暁の狂兎
……あぁ、不思議な感覚。そうかぁ、私は死んじゃったんだ。
軽い。体が軽い。……なんでか凄く清々しいの。私は結局、何も救えなかった。何も果たせなかった。みんなに迷惑をかけて、終わってしまった……。以前の肉体から離れていくらしい。死んだら、どうなっちゃうんだろう。何も無くなっちゃうんだろうか? それは…嫌だなぁ。皆との、OGRE君との思い出は失いたくないなぁ。
痛い…。ゆっくりとした浮上が止まる。と言うか何かにぶつかった。強制的に私の体から離れるのが止まっているのだ。
眼下では琴乃ちゃんが戦ってくれている。オニキスちゃんも。……私の体から魂が離れるのを束縛する物があるのかな? これ以上は上がれない。……と、え? OGRE君?!
『わがままなお姫様ってのは2人共変わらないな』
『え? お、お姫様?』
『先に言っておく。俺は"オリジナル"じゃない。だが、時兎が求める物を俺は持っている。アンタはまだ、死ぬべきじゃない。だから、…俺を使え。"オリジナル"はお前が死ぬ事を望んではいない。俺は"オリジナル"の持つ勇ましさと優しさの体現だ』
浮遊していた彼の姿が朧気になりながら消えていく。違う、私の胸に空いた穴へ吸い込まれてゆく。穴? その穴は刃物で刺された様な。そうか、アレが……。オニキスちゃんが突き立てた刃。それには見覚えがあった。あれは彼の心。彼の武器の欠片。私は…何か、第六感に導かれるままにOGRE君の影を探していたのだ。でも、様々なモンスターに紛れている彼の心の断片には力の強弱があるらしく、私が望む物はなかなか見つけられなかった。
彼の心を探し触れる事。これが私の生きがいになっていた。彼に触れていたい。ただ、それだけ。こちらの世界で私が生き残れたのは彼が居たからに他ならない。だから、私は彼が居ない世界は……。私は彼が存在しない世界など存在する意味が無いとさえ思っていた。この世界で存在を定義付ける"心"が先に弱ってしまった。日に日に疲弊していく私の心。寂しい、悲しい、苦しい、痛い、……OGRE君は…どこ?
結局、彼を見つけられなかった。見つけたのは彼の遺言のような手紙だけ。彼は彼に縛られた私は見たくないと……。なら、私はどうしたらよかったのだろう。手紙には私らしい私を取り戻して欲しいと書かれていた。
『バレてたんだ。私の本性』
私の体、元の肉体に突き立てられた物。それは私への手紙に同封されていたOGRE君が使っていたククリ刀の刃だった。私の刀。時兎は相手が何であろうと打開するだけの強力な推進力、前進する力を秘めている。時間……だからね。OGRE君が途中からククリ刀を鞘へ納めてしまったのは、私が峰でククリ刀へ亀裂を入れていたかららしい。その砕けたククリ刀の一部。彼の心が……私へ。
私が本性をさらけだしても…彼は嫌わないでいてくれるだろうか? 確かに嫌われたり疎まれたりするのが嫌で、私は隠してきた。彼が…好きだから。生まれて初めて、初対面の男性に恐怖以外の感情を覚えたのだ。彼は私の初恋。……そう言う意味では私は歪んでいる。私が好きな彼。それは少し頼りないけど、その実相手をよく見て優しさを持って接してくれていた。そんな彼だ。初対面やあまり慣れていない人には強く人見知りをしてしまう私。基本は男の子が嫌いな琴乃ちゃん。私達2人を辛抱強く見てくれた彼。私もそんな彼へ返したかったのだ。私が心を開けた感謝と彼の左腕の代わりに繋がったこの命の分……。
私は……今、起きなくちゃいけない。仲間のピンチにただ寝ているだけなのはダメだ。でも、たぶん……。私はこのまま狂ってしまうだろう。いくら彼が助けてくれても…壊れてしまった私は簡単には修復されない。彼が愛して、直してくれなければね……。いつになるかは解らない。でも、私は彼が私を求めてくれる事で刃毀れした私を研ぎ直す事ができる。私が刃なら、彼が砥石。互いにすり減らし合うけれど、お互いを思いやり、形を合わせていける。
「アハハ……。あぁーぁ。結局、私が何とかしなくちゃいけないんですね?」
私は、わがままで不器用で、……切り裂く事しかできない。剣以外には私は何もないよ。貴方を守る事が生きがいなのに……。
