友の旅出 上
これはとある不器用な男と仲間達の物語。彼が助けた『引っ込み思案で、柔らかながらとても独占欲の強い姫』と『粗野に見えがちだが、明るく家庭的で優しい姫』、その後に仲間として加わった僕らが世界を救うために走る彼を追いかけ始めた開基の部分だ。
まだ出会って日は浅いけれど僕は彼の友人。そんな僕は現実世界では気の向くままに絵を描き、時に仕事として絵を描く。まぁ、まだ学生なんだけどさ。
こちらの世界に来てからいろいろな事が目まぐるしく変わった。親兄弟とは離れ離れだし、生きているかさえ解らない。現実味のない時間が過ぎている。そんな中でも彼は僕からしたらとても変な人物だった。
現実世界の時はそんな事は無かったが、彼はいつの間にか別人の様に変わっている。例えが難しいね。以前よりもポーカーフェイスでマスクの内を頑なに隠す彼。本心では自らを疎み、戦場で血塗れるその防具や体を忌み嫌った。だけど、彼は慈悲深く、多くを語らぬが相手を第一に考える。そんな人物だ。
僕と彼は根底のタイプは違えど彼と通じ合える部分を持っている。彼は秘めたる深奥に詩の心を持っていたのだ。僕は今、僕らの願いとは異なる選択をせざるを得ず、それ以外に選択の余地が無かった彼の心を覗いていた。
「OGRE、こんな先の話まで」
「あぁ、気に食わねぇのはその辺りなんだがな。安全牌は構わないが流石に用意周到過ぎやしねぇか?」
「確かに。……なぁ、天土。僕らには何か出来ないのかな?」
「アイツは特殊に過ぎる。だが、俺等にも何かあるはずさ。この世界で生き残れたんだからな」
「そうだよな」
僕達のサバイバル生活は彼が残した波紋により様々に変化をした。
基本の生活は特に変わり映えしないけれど、モンスターやエネミーとの戦闘などには明らかな変化がある。以前は6人でのチームだったが、今は4人だ。何故かって? ……時兎さんはあれ以来、彼の幻覚を追うようになってしまったのだ。精神を病んでしまったのかな? たまに拠点に帰って来ては天照さんに材料を渡して食事だけしているようだ。彼女の遠出は何かを探しているのか、ただ、巨獣を狩る事に快感を見出しているのか……。特定の場所の行き来はせず、フラフラとした足取りはまるで定まらない。極めつけに帰還時には血塗れの白い和装。彼女は以前とはまるで違う。まるでOGREに彼女の何かを抜き取られた様だ。彼が居なくなる事で彼女は急激な変化をしてしまっている。
これだけの事を考察できたとしてもだ。……僕は彼の代わりにはなれない。だから、僕なりにできることしかできない。彼が僕に託したネタ帳を元にした案内図の様な物には旅立つ時期まで書かれていた。彼は……今、世界を統制しようと動いている。
僕にはこの世界の事や現実世界との繋がりなどは解らない。それこそ、なる様になるのだから別に変化してしまったのならば仕方がないとさえ思う。彼の様に絶対にどうにかしなくてはならないのか? と疑問符さえ出た程だ。でも、彼の残した文書によれば、この世界はいつ消えてもおかしくない。それにこの世界を現実世界と切り離せば、僕達の記憶に留まるのみで、現実は別のルートを辿った様になるとまで……ね。
「時兎さん。OGREは見つかったかい?」
「ふふふ、今日も居なかったァ。……だからぁ、たくさん殺して来たよ。悠染君、褒めて…褒めて欲しいの……。ぁぁ、私のOGRE君……貴方は今どこに? もっともっと殺したらぁ……。褒めに来てくれるかなぁ」
OGREが敷いたプランの一部を天土と共に引き継ぎ、僕は仲間を促して旅に出る準備を始めていた。もちろん、言い含め方は様々だが大義名分は2つ。OGREの捜索とこの虚実を終末へ導く為の進行をする事だ。
彼の考察は実に幻想的で現実味に欠ける内容だった。それなのに現実世界がこの世界に飲み込まれてしまった理由を読み、僕は強く納得してしまった。僕がクリエイターである事も関係しているのかも知れないけれど。発想の傾向と言うのかな? 独特な世界でもあるけれど、様々な人の考え方や言葉なんかを引き込んで形にする。絵も文書もそういう意味では変わらない。世の中全てが幸せとは限らないのだ。むしろ不条理からの転落。それにより世界は混沌とし、負の連鎖が渦巻いた。そこから……歯車は狂ったらしい。人間が繁栄するための均衡はとっくに揺らぎ、崩れ始めていた訳だ。
