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Brave.Brake.Fantasy[mind of world]  作者: OGRE
創る人…歩む人…
15/19

太陽と月と……

 ボロボロになりながら、返り血を浴びているにも関わらず服も変えずに食事を取り、たまにしかお風呂に入る事もしない時兎姉。そんなある日、たまたま彼女が帰ってきている私は心配になり夜通し彼女を見てみた。天照姉が毎日気にかけて服の手入れをしたり、一緒にお風呂に誘うなどしているけれど日に日に彼女は痩せていった。

 目は充血し、可愛らしかった童顔も窶れに合わせて曇っていく。師匠はそれを避けるべく、策を回したはずだったのに……結果的には時兎姉は間に合わず、壊れてしまった。時兎姉はあれ以来、部屋では寝ない。……いいや、寝ていない。師匠が毎日詰めていた見張り台に居る。そこに彼が居るような気がするのだろうか? 月を眺めながら見張り台に居る彼女が……止まった彼女の姿に見えてしまう。


「時兎姉、大丈夫ですか?」

「あぁ〜、月詠ちゃん。大丈夫ですよぉ。私は大丈夫ですからぁ。おやすみなさい……」

「お、おやすみなさい」


 私は師匠が壊してしまったとは思わない。

 時兎姉の変化を気にする事ができなかった私達がケアし切れなかったとも取れる。師匠を独占したいと願い始めた彼女。時兎姉の剣が鈍り始めたタイミングをしっかりと見極めなければならなかった。

 夜、時兎姉は像のようになってしまう。でも、時間は止まる事はない。毎朝、明朝日が登る直前に時兎姉は動き出すのだ。夜中同じ場所を見つめ続ける瞳、瞬きすらしない充血した目は何を追うとも無しにキョロキョロと忙しなく動き出す。睡眠が足りず、食事の量も足りていない今の彼女ではいつ倒れてもおかしくない。そんな時兎姉を最近は新しい友達が監視する様に追いかけてゆく。オニキスちゃんだ。そう考えたら彼女の思惑も私には理解出来ない。


「あはははっ!!!! どこにいるんだろぅ。気配はするのにぃ、私には見えない。匂いも、するのに……OGRE君はどこ?」


 近場に現れる危険度の高いモンスターを手当り次第に狩る。危険度の低いモンスターももちろん討伐していると思われるけれど、だいたいの弱者は彼女の近くには寄らない。彼女は周辺の生き物から恐れられている。

 戦い方も変わってしまった。以前の彼女ならばあの程度のモンスターならば、一閃でとどめを刺せただろう。しかし、今は……どの様な闘い方であろうとも切り口が惨い。彼女は狂気に溺れてしまっている。何が彼女を揺り動かし、その衝動が続いているのか。解らない。ただ、これだけは言える。彼女の精神も体も…もう限界に近いのだ。

 彼女のシンボルである美しかった一対の刀。刃毀れし細くなってしまったその刀を何かに縋る様に振るい続けている。彼女自身が壊れていくのと同時に刀も壊れてしまっていくのだ。心が重要な役割を果たす事は解った。私達はそれに従い、とある人物との再会を目指して歩み始めようとしている。しかし、その中で彼女だけは停滞を望んでいるらしい。私には解る。……愛しい人が隣に居た時間を取り戻したい。それがどんなに歪んだ世界であっても……。

 いつ折れてしまってもおかしくはない。元から細く、華奢で繊細な彼女。師匠によりこの世界で生きる様になり、彼女も戦いに身を置いた。彼女は師匠と共にある事を望み、戦い続けたのだ。それが叶わず、彼に挑み、彼との戦いに敗れてしまい……。狂気に沈んでしまう。原因は彼? 違う。彼女がこうなってしまった。それは彼女の選択。

 今度は巨大なバケモノを一閃で斬り倒した。ただし、切り口は最初の時程美しくはない。刃毀れと歯の痩せもあるのだろうけれど、一番の原因は彼女の迷いにある。何に迷って居るのかは彼女にしか解らない。返り血を浴びて、息を切らせながらなおも柄を握り直す。まるで苦しみから解放されたいが為に彼女は死を望んでいるような……。死の先に師匠を見ているのかも知れない。彼は…まだ死んでいないというのに……。


