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二十四話


 絶体絶命、致命的な攻撃がファラオをとらえた……、


 だが――しかし。


 喝ッ――!


 放たれた魔術の光の着弾直前、ラムセスの眼前からファラオの姿が消えた。


「消えタ!? まさか、これも幻だったのカッ!」


「……大正解だよ」


 つぶやきと同時にオレは姿を現し、背後からラムセスに《禁域の雷》を収束させて放つ。



「ぐああぁぁぁぁぁぁッ!」




 ラムセスの叫び――バジリスクとはいえ死角からの攻撃は防げない。攻撃はまともに通ったようだ。


 勝利を確信し、ラムセスは油断しきっていた。

 その背後にオレは回りこんでいたのだ。


(逃げたり、ダミーを使って背後から奇襲したり……、

 無限のエネルギー発生源を持ってる割に、主人公っぽくないことしてるなぁ……)


 ちょっと情けなく感じたが、カッコよく戦って、うまくいかないよりはましだ。


(おかげでネフィの望みもかなえてやれそうだし――)

 そう考え、背後のネフィへ振り返る。


「……秋サン……うまくいきまシタネ」

 額に珠の汗を浮かべ、荒い呼吸をしながらもネフィはオレに笑いかける。


 認識阻害の魔法を本物のファラオへ全力でかけ続けていたのだ。

 作業に集中していた反動だろう。ネフィの疲れ切った姿も無理はないと思う。


 とはいえ、作戦がうまくいったことでネフィは達成感あふれる表情をしていた。

 そう。幻のファラオの大群はそれ自体がおとりだったのだ。


 作り出した大量の幻の中、オレはまぎれつつ敵魔術師たちを撃退した。

 その後、ファラオの幻像の大群を消したが、一体だけは幻を残す。


 一方、ファラオ本体は認識阻害魔法を最大化し、ラムセスの死角へと入りこんでいく。


 ファラオの大群が消え、目の前に一体だけが残ったことで、ラムセスはそれこそが本物のファラオだと勘違いしていた。

 あとは残したファラオの幻像に本物っぽい挙動を取らせ、それっぽい会話をしてラムセスの注意を引きつけるだけの簡単な作業。


 強力な索敵能力を持つバジリスクとはいえ、乗り手の心理の死角まではカバーできなかったらしい。

 

 こちらは油断したラムセスに、背後から近づき、強烈な一撃を当てるだけでよかった。

 


「ぐッ……がはッ……!」


 ラムセスの姿がバジリスクの中から吐き出される。

 電撃は大きな損傷を与えたらしい。バジリスクの目からは凶悪な光が消えていた。


「……バカな……このワシがやられただト……?」


 ラムセスは地に這いつくばる。その唇からは血が垂れていた。

 ファラオの放った攻撃のせいではなく、悔しさのあまり自分でかみ切ったらしい。

 かつての王のみじめな姿を見下ろしながらオレは言った。

 そのみじめさは戦いに敗れたからではない。本当に大事なものを自ら捨てたせいだ――そう思いながら。


「あんたはさっき、家族を愛する気持ちを形がないから――目に見える力を持たないからって理由で切り捨てたよな。でもその形のない幻によって、あんたは負けたじゃないか?

 これでもまだ形なきものに意味はないって言うのかよ!?」

 

 胸の中に溜まっていた思いを、ここぞとばかりにラムセスへぶつけてやる。

 言いたかったことを言いたいだけ言うと今度はネフィに声をかけた。



「ネフィ。君の番だよ。やりたかったこと、やるべきと思ったことを今するんだ!」


「……ハイ。秋サン」

 ファラオから降りたネフィは倒れた父の元へ歩み寄る。



「クッ!」


 地上で二、三度あがいたラムセスだったが立ちあがることはできない。

 あきらめたように体の力を抜いた。


「……ネフェルタリ。父を殺すというのカ? ま……それもよかろウ。

 敵ではなく娘の手にかかるとは皮肉だガ、長い王家の歴史ではよくあったことダ」

 

 決意に満ちた娘の眼差しを受け、動けぬラムセスは覚悟を決めたようだ。


 ――静かに瞳を閉じる。

 

 だが、ネフィの行動は父の予想を裏切った。



        ◆   ◇   ◆   ◇   ◆

 


「ネフェル……タリ……?」


 倒れた父を優しく抱きしめること――それがネフィの選んだやり方だった。


「父サマ、なぜアルカディアへの復讐を願うのですカ? 

 どうして昔の優しさを捨ててまで力を得ようとするのデス?」

 

 驚きに目を見開いた父を抱きしめたまま、落ち着いた声でネフィは問いかける。


「き……決まっていル! 亡きお前の母と姉のためダ! 

 仇を討たねバ、安らかに眠れまイ! そのための力なのダ!」

 ネフィの突然の抱擁と質問に面食らいつつ、ラムセスはなんとか返答した。


「では父サマ……力を得てアルカディアに対する反攻を成し遂げたとしましょウ。

 全てが終わったそのとき、父サマの中の母サマと姉サマは笑ってくれるのですカ?」


「…………ッ!」


 ネフィの声は小さく穏やかだった。

 しかし、父ラムセスの急所を突いたらしい。娘の切り返しにラムセスは二の句が継げなかった。


「父サマもお分かりのようですネ……、

 母サマも姉サマも暴力による仕返しなど望む方ではありませんでしタ。

 むしろ父サマが復讐のために人を傷つけ、肉親の情けを無理に切り捨てて、

 冷酷な覇王を演じる仮面の下で苦しみ続けているさまに心を痛めるでしょウ」


 さとすように言ったネフィに、ラムセスは激しく拒否の意思を示した。

 ダダっ子のような姿は親子の姿が逆転したように見える。



「家族の仇を討つために戦うという選択肢以外、何がワシにできるのダッ!?

 全てにおいて甘かったせいデ、アルカディアの侵攻を見抜けず止められず、家族を死なせてしまった!

 だからこそワシは甘さを捨てて強くなり敵を討つ。

 不当に奪われた家族の命、せめてアルカディアの血であがなってやらねバ――」



「いいエ! 父サマが出来ることは他にもありマス!」



 ネフィは決然と言った。

 小さな体に満ちる迫力に激高していたラムセスも気圧されてしまう。


「昔のように私を抱きしめてくだサイ。そして、あの頃の父サマに戻ってくだサイ――。

 家族皆が愛した、優しい父サマに……今の悪鬼のような父サマの姿は……

 母サマも、姉サマも、わたしも、決して望んではイマセン!」


 ラムセスは言葉を失った。

 茫然とする父をネフィは細腕でより強く抱きしめる。


 優しかった父を取り戻そうかとするような抱擁に応え、

 ラムセスの腕がためらいながらもゆっくり上がった。


 おずおずと触れるだけだった手が、だんだんしっかりと娘を抱き――、

 やがて二人のシルエットは一つに重なる。


 ネフィの頬に一筋の涙。

 同じくラムセスの目も涙腺が緩んでいた。

 ネフィの宝石のような涙に洗われたのか、ラムセスの顔からは険が消えている。





(今後も色々あるだろうけど、この父娘(おやこ)なら大丈夫かな?)


 二人の姿を見てオレは思った。


(最終幕までお邪魔するのは……無粋だよな)


 家族の団らんに部外者の存在は邪魔でしかない。

 オレは二人に背を向ける。


 スケキヨ状態で地面に刺さっているトートを引っこ抜いてやり、それからオレは月夜の道を歩き去る。


 親子の邪魔をしないために、そっと。

 ネフィに気付かれないように、そっと――。

 


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