友の旅出 下
時間が止まってしまったような…そんな感覚。
僕はその時に2度の驚きを目の当たりにした。もう、間に合わない。そんな実感のこもった焦燥、脱力感、絶望……これらの感情と裏返す様に安堵が溢れ出す。まぁ、まだ彼女を一時でも助けた人物が味方とは限らないけどね。
全身がOGREの左腕の様な物に包まれた人物だ。その人は大楯と突撃槍を構え、どの様にしたのかは解らないけれど急に時兎さんと敵の前に滑り込んだ様に見えた。……それにしてもデカい人だなぁ。人間に近い種ではないんだろう。僕は鱗と膜ヒレ、鰓以外は大して大きな変化は無いがあの人の様な変化をしてしまうともう原型がほとんど無い。
「はぁ………。呼ばれて出てきて、じゃじゃじゃーん……。なんて言った方がいいですか? 貴方ですね。私達を無理やり転移させたのは……」
大楯でガードしながら言葉を発しているから誰に対して話しかけて居るのか解らないな。体が鉱石らしくかなり無機質。顔もゴツい兜の様な物に覆われて居るから表情や視線が全く解らない。敵も一旦後退した様で槍を構え直し、必ず背後に時兎さんを隠す様な挙動を取っている。
目の前の敵に対する牽制だろう。敵は未知数でこちらは負傷兵2人、目的の達成難易度から言えばあちらの方が有利だ。誰でもよく、僕達から1人でも殺せたらいい訳だからね。それでも鉱石の槍騎士の様な人物により状況は膠着している。どちらも仕掛けるには一手が欠けている状況。さて、僕はどうするべきか。先程述べた通り、敵の目的から深追いは好ましくない。だが今、動けば状況を動かせる。……あぁ、鉱石の槍騎士とのリンクが無い以上は動きに限界があるな。さて、どうしたものか。
「おいっ!! 後ろががら空きだぜっ!」
空から影が落ちている様に見える。巨大な剣を構えた人物が敵の背後から跳びつく様にして落ちて来たのだ。見るからに体格はあの巨剣を持つには小柄な気もするが……。そのまま落下に合わせて剣を敵の脳天へ向けて振り下ろす。……。砂煙が舞い上がり、僕等からは何が何だか判別がつかず討伐の結果は解らない。……瓦礫から小柄な人物が立ち上がる。舌打ちしながら大剣を担ぎ直し、更に後ろから2人の人物が来るのを確認した。
……。2度目の驚き、それは彼らの正体だった。まさか、こんなにも早くOGREのクリエイター仲間との合流を果たせるとは思っても見なかったからだ。歩み寄る4人の内の3人は普通に人に見える。先程から居る鉱石の槍騎士が物凄く異色で……。やはり、テレビゲームの設定を流し込まれて居るのだなと納得せざるを得なかった。大剣の戦士から危機は去ったと言うような言葉が放たれ、これまでの緊張感が一気に抜けて僕は座り込んだ。この数時間でとても疲れたよ。
「おっと、俺とした事が。自己紹介しなくちゃな。俺はAREN。この世界の武器は大剣で最前線のアタッカーだ。種族は亜人種の天人。そんでもって、この隣の美人が俺のハニーで……」
「私は椿。武器は鞭。支援、魔法攻撃が主体ね。そこの魚のお兄さんと似た立場かな? 種族は亜人種ドリアード属よ」
小柄な男性で大剣を持つ彼、ARENはOGREの所属していたサークルのリーダーでメインプログラマーらしい。まだ、OGREの名前は出していないから彼らは解らないようだが、僕には解る。彼のネタ帳にメモされている内容から彼らの名前はよく見るからだ。事細かに組み込んだ人間や担当など、それらが記載された帳面にはデザイナーやプログラマーの名前はたくさん記されている。特に、メインプログラマーのARENとそのサブプログラマーをしている椿さんはなおのことだった。
そして、もう1人。先程は戦闘に参加していなかった人物と……あれ? 鉱石の槍騎士は? あ、あぁ、そういう事か。この世界って便利だな。どうやら、彼女の体は伸縮自在らしい。槍騎士であった時の身長はおおよそ2m程だと思われたが、今はどう見ても150cmも無い様に見える。今なら女性とも解るしね。そして、流れ的に最後になってしまったがもう1人の男性。見た目は完全に人間なのだが……。
「はじめまして、僕は金剛。トラップや偵察、撹乱を行う機動型の戦闘スタイルだよ。種族はヒューマン」
「私はオニキスです。突撃槍を用いた防衛、前線維持を主体に戦います。種族は機構種ジュエラゴーレム属です」
同い年には見えないけれど、僕等と同い年らしいAREN。
人物の情報を確認すると機動力が高く、回避と攻撃に超特化したスキル組みだ。最初から敵の攻撃には当たらない前提である。無骨で荒々しい大剣は、その幼い体躯からはまるで想像できないような物を担いでいるな。防具は和装に近いが……山伏か何かかな? それに近い。
ARENの腕を抱き込み、心配する様に寄り添う女性。奥さんらしい椿さん。ARENよりも身長が高く。なおかつ防具の関係でピンのハイヒールを履いているから185cmくらいある様に見える。頭の回る人らしくあの笑顔は…少し怖い。僕は少し苦手だ。彼女は機動力や回避には重きを置かずに補助的な立ち位置…作戦立案から様々な情報の統合をARENと共に行う人物だろう。秘書……?