「はぁ…はぁ…。……私は」


 時兎姉は師匠を止める為に手段を選ばなかった。……師匠との一騎打ちに敗れ、彼女の願いは受け入れられていない。並々ならない決心と言うならば師匠もそうだ。自分の未来を仲間の為に差し出す。時兎姉には何が見えているのだろう。彼女は私達が広域探査を行わなくては見つけられない、そんな場所や距離に居る敵を的確に見つけ出す。何かに導かれる様にだ。

 ……早く、早い段階で時兎姉には気づいてもらわねばならない。師匠がそんな姿をした貴女を見たいと思いますか? 有り得ない。師匠がそんな壊れた貴女を望む訳が無い。はにかみながらも彼を見つめる引っ込み思案な貴女に戻ってください。私は確かに師匠の計画の全てを肯定しません。ですが、今の貴女は見ていられない。


「はぁ…琴乃ちゃん。どうしたの?」

「亜莉子。あの時の事、どうして急にあんな風に……」

「私は彼がいなくちゃ何も出来ないの。私は……私が嫌い。欲しい物も欲しいと言えない。欲しいのに手が出せない。弱くて、ちっぽけで……」

「亜莉子はOGREがどうして行ってしまったか、聞いた?」

「彼に負けた後、私にもメッセージがあった。たぶん、皆には伝えられていない内容だと思う。……私は、私を辞めるの。彼がそう望んでる。そうしたら、彼が早く帰って来てくれると……思うから」


 天照姉が話しかけた数分間だけ、時兎姉は前までの彼女を取り戻した様に見えた。笑顔の似合う可愛らしい女性。しかし、天照姉から離れたとたんに歪んだ口調が戻っていた。もう1度、天照姉が言葉を放ち、聞き終えた瞬間に再び気味の悪い笑顔が戻り、フラフラと次のモンスターを狩りに行ってしまう。

 ……と、物凄い勢いで時兎姉が走り込んで行く。また違う彼女だ。耳が痛い程の高笑い。怒りに染まり、むき出した八重歯、見開いた目は血が登っているのか更に激しく充血している。でも、口調は治っていない。壊れた彼女が何を探していたのか……。それが今明らかになった。

 あれは鯖艦兄を襲った影だ。モンスターを作り上げ、他人の心を利用し、それをエネルギーに更なる絶望を望む。絵に書いた様な敵。でも何でだろう、違和感がある。私や天照姉、天土兄が体感した強烈な寒気だけでは無いのだ。以前の影は寒気がする程の嫌悪感と敵対心の塊だった。私達は心を読むと言うトリガーを無意識に引いてしまい、受け取ってしまう。だから、影がエネルギーにしていた師匠が隠し持っていた強烈な負の感情を感じ取ってしまったのだ。


「アハハハハハハハハハハハハハハハ!!!! やぁっと見つけた! 私の悠染君を汚す奴!! 私の悠染君から…離れろっ!!!!」


 猛然と突きを打ち込み続ける時兎姉。……影は完全に見切っている様なゆったりと滑らかな回避を見せている。以前の影とは何かが違う。確かに、師匠の負の感情なのかも知れない。私が感じた強烈な違和感、それは以前の影と今回の影が持つ感情の含有量。前回の影は100%がマイナスに寄った感情だったと感じた。しかし、今回出現した影はまた違う感情を含み、武器も異なる。

 そして、事は動いた。

 時兎姉の画策した師匠を引き留める為の策略。それに一時加担した人物が物凄いスピードで杖を構えながらホバー移動して来ているのだ。時兎姉が前から、天照姉が背後から互いに力加減はしているのだろうけれど影を再起不能にする為、一撃を放つ。時兎姉はお決まりの居合の構え、天照姉は長杖(ロッド)の先に焔で造形した刃を携えている。衝突した……。


「……」

「ふふふ、どぉーしたの? 琴乃ちゃん」

「亜莉子だけじゃコイツには勝てない。なら、本物のコイツを見つける為にアタシも力を貸すわ」

「あの時の事、許さないから。私は…貴女にも、彼を譲らない」


 衝突で舞い上がった砂煙が晴れた。そこには2人の攻撃を無傷で凌いだらしい影の姿がある。両手にもっている拳銃は気味の悪い色合いの光が灯っているのだ。あれはまずい! 

