十五話
オレがファラオとともに飛びこんだ異世界。
見回したそこは、まさに魔界というべきだった――。
(ってな感じのコメントをしてみたかったんだけどな~)
オレはのんきな事を考えていた。
覚悟を決め、自分の命をチップにした賭けをやったのだから、もうちょっとソレっぽい雰囲気とか演出とかがあってしかるべきだと思ったのだ。
周囲の空間はただただ白い。
上から下、右から左、近くから遠くまですべて純白が広がっていた。
(心象風景か手抜きの背景? 画像合成前の素材かな?)
そんなことをオレが思っていると――。
「少年、よく来たの……もっとも別に、わしがお前さんを呼んだわけでもないがのう」
老人の声が響く。
そしてこれまた背景と同じ、白いローブを着た白髪のジイさんがオレの目の前に現れた。
(もしかして『わしは神じゃ』とか言い出すつもりか? このジイさん)
一瞬、身がまえたオレに白い老人は肩をすくめ、ため息をつく。
「なんじゃ? その反応……もしかして、お前さん。自分の通う学園の学長の顔も知らんのか?」
と、いうことは――。
(このガン〇ルフみたいなジイさんが、塔子と佐久間先生の祖父、金字塔学園の創立者――亜門雷蔵か!)
予想のナナメ上をいかれて、オレはあっけにとられてしまう。
「やれやれ、ニブいようじゃの少年。あれやこれや伏線を張っておいてやったじゃろうが?
このワケの分らない学園を作った上、主要キャラの祖父、そして謎の富豪老人とくれば、何かワケありだと思うのが当たり前じゃろうに?」
それはそうなんだけど――。
しかし、いきなりそんなことを言われても、こちらとしては心の準備ができない。
そのためらいを亜門雷蔵はオレが疑っているせいだと思ったらしい。
「むう、ネタバレが足らんか? ではウラ設定の一つでも語ってやるか。
たとえばなぜ異世界の人間がわざわざ変な日本語を使っているか――じゃが、それは『言霊』のせいじゃ。異国の地で魔術をスムーズに使うには、その土地でもっとも力のある言葉を使うのが一番じゃからの。それゆえ異世界人はこちらに来たと同時に魔術で日本語を習得し日常から使うことにしたのじゃ。
もっとも発音やアクセントにまで手が回らなかったゆえ、ああいった妙ちきりんな日本語になってしまったようじゃがの」
亜門雷蔵が語ったのは、なかなか興味深い話だった。
こんな状況でなければもっと聞いていたい――けれど、オレにはやらなければいけないことがあった。
(このジイさんが、オーブを守ってる番人なのか? なら魔術師たちを撃退したのも、このジイさん? だとしたら――知り合いの身内に手は出したくないんだけど)
ファラオの中、オレは警戒する。手にじっとりと汗が浮かんだ。
「……学長。オレはオーブを探しに来ました。ご存じならありかを教えてください」
場合によってはこの老人と戦うことになるかもしれない。緊張とともにオレは質問する。
自分でも分かるくらい声は震えていた。
だが亜門学長は上機嫌でオレの問いに答える。
「ああオーブか。オーブならほれ、すぐそこじゃぞ?」
「は? ……え?あれっ!?」
オレがアホみたいな反応をしてしまったのも無理はないと思う。
背後――学長が指さした方向に振りかえったオレの眼に、さっきまではなかった『門』が映ったのだ。
「ええと……入っちゃってイイんですか?」
オレは学長にたずねた。
あんまりあっけなく通されたものだから、逆にとまどってしまったのだ。
「ふっふっふ……別に行ってもかまわんよ。ただし帰ってこれるかどうかは別じゃがの」
意味深に笑う亜門学長。
(やっぱり、そういうことか……だけど!)
ワナや危険は覚悟で来たのだ。何が待っていようと引くという選択肢はなかった。
「ありがとう学長――じゃあ、オレは行きます」
「ほほう……それでも行くか?」
感心したような声の学長を残し、オレは『門』の前に立った。
音もなく開いた『門』――その向こうには極彩色に輝く空間が広がる。
オレは静かにファラオを進ませ『門』を越えた――。
「あれ? ここは……?」
今度は、ちゃんとそれっぽい場所がオレを待っていた。
神殿というべきなのだろうか、あるいは古びた遺跡か、石柱に囲まれた空間は上空ただ一点から降りそそぐ光によって照らされている。
薄暗さに目が慣れ周囲を見回すと、この空間がとある立体――四角錐の形をしていることが分かった。
「ここはまさか……学園ピラミッドの中?」
出入り口はさっき入ってきた『門』以外見当たらない――ということは。
(そうか! 一度あの空間を通らないと、ここへは来れないようになってるんだ!)
念入りな防御だ。やはりここに『オーブ』があるに違いない。だがどこに?
と、オレの視線はこの空間の中央。真上からの光線が一直線に指し示す一点へ向けられた。
そこには祭壇らしきものと、そして倒れているいくつかの人影。
「……なにが、あったんだ?」
オレは祭壇へと向かう。警戒しつつ、横たわる魔術師らしい男にそっと近よった。
「とりあえず……生きてはいるみたいだな。でも……どうして?」
男が浮かべていたのは予想していた苦しみや怒りの表情ではなかった。
幸せそうに、ときに満面の笑みまで浮かべ眠りについている。
(この状況だと逆に不気味だな)
確認したところ、他に倒れているものたちも似たような表情で安らかに寝息を立てていた。
しかし人外の力を持つ魔術師たちを、こんな風にしてしまったものはいったいなんなのだろう?
周囲をうかがったオレは祭壇の中央、石版にはめ込まれた球体に視線を奪われた。
(まさか、これが『オーブ』? こいつらのありさまは……これが原因か?)
薄暗がりで球体はぼんやりと発光している。内部にもう一つ球体があり、まるで眼球のように見えた。その中から、ときおり漏れだした不思議な光が揺らぎ、うごめく。
(あれ……なんなんだ……この感じ)
頭の中がユラユラフワフワする――知らない間にオレはファラオを降りていた。
(いけない……このままじゃ、あいつらみたいに……)
頭の片隅ではそう考えていたが、オレの足は勝手に球体に向かう。
そして、オレは引き寄せられるように球体に触れた――。




