オリジナルに唾つけられてるんだ」

「? どういう意味ですかァ?」

「解らないならそれでいいさ。でも、君らじゃ俺には勝てない」


 亜莉子が突進し、ドッペルと凄まじい刃の向け合いを始めた。衝撃波や火花など本来ならありえない派手さだ。右へ左へ閃く刃。アタシの攻撃の速さでは追いつく事は到底できない。亜莉子に防御と回避に寄った支援を行う以外にできる事がないのだ。ドッペルはまだまだ余裕そうだが、亜莉子の方は歯を食いしばっている。アタシもより防御を固める為、彼女の体を守る為の可動式結界を働かせ続けていた。これまで何度か戦ったOGREのドッペル。その中でも今回は別格な硬さを見せている。人間でなく、システムである為に体力と言う概念が無いらしい。本当に機械だ。

 亜莉子の太刀が遅くなってきている。的確な打ち込みも時間経過と共に鈍り始めていて、あれでは押し切られるのが近い。OGREは人間としての要素があったから体力やスタミナと言う概念を気にして戦闘をしていた。ドッペルはあくまでエネミーだ。システムの領域内に存在する物だから。……仕方ない。アタシも攻撃を開始しよう。アタシができる事……速さでは追いつけないなら、速さを捨てて予測を駆使した選択を行うだけ。


火砕蕾(かさいらい)……。亜莉子、アタシのイメージをアンタに送るから…合わせてよね」


 亜莉子は一瞬だけ笑顔を作り、すぐに力を入れる為に歯を食いしばる。今の亜莉子では確かにあのドッペルには勝てない。亜莉子だけではね。アタシが今はいる。

 ドッペルの行動パターンをシミュレートしてアタシの脳内でのマップに地雷を置いていく。その情報を亜莉子へも脳内情報として見せる。亜莉子は対処するのに精一杯だ。だから、亜莉子へは空中へ足を浮かせる補助を加えて踏ませない様にしている。それだけでは不十分。火砕蕾だけではあのドッペルの足を引っ張る事さえ難しいかもしれないからだ。だから、アタシは持てる力をフルに活用して戦うんだ。OGREに気付かされた。アイツはアタシ達を守りたいから、苦しい現状でも戦いぬく。必ず生き残るために。アイツ自身が苦しくても、苦手でも…だ。目的が…常に仲間のためだから。


「アタシだって絶対に仲間を守るんだ!! その中にアンタも入ってる必ず迎えに行くから…亜莉子と一緒に!!!!」


 亜莉子の刀がドッペルを押し下げる。押されていた分が戻ってきているのだ。あまりにも実力差があるし、機械と人の差も埋まらない。だけど、アタシと亜莉子は生きて戦いぬかなくちゃならないんだ。だからアタシは…アタシ達は強くなるんだ。アタシは想いとか感情とか設定とか、そんな物はどうでもいいんだ!! ゲーム? アタシ達の一度きりの人生をこんな形では終わらせない。アタシは親友の為に、好きになった人の為に……仲間と共に戦いぬく。負けないんだ。いや、負ける訳がない。今のアタシ達は絶対に負けられない!!


「時兎…私達、壊れちゃったけどさ。これだけ、私を必要としてくれてる親友がいるんだから、応えてあげたい。私は心を燃やせないから…命を燃やす」


 亜莉子の体から不自然なオーラが溢れる。あれは最初にOGREから出ていたオーラと同じ物だ。アタシの加護を吸収して亜莉子は更に過激に体を振り回し始めた。ドッペルも最初程余裕は無い様だが…更に楽しそうにククリ刀を振り回す。火花と衝撃波の嵐は本物の嵐を舞いこませたような物だ。なのに誰も助けに来ない? 何らかの操作はされているだろう。特に椿さんが気づかない訳が無い。

 そして、OGREのドッペルが火砕蕾を踏み、初めての負傷を見せた。だが、楽しそうな表情は崩れない。その上、雄叫びを上げてなおも亜莉子への猛攻を続ける。亜莉子は彼女が不安定であるだけ力も不安定だ。アタシの加護で守っているがその内限界が来るかもしれない……。いや、必ずアタシ達には限界が来る。その前に終わらせなければ……。

 焦ってはだめだ。ここで焦るのはまずい。冷静になれ、アタシ。亜莉子は疲労困憊。アタシはまだ魔力、気力共に余裕はあるが直接攻撃は絶対にしてはならない。ただでさえ防除能力が弱い上に武道や格闘技なんてした事もないのだから。ゲームは好きだけどスマホのソシャゲばかりだったアタシだからアクションゲームのプレイスキルは高くない。下手に首を突っ込めば…アタシが死ぬ。


「あ、亜莉子!!」

「殺られて……たまるかぁ!!!!」


 単に疲労、そして度重なる無理な挙動から縺れた足、派手に体勢を崩した亜莉子……。アタシにはどうする事もできない。でも、亜莉子はただでは殺られまいと体を急激に捻り、加速の力をかなりかけたらしい。身体中に遠心力がかかり、結晶で補填されている部分や塞がりきっていない傷痕、ドッペルの攻撃を掠めた切り傷から血飛沫が上がる。亜莉子は形振り構っていない。アタシには何が……何ができんのよ!!

