ゲーム
番外です!完全な蛇足です。
ゲームのお話ですので未希の活躍はありません。
登場人物のイメージ崩壊がすさまじいので、覚悟してお読みください。読み飛ばしてもらって大丈夫です。
ああ、ここは夢だ。私はそう断言できる。
だってこういう夢を私は何回も見てきた。
前世の記憶が今世の現実と混ざり合って、かつてゲーム画面の二次元として見てきた光景が、今の現実のように三次元となって動き出している。そう、まるで知っている人だけで作り上げられたドラマのように。
私は前世のゲームをしているときのように、そのドラマをテレビ画面の前から眺めているだけ。
でも、ゲームのようにヒロインの目線にはならない。
多分現実の私が美鈴ちゃんを知ってしまったからだと思うんだけど、私はあくまでドラマの視聴者の立ち位置。
これはあくまでゲームの再現。現実世界とは違う。
手は伸ばせない。声も届かない。私の存在はゲームには存在しないから。
私はこの夢に干渉できずに、過去の記憶を眺め見るのだ。
心情や状況を私の脳が勝手に補いながら、私の知っている人と一致させて作られていく虚像の世界。
今日の夢は千香ちゃんのお話みたい。
いや、正確には葵先輩のルートと、そこから派生する千香ちゃんの友情ルートなんだけどさ。
「兄さん、どうして?どうしてなの?」
季節は夏。夏休みにちょっと外へ出た千香ちゃんは偶然に、葵先輩が美鈴ちゃんと歩く姿を見てしまう。
ああ、千香ちゃんが悲しそうで不安そうな顔に変わった。こんな顔をしていたのかゲームでは焦点が当てられてなかったから分からないけど、多分現実になっていたら千香ちゃんはこんな顔をしたんだと思う。
第一こんな台詞だって、ゲームの中には存在しなかったし。この辺はゲームに沿ったストーリーに合わせて私が補完している情報なのだと思う。
「兄さんはいつもどこかに行ってしまう。わたしの横にいて欲しいのに、わたしには兄さんしかいないのに」
いじめを助けてくれた葵先輩だけしか信じられなくなった千香ちゃんは、葵先輩だけに依存して生きている。
でも葵先輩はみんなに平等に優しく、決して千香ちゃんだけの存在にはならなかった。
そのことが千香ちゃんを追い詰めていくし、千香ちゃんが葵先輩に執着する原因になるのだ。
場面は勝手に移り変わっていく。
私が千香ちゃんを慰めたいと思っても、その意識は反映されない。ちょっと歯がゆい気持ちになる。
夏休みが明けて、周囲の人間に興味がなかった千香ちゃんが廊下で美鈴ちゃんを見つけてしまう。
「あの女、この前見たわ。わたしから兄さんを奪おうとする女ね」
その日以降千香ちゃんは、美鈴ちゃんに葵先輩を取られたくないからわざと校内で葵先輩と過ごすようになる。
腕を組んでみたり、学校に行く時も帰る時もずっとべったり付き添ってるのだ。
「はい、あーん」
「千香、別にいらないって」
「遠慮はいらないわよ」
当然その様子はすぐに校内の注目の的となる。美男美女だしね、あの二人。
この頃、美鈴ちゃんは葵先輩に恋心を抱いているから、彼女ができたんだと思い詰めることになる。そんな美鈴ちゃんの苦悩の表情が痛ましい。
でも、それはすぐに解消されることになる。
「西川兄妹見た?すごく仲がいいよね」
「兄妹?」
「え、知らないの?最近王子と一緒にいるのは王子の妹だよ?同じ学年で隣のクラスだったはずだけど」
心のモヤモヤが晴れた美鈴ちゃん。
それと同時に、千香ちゃんと仲良くなりたいと接触を試みる。手作りのクッキーを胸に抱いて、笑顔で千香ちゃんに自己紹介するのだ。
でもやって来た美鈴ちゃんの目の前で、千香ちゃんは美鈴ちゃんのクッキーを踏みつぶす。
「どうしてわたしが兄さんを奪おうとする女と仲良くしなくちゃならないの?わたしの兄さんに近づかないで、わたしにも近づかないで。二度と顔を見せるな。わたしはお前を認めない」
氷のような冷たい対応である。その目は今世では見たことないくらい厳しい眼光を放っている。
でも、ゲームの千香ちゃんはこういうキャラクターだった。ちょっとツン要素の強いツンデレさんなのだ。嫌われ状態だと千香ちゃんの口調がきついけど、それもそれで……。キュン。
場面は飛ぶ。季節も飛ぶ。いつしか秋が終わりそうになっている。
廊下ですれ違うだけでも美鈴ちゃんを睨みつける千香ちゃん。
時には、葵先輩と美鈴ちゃんのデートを察知して妨害をしたり、先輩を独占したりして美鈴ちゃんのことを邪魔した。