私の名前は亜莉子……。時計兎?……アリス? 違う。私は……血染めの……真っ赤なハート。わがままな『お姫様』。血……。彼の心の象徴……ブラッディー・オーガ。それを薙払う為に私は変わる。残酷だろうと、なんだろうと私はもう躊躇わない。私は、ハートのクイーン。……まぁ、まだ結婚してないからプリンセスだけど。
私達の中で火力の上で最も高い琴乃ちゃん。でも琴乃ちゃんは皆の影に隠れたがる。セカンドカード。2番……。誰にも左右されない、OGRE君の妹であるオニキスちゃんはスペードのエース。OGRE君の友人。今現在、最も高い戦闘力を持ち、ドンと座った居住まいのARENはキング。……みんな別々の役割がある。そんな中でのワイルドカード。切り札にして最も扱いが難しいカード。今は伏せられている。OGRE君。私は……彼の為に、みんなを導く為に……道を斬り拓く。砕けた心を打ち直し。私の『時兎』はまた切り裂く。血染めの紅い刃の時兎……。不吉の象徴……暁の時兎。血に飢えた……肉食獣。私は……もぅ、遠慮しないよ? OGRE君、貴方を独占したい。
「天照さん!! 貴女は時兎さんを連れて逃げて下さい。私なら防御力が高い。何とか隙を見てにげ……」
「暁扇兎……断ち斬り」
チッ……。急所を外しちゃったか。
これからこんなのと連戦するなら、ゲーム内設定の話も聞かなきゃね。あぁ……、急に動いたから頭が痛いしフラフラする。焦点が合わず、涙が出て視界もボヤけるし。骨や筋肉が無理に稼働している様で身体中が軋む感じ。そりゃそうだよねぇ。たまに帰った時にしかご飯食べてないし、寝れなかったし……さ。OGRE君のせいだよ。私、やっぱり貴方が居ないとダメみたい。貴方が居なくなってご飯は喉を通らないし。貴方が居るような気がして、毎晩見張り台に行っちゃうし。貴方の温もりが無いと眠れない。貴方の事が好き過ぎて……我慢できないみたいっ♡
オニキスちゃんの大柄な体躯を利用して急接近、彼女の攻撃に合わせた死角からの追撃。ブラッディー・オーガの喉元より少し右肩寄りから心臓に向けて刃を通したはずなのにズラされた。あの土壇場で急所を外す回避をしてきた。オニキスちゃんの位置はあまり関係なかったから……流石はOGRE君のコピーだ。やっぱり簡単には勝たせてくれないや。だからこそ…ゾクゾクする! どんな風に痛ぶろうか。私をこんな風にした…彼にも仕返ししなくちゃ。愛してる。私が死ぬまで離してあげない、許してあげない。
ねえ、壊れちゃったし、醜く貪欲で執着心の強い…こんな私を受け入れてくれる?
「はぁ…はぁ…。あぁ、こんな感じなんですかぁ。動いてるのに…感触や痛みはない。心音は聞こえるのに動いてる感じがない。……他の部分から血流は感じる。あはは……気持ち悪い」
オニキスちゃんは隙を見たのか武器と鎧を解除して、腰を抜かしていた琴乃ちゃんを担いで走っていった。懸命な判断です。今の私の力はどんな力か解らない。攻撃範囲もどんなものか解ったものじゃないのでね。
先程の攻撃でブラッディー・オーガからは大量の出血。オニキスちゃんをオブジェクトとして利用しての攻撃。死角からの攻撃は確かに即死はさせられなかった。けど、かなりの大ダメージを与えたからそれなりの効果を得る事は出来た。完全に沈黙、もしくは虫の息ではないのがホントは悔しい。それにいくらゲーム内でもあれだけ出血をしながらあんな動きができるなんてね。どう考えても普通の生物じゃないよ。……っとあの構えはレーザーが放たれるかな? 以前から使ってたけど、私の時間を操る能力を利用した防御技を使えば……。
「仁王立ち……」
私自身に加算される速力強化を逆行させ、体にベールを被せる様に纏う。すると私自身も動く事は出来なくなり、体勢も固定されてしまうけれど攻撃を跳ね返す薄い幕を展開できる。以前の海大人もこれで何とかやり過ごした。確かにこの力は使い道が幅広いしスキルが持続している間は無敵だから強力だけど、発動する為のSP…技力の消費が尋常ではない。ブラッディー・オーガのレーザーは溜める時間が短く、照射時間が比較的長い。SPの回復時間を考えたらおいそれとこの方法を使う理由にもいかない…か。なら発想の転換だ。防御に寄ったスキルを使ってジリ貧になるなら、攻めの一手を使うまで。敵のレーザーを攻撃する為の足掛かりにしてやればいい。私が様々な物を足場に出来るのは知っての通り。フフッ……。次はどこを切り裂いてやろうか。そんな間にレーザーは射出される寸前だね。
第一波、来る!