 誰かを助ける事でこれまでは救ってきたつもりでいた。でも、アタシ自身は何の成長もしていなかったんだ。如実に現れたアタシの弱さ。誰かを守るフリをして去勢を張れば、強くなれたつもりになれたんだ。アタシは弱い。脆い……。確かに頑固な性格はしてるのかもだけど。アタシは……亜莉子みたいに戦えないのよ! 誰かに依存して、誰かを助けたいと願うから力を手に入れられた。でも、アタシが願っても相手が望まなければアタシの力は弱くなる。……お願い…お願いだから…アタシに、力を頂戴!! OGRE!!!!


『以前にも言った記憶があるが? お前は無理をする事はない。一線を逸脱させない堅い性格…だが、それを崩されたらお前は弱い。解っていた。時兎(亜莉子)だけではなく……お前を狂わせてしまったのも俺だ。だから、お前にも…手助けをしてやる。だが、お前は……時兎よりも視野は広い。さぁ、お前の望む世界を……見い出せ』


 アタシの頭の中に響くような涼しい声。小さくボソボソ話すわりに何でか聞き取りやすい。そんな少し高いテノール。OGREはアタシにだけ直接的に語りかけてきた。……そうだよ。目を背けちゃダメなんだ。アタシ自身の弱さから目を背ける為の他人を盾にする行動。アタシは……負けちゃいけない。必ず、皆と脱出する。それを願って戦うOGRE(バカ)の為に……アタシや誰もが救えなかった亜莉子を立ち直らせる為に。

 アタシの視界へ急におかしな補助線や照準線が現れた。亜莉子の動き、果てはドッペルでさえ動きがスローモーションのようだ。後方から撃ち込まれたらしい何かの弾丸がドッペルの額を射貫くコースを示している。そこへ撃てばいいのね? OGRE。ありがとう。こんなわがままな女なのにさ。

 思えばアタシらはアンタから貰ってばかりだ。最初に助けてもらって、技やこの世界での生き方を教えてもらって……亜莉子は2度も命を救ってもらって……。アタシも自分の弱さを教えてもらった。


「アタシ達はアンタの為に必ず生き残る。だから、アタシは……絶対に死なない。亜莉子を死なせない」


 人差し指の先から強い熱量を感じる。ピストルを握る様にアタシは照準線に合わせた機軸をとった。心の中に響く、OGREの声。OGREはどこで何をしているんだろう。気にはなるけど今すぐどうにかなる様な話ではない。だから、アタシはアタシなりにこの世界を生き抜く。

 自然と亜莉子を守りたいと、アタシ自身が変わりたいと願う事でアタシの胸は熱くなり……力は戻っていた。いいえ、それ以上。お待たせ、亜莉子。アタシが、アンタの相棒になったげる。だから、これから……アタシの自己満に付き合ってよ。2人でOGREを捕まえる!!


日閃弾(ソル・ブレット)


 先にどこからとも無く現れた弾丸がドッペルの額を貫いた。しかし、ドッペルを衝撃で吹き飛ばすには至らない。あれでは最後の攻撃を押し切られ、亜莉子の首が落ちてしまう。それならアタシの放った弾丸で……。ドッペルは予想した距離よりも後方に派手な吹き飛び方をした上で霧散した。……空を斬る結果になった亜莉子はぐったりとした様子で地面へ突っ伏したままだが……。


「琴乃ちゃん」

「な、何よ。亜莉子」

「ありがとう。私と居てくれて。OGRE君を…もう一度、捕まえよう」


 座った瞳でニタァっと笑う亜莉子。

 はぁ、この子も治さなくちゃね。身体中ボロボロの亜莉子へ応急処置の回復魔法を施しながら更に広がってしまっている胸部の結晶を撫でる。亜莉子にも感触はないらしく何も言ってこない。

 ……OGRE。必ず、アンタを捕まえに行くから。亜莉子と2人、惚れさせた責任をとってもらうんだから。覚悟してなさいよね。

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