「痕跡はあるのに……。ねぇ、どこにも銃器を使ってる広域射撃ユニットは居ないように見えるのだけど? しかも、かなり練達していて効率重視のプレイヤー」
「それは……ぇ」
「OGRE君のことですかァ? 今ぁ、OGRE君はどこかに居ますよぉ。どこに居るかは…解らないんですけど。私には……解るんですぅ」
時兎さんの安定しない声色と抑揚はかなり気味が悪かった。……その彼女の発言が空気を一変させる。発言と言うよりは名前かな? 『OGRE』と言う名前が放たれた時、僕等を含め全員に変化があらわれていた。特に新たにこちらへ来た4人は顕著で、最も大きくARENは表情を変えている。
……違うね。
あちらの4人の表情は個々に違う変化をしたんだ。変化の仕方は皆が異なるが、落差の大きな変化で脱力したような表情をしたのもARENだった。OGREの存在がそれだけ彼等にも大きな物であった現れなんだ。特にあの4人の中ではリーダー格のARENには苦しい状況だったに違いない。仲間の安全を確保する為の切札が無くなり、その切札たる親友の無事が確認できなかった。
この虚実を脱出する。それは彼等も僕等も変わらない目標。その中でメインシナリオライターのOGREを欠いた事は彼には絶望に等しい物だったらしい。細かい内容までは知らずとも概要は掴んでいる。だから彼を頼る理由としては十分すぎる。
そんなARENに対し一瞬だけ表情を変えたが、スッと何事も無かったかのように表情を戻した2人。相対するその変化が僕には印象的過ぎた。ARENを心配する様に、同じく弟のようなOGREの安否を案ずる椿さん。怒りを噛み殺すように歯軋りを1度…、ポーカーフェイスに沈むオニキス。……椿さんが年上なのは解るけれどオニキスは何歳なんだろうか? 見た目は幼いがARENと言う前例も……。
「今は僕と天土が彼の役を分担して引き継いでるんよ。彼の意思を引き継いで、僕等は君達を探す旅をしようとしていたんよ」
「……そうなると、やはりアイツが急激な変化の引鉄になっていたのかもな」
「そ、そこまで予想できてたんやね」
「解せねぇな。そこまで解ってんのに何でこっちに来なかったんだ?」
短気と言うか、かなり喧嘩早いらしいオニキス。明らかな怒りと敵意の瞳で睨みつけながら先程の姿へ体を変化させた。売られた喧嘩は買ってしまう質の天土。彼も鳳燕を抜き放ち2人は睨み合う。
はぁ……。2人が喧嘩腰でもお互いに利益はないし、体力の消耗はもちろんマイナスだ。そこは両者に仲介役が立つ。相手方には大雑把な物言いだが、理知的で頭の回転が他とは数段違うARENが。こちらは最近は少しばかり萎縮も見られるがおかん力の高い天照さん。2人が歩み寄り、いがみ合う2人の間に入った。かなり感極まった2人を止めている。椿さんはやれやれとため息をつき、自由人と言うか……その間に時兎さんはどこかへ行ってしまった。
小さく口を開き、周囲へ謝罪しながらオニキスは体を元に戻し、顛末を語り始める。どうやら4人は最初のスタートが別々だったようだ。それに関しては先程から口を開かない金剛も順に添わせる補足を加えていく。彼等の境遇から考えたら僕等は本当に恵まれていた存在らしい。オニキスが先程見せた表情の意味が僕達にものしかかり始める。それはこの運命でいかに僕等が強運で……命を繋ぎ止めるに至っているか。本当に広い範囲が飲み込まれ、途方も無い程の命が消え…文明が滅んだ。飲み込まれた場所の人間は今や滅びている。テレビゲームのプレイヤーとして様々な『人生』が短く…『死』を迎えていたのか。そして、そのゲームにはこの先が存在しなかった。