レーザーが放たれた瞬間に新しい真紅の刃をレーザーに押し通しながらブレスの表面を走り抜ける。リアルでの原理や定義なんてゲーム内のご都合主義を前にはただの形式。そんな意味をなさない形式など斬り払えばいい。私はわがままでいい。私は私のしたいように……。
彼の作品を汚し、彼の心を隠れ蓑にした敵の尖兵を……切り裂く。無数の斬撃を私は繰り出せる。避ける間もなく、全てを無に……。
「時兎無限残裂……紅月」
以前までの私なら一刀一閃。最も小細工を組み込み易く、簡単に威力を上げれたから。でも、これからは違う。体への負荷を度外視し速さに物を言わせ、体が壊れる寸前で刃を振り回す。見えないでしょうね。私は時間を操る。敵が視認する事は叶わない。私はわがままの時間を操る。
今回は……微塵切りっ♡
返り血すらつかない。そのモンスターの亡骸から先程までの余裕が見られない影が現れた。ライフルを構える為にワープを使い。私から距離を取ったつもりらしい。あはは、そんな物今の私には関係ないのに。彼に会うための糧になれ。私はまだ心の声と呼ばれる物を聞いたことがない。いい機会だし、アレからは聞けるのかな?
隠れて私を狙う影。ブラッディー・オーガに変身していた訳だからかなり体力的に使っていると踏んだ。それなら追い詰められない限りは大掛かりな攻撃はないだろう。そうなったらレーザーの上を走り抜けるなんて技は使えない。一撃だけ撃たせて位置をある程度把握したら、それに合わせてこちらから狙い撃つしか無いのかなぁ? 本当は痛ぶりながら切り刻むつもりだったけど……この状況だったら。かなりの遠距離、しかも隠れて撃ってきているスナイパーの位置を的確に把握するのは難しい。なら、遠距離からの乱打。もしくは乱れ突き……。
「時兎の力があるから、大概の物が遅く見えるなんてねぇ。戦闘には便利すぎる。フフフ、ライフルの弾丸が避けれちゃう」
「チッ……」
「みぃーつけたぁっ!」
満身の力と加速を加えてみる。体が壊れちゃうならそれまで。当たり半径を拡張し、横薙ぎや縦斬りではなくあえて突きを繰り出す。眼には眼を歯には歯を……。やられたら…やりかえす。私の心臓を撃ち抜いた様に私も最初は心臓を貫いてやるつもりだった。でも、相手が求めていた影なら……容赦はしない。私はもう自分の欲に嘘はつかない事にしたんだ。OGRE君の全てを知りたい。彼が欲しい。彼の全てを私の物に……。
時兎の力は時間の歪曲。私の何かが上限と下限を決めていて、その範囲内なら現在から動く時間を狂わせる事ができるのだ。時兎はタイムトラベルができる力ではない。あくまでも時間の加速と減速を加えて自分に有利に働かせる事ができる力なのだ。それ以上でも以下でもない。……ただ、時間を加速したら加速した物にはそれだけの反動が加わる。
例えば……力の話をしよう。私が押し出した空気に加速付与を加える。最初は5m/secとしよう。それを95m/secへ加速した場合。90m/sec分の熱量が加算された事になる。5m/secならば団扇で強く扇いだだけ。95m/secになると振りかぶったビンタをぶつけられたような痛みになる。逆に減速したら物理的な熱量は下がる。摩擦や色々な条件で減速や更なる加速もあるんだけどね。
「OGRE君は帰って来たいみたいですし……。私も全力でサポートしますよ。そのあかつきには…貴方を下さい」
骨や筋肉が軋む音が更に増していく。おまけに体の各部に過負荷がかかり、体中から悲鳴が上がっていた。やはり、時兎の力の範囲は私の気持ちや体調とは違う所に制御のポイントがあるようだ。私の体やいろいろな要素に目を向けているが今の所は解らない。
ちょっと力を入れすぎたのかな? でもこれくらいしないと高威力の空気弾、いや空気砲は放てなかった。と、言うか…OGRE君のワープ能力ってどんな規格をしてるんだろう。一瞬でkm単位の移動が可能な移動系のスキル。チートだよね……。ま、それを一撃で潰してしまった私の規格もチートって言われても仕方ないかなぁ。それでも少し自分の使用限界を再確認しておく必要があるかも。制御できない強力な力を無闇に振るえば私がいずれ壊れてしまう。既に心は壊れているけど……。これ以上はまずい気がするのだ。