 2人も気づいたらしく2人が得意とする距離を取ろうとしたようだが……。本来の師匠なのか? 拳銃を軽やかに放ちながら2人を牽制し全く寄せ付けない。特に収束(チャージ)すると火力を上げやすい天照姉を狙い撃ち、完全に封殺している。時兎姉は拳銃の上部にある何らかの硬いパーツで刃をいなされてしまっていた。ひたすら苛立ち続ける天照姉、牽制行動への対処がより過激になる時兎姉。……朧気で靄と言う表現が似合っていた影にシルエットが浮かび上がり出した。時兎姉はそれを視界に入れた瞬間に牽制を押し通る為の無謀な一手を強行する。彼女に現れた強い感情が彼女を突き動かしているようだ。強烈な恐怖、孤独、悲哀。その感情は燃える様に体から吹き出し、シルエットがほぼ完全に仕上がった師匠の幻影に……撃ち込んだ。


「時兎……薙胴打ち」


 それでも体には刃が通らない。刃を拳銃のパーツで受け止め、反対側から追撃し、沈黙を狙おうと魔法を打ち込んで来ていた天照姉に比較的小さな拳銃を向ける。鼻先で止まった拳銃だが弾丸は放たれない。何かを待っている様に影は動かない。黒い、無機質な光沢がある師匠の幻影。出方を見ているのか、それ以外の思惑があるのか。幻影は刃をぶつけ続ける時兎姉の動きも封殺し、収束攻撃を準備している天照姉も動かす気はないようだ。

 どちらかが痺れを切らしたら、どちらかに攻撃が行く。試す様に影は動かない。私が覚醒した力を使い、2人を遠くから追跡し、見ているけれど……。この力は直接的な火力にはならない。あくまでも見ることしか出来ないのだ。もどかしい。

 そして、事は動く。私は時兎姉が先に痺れを切らすと思っていた。しかし、先に動いたのは天照姉だ。何が動くきっかけになったのかは解らない。天照姉の武器から一瞬だけ眩い光が放たれ、影も一瞬だけ怯んだ様に見えた。そこから2人が離れ、距離を取る事から再び戦闘は始まる。


「確かに強い……。OGREのドッペルなだけあるね」

「ドッペル?」

「プレイヤーを模した敵らしいわ。本人のステータスから一部を切り取り、特化させている敵。確かにあの速くて先読みの手際が良すぎる効率プレイは……OGREだわ」

「違う……」

「え? あ、亜莉子?」

「あんなのOGRE君じゃない!!!! ……琴乃ちゃんまで私を置いて行っちゃうの?」


 え? な、何で? 時兎姉の刀が…天照姉の首元で止まっている。2人の事細かな会話までは聞こえて来ない。しかし、天照姉が危険な事も確かだ。早くしないと大変な事に……。

 ……直後、何が起きたのか私にも解らなかった。何故か2人には興味を全く示さなかった影ではなく、別の何かからの攻撃に見舞われた様なのだ。時兎姉はその瞬間に刃を返し、背後から飛来したらしいそれを叩き切りにかかった。……無情にも弱りきった刃が……耐えられるはずも無く……時兎姉は貫かれ、弾ける様に鮮血の飛沫をあげる。心臓……。刀で弾いてしまったが為にコースが変わり、時兎姉の心臓を貫いたのだ。天照姉も冷静で居られるはずが無い。万事休す……。


「……」


 しかし、先程まで戦っていた影がまた奇っ怪な行動を起こした。表情や細かな仕草は機械的な動きばかりでかたい。そのロボットの様な影が急に2人の近くで銃を構えたまま、何かを警戒する様な仕草を見せ始めたのだ。しかも、一定の場所を睨んだまま。天照姉は微かに呼吸をしている状態の時兎姉を抱き込み泣き喚きはじめている。ダメだ。完全にパニックになっている。

 拳銃を構えている影。彼は急に天照姉の体から少し外した場所を小さな拳銃で撃つ。無表情で気持ち悪いが天照姉はパニックから解放され、腰が抜けているらしく杖を構えたまま影を睨み続けている。もちろん回復魔法を使い、時兎姉の止血と傷の修復をはじめてはいるが……あれだけの出血。普通に考えたら……。

 影は冷ややかな視線を動かさない。態度は相変わらず意味不明だけれど。


「お…れ……は……かな…らず……」


 ? 今、口が動いた? この世界じゃ何が起きても仕方ないけど。ARENさん曰く、こんな能力や詳細な種族設定は師匠が書き出したネタ帳以外には起こされていないらしい。それを原作者である師匠が書き出しているから。

 私の能力『遊魂(スピリット・インスピレート)』。幽体離脱に似ているがそうではなく、あくまで物事の外から見ている様な状態だ。近くに寄ることも干渉する事も許されない。見るだけならばズームインとズームアウトできるけれどね。この力はまるで小説を読んでいるような……不思議な感覚だ。私の頭の中で描き出される世界には誰も干渉出来ない。逆に私は師匠の描いた、……師匠には干渉が出来ないのだ。


