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立候補。私ライバルキャラやりたいですっ!  作者: 星ヶ里のブタネコ
番外

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番外編です!蛇足です。

葵目線のお話です。葵のイメージが崩れるかもしれません。

読み飛ばしても大丈夫です。

俺と未希の出会いは、ある意味俺のプライドをズタズタにするものだった。



千香の様子がおかしい。

そう気が付いた時、千香は学校で同級生に仲間外れにされて孤立していた。だから俺が手を打った。


あれが転機だったのだと思う。

千香はあれからたった一人の名前だけを出すようになった。いつもいつも、馬鹿の一つ覚えのように。

あれ以降一応千香のことを気にかけている俺が、千香に学校のことを尋ねると必ずその名が出てくるようになったのだ。


そんなに仲良くなったのなら家に連れて来たらどうか、と興味が湧いた俺が提案しても、千香は頑なに連れて来ようとはしなかった。

今になって思えば、あれは千香の独占欲の表れだったのだろうと思う。


俺は望まれるように立ち振る舞って、望まれるままに優しい人間を演じていた。

自分の顔が整っていることは知っていたから、それを利用することに罪悪感はなかった。

結果として求められるままに、まるで絵本の王子様のような役をこなす毎日を送っていた。


俺と、周囲の有象無象。


優しく誘導すれば容易くそちらに靡く奴らを、個々になんて識別していなくて。求められた配役通りの人間を演じるだけで、簡単に俺の周りは俺の手の平の中で動き出す。

なんてつまらない世界だろうと、思っていたんだ。随分冷めた目で世間を見ていた。


今思えば、あの頃の俺は周囲から求められることしか経験したことがなかったんだ。


初対面は中学三年の春。

何も知らされていなかった俺は家に帰って、リビングにちょこんと座っている見知らぬ女の子に驚いた。同時に、もう癖になっている王子の仮面を被る。


「こんにちは」

「あ、えっとこんにちは。お邪魔してます?」


普通の女子なら顔を赤らめたり何かしらのリアクションがあるのだけど、彼女はそういうリアクションは返さなかった。

それどころか、誰?みたいな戸惑いを隠してもいない。


「未希、お待たせ。ゼリー持って来たわ。ああ、兄さん帰ってたのね。おかえりなさい」

「ゼリー!」

「ああ、ただいま」


千香の呼びかけで目の前の女の子こそが、いつも千香が話題にしている子なのだと理解する。

千香がこだわる理由が知りたくなって、彼女を注意深く観察する。


千香が趣味で作ったゼリーを目の前にして、一口目は恐る恐るといった風情で口に運んで、その直後に彼女の目が輝いた。それからは猛烈な勢いでゼリーがなくなっていく。

大変気に入ったらしい。分かりやすい少女である。


「これ、千香ちゃんが作ったんだよね?!」

「そうよ」


千香がちょっと誇らしげに胸を張る。


「すごい!千香ちゃんさすがだね!とっても美味しかった」

「もう一つあるけど、食べる?」

「いいの?!」


千香がもう一つ差し出すと、彼女は一つ目を食べた時同様の勢いで完食した。

ちなみに差し出した一つは、千香自身の分だと思うのだけど。いいのか、妹よ。


それから、俺もずっとリビングにいたのに、彼女の関心は全て千香に対してのみ向けられた。

ゼリーの感想に始まり、学校のこと、初めて家に招いてくれて嬉しいということ、ついでにと次のお菓子のリクエストまでしていった。


まるで嵐のように。

彼女は帰って行った。

俺に話しかけたのは最初の挨拶と、帰り際の「お邪魔しました」だけである。


「あれが未希よ」


嵐が去った後、千香が自慢げに俺に言う。


「兄さん、相手にされなかったわね。やっぱりさすがだわ、あの子」

「ゼリー良かったのか?あげたのは千香の分だったんだろう?」


千香の台詞が聞こえなかったフリをして、少し気になったことを聞いた。

別に聞く必要があったわけじゃないけど、千香の言葉をそのまま認めるのが耐えられなかったのだ。


「いいのよ。お菓子作りを始めたのはあの子が甘い物が好きって知ったからだし。未希が喜ぶならそれでいいの」

「そう」

「それより兄さん、気が付いてる?」

「何に?」


千香がニヤリと笑う。

その表情の意味が理解できず、俺は眉をひそめた。家族の前だし、当然笑顔の仮面はどこか遠くに置いてある。


「未希に相手にされなかったからか、途中から笑えてなかったわよ?」


その言葉が、俺の胸に刺さった。


俺が笑えていなかった?