「あぁ……、体中痛い……。誰か…居ない?」
「まったく後先考えないおバカさんばかりだから困るのよ」
「椿さん? ですか?」
「時兎ちゃん。いいタイミングだから先に言っておくけど。彼は貴女の手には負えないわ」
「……」
「私に反抗しても無駄よ。目、見えてないんでしょ? 他にもたくさんの欠乏症や障害が出てる。よく生きてるわね、そんな体で」
「私は今、死んでいますよ」
「?」
「私の生きがいは彼の隣に居ること。……フフフ、私は彼の左腕なの。私自身が結晶になって解った。私は……彼に生かされてる。彼が居なかったら……」
私はそこで意識を失った。
心にかかっていた靄が晴れてゆく。OGRE君が帰還を望んでいる。彼がゲーム内へ溶け込んだのにもどうしようもない理由があった事も理解した。それから思考の方向転換した私は休養を取ることにしている。深い理由もあるけど……。いくらかの正気を取り戻したと判断されたのか、腫れ物扱いからは解放されたようだ。それに彼の影からは結局何も得られなかった。私はまだ、止まってはいけない。1日でも早く彼を…独占したい。
1番嬉しくて…悲しかったのは……。彼にまた救われた……。今度は死に直面し、特殊な方法での蘇生。ゲーム内の設定とかそんな物でも無い。彼が無理やり私を存在させてくれたのだ。本当なら私は"死亡"だったと言う事。彼の心から生まれた敵の数々には私達に必ずしも敵対だけをする物ばかりでは無いらしい。彼らドッペルは彼の一部をコピーされそれだけで独り歩きしている。だから、不安定だ。私はそのドッペルの持つ"心"のエネルギーを利用して生き返らされた。そのドッペルの存在を消して……。
そんなゲーム内の設定よりも深く、根本を弄ることが出来るのは彼だけ。敵は私達を潰す事を目的としている? その辺りは解らない。だけど、私は決めた。何が何でも再び彼と一緒に歩む。幸せな未来をめざして……。
「さぁて、……体調も回復してきたし。探しに行こうかな」
「亜莉子、アタシがついてく」
「もぉ、琴乃ちゃんは過保護だなぁ。私ももう前までとは違うんだよ? 私は…私の目的の為に…刀を振るうの。たとえ、琴乃ちゃんでも次に邪魔するなら……覚悟してね?」
結局、琴乃ちゃんを振り切りって私は近場の敵でリハビリを始めていた。長い期間の静養をしなければならないだけ確かに体は傷んでいたのだ。私自身が気づかない間にこの体には相当な負荷を負わせ、無理矢理な生活をしていた事になる。ブラッディー・オーガを倒した後に拠点で我に帰り驚いた。本当に驚かされている。……かなり、やせ細って、お化けみたいだった自分に恐怖した。あと、ゲーム内の回復力にもね。
「……。来る」
OGRE君の心の一部を体に入れてから私はとある変化に気づいた。それは彼が事ある毎に胸騒ぎだとか違和感と言っていた感覚。それを私が受け取る様になっていた事だ。そして、それを今現在、感じている。
あぁ、懐かしい。この感覚は忘れたくても忘れられない物だ。私に訪れた最初の試練。私が……時兎になり初めて感じた恐怖。OGRE君……。やっぱり、今貴方の力が借りたい……かな。
『イービル・グングニル』が近くに居る。気配を感じて私が堤防沿いにあった大型量販店の建物の上に飛び上がり、観察と戦闘準備を始めていると……。皆が動き出した。たぶん、月詠ちゃんが私を何かの力で見つけたんだろう。その途中にイービル・グングニルも見つけたんだろうね。まだかなり遠い。だけど遠目にも解るだけあれは以前より禍々しい。私達が戦った最初のイービル・グングニルは体に変なオーラを纏っていなかった。最後に……その片鱗はみせたけどね。
「時兎……いぇ、暁時兎? 私は……これから貴方と一緒に歩む。彼と歩む為に戦います。だから、私に力を貸して下さい」
皆が到達するまでには少し時間がかかる。それまでに私はアレを倒す。OGRE君の気持ちを少しでも汲み取りたいから。……私は……私自身が壊れようと、彼が望まぬ異形になろうとも。私は…彼に認めて貰える様に自分を抑えない。本当にわがままで…周囲から理解が得られず孤立した私。彼は……わがままな私を受け入れてくれる? 解らないけど。私を受け入れて?