「か……ぇ……る」


 ! 『帰る』彼は絶対にそうやって言った。でも、なぜこの場で? しかも、こんな危険な状況で。

 放たれる超速の弾丸を拳銃から放つ弾丸で相殺し、いずれも背後に居る2人には届かない。現実には有り得ないがゲーム内でも……とても奇異な状況であるが……流石、師匠。師匠の影が弾丸を相殺し続ける中で時兎姉の胸部が師匠やオニキスちゃんの様な結晶で再構成されて行く。敵からの返り血ではなく、自身の血液で真っ赤に染まった和服もそれにあわせて元の白色に戻りつつある。でも、戻らない物もあった。時兎姉の刀は砕けたまま再構成されない。今、彼女はどうなってしまっているのだろう。最初に出会った時の彼女はもっと艶のある綺麗な白髪で、血色もよく可愛らしい笑顔が印象的だった。しかし、横たわる彼女の髪は手入れが行き届かずに荒れ、肌や血色も悪い。一番目立つのはやはり痩せてしまっている。

 天照姉も必死に回復を行っているが心臓を撃ち抜かれ、多量の出血。普通なら助かる見込みはない。ましてや軍隊などに所属する屈強な戦士ではない事を忘れてはならないだろう。私も含めて武器や纏う装具に助けられているに過ぎない。私達は脆弱だ。……私だって本当なら信じたい。だけど……。


「亜莉子! 亜莉子!! 起きてよ!!」

「……」

「む…だ…だ………。ここ…ろ……が、お……れ……て……いる」


 師匠の影は表情を変えず、背を向けたまま天照姉に告げた。弾丸と弾丸のぶつかる衝撃波から空気が振動し、その場は大荒れだ。影は師匠自身ではない。師匠の複雑で直接的な接触を嫌う性質が薄れている。……いや、欠如しているのかな? 切り取られた彼の一部が、見かねたのだろう。彼女等の問題を解決する為に何かをしようとしたのだ。しかし、新たな敵による襲撃。影は…どうしたいのだろうか。

 その内に天照姉に変化が現れた。いつもならば毅然とし、何に対しても強気にあたる彼女。でも、彼女にだって限界がある。それが今来てしまったのだろう。大粒の涙を零しながら時兎姉を抱き込み、師匠の影に向けて叫びはじめた。彼はどうな思っているのだろう。本人では無いから、考えが明確化しているとは考えにくいけどね。


「アンタのせいよ!! アンタが私達を見殺しにしてたらアタシ達は今苦しまなかった! 亜莉子が…この子がアンタを好きになる事なんて無かった!! アタシも…アタシもアンタを好きになる事なんか無かったのよ!! バカ!!」

「……」

「何を黙ってんのよ!! アンタが…アンタの……。アタシは!! アンタを助けたい! 亜莉子もそうよ……。お願いだから…亜莉子を助けてよぉ…亜莉子を……助けて」

「わ…かっ……た」


 影はあくまで壁役に徹している。まるでそれしかできないと言うように。その最中に事態は悪い方向へ動く。射撃攻撃の間隔がひらいたのが何故なのかは解らなかった。それは収束したレーザーを放つ為の時間だったのだ。影は……体から紫色のオーラを放ち、拳銃から同じようなレーザーを放っていたが……。ジリジリと押し通され、最後には体を張ってその光の筋から2人を守っている。何で構成された存在なのか解らない。ボロボロと形を失ってゆく影が完全に消失してしまうと、どこからともなく似たような影が現れたのだ。天照姉は時兎姉を抱き込み、杖を構えて警戒している。


「やっぱり、オリジナルが噛んできたか」

「……」

「おっと済まないねぇ。それからアンタ達、運悪いね。俺みたいなクズに絡まれちゃったから……楽に死ねなかったんだからさ」

「アンタは……誰?」

「俺? 決まってんじゃん。OGREだよ! お前らも知ってるはずだぜ? 俺は…嘘つきなんだ」


 理解が追いつき、憎しみに駆られた天照姉の瞳。

 影を影が倒し、ライフルを使っていた影は体を変化させてゆく。その姿は以前にも見られたらしい。私は話に聞き、師匠のネタ帳から見つけたに過ぎないけど……。あの外観は……『ブラッディー・オーガ』だ。