人間の持つ拠り所は様々。その中でも今回の件で僕達に最も関わって来るのは『信仰』となるらしい。そういう意味ではOGREは信心深いなどとは言い難い性格だった。彼は人を信用すれど、形が無く朧気な物を嫌ったのだ。それが証拠に僕達に対しても、あやふやで上手く説明できない不確定事項を頑なに開示しなかった。……嫌味っぽく言うなら、それが理由で歪みを作ってしまったのも事実だけどさ。
「『殺気? 最近は大型モンスターの痕跡は見当たらなかったのに』」
OGREのプランを僕らが上手く軌道に乗せれば彼へ再び問う事もできる。……かもしれない。いいや、再び同じ道を歩まねばならないよ。僕はその時が実現できるならば問いたい。彼が本当に…最初からこんな道筋を望んで居たのかを。彼の性格から言って後悔していると思う。特に、最も身近で彼を気にしていた時兎さんをあの様に『壊して』しまった事を…ね。
…………。
おかしい。気配はする。しかし、これまでのモンスターの様に気配を隠す気が無いようなのだ。まるで敵を探し、力比べを目的としているような……。気味が悪いのはその癖、姿を隠しながら挙動している事だ。まさかの事態に備え、僕も武器を展開しながら気配のする方向へ移動する。本当によくわからない気配だ。そして、そいつは突然姿を姿を表した。
倒壊した家屋の瓦礫を突き破り、僕へ角を向けた突進攻撃を繰り出して来たのだ。すんでのところで空中へ飛び上がり、まるで走り高跳びの様にその深紅の躯体を飛び越えた。ドリフトし、踏み込む事で急停止したそのモンスター。……身体中がボロボロと崩れ、電流なのか? 赤黒い発光する筋があちらこちらで煌めいている。
「うわっ!!」
以前に僕の業として現れたらしいシルバー・メイルに似た挙動だ。急加速し、凄まじい砂埃と雄叫びを上げながら突っ込んで来る。速すぎる上に切り返しが機敏過ぎる。シルバー・メイルと比較してもかなり小柄。今までこんなモンスターの事を彼の口から聞いた事は無い。だが、彼のネタ帳には膨大なモンスターのデータがあった。その中で……最も注意すべき敵に出会っていた事になる。
身体中から蒸気を噴出し、走り込む度に甲殻がボロボロと崩れる。体高がかなり低いが角、尾、腕翼は長い。『ブラッディー・オーガ』だ!!
彼が本格的なストーリーとゲームのグラフィックを作った段階で入れるつもりだったらしいモンスターだ。凶威種と呼ばれる危険度が高く、運が悪ければ序盤でも登場する乱入モンスターらしい。最初期にこのモンスターと出会ってしまった場合の対処は……『逃げる』が最良。しかし……。
「クソッ。こんな時に……」
突進と切り返しに合わせて回避挙動と軽い攻撃を交えるがまるで効いていない。彼から少々聞いていたゲーム内のシステムにある難易度…ランクには変化は見られないのにこれだけの強敵か。ただ、以前の金剛のような硬さなどは無く、僕の刃も充分通る。速くてなかなか合わせるには難しいけど。
その騒ぎに気づいたのかたまたま近くに居たらしい天照さんが救援に来てくれた。この状況で1人はかなりしんどかったから正直助かったよ。僕の攻撃には天照さんやOGRE、月詠のような超級スキルは何一つない。その代わりに恒常的な火力の高さがある。あと、僕は双剣を使うがこういう軽い武器にはあまりない、物理的な攻撃をガードできる能力が武器に備わっている。最大の強みは僕の種族は鱗人だ。亜人種の中に属し、魔法と物理攻撃能力の両立を可能にした種族らしい。
だから僕はこれまでの敵に対してある程度の小技をガードで無効化し、打撃が付与されているこの双剣で円滑に立ち回れたのだ。それ以上でも以下でも無いから傍から見たら地味だけどね。
「何やってんのよ! そいつは何?!」
「解らない!! 僕も急に襲われて何とか逃げてたんだけど!! うわっ!!」