イービル・グングニルがこちらに気づいた。私はたぶん既に心の力とか声を無意識に理解していたんだ。だから、意識的に理解はできなかった。OGRE君の力の一部を体に吸収し、戦う。OGRE君の力は本当に組み上がった物で近接の私にはなかなか扱いづらい。彼がこの世界を統制する為に主導権を奪う以前の力の名前は……。
「構築……」
場合により武器を変える力。琴乃ちゃんも似た力だけど彼女の力は武器を変形させる。しかし、OGRE君の元の力は備えられた武器を選び、展開する物。ならば私も選ぶだけ。イービル・グングニルは簡単には近づく事ができないタイプの大型モンスターで体から散布される毒霧や体液はとても強い毒性と溶解力を持つ。なら、使い捨ての投げナイフを使えばいい。
でも、私には彼の様に重たい刃を用いるだけの筋力はない。この体は所詮『少女』のまま。あぁーぁ、……彼にアタックをかける前に体も傷物。力も非力。システマティックな武器じゃないから武器自体に補助能力は少ない。だったら体が壊れない様に調節しながら場合にあった戦い方をするだけ…か。
「飛刃の小刀……紅牙兎」
私、球技苦手なんだけど……。何とかなるかなぁ。
振りかぶるよりも毒液や飛沫、毒霧からの速やかな退避が優先事項。なら、手首を軽くかえしたタイミングで加速してやる。……これ、面白い!! フフハハハッ!! 遠距離も面白いなぁ。彼はいつもこんな視点で戦ってたんだ。ぁぁ、彼の見た…見ていた風景。景色、私もこの目で……。でも、OGRE君は居ないんだよなぁ……。居ない、彼は、彼が……何で居ないんだろ。私は頑張ってるよ? OGRE君。早く会いたいな。私がもっと頑張れば……早く帰って来てくれるかなぁ?
硬い外殻は容易につき崩せない。でも、私は確実に好感触を得た。なら、私と彼を今、混ぜ合わせたらいいよね? 近接と遠隔のいいとこ取り。今の私ならできるよ! なんたって貴方が力を分けてくれたから。
感じなかったハズの強い脈。あぁ、心音が煩い。今まで見えていた右の視界が消えた。左腕の感度が鈍い。何だろう、体が…熱い! 苦しい、でも辛くない。むしろ心地いい。不思議……。貴方がいてくれてるみたい。OGRE君。
「アハハハハハハッ!! 楽しい…楽しいよぉっ!! これはどうかな? ねえ、痛い? 苦しい? ねぇ…ねぇ! ねぇ!! OGRE君!!!!」
右手で両刃の剣を、左手には懐から取り出す小刀を……用途に合わせて使う。搦め手を加えて先読みさせず、走り込んでは脚を潰す。小刀で最初に潰した右前脚、四足歩行の巨体は動きが鈍る。痛いよねぇ…もっともぉっと痛めつけてあげる。……次は左後ろ脚。風の向きを読み、毒霧や飛沫を掻い潜った挙動。両刃の比較的短めな剣で外殻の薄い部分を切り崩し、ダウンを取る。弱り目に祟り目……。泣きっ面に蜂、何でもいい。立ち上がる為に地面に軸を取った左前脚へ剣を変えて切り込む。野太刀で無理矢理な一撃。
「反撃なんてさせないよぉ? 私は決めたの。全部、欲しい。彼の……ぁぁ、違う。彼の関わる全てが……欲しいっ!!」
硬い外殻を砕き、刃を無理矢理に捩じ込んで骨ごと砕き、ぶった斬る。軸を失った巨体は前のめりに倒れ込む。やっと私にひれ伏した。だからって許さないけどね。私に少しでも楯突いたなら、お仕置きしなくちゃ♡ 簡単には殺さない。皆が到着するまでまだまだ時間はある。一番速いだろう天土君が来るまでにもまだ10分近い時間が要るはずだ。小刀で両目を潰し、太い尾も断絶。荒い息遣いのイービル・グングニル。本来ならば、こういった自己防衛が極端に強い生き物は何かの急変が無ければ住処からの遠出を行わない。自然界なら何かしらの理由が無いと起こらない。この様な生態系頂点の生物が奇行を起こす状態。最も可能性があるのは危機的な生物の襲来、または環境の急変だ。
