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最終話

 あの夜からもう三日が過ぎた。

 最後の戦い以降、オレはネフィの姿は見ていない。

 

 ネフィはもう帰って来ないかも知れない――そう思ったオレの予感は当たった。

 同時にネフィに帰ってきて欲しい――という淡い期待も破れた。


(それでも父親と……家族と一緒にいれるんだ。ネフィは幸せなんだよな)


 そう思いこむことで、オレは心の中にぽっかり空いた穴を忘れようとする。

 一人のアパートがこんなに広いとは思わなかった。

 ほんの数日一緒にいただけなのに、もうネフィのいない生活なんて考えられないようになっている。

 

 

 でも――彼女はもういない。

 

 

 教室の窓からオベリスク広場を見渡す。

 あの戦いの痕跡は、翌日まるで夢だったかのように消えていた。

 

 いや本当に夢だったのかも――そう思えば、この苦しみも消えてくれるかもしれない。

 

 物思いに沈むオレに佐久間先生が心配そうな目を向けてくる。


(昨日、オレがマジメに授業を受けていたら、失礼にも熱を計ってきやがった。腹を立てたオレはデコピンを喰らわしてやった)


 と――。


「押切……大丈夫なの? いえ……やっぱり大丈夫そうに見えないわね」


 後ろの席の塔子が小声で話しかけてくる。


「静かにしなよ塔子。今は朝の出欠確認中だ。学級委員のお前がそんなことでどうする?」


「重症だわ……押切がマジメになってる」


 塔子もまたオレが模範的な生徒であることを、なぜか真剣な顔をして心配している。

 佐久間先生とそろって失礼な従姉妹だな。


「まったくもう……ネフィちゃんがいなくなったせいね? その件なんだけどさ――」

「……塔子、今はその話、聞きたくないんだ」


 オレは塔子の話を途中でさえぎった。今はまだ心の整理がついてなかったからだ。


「ふうん……そう、まあいいわ」

 塔子は素直に引き下がる。

 いつもなら、こんな邪険な対応すれば文句を言ってくるはず。

 何かおかしいと思ったが、追求する気分ではなかったので気にしないことにした。

 塔子との会話を終えたオレは意識を窓の外へともどす。

 

 ――庭ではようやく涼しくなってきた秋の風が木々を揺らしていた。


(物悲しいな……まるで今のオレの気分みたいだ)


 外の景色を内心に勝手になぞらえ、オレが寒々とした気分に浸っていると――。




「では、今日の出欠確認は終わりなの。続けて転校生と新しい先生の紹介なの~」


(あれ……? もしかしてデジャブ?)


 佐久間先生の声が記憶を呼び覚ます。

 オレはあわてて窓の外から教室へ視線をもどした。


「では、入ってきてくださいなの~」


 先生の声が響くと、教室に入ってくる影が一つ――。


「ふぁ……ファラオっ!?」


 思わす立ちあがってしまった。

 教室中の視線が集まるが気にしない。

 

 だが、続けて入ってきた人物にオレはさらに驚かされる。


「ラ、ラムセス!?」


 そこにいたのはヘリオポリスの王にしてネフィの父ラムセス。

 先日、死闘を繰り広げたばかりの相手だ。あまりに驚いたオレは名を呼んでしまう。


「あら? 押切くん。もしかして鈴木先生とお知り合いなの? でも、いくら知り合いだからって学校では呼び捨てはいけませんよ。ちゃあんと鈴木先生ってお呼びなさいなの~」


 佐久間先生がオレをたしなめる中、ラムセスはオレをじろりとにらむ。


「朝礼中だゾ。静かにせんカ――ワシが新しく体育を教える鈴木ラムセスでアル」


 相変わらずエラそうでガンコそうな態度だったけど、以前と違いラムセス(教諭)にはどこか柔らかなところも見て取れた。


 いや――それより。


「鈴木先生は鈴木ファラオくんのお父さんなの~。今度日本に越してくることになったのでファラオくんは学校をお休みしてご家族を迎えにいっていたの~。

 さて――続けて新しいお友だちなの~、ほら鈴木さん。早く入っていらっしゃいなの~」


「……ハイ」


 ファラオが現れたときから予測はしていた。

 だが、その姿を見るまでとても信じられずにいた。

 鈴が鳴るような声とともに、扉から小柄で浅黒い肌を持つ美少女が現れる。

 


 ――ネフィがそこにいた。



「鈴木……ネフィといいマス。皆サン、よろしくお願いしマス」


 ネフィの自己紹介に、美少女を素直に賛美する男子のおおぉぉという声が応える。


 一方、オレは動けずにいた。

 もしかして、これも夢かもしれないという恐れがオレを止めていたのだ。


「お祖父さまが骨折りしてネフィちゃんやお父さまの身元を引き受けてあげたんだから! 感謝なさいよ押切!」

 

 後ろの席から塔子がささやき、オレはようやくこれが現実だと思えた。


「……ネフィ!」


 硬直が解けたオレは挨拶を終えたネフィに駆け寄る。

 ネフィも同じくオレの方へ走ってきた。


「本当にネフィなんだね?」

「ハイ!秋サン!」


 涙で視界がぼやけた。ネフィの色違いの目にも同じように雫が浮かんでいる。

 

 感極まったオレらは教室の真ん中で――強く抱きあった。

 

 周囲からは悲鳴とも歓声ともつかないどよめきが上がるが、オレたちは気にしない。

 

 腕の中にいるネフィの小柄な体、髪の匂いをオレは力いっぱい感じ取る。


 抱き合うオレらの姿にラムセス(先生)と塔子は血相を変え、止めに入ろうとしていた。

 佐久間先生は別の意味で顔色を変えていた――乙女回路が絶賛稼働中のようだった。



 そしてファラオ(ネフィがここにいるということは、おそらくアヌビス入り)は、オレのそばに寄ってきて良かった良かったとでも言うようにうなずいていた。


(いや、オレらの再会を祝福してくれるのはありがたいんだけど……)


 せっかく、ネフィをこの手に抱いているのに――目の前にはファラオの濃ゆい顔。


 正直、ムードが台無しだ。


 

だからファラオ。今だけは――その顔でオレを見るな。

 


 オレの目の前、秋のまぶしい日差しが窓から入り込み、ファラオの金色の肌ではじけて散った。




                                   ~完~ 

 ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。

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