何でかブラッディー・オーガは体を激しく動かす度に体液が飛び散っている。血液? その血液のPHなんて知らないけど危ないことは確かだ。飛沫が地面に飛散する度にジュワッと音がして小さな穴ができる。余計に近づけない。天照の魔法攻撃もブラッディ・オーガーが速すぎる為に翼の先や尾、翼等にかすめはするが決定的な打撃にならないようだ。彼女の表情からは苛立ちが見られる。
僕にできるのは"ある程度"のダメージ軽減だ。
僕の武器、『潮騒』は神威種『海大人』の素材から作る事のできる最強の武器。本来ならば連撃を売りにするこの手の武器としては異端でチャージ特攻やガードコマンド等と言う毛色の違いがある。だが、少し内容が違うとは言えどこの武器は"双剣"なのだ。突撃槍や大剣、などの様に大振りではなく、その分、キャパシティも小さく範囲も狭い。それを拡張できる種族である"鱗人"だが、それも攻撃特化のバーサーカータイプには焼け石に水となってしまう。
……どうする。……どうしたらいいんだ。天土なら思い切った一発逆転を狙うだろう。OGREなら最低限のリスクを払い、超級スキルを利用する。僕には……僕には何かないのか? いわゆる普通だ。だいたいの事を卒なく熟す代わりに僕には何かに極めて特化した力が見受けられなかった。
「器用貧乏な僕にはどうしようも……」
「何を弱音吐いてんのよ!! アンタは1人じゃ無い!! アタシもアンタが居るから1人じゃ無い!!」
……1人じゃない? そうか……。僕は絵師だ。僕は何かを形にし、表す事ができる。……だからOGREは僕へ皆のステータスや詳細データ等の事細かな設定資料をくれたんだ。彼はクリエイター。僕はプレイヤー。その中で僕は自分と一緒に生存する味方を支援する為に……強化できる!!
「今、僕に出来ること、スキル、魔法、種族……。さぁ、OGREに負けない様に僕も僕のできる事をしなくちゃ」
確かに飛び出した特技は少ない。だが、僕は皆に足す事ができるんだ!! 気づいた時、僕にはやるべき事が漠然とではあったが浮かんだ。僕には近接戦闘員にはあまり無い特長、魔法の活性がある。だが、これまではあまり使う場面が無く、利用の幅が狭かった力だ。使わなければ伸ばす事もできないな。
天照さんと僕の周りに薄く、球形になる様に水のベールを張る。仲間を強化、防御する魔法の使い方だ。そして、そのベールで挙動の加速と突進の様な強力な一撃で無ければガードできる様に強度を増しておく。これで天照さんの悩みである挙動と防御の観点をクリア。後は戦い方次第だ。
攻撃型の魔法は1回発動する毎に魔力消費が行われる。だが、味方には付加するタイプの魔法は時間で消費されるのだ。それは魔法の効果や特性により異なる。今使っている魔法は僕が効果を及ぼせる範囲に居る味方には無条件で付加される恩恵。魔力消費は微々たる物だし、効果は確かに微妙だが飛沫や小規模の攻撃を無力化出来るのは便利だ。
「天照さん。僕に構わず攻撃してくれ!! 僕の海神の加護があれば小攻撃くらいなら無効化出来るはずだ!!」
「わ、解った!」
ブラッディー・オーガ。メモによればOGREが一番のお気に入りモンスターとして作り上げたモンスターらしい。名前とも被ってるし……。挙動も機敏で火力も高い。しかし、ブラッディー・オーガはクエスト時間内に逃げ切れれば『討伐』できるモンスターなのだと彼のメモにはある。OGREは本当に自分の事が嫌いなようだ。コンプレックスを宛てがうようなモンスターの製作なんて特にそう。
ブラッディー・オーガの攻撃は機敏でかなり痛い。ガードの挙動をしてもかなり削られている様にさえ感じるのだ。腕が痺れて来ている。やはり、僕1人の薄い盾では時間稼ぎも辛いか? だけど、現状はこの2人で乗り切るしかない。OGREの旅立ちの後は月詠のケアは天土がしていた。見てくれや少々雑な口調から月詠は苦手意識があったらしいが、彼が本当は友人思いの篤い奴である事を理解したんだろう。だから、彼らには2人でゆっくりとした拠点防衛をしてもらっていた。襲撃が無いわけではないからね。
「鯖艦!! 下がって!!」
「今くらい僕が壁になる。君が叩いてくれたら……」