そこには物語を書いた人物が鍵になる理由がわかりやすい程に映し出されている。歩むべき先の道を描けるのは『原作著者』だけなのだ。僕等が歩む為の最初の段階。彼にしか描けない。彼が描く事でそこから描き出される新たなグラフィックを表現する『絵師』。ゲームのシステムを構築する『構築者』。動き出した絵やシステムなどに新たな表情を与える『音響』。他にも様々なメンバーが揃い彼等の世界は完成する。……はずだった。
「私達がダイブさせられたフィールドと、貴方方が居る今のフィールドは隔離されていた様でしたのでね。それでも、私達は兄上が生き残っていた事を感覚として感知していました。彼が生き残って居ればこの世界は"支配"されても"奪取"される事はありませんから。強いリンクとして兄上が書いたストーリーだと解ったのは、金剛さんが音響の仕事をされていて内容をご存知だったからですが……」
「僕達も合流する事ができたのは異変の後、1ヶ月近く経ってからだったんだ。それまでにオニキスちゃんは度重なる戦闘で右眼、両腕、右足を失っていてね。見ての通りさ。この世界が便利とは言っても……。彼女自身はもちろん、僕も受け入れるのにはそれなりに時間がかかったよ」
OGREの妹……。似てないなぁ。それにこの事実に関して言うならばクリエイターではない関係者が生きているのは珍しいと思う。そういう意味では僕等もかなり特殊な身の上なのだけれども……。
彼等のこれまでを聞き終え、僕等は背筋が伸びていた。OGREがたまたま居なければ僕、天土、月詠の3人は早い段階で死んで居たかもしれないのだ。この次に僕等の経過報告を行った上でARENと状況を統合、首を横に振る彼が苦い表情を濃くした。これからの先行きが暗いのは誰でも予想できるよね……。
これからの計画を立てる為に必要な案件でもあるため、生き残りについての内容を話しはじめる。そして、比較的に考えを前向きに保つ傾向のある天土すら表情を曇らせた事実。
AREN、椿さん夫婦は戦いながら移動し、一点に定着しない方向性で戦い、生き残って来たらしい。その道中で何人かのクリエイター仲間と出会って来たが……。皆、脱落して行ったのだと言う。モンスターとの戦いに敗れたり、精神を病み自ら命を絶ったりしたそうだ。その後、彼からもたらされた最後の発言を聞いた時に僕は立ちくらみで座り込んだ。天照さんも唇を噛み下を向いている。あの天土でさえもあまりいい表情はしていない。
「残念だが、お前達と俺達以外の生き残りは……出会えて居ない仲間内には1人以外、心当たりが無い」
僕等の知る限りではテレビゲームの世界に取り込まれた場所では人間はほとんど居なくなった。と…言うことになる。
そんな空気を断ち切る様に天照さんが4人を拠点へ案内する。何をはじめるにもまずは足掛かりが必要だ。彼女はそんな言葉を皆に向けた。天照さんを先頭に僕、天土と続き、AREN達を連れて行く。その後ろにはいつの間にやら戻って来ていた血塗れの時兎さん。彼女も加えてOGREの作った拠点へ帰る。月詠の出迎えもあり、皆が先程の空気を和らげながら中で暖かな食事を取った。
食事を終えると皆が思い思いの場所へ向かっている。天照さん、椿さん、月詠は3人で料理や家事、拠点周辺の採集事情の関係を伝えあっていたらしい。天土とARENはOGREの残したネタ帳を見合せながら、これからの『探究』をどの様にするかを相談し始めているようだ。
僕? 僕は…少し1人になりたくて、拠点に程近い堤防で海を見ていた。人間が住んでいた文明物に荒廃が重なる風景は眺めるにはとても気持ちがいい。自然でもなく、人工物とも無く。また、異なる世界は新鮮だ。まぁ、原因は身内の戦闘痕なんだけども。天照さんが海大人を蒸発させた時のクレーターには海水が入り自然とはまた異なる風景を見せている。……これから僕等は彼女らを守る。だけど、天土も僕にだって一本通せる筋がない。これでは仲間を導くには見合わないのだ。強くあらねばならない。今の僕では……。何を芯に、柱に立ち上がればいいのだろう。
「学習してください。お一人は危険です」
