クリスマス1
ジングルベール、ジングルベール。鈴が鳴るー。
今日はクリスマス、ケーキやチキンの日だよ!
とっても楽しみにしてたんだよー。るんるん。
「千香ちゃーん!クリスマスだよー!」
今日は千香ちゃんのお家でクリスマスパーティーだよ。
パーティーといっても、千香ちゃんの焼いたケーキを食べて、千香ちゃんとイチャイチャして、プレゼントを交換するだけなんだけどね。
普段と違うのはプレゼント交換くらいである。イチャイチャは毎回してるし、うふふ。
そんなクリスマス会は毎年千香ちゃんの家でやっております。今年もお邪魔します。
クリスマスプレゼントの用意はばっちりだよ。千香ちゃんにはお揃いのモコモコソックスとモコモコブランケットで、葵先輩には普通のブランケットを買って来た。
「お邪魔します、ってあれ?」
勝手知ったる他人の家。
ピンポン押さずに勝手に上がって良いという許可は千香ちゃんから頂いているから、無遠慮に玄関を開けて上がり込む。
なのに、きっとリビングで待っていてくれていると思った千香ちゃんがいない。それどころか誰もいないではないか。
私来る時間、間違えたっけ?三時開始だったと思ったんだけど……。
最近ずっと出迎えてくれる葵先輩もいないし。あれれ?
と、時計を確認して、周囲をキョロキョロしてたら。
「未希、いらっしゃい」
「葵先輩!」
キッチンの方から葵先輩が出てきた。
なんだ準備中だったのか。時間間違えたのかと思って焦ったよ。
私が安心してると、先輩の背中から千香ちゃんも出てくる。
「あら、来ちゃったのね。ならわたしは部屋に行くわ。兄さん、絶対に限定ジャム買って頂戴ね。お菓子作りで使うから三個欲しいわ。絶対に絶対買ってよ?」
「千香ちゃん?」
目の前で不可解な会話が……。ジャムって何の話?
わたしも千香ちゃんの部屋に行ってればいいのかな?
毎年クリスマスの時は千香ちゃんの部屋じゃなくてリビングだった気がするんだけど、今年は変更したのかな?
「未希、今日は泊まってって。そして夜はわたしの部屋に来てね。待ってるわよ?」
「え、うん。泊まっていいなら泊まってくけど。え?千香ちゃん?」
少しつまらなそうな顔をした千香ちゃんが、私の横を通り過ぎてリビングの扉に手を掛ける。
千香ちゃんの行動の意図が掴めなくって、私は混乱気味だ。
「未希の誕生日は必ずわたしが独占するから、そのつもりでね。じゃあ頑張って」
私と葵先輩の顔をゆっくりと眺めていった千香ちゃんが、リビングから姿を消す。
不満げに頑張ってと声をかけていく意味が分からない。
というか、何を頑張ればいいの?
「えっとー……。私、千香ちゃんの部屋に――」
「未希は俺の部屋」
「――行き……。へ?」
私の言葉に重ねるように、葵先輩が声を発した。
千香ちゃんは千香ちゃんの部屋にいるんだよね?だからそっちに行こうと思ったのに。
なぜに葵先輩の部屋?
「よし、行こうか」
キッチンから飲み物やケーキを乗せたお盆を持った葵先輩が私を促す。
「先輩の部屋ですか?」
間違えてないですか?と言外に聞いてみたんだけど、
「そうだよ。俺の部屋の位置知ってるでしょ?」
ニコニコしている先輩に、間違ってないですよ。と返されてしまった。
あんれぇぇえ?
どういうこと?
今日の先輩は、変だ。
「私達はどうしてこの距離なのでしょうか?」
「食べやすいだろう?」
葵先輩に言われるがまま、先輩の部屋に来ちゃったのはいい。まだそこまではいい。
先輩の部屋は決して狭くはない。
他にも座るスペースなんていくらでもある。
なのに、先輩は私にピッタリくっついて隣に座っている。
座る距離感もおかしなことだけど、さらにおかしいのは先輩の行動だ。
ケーキを一口大に切ってフォークで刺して。
そのまま食べればいいのに、私に一々食べさせてくれるのだ。
私は一度もフォークに触っていない。
美味しいから食べるけどさ。
給餌をしてもらわなくても、私自分で食べられますよ?
ケーキはチーズケーキ。
ケーキの上に生クリームがちょこんと乗っていて見た目も可愛いケーキだった。
でも、なんでだろう。このケーキなんだか食べたことがあるような、ないような?
千香ちゃんの作るチーズケーキはもっと濃厚だから、千香ちゃんの手作りじゃない気がする。
でも、市販のケーキだとなると……。
ああ!分かんないから、いいや。
美味しい。そのことだけ分かっていれば十分だ。問題ないじゃないか!