「仲間が傷ついたり居なくなるのはもうたくさんよ!! 一旦引いて……っ?!」
その時、白い和装の人物が僕と天照さんの間をぬい、ブラッディー・オーガへ手痛い一撃を向ける。OGREがたまに見せていた剣技を真似たような歪かつ不安定な振り抜き。彼女には…合わないと思うんだけど。彼女にはそれだけ彼が大きな存在だと言えるね。だからこそだ。僕は彼の友人として彼が作った歪みを彼自身に修復させるための足がかりを作ってやらなくちゃならない。
時兎さんが加わる事でこちらの歩合が有利に働く。
彼女の武器、『半双刀"時兎"』は神威種『白幻兎』の武器だ。それだけ特殊な武器で、序盤から僕らの中じゃ攻撃能力はずば抜けている。それだけじゃない。これがテレビゲームの設定ならば、彼女の武器や防具にはリスクなく強力なスキルを得られるだけのポテンシャルがあるらしいのだ。でも、今は僕らは生身と変わらない。……下手をすれば死んでしまう。
「居合…月扇兎朧月」
ブラッディー・オーガは素早く一撃が重いモンスター。しかし、回避、高速移動、高火力がノーリスクで手に入る時兎さんにはあまり苦にならないモンスターらしい。僕の加護も働いているからなおのことだ。目にも留まらぬ速さで挙動し、ブラッディー・オーガの腹の下へ潜り込み、痛烈な一撃が炸裂した。もちろん、切り抜けながらゆったりと彼女は歩む。2本の刀を鞘に納めた瞬間に鮮烈な血飛沫が上がり、巨体が倒れた。
刀を一振し、血を払うと時兎さんは僕の方に歩み寄って来る。最近よく見せる座った瞳は…痛々しさを余計に増していた。返り血が目立つ白い和装で僕の目の前まで近づき、耳元で囁くような言葉が漏れ出ている。……心持ち、思いと呼ばれる物がより強く顕になるこの世界、彼女はより毒されやすい性格であったのだろう。わがままを押し込め、周囲からの目や仲間を優先するあまり、ストレスと本音が溜まりに溜まった。その結果がこれだ。耐えきれない程の荷重に押し潰され、仮面が剥がれ、2人目の彼女を作り上げてしまった。
「こぉんなに楽しい事をしてるなら、呼んでくださいよぉ? 何で呼んでくれなかったんですかぁ? あぁ、琴乃ちゃんを口説きたかったんですかぁ」
「違うよ。急に襲われて……」
「ダメですよぉ? 私も琴乃ちゃんもOGRE君の物なんですから……」
「……」
「それから、雑魚が粋がるのは構いませんが、身の程は弁えてくださいな。OGRE君は誰1人欠ける事のない脱出を望んでいます。私が……それを叶えてみせる」
その時、天照さんの方向へ向いていた何かをすんでのところでガードした。犯人は黒い人の形をした靄……。両手に何かを持っているがこれが何なのかまでは解らない。だが、殺意と言うか攻撃の意思はこちらに向いている。でも、すぐさま時兎さんがこちらに来て靄に向けて鋒を向けた。
それはブラッディー・オーガから影が伸びるように出ている。意味の解らない状態だが不思議とパニックにはならなかった。それに、身内に今しがた脅された様にどちらかと言うと肉体派ではない僕では足でまといになる。今のガードで骨が折れてしまった右手首では満足に戦えないだろう。
腰が抜けているらしい天照さんの肩に腕を通して彼女を運びながら走って行く。天土に言って早く時兎さんの救援に向かってもらわねばならない。嫌な予感しかしないのだ。あの靄は……彼が書面で語る様に本来ならば僕らが触る事のできない事象なのだろう。僕の本能と言うか、第六感が働き、僕自身に告げている。あれはけして触れてはいけない物だと。……だが、打倒しなくてはならない物なのだろう。
「ふふふ、アレは私の獲物です。貴方は琴乃ちゃんを安全な場所へ。私もアレを倒したら帰りますから」
時兎さんへ最低限の加護を施す魔法をかけてある。今は僕のできる事をしなくちゃ。それに何故かは解らないけど天照さんの様子がおかしい。先程までの強気に戦っていた彼女ではなく、何かに極度に怯えているのだ。体は小刻みに震え、やっとの事で動かしている足もやはり覚束無い。何があったと言うのだろうか? もしかしたら、僕と時兎さんだけ経験せずに彼女だけが経験し、知覚できる何かを感じ取ったのか?