「オニキス。君はどうしたん?」
「私は兄が見てきた風景が見たくて。それと先程から解りやすく消沈している人影が見えていましたので」
「お兄さんとは仲が良かったんやね。はは……。悪いね」
首を振りながらオニキスは答えた。義理の兄妹らしく血の繋がりは無いらしい。何を喋ると無く月詠と同い年のオニキスは遠くを見ている。しばらくするとオニキスは遠くを見たまま口を開いた。兄の友人達と兄を探す旅をしながら、世界が全て繋がらないと解った時の絶望。彼女は僕にそれを話しながら僕に再び向き直る。
体格はまだ細く、幼児体型と言うか……。全体的に幼い容姿には合わない達観し、乾いた物言い。彼女が下手な冗談を交えながら最初に述べた言葉を…僕に向けてきた。確かに外観は似ていない兄妹だが、性格は似ている。深い部分への侵害を嫌い、あまり自らをさらけ出さない辺りなんか特にそうだ。…………『心結晶』とARENが名付けた彼女の体を補う結晶体。痛々しい傷跡も残っている。痛みから逃げ、彼女の『闘争心』から結晶は成長し、今の彼女が出来上がったらしい。
「貴方がた2人には兄上の代わりはできません」
「ははは、随分と厳しいね」
「私達がこちらへ強制的な転位をしたのはおそらく貴方のせいです。ですが、今回は結果的に良かったですが」
「ははは、手厳しい……」
説明が少な過ぎてよくわからない所が濃い。……? 僕が少し声のトーンを落とすと今度はオニキスの方がオロオロし始める。あぁ、OGREよりはこの子は幾分か解りやすい。本心を隠すためにベールを用意はしているけれど、彼の様に殻に閉じこもるのでは無く、必要に応じて開閉する度量を持っているのだ。OGREは幼い頃に何があったのかは解らないが人間を彼なりの尺度で判断し、信じるに値しない場合は微塵も信用しない。そういう意味では1か0か…なのだ。
武器もそういう意味では違うよね。オニキスは距離を取らない。突撃槍だ。相手の心へ直に体当たりして行き、状態を把握する方法を取る。対するOGREは極限まで距離を取り、相手の動きを見ながら態度を変えるのだ。
さて、オニキスは僕に何を伝えに来たのだろうか。赤黒い結晶は柘榴の様。大人になればこの子も光るだろうな。今は可愛らしいだけだど、美人要素は光る。モジモジしながら自分の不手際を謝罪し、一瞬で態度を変えた。今度は威風堂々の態度だ。
「ち、違います。今のはそういう意味では……。すみません。私は口下手でよく金剛さんのお手を煩わせて…皆さんに通訳してもらわねば誤解されてしまうんです」
「あ、あぁ。それも大変だね」
「コホン……。わざわざ兄上の代替役を背負う事は無いんです。鯖艦さんは鯖艦さん。貴方には貴方の"心"があり"思い"があるはず。貴方がお求めになるならば、兄上のご友人である貴方と天土さんには最大限協力しましょう。求めうるならば私の技も……気に入らない方もいるので場所は選びますが」
かなり遠目に時兎さんを見つけた。オニキスは時兎さんを凄い形相で睨んで居る。彼女の何が気に入らないかは今は何でも構わないが、オニキスは僕の隣から少し歩く。迎えに来たらしい金剛と僕に1度拠点へ帰る様に促して来る。金剛、AREN、OGREは同級生で最も親しいサークルのメンバーらしい。実は最初のサークル結成時からのメンバーとの事だ。金剛はオニキスの恋人との事で……身内でなかなか組み上がってるな。
それはいいとして、オニキスと金剛が僕へ先程の転位などの話を再び合わせてきた。僕に備わった……この心の世界に染まった現れを。心が全てのこの世界。強烈な個性を持つ者はそれに合わせた特殊な能力を覚醒するのだとか。
OGREは『創作』。
ARENにもあるのだとか。彼らチームはARENがその力に目覚めた事から見出したらしい。OGREとの再会は不確定な要素の固定を行う上での鍵となると踏んでいたのだとか。そして、金剛とオニキスには。