……あぁ、吸い込んじゃった。痛い。胸が苦しい。毒液の飛沫が体についた。やん…エッチ♡
こんな無い乳晒しても今更だけどねぇ。見てくれる彼も今は居ないし。探してる最中。4本の脚を3本壊したのにまだ私へダメージを与えるだけの力を残している。流石は神威種。でも、神も仏も今の私には敵じゃない。私には彼がいる。神と崇められる巨獣を描いた人がいるんだ。
「痛いなぁ……ゲホッ。ゴホッ…油断しちゃったよぉ。でも、さぁ、私はこれくらいの痛みは感じないんだァ。ゴホッ…なんでかって? とっても…とっても優しかった彼に……"好きです"って伝える前に逃げられちゃったの」
1番得意な武器、双刀時兎。短い刃と長い刃が一対を成す美しい白刃の刃だった。以前の華奢で頑固なだけの私を映し出した綺麗な刃。でも、今は違う。確かに今も頑固だよ? 許さない。私を、私の思いを語る機会もくれなかったんだから。……だからァ、私は実力で貴方を虜にするの。手段は選ばない。力、知恵、色……想、何でも手段は選ばないよ。
まだ、貴方に勝てるだけの"力"はない。でも、これからつける。次は負けない。
"知恵"だってまだ、皆にすら及ばない。だからってこのままな訳が無い。私は何でもするって決めた。
無い乳だし、細いだけだし……貧相だけど……。絶対に虜にするんだから!!
「時間はね、どんな人や物にも平等に与えられる資源なんだよね。でも、私はそれを操れる。いずれ、貴方へ辿り着く為に、時を穿ち……辿り着くために。私は跳ぶよ?」
切り刻んだり、刺し貫いた痕が無数に残るイービル・グングニル。私を殺す為に傷つき、動きが歪な状態であるにも関わらず体から毒液と飛沫、口から濃度の高い毒霧を吹き出したイービル・グングニル。出会った敵が私だったのが悪いよ。
敵を前に物思いにふけるなんて……。油断して思いっきり毒霧吸い込んだし、体に毒液がついて服が溶けて、体には火傷みたいな痕が残っちゃったけど……。醜い、女の子としては傷だらけで色気も無くて、欠陥だらけの不良債権だけど……さ。私は…絶対に!! 貴方の横を勝ち取ってみせる!! 私が望んだ形へ、絶対にたどり着くんだ!!
「乱斬り……鬼兎」
黒と紅の長い刃は胴体の下部へ捩じ込み、心臓へ致命的な一撃を加える。身悶え、最後に私へ毒液を吐きかけようとしているようだ。でも、一手では終わらない。白い刃の短い刃はイービル・グングニルの太い首を断ち斬る。もちろん、加速する体は崩壊ギリギリ。毒のダメージや完全に回復しきっていないダメージで私はボロボロになている。でも、砂埃を上げ、イービル・グングニルは派手な轟音と大量の毒性体液を流し出しながら息絶えた。
……私は安全な少し離れた場所で棒立ちしている。気力と彼の加護が弱まり、刀を鞘に納めて目眩に襲われた。もう、立っているのも辛い。OGRE君はいつも超級スキルを連発するし、睡眠時間も短かったのに……。私はやっぱり彼みたいにはなれないのかな?
私の体が傾くのと同時に予想に反して最初に琴乃ちゃんが滑り込み、私を抱きとめる様にして支えてくれる。
ありがとう。
……やっぱり、心の混合は危ないのかも。確かに、私は一度壊れた。壊れて、修復されてはいない。しかし、以前の私が無くなった訳じゃない。彼の心を受けた私の深層心理は暴走し歯止めが効かなくて危ない。
私が作り出した私。もう1人の私とも戦って行かなくちゃいけないのかな?
私は暁の兎。欲に塗れ、己を見失い、狂気を発した……哀れな、わがままな"少女"。迎えに来てくれる王子様は……用事があるみたい。だから、私は自力で彼を……私の物にする。