優しく微笑んでいる穏やかな人。女子を大切にする絵本の王子のような人。

そんな枠にわざと当てはめて、その人柄を利用して他人を動かしてきた。それが俺の処世術だった。

笑顔は他人の警戒を取り除く一番簡単な方法だと知っているのに、俺が笑っていなかった?


その時、俺は初めて気が付いたのだ。

誰もが俺に笑顔を望んだ。だからその期待に応えてやった代わりに、俺は手の中で彼らを手で転がして生きやすく生きてきた。

そうやって俺の思いのままに誘導しながら生きてきたことが、俺の自尊心を大きくしてきていた。


だが、彼女は俺に何かを望んだだろうか。

彼女は俺がいるのに千香にだけ笑顔を振りまいて、俺には目もくれなかった。

俺が思い通りに動かすことのできる人間は、俺に何かを望む人間だけだ。


「ははっ。面白い」


無意識に笑いが込み上げてきた。

俺に何も関心を抱かなかった彼女を踊らせることはできない?

そんなことあるはずがない。彼女だって俺に何かを望んでいるはずだ。女なんて皆、この顔で微笑めば勝手に俺に王子役を望むのだ。女子は誰しも白馬の王子が迎えに来ると信じているらしいから。


「千香、あの子また連れて来て。絶対に」


俺は絶対にあの子を手の中で動かして見せる。

初めて、俺が俺以外の有象無象から個人を認識した瞬間であった。



あれ以降、千香は頻繁に未希を家に連れてくるようになった。


でもお互いに自己紹介しても、名前で呼ばせるようにしても、未希の態度はまるで変わらない。

未希にとって、俺は千香の兄で。そういう存在でしかない。

俺は未希の前では王子でも優しく好ましい男性ではなく、ただの葵でしかない。

未希が求めるのは千香ばかりで、千香が優越感を滲ませて俺を見る視線が、俺をさらに苛立たせ、ざわつかせるのだ。


俺に何が足りない?

俺の何が不満?

俺の演じ方が悪いせいか?俺の配役はハマっていないのか?