「僕には保守的な力で『騎士』が宿り……」
「私もかなり防御に寄った力で守護者』が宿りました」
「心をより理解して、利用するための練度を磨けば僕にも使えるようになるのかな?」
「いいぇ、鯖艦さん。貴方には既に宿っていますよ。貴方は兄上が組んだ形を組み換える力を持っています。貴方には『変革』が宿っています」
……描き表すだけではなく、僕にはそれをある程度の範囲で変化させる力が生まれている。それがOGREが僕をこのメンバーの中での総代にした理由だったらしい。他の皆、時兎さん以外は皆が持っている。……とオニキスが言う。
そして、僕はオニキスの忠告通り、1人での外出を避ける様になった。その際はだいたい天土と行動を共にし、僕は新しい僕を受け入れ、力をコントロールする訓練を始めたのだ。
相手取るのは比較的弱いモンスターではあるが付き添いに必ず天土が来る。僕の双剣、『潮騒』を変化させる所から訓練を始めたのだ。僕の力『変革』は僕のキャパシティの範囲内でこの世界の物事へ干渉できるというものらしい。使用用途や範囲がかなり広く、戦闘から日常生活のアレコレ、果てはこの世界の摂理にまでね。
さっきまでOGREに僕が託された理由を語っただろう。僕が大成し、この『変革』を利用する事を彼は計画へ組み込んでいる。それを支える為の立場として天土には『力持』が宿った。全て、椿さんが見ているらしい。彼女の力『星見眼』でね。今は月詠の都合で天土が拠点に残り、椿さんがお供をしてくれている。
「椿さんも彼らとは長いんですか?」
「そうね。私はARENとOGRE君、オニキスちゃんの幼馴染みにあたるわ。貴方達は大学の友人らしいじゃない」
「はい。僕と天土、OGREはそうですね」
「あら? 女の子たちは違うの? 確かに月詠ちゃんは違うとは思ってたけど」
天照さんから聞いたザックリした内容を椿さんに伝えると苦笑いをしている。それを説明する様に僕に話してくれた。OGREは対人関係に不器用で神経質過ぎる。……あぁ、やっぱりみんなそう言う見解なんだ。で、その人見知りで食わず嫌いな所が女の子に対しては特にそうなのだとか。別の生き物の様に見えるらしい。
それが2人を助けたのだから彼の心境の変化と見たのか…単に火事場での特殊な行動だったのか。OGREを含めたクリエイターサークルの中でのお姉さんである椿さん、彼女には時兎さんや天照さんが彼に惹かれた理由が解るらしい。ただし、それはOGREとしては彼の嫌う一面に惹かれた事になるのだとか。そう考えたらアイツは本当に迷惑な奴だな。リア充爆発しろ……と言いたくなる。
「それから、貴方なら気づいてるわよね? 敵に囲まれてる」
「はい、早く警戒している事に気付かれるのは好ましくなかったので。OGRE曰く、人間に近い知能をした亜人種の敵も居るとの事です。なら、その可能性が高いですね」
「えぇ、できれば私は後衛をしたいのだけど」
「了解です」
OGREは仲間を最低限守るだけの策を練り続けていた。その中で僕等は守られ続けていたのだ。今度は僕が守る番。OGREはリスクを測るために大きな変化を起こさなかったんだろうね。確かに便利な力には絶対に何か裏があるはずなんだ。
……とはいえ、それを使わねば戦えないならそれを使うまで。僕が器用貧乏に見えるのは周囲の特化型が各方面に向けて強すぎるから。それに追いつこうとは思わないが……参考にはさせてもらうよ。
「『変革』……。双子座」
元からスキルポイントを用いて分身を作るスキルは存在した。しかし、あれはあまりにも能力としての利便性が薄く、使用する場面も難しいスキルだった。プレイヤーの周囲に群がる敵を駆逐したり、分身を盾として用いる以外に有用性が見いだせなかったのだ。これがテレビゲームならば話は別なんだろうけど。