でも時間をつくって葵先輩と会えば嬉しくなって、大好きだと自覚した美鈴ちゃんは、千香ちゃんの存在を無視したままにはできなくて。何度か千香ちゃんの元に行くけど、いつも冷たく対応されてしまう。
どうにかしたい、でも千香ちゃんが怖い。美鈴ちゃんは悩みながら日々を過ごすんだけど、ある時葵先輩の古い友人から千香ちゃんの過去を教えてもらうのだ。
過去に起きたイジメ。そして葵先輩以外の人間を信じられなくなった千香ちゃんの話を。
美鈴ちゃんの中で、千香ちゃんのイメージがひっくり返った瞬間であった。
ただ怖い人だという印象はキレイに消え去り、不思議と千香ちゃんと仲良くなりたいという思いが湧き上がる。同情じゃなく、純粋に仲良くなりたいという思いだけが。
だから美鈴ちゃんは宣言するのだ。その時に勝手に流れ出た透明な涙のしずくを拭うこともなく。
「私はあなたと仲良くなりたい!あなたにとって私がどんなに気に入らない存在だとしても、私は仲良くなりたいよ」
「わたしはあなたなんかと仲良くなりたくはないわ」
美鈴ちゃんの涙は、まだ千香ちゃんの心には届かない。
この日から千香ちゃんは不可解なものを見るような目で美鈴ちゃんを見るようになるのだ。
この日以降、美鈴ちゃんは千香ちゃんのために千香ちゃんと接触するようになる。
時にはお昼ご飯を一緒に食べようと教室にやって来て、時には一緒に勉強しようと教科書とノートを手にやって来た。お菓子を作ってくる時もあった。
美鈴ちゃんは笑っていた。仲良くなりたいと思っていたから。朗らかに、他意なく無邪気に。
でも千香ちゃんは美鈴ちゃんのことを信用できない。
どんなにしつこく付きまとわれたって、葵先輩に近づきたくて懐柔しようとしているんだと思って、相手にもしない。
そんなある冬の日、美鈴ちゃんは千香ちゃんを遊びに誘うのだ。
「一緒に買い物に行かない?最近寒くなって来たし、温かい冬服を買いに行こうよ!この紙に書いた場所と時間に待ち合わせね。私、待ってるから、ずっと待ってるから!」
でも千香ちゃんはその誘いを無視する。
千香ちゃんは、美鈴ちゃんの狙いは葵先輩だと思っている。だからどうして千香ちゃんのことを誘うのか理解できなくて、この時初めて美鈴ちゃんのことを深く意識するのだ。
「あの女、一体何を考えているのかしら」
遊びに行こうと指定された日の当日、千香ちゃんは葵先輩と時間を過ごす。
信用できる唯一の人と過ごしているから笑顔ではあるのだけど、時々その表情が曇る。時間を気にしたように、時計に何度も視線を投げてその日を過ごすのだ。
日が暮れてから、コンビニに行く千香ちゃん。当然、外は寒い。
ついでにと美鈴ちゃんとの待ち合わせ場所に行ってみると、まだ待っている美鈴ちゃんの姿が。
目を見開いて驚いた千香ちゃんは、思わず美鈴ちゃんのもとに走り寄る。
「あなたバカじゃないの?」
「あ、来てくれたんだね」
「あなた頭悪いの?」
「携帯の連絡先知らなかったし、帰ってから来たら嫌だなって思って。来てくれてありがとう」
「別にあなたに会いに来たわけじゃないわ。もう遅い時間なんだし、とっとと帰りなさい。わたしも帰るわ」
「そっか、残念だけどもうこの時間じゃお店開いてないもんね。私も帰ろうかな。また学校で会おうね」
千香ちゃんは呆れたような顔をしたり、眉を寄せたりしているのに、美鈴ちゃんは始終笑顔で千香ちゃんを見ていた。
そして美鈴ちゃんがその場を去った時、千香ちゃんは自分でも意識しないうちにフッと口角を少し上げたのだ。
その翌日、学校に美鈴ちゃんの姿はなかった。
美鈴ちゃんのクラスの担任に聞いてみると風邪をひいたらしいと、千香ちゃんは教えてもらう。
光景が急変して、学校から一般的な家に場所が移る。
寒い中一日外にいたせいで風邪を引いて家で寝ていた美鈴ちゃんは、仕事から帰って来た母親に起こされる。
母親の手にある小さなビニール袋を渡され、首を傾げる美鈴ちゃん。
「玄関のノブにかけてあったんだけど、それ美鈴にでしょう?」
「え、私に?何かな?」
中にあったのは風邪薬とスポーツドリンク。そして綺麗な筆跡の小さなメモ。
名前が書いていないそのメモには『根性だけは認めてあげるわ』と書かれていて、美鈴ちゃんの顔がパッと明るくなった。
しかも『だけ』の下には丁寧にアンダーラインまで引いて強調してある。
そのことに気が付いた時、美鈴ちゃんは小さく声を漏らしながら笑ったのだ。
「これから仲良くなれそうだね、私達」
未来に期待を抱きながら。