誰だって笑顔を向ければ好きに動かせたのに。特にその傾向は女子に顕著だったのに。


未希は俺を見ない。

視界には入れても、俺に夢中になったりはしない。

未希は俺に何も望まない。

彼女にとって、俺は笑っていようが怒っていようが変わらない。彼女は俺に何者かであることを求めない。


未希の前にいる時の俺は、外で求められる配役を脱ぎ捨てさせられた一人の人間でしかない。



「葵先輩?先輩?……先輩!」

「……え?」


考え事をしていた俺は未希の問いかけに気が付くのが遅れた。


それにしても、未希が俺に話しかけるなんて珍しいなと内心考える。それに、俺の目の前に立っているのなんて多分初めてのことだ。


家に帰ってきて、まっすぐにリビングへ向かってすぐの出来事だった。

学校から帰ると未希が家にいることなんて、もう日常になりつつある。初対面からだいたい三か月が経過していた。

千香が頻繁に連れてくるけれど、いつも千香とばかり話している未希は俺と話すことなんて今でも数回しかない。しかもその数回だって、挨拶のようなものだけである。

俺はあの日以降なるべく早く学校に帰って、千香たちがいるリビングで一緒に時間を過ごすようになったというのに。未希は俺になど全く目もくれないのだ。


「ちょっとすみません」

「えっと、何?」

「しゃがんで、じっとしてて下さい」


千香の姿が見当たらないから、きっとキッチンにいるんだろうと当たりをつける。飲み物かお菓子を出す準備でもしているのだろう。

それよりも、戸惑ったのは未希の行動にである。


今まで正面から向き合ったこともないのに、未希はしゃがんだ俺の前髪辺りに無遠慮にいきなり手を伸ばして俺の顔を見据える。

帰って来てすぐに「お邪魔してます」と挨拶されることはあっても、こんなことをされたのは初めてである。

珍しく笑うことも出来ず、戸惑ったまま至近距離にいる未希の瞳を覗き込む。


初めてちゃんと見る未希の顔は真剣そのもので、どこまでも真っ直ぐに見ている未希の瞳に、自分が映っていることに俺は変な満足感を覚えた。


「うん!やっぱり白だ。葵先輩、ありがとうございます」

「構わないけど、何をしてたの?」

「あっ!千香ちゃんにナイショにしてくれますか?」


微かに手を動かした未希は、次の瞬間、満面の笑みを浮かべた。

俺の目の前で、初めて見た未希の笑顔。一瞬、息が止まってしまった。


その不可解な衝撃を誤魔化すように、努めて冷静なフリをして尋ねる。

そんな俺を普通に見返した未希は、後半声を顰めて唇の前で人差し指を立てながらそうっと俺を伺った。

俺はこんなに長く言葉を交わしたのは初めてだと思いながら、人の良い笑顔で頷く。


「もちろん」

「今後、千香ちゃんにヘアピンをプレゼントしようと思ってまして。何色がいいか考えてたんですけど、先輩は千香ちゃんにそっくりだから色の確認をさせてもらおうかと……」

「千香のため。それで白、ね」


心の中で何か微かに軋む音がした。


「葵先輩と千香ちゃん、目元が特に似てますね。千香ちゃんに見つめられているみたいでドキドキしました」


無邪気に未希が笑う。

軋む音がより大きくなる。


「未希、お菓子よ」

「あっ、ありがとう!千香ちゃん大好き」


決してリビングは狭くはないが、大きく広いわけではない。

でも、千香の方を振り返った未希は俺に背を向けて離れていく。その背が際限なく遠く遠く離れるような錯覚を起こした。


「未希!」


「は、はい?」


実際には手を伸ばせば届くような距離に未希はいる。

目を白黒させて、顔に大量のクエスチョンマークを描いたような顔をした未希が千香と俺の中間で、足を踏み出したままの体勢で固まっている。その上、俺と千香の顔を交互に見やって、戸惑ったような視線を投げかけてくる。


先ほどの呼びかけは思わず口調が強くなってしまったから、あえて柔らかい声音にして未希を見据えた。


「未希は、千香の小さい頃の写真に興味はある?興味があるならアルバム持ってこよ――」

「あります!」


全部言い終わる前に、食い気味に返事をした未希。

瞳を輝かせて、一気に俺に詰め寄る。


「見せてくれるんですか?!千香ちゃんにお願いしても全然見せてくれなかったのに」

「いいよ」

「ちょ、ちょっと、兄さん?!」

「やったー!」


千香はお茶やお菓子をテーブルに一旦置いて焦ったように声を上げで、未希は俺の前で喜んだ。


「葵先輩!ありがとうございます」


未希が俺を見る。俺を真っ直ぐに射抜いている。

千香ではなく、俺を俺と認識して。

ただそれだけのことが、俺の心に穏やかな風を運んでくる。


これじゃ千香を馬鹿にできないな、と自嘲する。


分かっている。俺はもう分かっているんだ。

千香がなぜこれほどに、未希を気に入ったのか。

未希は千香を中心して物事を見る。千香だけしか考えていない。だから、未希は千香を裏切らない、嫌わないから――ずっと隣にいる。きっとこれからもそうなんだろう。


俺と、その他の有象無象。

俺は俺が楽に生きるために、他者を容易く動かす。だが、簡単に手の中で操れる人間に信頼など抱かない。

俺は一人で生きてきた。これからも一人で生きていくと思っていた。

もしも、誰かが俺に依存して生きようとしたとしても、俺はそれを捨て置いて一人で生きたと思う。


だけど。

二人を見て。

薄らと、いつもこんな風に思われる妹を羨ましく感じている。


俺が勝手に敵愾心を燃やして、勝手に負けて打ちひしがれて。初めて他人を意識した。

どんなに俺が手を伸ばしても、振り向かない未希。


千香にだけじゃなく。俺も、俺にも……。


別に千香から奪う気はない。

ただ、未希が千香だけじゃなく、俺も視界に収めてくれたなら。

最初は千香の話で釣ることになったとしても、いつか俺だけの話を聞いてくれるようになってくれたなら。


その瞳の中に俺も映して、隣で笑顔を振りまいてくれたら、きっと俺は驚くほど満足するのだろう。



求められるまま笑ってきた俺が初めて何かを求めた瞬間が、この時だ。

未希が俺に何かを求めないなら、俺が勝手に未希の望みに沿っていく。

生き方を変えたっていいから、未希の瞳に映りたい。


この感情をなんと言うのか、この時の俺はまだ知らない。



それは恋と呼ぶのである!

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