 優しく地面に時兎姉の頭を下ろし、天照姉は長杖(ロッド)を握り直す。長杖だけではない。巻物や呪具などは全て使い、体の周りに火花や火の粉、果ては焔が舞い上がった。

 天照姉は面倒見がよく、つんけんしているけれどけして辛辣な態度は取らない。そんな人だ。それが強烈な怒りに染まり、目の前に対峙する歪な龍へ敵意をむき出している。いつもならフサフサで綺麗な毛並みの9本の尾。その尻尾は毛が逆立ち、一定の間隔で震えている。耳もピクピクとイライラしたように定期的に動いていた。体から高熱を放ち、ブラッディー・オーガへ長杖を向ける。


「OGREはアンタみたいな奴じゃない。アイツは1度たりともアタシや仲間に嘘はついてないわ。……アタシが愛する男性(ヒト)を侮辱した罪……。その身に刻め……」


 天照姉の体が金色の光を上げる。赤塗りの派手な衣装は黄金色に染まり、新たな衣装へと変わってゆく。以前までは巫女と呼んでも遜色ない清廉な和装だった。しかし、それが大きな変化をする。オートメイクが変化し、大人びた印象へ。前から思っていたけど抜群のスタイルも合わさり、妖美な彼女を際立たせている。金髪の髪は引きずる程の長さへと伸び、ウェーブが少々強くなった。赤い勾玉のピアス、緑色の剣と青の鏡を模した首飾り、服装も派手になってゆく。胸元のはだけた天女を思わせるヒラヒラとした和調だ。天照姉は女性にしては平均的な身長なのに……脚長い。羨ましい。


「アタシは天照大御神……。アタシにだって、後悔くらいあるわよ。仲間を支えきれなかった無力さ。親友を支えきれなかった。……果ては同じ相手を愛してしまった……。アタシはそれでも諦めない。亜莉子を絶対に死なせないし……あの"悠染(バカ)"も必ず……救うんだ!!」


 真紅に染まる瞳をキッと細め、高出力の焔で造形している刃をブラッディー・オーガへ向けて振り込む準備をしている。ただ天照姉は動かない。ブラッディー・オーガは何故だか動けないらしい。大振りに振りかぶった薙刀のような長杖と各部に装備されている装備品が段々と光を弱め始めていた。確かに、長杖の穂先は変わらない。しかし、それ以外は先程までの強い光は見られない。突進し天照姉を挽き潰そうとするブラッディー・オーガだが彼女のオーラに阻まれてそれ以上に突き進めない。……でも、そのオーラが萎縮している。ブラッディー・オーガの突き込む範囲が確実に広がっているからだ。

 天照姉は何かを待っている。ブラッディー・オーガに変身した影は喚きながら更に体当たりを繰り返す。ブラッディー・オーガのゲーム内設定では体を動かす事で体にダメージが入り、上手く立ち回れば走り回るだけで倒せるらしい。しかし、今回の影にはそれが見られない。色々な面で違和感が多すぎる。それに私もだ。私自身が何かに押さえつけられているように本体へ戻れない。何かの力が働いている事は確か。しかし、何がどうしてそんな事を? 待て待て、根本の問題があった。心を礎にした力は物品や現象になら干渉できる。でも、同じく心を媒体にした力で有ろうとも当人同士には干渉できない。それならば唯一、私に干渉できる人物が何かの目的の為に私を……違う。何かを縛っているのだ。


「アタシが…たとえアタシにはアイツを愛する時が来なくても……アタシは絶対にアイツを諦めない!! また、隣で笑ってくれるアイツに会いたい!」


 強烈な熱線……。天照姉はこの為に防御の為に放出していた熱量を内向きにし、溜め込んだのだ。弾かれた様にその刃は急激な拡張を見せた。放出される場所を求め、まだ拡散している。ブラッディー・オーガも気づいたらしい…が遅い。逃げようとした瞬間には既に体の殆どが灼熱地獄の中にあったのだから。さながら火炎地獄だ。一瞬でモンスターを包むだけの焔を波状に展開した訳だ。あれは解っていても避けられない。

 確かに範囲や火力は高い。しかし彼女、天照姉の攻撃には最大の強みにして最大の弱点がある。それは武器、もしくは彼女自身に魔法の根源たるエネルギーを蓄積するだけ威力が跳ね上がる事だ。単純に考えたら高威力で広範囲を焼き払える訳だからこの点に関しては強い。しかし、先程の最初に戦っていた影の行動に目を向けよう。……魔力を蓄積できねばあまり強い攻撃にはなり得ないと言う事なのだ。

