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三話

柔らかでふわふわ――。

 柔軟剤の売り文句みたいな感覚が後頭部にあった。


 背中に古びたタタミの感触。なじみ深い狭い室内。

 そして大量の漫画とゲーム、美少女フィギュアにアニメのDVD―BOX。

(そして二重になった本棚の後ろには男子の秘宝……わが愛しいコレクションたち――てことはここ、オレの部屋か?)

 深い眠りから目覚めた。重い頭で自室にいることを確認する。


(なんだ。夢オチか……?)


 そうだ。あんなワケのわからない展開、夢に決まっている。


「だいぶ疲れてるな……? あそこまで変な夢を見るなんて――やっぱり徹夜でゲームするのは、ほどほどにしておこう。現実世界で寝落ちとかさすがにマズいし」

 

 異常に体が重い。動く気になれない。

 それでもおなかがへっていた。

 もう夜になっているようだ。窓から差し込む街灯の光だけが室内を照らしている。

 寝起きのぼんやりとした頭のまま、今が何時なのかを確認しようと頭を動かすと――。

 

 上からパサッという音。

 そして独特のイイ匂い。細くてなめらかな感触がオレの顔に降り注いだ。

 夜光に絹のような光沢を示す黒く長く細い髪。包まれていたのは、上下逆転した、やや浅黒い美少女の小さな顔――。


「うわあぁっ!」

 パッチリした大きなタレ目。闇の中でなお潤んで宝石のように輝く緑の瞳。

 いや左と右とでは微妙に色合いが異なる――オッドアイというやつだろうか?

 それを縁取る長く濃いまつ毛。

 形良く小さな鼻がツンと突き出し、同じく小さめの唇は弾力がありながらも柔らかそう――かなり可愛らしいお顔が、オレの視界いっぱいを埋め尽くしていた

 

 もちろん、オレもリビドーに満ちた思春期男子。

 美少女は大好物だ――とはいえ時と場合ってものがあると思う。

 暗がりでひっそり、こっちをうかがっている視線は心臓に悪い。美しさがよけいに恐怖をあおる。

 だから、この場合。


「うぎゃあ!」

 と、へうげた悲鳴をオレが上げてしまったのも当たり前ではないかと思う。

「きゃあッ!」

 オレが急に発した叫びに、美少女も驚きの声を上げた。

「あれ? その声」

 洪水のように記憶がよみがえる。

「君は……ファラオ?」

 妙な質問だったが少女には通じたようだった。こくりとうなずく。


「ワタシはネフェルタリ・イシスと言いマス」

 不思議な響きの自己紹介だった。


「ネ、ネフェルタビ――痛っ!」

 ひたをはんだ……ではなく舌を噛んでしまった。

 うまく言おうとして三回くらい続けてしまう。

 暴漢から貞操を守る乙女みたいなオレに、美少女が助け船を出してくれた。


「無理をせずネフィと呼んでくだサイ」

「あ、どうも。オレは押切――押切 しゅうです」

 上下逆の美少女とオレは初対面の挨拶。

 妙な成り行きだったが、混乱していたオレは普通にあいさつしてしまう。


「秋……サン。お元気そうで良かったデス」

「あ……ありがとう?」

 のんびりした会話を交わす。そこでようやく置かれている妙な状況に気が付いた。

(さっきから後頭部に感じていた柔らかな感触はもしかして)

「ひ、膝枕? うわあっ!」

 オレは慌てて頭を起こす。

 

 ゴチッ!


「イ、痛いデス!」

「ご、ごめん!」

 慌てて起こしたオレの頭が美少女の額に正面衝突。

 六畳一間のオレの部屋で、美少女とオレは悶絶する。

 

 と――その時。

 グウウゥ――と、お腹の鳴る音。それはオレのではなかった。

 目の前では美少女が激痛と恥辱に顔を赤く染めている。

「もしかして……おなか減ってる?」

 聞いたオレに美少女はおずおずとうなずいたのだった。


 「これ食べたら事情を聞かせてもらうよ」

 オレは冷蔵庫を漁り、探し出した焼きそばを調理し、ネフィに差し出した。

「あ、ありがとうデス」

 焼きそばの芳香はより空腹を感じさせていたようだ。

 