だとしたら、天土からも聞いている『心の叫び』の可能性が高いな。僕と時兎さんだけ、それを感じていない。たぶん、時兎さんはOGREが意図的に遠ざけていただろう。僕はたまたまその機会が無かっただけだ。だが、そうだとしたら、僕にも寒気として感じ取れたそれが…もしかしたらそれなのかも知れない。誰の、どんな、何を持った叫びなのかは解らないが……。寒気として感じるならばそれはあまり良い物を連想させない。それが、憎悪であるならば…急がなければ。時兎さんが仮に吸収したのであれば…………本当に危ない。
「その太刀筋。武器の形状、挙動……。ねぇ、貴方は…誰? 彼に似ている。でも、彼じゃない。ねぇ…? だぁれ?」
天土に知らせる為に拠点に帰って来た時に天土と月詠ちゃんにも何やらおかしな変化が現れていた。天土は大丈夫そうなのだけど、強烈な寒気の様な物にあてられたのか、月詠は膝を抱える様にして椅子に座りながら天土に背中をさすられている。何が起こっているんだ? 僕には未知の事でその辺りはよくわからない。しかし、これだけは解る。異常事態だ。
天土は僕が天照さんを担ぎ込んで来た事に驚きながら、僕のおかしな方向に曲った右手首の手当をしてくれている。そして、彼ら3人が今直面している事を彼が語ってくれた。僕がある程度だけど想像した事にかなり近い。
……心の声や更に強い思い、叫びからモンスターが創られている。今までは僕らや他に生存者がいるならば、それらにぶつけていた者は1人だった。でも、今は違う。少なくともOGREと以前の支配者がいる。OGREが僕らを潰しにかかるとは考えにくい。ならば、以前の支配者が?
その可能性は否定し切れない。だけど、手口が違いすぎる。今まではかなり強力なモンスターをぶつけられ、OGREが居なければ到底…打倒出来なかった。しかし、今回は違う。確かに狂ってしまった彼女の力は化物級だし、戦い方もかなり残忍にはなっている。それでも、人間のベースに特殊な武器、防具を宛てがわれた事には違いない。それを考慮した…配慮? 違う。まだ、試練としての要素を生かしていた。今回の襲撃は……僕を確実に殺しに来る様に仕組まれて居たように思う。拠点への堂々とした攻撃ではない。僕1人を必ず殺すための……。
「OGRE君の剣……体格、似てる」
「…るしぃ………。な…の……めに………い…んだ…。」
「? 声も……」
「ひ……ぅ、ない……い…なぃ。…………れはぁ!!」
月詠をベッドに寝かせ、眠りに着いた段階で僕と一緒に天土に時兎さんの救援に向かってもらおうとした。その時、天照さんから弱く天土や僕を引き留めにかかる声が聞こえる。
僕は右手首を骨折してしまい、近距離だとまともな戦闘は無理だろう。テレビゲームでならば銃も扱った事はある。そのために一応用意した武器を装備して天土の援護に向かうつもりだったのだ。天土も天照さんが引き留めて来るとは考えていなかったらしくこの場には合わないが、凄いほうけ顔をしている。
天照さんにしては弱気なのかと思った。彼女の違和感や悪寒からの想像、それは僕が想定せざるを得なかった好ましくない敵の動きを肯定している。
これまでの時間の中で『駆逐』されてしまった人々の憎悪、恐怖、悲観などの感情をエネルギーにこの世界を拡張する動きがあるとすれば……。OGREが手を出さねば僕らすら危なかった可能性もあった事になる。この世界は完全には現実世界とリンクしていないらしい。OGREいわく、エリアが固定されており、ローディングするゲートのような物がある以上は取り込まれた場所と場所へ繋がなくてはならない。現実世界の地理の全てが統合されていれば既にローディングゲートを用いる意味はないはずだ。それを可能性の問題として手を回したらしい。OGREはそれに干渉し、生きているであろう彼の仲間達と僕らを合流させるため、他の目的を持つ者達が出現した場合の抑止力となる為に柱となったのだ。