 それを覆す為に彼女はハイリスク、ハイリターンの賭けをしていたことになる。彼女自身を守る為の結界を徐々に吸収し、エネルギーに変換する事で攻撃を強化。結界に阻まれて有効範囲に入り込めない敵をわざと引き込み、回避不可能でありながら彼女がギリギリ衝突しない間合いを図っていたという事だ。もちろん、失敗した場合は……。


「……亜莉子」

「……」


 数分間の沈黙が流れる。燻る火はまだ周囲に残っているようだ。崩れ落ちているブラッディー・オーガの体からも黒い煙がまだ出ている。

 そう、獄炎に焼かれたブラッディー・オーガは倒れたと思われた。しかし、倒れていない。ギョロりと瞳が動き、シャンとしない足取りながら立ち上がる。さらに先程までは体に何も纏っていなかった。影の姿の時は紫色の気味が悪いオーラを纏っていたが、ブラッディー・オーガになってからは特になかった。そのブラッディー・オーガが視線を再び天照姉に向け、深紅のオーラを放ちながら口部へ何かを……。

 天照姉は魔法を展開しようとするが魔法の弱点を突かれた。魔法は発動するまでの行程が多く、物理判定攻撃よりも手数や発動速度で後手にまわる。様々な事象をねじ曲げる事ができる反面、使う為には相応の条件が必要なのだ。今回は発動速度を利用された。このままでは……。


「貴女もでしたか。まったく、あの人は何人に気を持たせれば気が済むのやら……」


 今の今まで何をしていたのか……。オニキスちゃんが天照姉の目の前に滑り込み、大楯を構えて地面に踏みとどまっている。ブラッディー・オーガが放つレーザーの重みは彼女の足場を見れば一目瞭然。踏み込んだ重装甲は地面にくい込み、後ろに隠している2人に衝突しないようにしている。天照姉は呆気に取られているがオニキスちゃんにしては珍しく余裕のない声色で後ろの天照姉に言葉を告げた。どうやら、彼女の盾を溶かされているらしい。彼女自身は強固な重装甲に守られているが2人はそうではないのだ。

 オニキスちゃんは天照姉に合図を出したら全力で離れて欲しいと言っている。だが、天照姉も離れる気は無いようだ。オニキスちゃんを気遣っているのか他に理由があるのか……。オニキスちゃんの盾の前に急に光の盾が作り出された。何かを考えるような仕草をした後にオニキスちゃんは武器をしまい、ゆっくりと時兎姉の方に歩いて行く。その手には何かの破片が握られているが…何なのだろう。オニキスちゃんの手を作り上げている結晶が拒絶反応を見せている。その破片に触れた場所から砕けているのだ。そうとなればあの破片はそれに類似する物。そう、私達の武器と同じ。心を媒体にして作られている物品だ。


「兄上が……貴女方を助けた。私は兄上の意図が解りませんよ。……兄上が望むのならこんな足でまといなど、今すぐ殺してやるのに。でも、兄上は…彼女等が必要だと答えを出したんですよね? ならば、私も貴方の意思を尊重しましょう」


 信じられなかった。何の破片なのかは解らない。しかし、意識もなく、呼吸すらしているか定かではない時兎姉の胸に、刃の破片と思しき物をオニキスちゃんは突き立てたのだ。突き立てられても反応すらない時兎姉だったが……。その儀式の様な行動が終わりを告げると体を戦闘態勢に変化させ、突撃槍を構えている。腰を抜かしたらしい天照姉を守るためだ。もう、何が何だか解らない。

 ブラッディー・オーガはなおもレーザーを溜めて攻撃してくる。天照姉の結界は光を物体の衝突から防御する為に常識を改変したものだ。しかし、オニキスちゃんの盾は鉱石でできている物で耐久力や常識のすり替えなどは行われていない。先程の様に溶け始めてしまっている。ブラッディー・オーガのレーザーが何なのかは解らない。赤黒いレーザーを受け止め続けるには限界が……。


『今更私の体がどうなろうと関係ない。しかし、兄上の願いを…お2人だけは絶対に守りきらなくては……』


 途端にオニキスちゃんは盾へ全体重をかけながらダッシュする様に突進する。盾が壊れるのが先か……はたまたオニキスちゃんがブラッディー・オーガへ一撃与えるのが先か。危険なかけだ。私もまだ体に戻れない。どうしろと言うのだろうか。師匠! お願いします! 助けて……。

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