僕が変えたのはスキルの根本。コンピュータに操らせねばならない部分を僕が操る。僕本人と分身が1体までなら椿さんの背中と正面を守りながら操れるはずだ。
そして、もう一つ。武器は何故か同じ形の武器を二つは持てなかった。だから、天土の挙動を参考に太刀と僕自身の得意武器である双剣を構える。
「渦潮の構え……」
「乙葉…鞭術の型。裂羅!」
上手い。この人もかなりのプレイスキルとリアルの格闘スキルを持っているんだね。そして、僕の予想通りに血に飢えた猛犬……もとい、猟兎も狩りに参加する。朝方には必ず真っ白にしてある彼女の和装は夕方、酷い日には数時間で血塗れの状態だ。それも着替えの回数が日に日に多くなっている。
今現れているワイバーン形態の小型モンスターには親玉がいる。明らかに統制が取れた集団戦闘の挙動。それがあの拠点を狙って攻撃してきたのだ。僕と椿さん、時兎さんの3人以外でも既に戦闘は各所で始まっていた。拠点では新スキルを用いて月詠が1人で大量のワイバーンを撃墜し、撃ち漏らしを天土が空中で捌いている。更にその外には急備えのバリスタや大砲を使い、威嚇射撃をしている金剛、オニキス、ARENの3人。
いくら血に飢えた時兎さんが居ても問題がない訳ではない。本来の彼女の戦闘形式は対個体。OGREの真似をして乱戦模様を想定した剣を振るう様にはなっても本質は崩れていないのだ。それに最近の時兎さんは別の方面に向けて危ない。拠点に帰って来ても自室には帰らず、彼女はフラフラと敷地内を歩き回り、何かを探しているのだ。僕には見当もついて居るが…やはり根本からの解決で無ければ望まれない。OGREの影を彼女は追っている。今も危険な外郭戦闘を僕等にさせず、自ら請け負う事で安全を保証したかったのだろう。
「椿さん、鞭を直線上に真上へ」
「?! 解った。乙葉…極天華」
真っ直ぐに伸ばされた鞭を軸に水を操って階段を造形。鞭を芯に這わせる様に作られたそれを僕は走る。手傷は負っていないようだけど、時兎さんはワイバーンに取り囲まれてもみくちゃの状態だし。
最初は気づかなかったさ。意図的に太陽の中に姿を隠し、僕等からは視認出来ない場所から支持を出していた様だからね。でも、自分達の力を過信したのか何かに追われ、切迫した末の奇行だったのか……。でも、僕等に向けた攻撃というのは選択を間違えている。僕等は確かに寄せ集めだ。でも、僕等は協力できる。
水の螺旋階段を滑り上がる2人の僕。太刀を構えた僕が鞭の頂点から鋒を天空へ向ける。その鋒の向ける先に海神の加護を最大限に硬くした形で安定させた。……もう、下の2人や今では唯一の射撃ユニットである月詠にはスグに解っただろう。強烈な水圧に押し上げられ、かなり高い位置にいるワイバーンの親玉を……断つ。
「海神断ち……水軍神!!」
あまりに呆気なく、新たな力を試した感覚も薄い。これまで、OGREの頭により僕等は作戦と言う規範に守られてきた。でも、これからはそれを自分達で作り上げなくてはならない。虚実に打ち勝つため。僕の持てる力を、現実をねじ曲げ、人の心を揺り動かすだけの『絵』を描くんだ。
決心を胸に……そのまま拠点へ向けて水のレールを作った。その上を滑って行く。急降下のウォータースライダーだ。さて、これからも何が起きるか解らない。ここ数時間で急激な進展が多方面に向けられた。だが、危険な面もチラホラと増えている。明らかなモンスターの増加が見られるのだ。ネタ帳の全てが解放されてはいない。しかし、それ故に強烈なモンスターも増えている。
僕等も今のままではダメなんだ。強くならなくちゃ。肉体方面だけではない。現実から引っ張られた虚実の設定だとしてもだ。OGREが見出した心の持ち方。これも視野に入れながらこれからの道を戦い抜かねばならない。
「僕等は頑張ってるよ。OGRE。君の事だから……いつも全力なんだろうけどさ」