六話
目の前に迫るのは自分自身と、なにより美少女ネフィの命の危機――。
「マズいっ!」
オレは手を伸ばし、ネフィが落としたコントローラを拾った。
状況は切迫。彼女に返しているヒマはない。
オレの手がゲームで慣れ親しんだ回避動作を勝手に入力する。
ド、ズーン!
重い衝撃音、立ち上る土煙――だが、オレらの姿はそこには無かった。
『ば、バカなッ! あのタイミングで攻撃をよけただト!?』
魔術男の大剣をすれすれでかわしたオレは、操作感覚を確かめるため、やや離れたところでファラオを小さく動かしてみる。
(なるほど、この動きなら……ヤレる!)
思いのほか、ファラオは機敏に反応してくれた。
その反応に、思わず笑みがこぼれた。
「あの……秋サン?」
コントローラを返してもらうことも忘れ、ネフィはオレの顔に浮かぶ表情を見上げている。
一方、必殺の一撃をかわされ、頭に血が上ったらしい魔術男は――。
『クソ! それならバ、もう一度、装甲を削ってヤル!』
またしても短剣による攻撃を再開してくる。
だが、怒りのせいか攻撃パターンは単調だった。
「見える! 私にも見えるぞ!」
よけいな事まで口にする余裕を持ちながら、オレは短剣をひょいひょいと回避する。
「当たらなければ、どうということはない!」
一生に一度、言ってみたかったセリフをオレはこの機会に言ってしまう。
それにしてもファラオの操作性は素晴らしい。
ただ反応がいいだけではなく、急な加速、減速、方向転換をしても操縦者に衝撃・負荷はほとんどない。どうやら慣性制御機能まで搭載しているようだった。
「すごい! ネフィ、このファラオすごいよ!」
短剣を回避しつつ、楽しくなったオレはネフィに話しかける。
「いいえ! スゴいのは、あなたデス! ワタシがこのコを思考制御してもこれほどの動きはさせられまセン! それを秋サンは手動制御でここマデ――アア、今の回避! まるで芸術のような動きデスネ!」
ネフィも興奮していたようだ――手放しの称賛の言葉がこそばゆい。
「ははは……オレが一番、ファラオをうまく使えるんだ!」
照れ隠しに思わずオレは有名な台詞を口にし、聞いたネフィはうなずく。
「その通りデス!」
そうこうしている間に、短剣の射出される勢いと数は減ってきていた。
視線を向ければ、魔術男は肩で息をしている。
『なぜダ! なぜ当たらナイ!?』
ヘロヘロになりつつある魔術男。
だがオレたちの安全を確保するためには、確実に戦闘力を奪わなければならない。
「ネフィ! このファラオに武装は? ゴッド○イスはともかく、ゴッド○ーガンやらゴッド○ードとかくらいあるだろ?」
魔術男がヤケになったように飛ばしてくる短剣をかわしながら、オレはたずねた。
「……? ゴメンナサイ、基本は機能を封印された調査専用機なのデ、武装は護身用程度しかもっていないのデス――それに武器を使うには解除キーを入れないト」
「解除キー?」
「ハイ、手動装置なら上上下下左右左右BAと……」
「コ○ミコマンドかよっ! わかった……ええいっ! これでどうだ!」
レトロゲーで指に慣れ親しんだコマンドで良かった。
入力し終えると、新たにいくつか、ヒエログリフが正面モニターに浮かぶ。
「すごいデスヨ、秋サン! 複雑なコマンドの入力を一回で成功させるなんテ!
これで護身武装『ギリシアの火』が使えマス!」
「『ギリシアの火』? エジプトっぽいのに? それにそれって武装なのか?」
「ハイ、下、右下と入力シ、そして右とBボタンを同時に押してくだサイ!」
「は、波○拳かよ!?」
どこかで聞いたようなコマンドだと思いながら、オレの指は滑らかにその操作を実行する。
と――。
ファオーン……。
ファラオが吠えた――同時に炎が正面にいた魔術男へと走る。
『ア……オオ! なんということでショウ!』
攻撃のし過ぎで疲れ果て、ぜいぜい言っていた魔術男は、家のリフォーム番組的なセリフとともに、あっという間に炎に包まれた。
「か……科学忍法・火ダルマ? これで護身用!? っていうか、大丈夫なのかアレ!?」
さっきまで殺されかけていた相手だ。同情には値しない。
とはいえ、オレはファラオの放つ『ギリシアの火』の、とてつもない威力に恐れを抱いた。
だが、ネフィは首を横に振る。
「ダイジョウブ、魔術師は常時シールドを張っていますカラ。それより『ギリシアの火』の威力を上げてくだサイ。追加入力すれば火力は上がりマス」
「あ、ああ……分かった」
けっこう過激なことを言うネフィを信じ、オレは数回続けて『ギリシアの火』のコマンドを入れた。
すると――。
ファオ、ファオファオーン!
ファラオはさらに吠え、その数秒後――。
もはや炎というより爆発・爆轟と言うべきものがアパート前で炸裂。
『覚えていやがれデス~!』
捨てゼリフと共に遠くの山へ――キレイな放物線を描いて飛んでいく魔術男。
やがて魔術男は星のようにキラリと光り、姿を消した。
「…………なんともアニメ的なフェードアウトだ」
「戦場離脱・本拠地帰還用の魔術デス。任務失敗したトキはアレで逃げるのが、魔術師のいつもの手口なのデス――それより、秋サン」
オレの感想にネフィはまじめに答え、それから見上げてくる。
「なに? ネフィ? …………ネフィ!?」
突然――体全体で感じる柔らかな感触。
密着した姿勢から、さらにネフィが抱きついてきたのだった。
ふわりと薫る漆黒の髪の向こう、彼女はささやくように言う。
「ありがとうございマス、秋サン」
オレの胸に顔をうずめているせいで、くぐもった声。
だが、心の底から感謝していることが伝わってくる。
「あなたに――あなたに命を救われマシタ」
今まで生きてきたオレの人生、誰かにここまで感謝されたことがあっただろうか?
しかも感謝してくれるのはとびきりの美少女なのだ。
オレは誇らしさと照れくささ、それに愛しさの入り混じった感情にどぎまぎしつつ、そっとネフィを抱き返した。