深く考えることを放棄した私。
「未希、美味しい?」
「とっても美味しいですよ!」
ご機嫌に笑っている葵先輩と目が合った。
質問の答えを聞いた先輩は、本当に嬉しそうに笑みを深める。
「夏に俺が未希に言ったこと、覚えてる?」
「夏?」
何か言われたっけ?全然記憶にない……。
頭がツルツルだから、三日より前のことを言われると覚えてなくって困るんだよね。
私の頭はトリ頭……。
「俺が夏に何をしていたのか、いつか教えるって言ったでしょ」
「ああ!」
プールに行ったときか!
私、先輩に夏休み中家にいない理由を聞いたんだった。
あの時、先輩は美鈴ちゃんのバイト先で美鈴ちゃんと親密度をアップさせていたんだよね?
「俺、夏休み中にバイトをしてたんだ」
あ、そういうえば。私が先輩がバイトしてたことを知ってるって、先輩は知らないんだった。
うっかりバイトですよね!とか言わなくて良かった。危ない、危ない。
先輩が柔らかく微笑んだまま、フォークを皿に置く。
「美鈴のバイト先でキッチンが足りてないって聞いたから、美鈴に頼んで働かせてもらったんだ。そこでケーキの焼き方とかを勉強させてもらった」
「ん?」
焼き方の勉強?
先輩は美鈴ちゃんとの仲を深めたかったんじゃ……?
「このケーキは俺が作ったから未希に喜んでもらえて良かったよ」
あっ!思い出した。
このケーキ、林と一緒に美鈴ちゃんのバイトの偵察に行った時に食べたんだ。
だから舌が覚えてたのか。
ああ、疑問が解けてちょっとスッキリ。
「未希」
「はい?」
スッキリして満足していた私の顔を、葵先輩が柔和な笑顔のまま覗き込む。
「好きだよ」
「へ?」
笑顔を崩すことなく、葵先輩が変な台詞を吐いた。
「私も先輩のこと好きですよ」
仮にも妹(偽物)だし。別に嫌ってなどいない。
急に言われる意味があんまり分からないけど。ちゃんと親愛の感情は持っているよ。
「俺が言ってるのは恋愛感情としてってことだよ」
「恋愛感、……じょう?!」
言葉の意味を理解した途端、私は驚きで声が裏返った。
だって恋愛感情って、あの?!
林と美鈴ちゃん的な感情でしょ?!
先輩が今気になってるのは十和様じゃなかったの?!
十和様の前に好きだったのは美鈴ちゃんでしょう?!
何がどうなってるの?
「え?え?え?ええっ?!」
「驚きすぎ」
処理能力を越える衝撃に、私の混乱が絶賛暴走中である。
そんな私を見て、先輩が楽しそうに声を上げて笑った。
いやいや、こんなことになってるのは先輩がおかしなことを言いだしたからなんですけど!
非難の声はちゃんとした言葉にならずに消えて、私は狼狽えるしか反応できない。
えっと、エープリルフールだったけ?
違うよね、クリスマスだったよね?今日。
「未希が好きだよ。俺はずっと未希しか見てない」
葵先輩の瞳が私を真っ直ぐに射抜く。
魔法をかけられたように、先輩から目が離せない。
千香ちゃんそっくりな葵先輩の目元。
まったくおんなじのようで、千香ちゃんと先輩では僅かに違いがあることを知っている。
昔なら同じ目だなと思えたけど、今は似てるなとしか思えない。
だって、千香ちゃんと先輩の目では微妙に違うから。
私を見つめているのは間違いなく先輩で。目の前にいるのは葵先輩で。
その先輩は私が好き?
葵先輩の目が、顔が、私に近寄ってくる。
そして。
「口の横に、ケーキに乗ってたクリームついてたよ」
先輩が私の口を舐めた。
「未希は無防備で、可愛いなあ、本当」
今まで見たことのない葵先輩の顔。それは優しいお兄さんじゃなくて……。
私の頭が一度ショートして、再起動を図った。
誰が?
先輩が。
何を?
好きだって言った。口についていたクリームを舐めた。男の人の顔をした。
「っ!」
再起動を果たし、事態を理解した私は先輩から素早く離れた。
そして、そのまま部屋から飛び出す。
「ち、ち、千香ちゃーん!!」
数メートルしか離れていないけど、とても遠く感じる千香ちゃんの部屋に駆け込むべく私は動く。
私の大好きな千香ちゃん。
千香ちゃんと話をして、とにかく落ち着きたい。事態を整理して、気持ちも整理したい。
こんなに胸がドキドキするなんて、私は一体どうしちゃったの?!
この答えを千香ちゃんは教えてくれるかな?