 異国風不思議な光沢を持った薄絹の衣をつまみ空腹をこらえるさまなど、『いとをかし』。

 

 焼きそばを受け取ったネフィは、ちゃぶ台の前にぺたんと座り、小さな口で必死に具なし焼きそばを頬張る(これまた一生懸命でか~いらしい)

 およそ九割を食べつくしたところで、ようやくネフィはオレの方に目を向けた。


「アノ……秋サンは食べないのでスカ?」

「あ~、家にある食べ物はそれが最後なんだ。バイト代は明後日入ることになってるから、無料の学食で我慢しとこうと思ったんだよ」


「ソレでは……ワタシが最後の食べ物を食べてシマッタですカ?」

 ネフィの瞳がみるみるウルんでいく。


(マズい! このままでは泣く!)


「ちがうちがう! これは君のせいじゃない! 今月は漫画とかゲームにバイト代を使いすぎたからだよ!貧乏なくせにムダな出費ばかりしてるオレが悪いんだ」


「ビン……ボーですカ?」

 美少女の涙は危ういところで回避した。言葉の意味を分かりかねて不思議な顔を浮かべるネフィにオレは笑いかける。


「お金が無いことだよ。一年前に家族が交通事故で亡くなって、それからは生活費はバイトで稼いでるんだ。うちの高校は奨学金も出るしタダで通えるからさ」

「あ……ソウいえば、アナタの記憶を読んだトキに……」


「記憶? 読んだ……?」

 今度はオレが妙な顔をする番だった。


(そう言えば、ネフィはなぜかアパートまでオレを運んでくれたな)


「スミマセン。アイツらの仲間かト思っテ、勝手に記憶を読んでしまいマシタ」

 うつむくネフィ。古い畳にポタポタと雫が垂れる。

 記憶を読むなんてわけの分らない話より、そちらの方がオレには気になった。


「いいんだよ、オレをここまで連れてくるためだろ?」

 美少女の涙には強大な破壊力がある。オレはネフィをなんとか泣きやませようとした。

 だが、その言葉にさらにネフィは泣き声を大きくする。


「グスン、グスッ……。秋サン、アナタはいい人デス。コッチに来て、こんなヤサシイ人には初めて出会いマシタ」

 ようやく泣きやんだネフィ。照れ隠しにオレはティッシュを渡す。


「ほら……涙と口の周りを拭きなよ? ソースが付いてるぞ。それ食べ終わったら話を聞かせてもらうからな」

「あ、アリガトウございマス……ですガ、これはアナタがドウゾ」

 ネフィは焼きそばの皿を差し出した。


「いいよ。お腹が減ってるだろ? ネフィが食べな?」

 オレは断る。

(美少女と間接キ……考えるだけで恐れ多い)


「イイエ、これはアナタが食べるベキものデス!」

 だが、ネフィはずいずい焼きそばをオレに勧めてくる。


「ホラ、秋サン、食べて下サイ。アッ――!」

「うわっ!」


 立ち上がろうとしたネフィが急にバランスを崩し転んだ。

 慣れない正座の体勢で居たため、足がしびれたようだ。


 その着地先は――オレの体。


 小柄でふわりと軽いネフィだったが、不意を突かれたオレは彼女ごと後ろに倒れこむ。


 オレの人生で異性と最も近くに触れあう瞬間――相手は十六年の人生で最も可愛らしいと感じた美少女。

 胸板には小さな頭。柔らかで艶やかな黒髪がオレの体を包むように広がった。

 腹筋には言葉にできぬほど柔らかな二つの感触。

 オレの足とネフィの細い脚が古い畳の上で絡み合う。


「イタタタ。ごめんナサイ。ワタシ、足がシビレていて立てマセン」

「う……うん」

 

 すまなさそうに謝るネフィにオレはおずおず応えた。

 そのまま、数秒――オレがなんとかネフィをどかすべきなのだろうけれど、極上の感触に、つい離れられない。

 ネフィも左右色違いの大きな瞳でオレの顔を見上げ、なぜか目をつぶった。

 小さな手がオレの着ていたパジャマがわりのシャツを、きゅっと握る。


(……もしかして、ファイナル・フュージョン承認ですか?)

 オレの中の野獣がガオーしそうになる。


 オレの手が彼女の細い胴体に回りかけたところで――。



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