十八話
一瞬の浮遊感――すぐにまた重力がのしかかる。
ピラミッド内部を照らしていた光の中から一転、あたりは暗闇の中だ。
ファラオ内部の画面は少し遅れて光度調整をし、おかげでようやく周囲が見回せるようになった。
居場所は先ほどと同じピラミッド前。
ヘリオポリス残党の魔術師集団や、捕えられたネフィの姿も見える。
「……オーブを手に入れてきたようだナ? 少年ヨ」
低く太い声はネフィの父ラムセスのものだった。
声が聞こえたほうを向くと、そこには目を閉じたラムセスの姿。
「デハ、さっそくオーブを渡してもらおうカ」
目をかっと見開く。ラムセスはすさまじい威圧感とともにオレに命じる。
さっきまでなら、オレは視線の圧力だけでオーブを渡していたかもしれない。
だが今のオレは――静かに拒否の言葉を口にする。
「いいえ……これをあなたに渡すことはできません」
「なんだトっ!?」
「……少年ッ!」
トートとアヌビス、ラムセス王のとなりに立っていた二人が大声を出した。
「……それハつまリ、人質がどうなってもイイということカ?」
一方、ラムセスは冷静だった。
ただその言葉は冷酷そのもの。人質が自分の娘だというのにその命を容赦なく脅しに使ってくる。
いや、脅しだけではなかった。ラムセス王の手には禍々しい赤い光――何かの攻撃魔術らしい。
その光を見たアヌビスは血相を変え、王とオレの間に入ってきた。
「王よッ! それだけはどうかお止めくださイっ! 少年ッ! 早くオーブを王にお渡しせヨ! ネフェルタリも少年を説得するのダ!」
「いいえアヌビス義兄サマ、それはできまセン……秋サンもワタシの命など気にせずに、オーブを守ってくだサイ!」
だがネフィは首を横に振る。捕えられたまま覚悟を決めた表情を見せた。
「……ネフィ……ごめんよ」
オレが謝るとネフィはにこりと笑う。
「いいんデス。優しい秋サンのいるコノ世界を守ることができるなラ、私の命など安いものデス。
さあオーブを持って早く逃げてくだサイ」
ネフィが浮かべたのはキレイで……とても悲しい笑顔だった。
見るものの全てが胸を打たれ目をそらすような痛々しさがある。
アヌビスもトートも例外ではない。
だがオレは――ネフィににやりと笑い返す。
「いいやネフィ……そういう意味じゃない。少しまぶしいけど我慢してって意味だよ」
「エ……?」
ネフィはきょとんとする。
「少年……? 何をスルっ!!」
一方、オレの魂胆を鋭く察したのか、アヌビスが急いで駆け寄ってこようとした。
しかし――遅い。
「『オーブ』っ! オレの願いに応えろっ!」
叫びとともに、コックピット内に置かれていた『オーブ』が発光した。
強烈な光は外側のファラオを突きぬけ、そのシルエットを溶かし、宵闇に満たされた周囲に広がる。
「ぐあッ!」
「く……なんだッ!」
「クソッ! 前が見えん」
目を押さえ光から顔をそらす魔術師たち。
それも当たり前だ。暗がりに慣れた目に不意の閃光をくらったのだから。
だが奇襲をかけたこちらは目が見える。
一時的に視力を失った魔術師たちの間を抜け、トートを突き飛ばすとネフィに近よった。
「ネフィ! こっち、早く乗って!」
「はいッ! 秋サン!」
ネフィは足と腕を縛られた姿のまま、体当たりするようにファラオに飛び乗る。
「飛ばすよ!」
回収したネフィを抱きとめ、オレはファラオを最大速度で移動させた。
少しの間、距離と時間を稼ぎたかったのだ――そしてその計画は成功した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
学園内に広がる深い森の中、魔術師たちから距離を取ったオレたちは木陰に隠れていた。
「スミマセン、父を説得する前にトートに敗れてしまいました――勝手に飛び出しておいて負けるなんて、秋サンが来てくれなかったらどうなっていたことカ」
「いいんだ。ネフィの気持ちはよく分かるから、あまり気に病まないでほしい。
――それより、ほらロープがほどけたよ」
「ハイ、ありがとうございマス……ところで秋サン、この子の姿ハ?」
ネフィが不思議そうにコックピット内を見回す。
ネフィにとっては人に貸してた部屋が勝手に模様がえされていたようなものだろう。
実際、コックピットは大きく変形していた。
今まで背もたれのある椅子に腰かけて操縦していたファラオが、バイクのように座席にまたがって操縦する形に変わっていたのだ。
もちろん変化したのは内部だけではない。
人の立像・王の棺のような外見をしていたファラオ。その下半分が変形し、四本の足が生えていた。
人獣のような姿はまるでピラミッドの脇に立つあの石像のよう。
「これはファラオの能力全開モードだよ。問いかける獣モードっていうらしい。
アルカディアの奴らにかけられていた封印をオーブの力で強引に解いたんだ」
オレは学長から聞いた話を受け売りでネフィに教える。
「なるほド! つまり魔術によるファラオの改造、いわゆる《魔改造》ですネ?」
「いやネフィ……その呼び方はどうだろう?」
ツッコむ間にもオレは手足を細かく動かしスフィンクスの操作性を確認していた。
増設されたスロットルにボタン。手動操作は今までに比べ、とんでもなく難しくなっている。
これを予測して練習時間を稼ぐため距離を取ったのは、やはり正解だったようだ。
「よし……感覚はつかめた。たぶんイケる!」
オレはレバーのグリップを握りしめる。
以前に比べれば操作は面倒ではあったが、近所のゲーセンでジオン軍エースだったオレに死角はない。
(あのゲームやっといてよかった……おかげでだいぶ金欠にはなったけどさ)
それに操縦が複雑になった分、細かな動作が可能にもなっている。
(さらにできるようになったな――ってとこか?)
こうして新たなファラオにオレが十分になれたころ――。
「秋サン! あちらニ!」
周囲を警戒していたネフィがオレを呼ぶ。ファラオの探知機にも同時に反応があった。
「……よしネフィ、行くよっ!」
「はいッ!」
オレの腰に腕を巻きつけ、ネフィは抱きついた。
(ふふっ……やはり美少女と二人騎乗ってやつはテンションが上がる!)
勇気と下心のハーフ&ハーフ。男子をもっとも効率よく動かす燃料がオレの心の中で音を立てて燃えていた。
今のオレにはおそらく加速、集中、熱血、ひらめき、気合×3くらい、かかってるんじゃないだろうか。
主の高揚を反映してか、ファラオはいつもより猛々しい。
倒すべき敵へと向かい外見通り獣のように動き出すのだった。