「い、行かないで。2人共」
「え? 時兎さんを助けに……」
「亜莉子なら大丈夫だと思う。引き際は弁えてるだろうし、無理はしないと思うから……。そうじゃなくて、あの靄……あれは」
「あのよ。OGREの心の叫びとか言うんじゃねぇだろうな?」
「……アタシはそう思う。だけど、それ自体と言うより、OGREの抜け殻みたいな」
彼が今、どのような状態なのかは解らない。解らないから何が起きていてもおかしくはない。その直後に天土は時兎さんが居るであろう場所に走り出した。声を聞いた事がある天土にはより強い感覚があるのだろう。天照さんが切り出す前に彼は予想できていた。しかし、違和感があったから感覚として鋭敏な彼女の言葉を引き出したのだろう。
OGREは立場上かなり特殊な場所にいる。彼の物語だ。たくさんの人が触れているだろうけれど彼の『心』を、『考え方』を書き出したような物だ。クリエイターには心や思いは必要不可欠だと思う。作りたいと思う、突き動かす衝動が形になったものだから。どんな感情だとしても。そこには存在する。そして、それを利用している物が居るならば。必ず強い思いが原動力になっている物を踏み台にして事を起こすはずだ。
彼はそういう意味ではとても強い感情の渦を溜め込んでいる。ネタ張は実に面白かった。様々な場面に、文化に、キャラクターに彼の感情の波が溢れているのだ。そんな中に僕らをモチーフにしたキャラがいた事が少しこそばゆい感じではあったけどね。僕らを思わせる彼とのショーモナイ小話。でも、それも大切な時間の一部だ。
「はぁ……はぁ……。彼の作品を汚すのはやめなさい」
「ははは、この"作者"はとてもいい憑代なんだよ。僕は世界が憎いから潰したいだけ。君もその糧になってよ。僕には必要なんだ。絶望や憎しみがさ」
天照さんの制止は僕らには逆の方向へ転じた効果を見せていた。なおさら時兎さんが危ない。彼が関わる状況になるならば彼女は必ず暴走する。それで彼女が大怪我したり、命を落とすような事はあってはならないのだ。
僕は右腕に固定型のクロスボウを付けるタイプの武器を仕込み、本来逆になるから天土には向けにくいんだけど加護を施して隣を滑る。僕は"鱗人"の魚人タイプだ。水を操り、水の加護を強く受ける。水中でも陸上以上の能力を発揮し、仲間を支援出来るのだ。今は陸だけどさ。
案の定だ。あまり芳しくない状況に更に火力を上げた天土が雄叫びを上げながら"斬馬刀"鳳燕を振り抜く。時兎さんを追い詰めていた黒い敵は後ろに飛び退き、天土に向けて構えを取った。しかし、時兎さんはそれが気に入らないらしい。いつもはしないような機嫌の悪そうな、粗暴な口調で喚き散らし始めた。こういう時に一番いて欲しい仲間がいない。この人を宥められるのは彼しかいない。OGRE……。
「外野は手出しすんな!! 私がコイツをぶっ殺すんだ!! 絶対に許さない。コイツだけは絶対に!!!!」
「落ち着け! テメェ1人の力でどうこうできんならあんなことにゃならねぇだろぅが!!」
「OGRE君の思いを使ってる……。許せない。彼は彼は……私達だけの物、利用なんかさせない。彼の作品を汚すなぁ!!!!」
僕や天土では追いつけない。
彼女の力は光の加速。僕らでは……。クソ!
クロスボウから矢を放ち、時兎さんの挙動を変えようと試みるがダメだ。素人に毛が生えたような僕の狙射スキルでは到底効果のある物にはならない。天土もチャージが間に合わないと踏み、無理やりな加速からタックルをする為に前のめりになる。
敵の……靄からさぞかし楽しげな…喜ばしげな声が聞こえて来る。OGREの声だ。しかし、違う。彼ではない。根底の場所で……。彼とは違う。
「まずは、1人っ♪」
時兎さん止まってくれ!!




