告白練習しよう2
告白の舞台は放課後の教室。授業が終われば、クラスメートはさっさと部活や帰宅してしまうので、丁度いいのである。
誰もいなくなったこの場所で、林の考えた台詞で告白をする。まあ、あまり回りくどい言い方はせず、シンプルに「好きです、僕と付き合ってください」って感じである。
問題はこの言葉を林がちゃんと口にできるかってところである。
「す、す、す、す、スキュ……、です」
「はい、ダメ!もう一回」
結論と現状を言ってしまえば、林はこの短い台詞が言えなかった。
なんだよ、スキュって。鳴き声か。
実際に本番で使用する舞台で、私が美鈴ちゃん役をして練習しようということになったのが昨日の話。作れた台本の自主練習はもう大丈夫だと言う林を信じて、私も練習に付き合おうと思ったのだ。
が、そこで躓いたのが台詞である。
林はシャイボーイだった。人生で口にしたことのない台詞に混乱し、私のことを美鈴ちゃんだと思えと言うとそれだけで恥ずかしがって声が縮こまる。
相手がいない状態なら林だって、余裕で言える。自主練習したらしいし、そこは問題ない。
相手がいても、美鈴ちゃんじゃなく、私に言うつもりでなら言えた。すっごく渋くて苦い顔してだったけど。
だから別に言えないわけじゃないし、活舌が悪いわけでもないのである。
相手が美鈴ちゃんだと思っているから、問題が立ちはだかるのだ。
立って練習するのにも疲れてたから、林自身は自分の席に座ってもらった。
私は隣のクラスの教室で、林の前の席に座って林と対峙している。
「林、一回休憩する?」
「うん、お願い」
「オーケー」
さて、どうしたものか。
林は練習開始からずっとこんな調子なのだ。
一応、まだ一番最初よりはマシにはなっているのだ。こんなんだけど。
まともに台詞が言えるようになるのはいつになるんだろう。まあ、まだクリスマスまでは時間があるし、なんとかなるのかな?
「あと数日でクリスマスだけど、林どうやって過ごすの?」
「僕は特に変わりなく過ごすかな」
「ケーキとかチキンとか食べないんだ」
「さすが橋本さん。食い意地張ってるね。って、痛っ!」
机の下で林の足を蹴っ飛ばしてやった。
「そんなこと言うなら練習再開してもいいよね?」
「え、全然休んでないんだけど……。あっ!」
言いよどんで、視線がキョロキョロした林が私の背中の向こう側を見て大きな声を上げた。
私も後ろを見て見るけど、特に何もない。
「何?」
「もうこんな時間だ!橋本さん、帰らない?」
焦ったように林が早口で喋る。
「何か用があったの?」
「用じゃないんだけど、この前図書室の閉館時間までいた時があったでしょ?あの時に帰りが遅いって家で怒られちゃって。だから……」
「なるほど。もうすぐ閉室時間に帰った時と同じ時間だね。なら今日は帰るか」
「ありがとう」
林が安心したように息を吐きだした。
私は椅子から立ち上がって、自分の鞄を持ち上げる。
その瞬間、ピーンと考えが降って来た。
「あ、そうだ。一回だけ最後に練習やっていこう。後半はずっと座りっぱなしだったし、本番の時を想定して立ち練習ってことで」
「一回だけ?」
林も荷物を纏めて立ち上がった。
ちょっと疑うような顔をして首を傾げている。
「そう、一回だけ。どうせ上手くいかないだろうし、また明日練習しよう」
「どうせって……。ぼ、ぼ、僕だって、っやる時はやれるよ!」
ダメ元だし、最後だけちゃんと台詞が言えるわけがない。
これからとことん練習に付き合ってあげるけど、多分林に足りてないのは練習量なのだと私は思うのだ。
今日の数時間の練習でマシになってきているし、数多くやっていけば言えるようになるだろう。
でも林は私の提案と言い方で、逆に気合をいれたらしい。
両手でぎゅっと握った拳を胸の前で作って、頑張るという気概を見せている。
だから私は小さく苦笑して、私の拳を林の拳に軽く当てた。
「頑張れ。ついでに、林の声が小さいから私ちょっと離れる。本番はあんな小さいのじゃなくて大きい声じゃないとダメだからね」
「えっ?!」
林が立っている位置――ちょうど教室の中央あたりから、離れて教卓の前の机くらいまで離れてやる。
大体私と林の距離は机三つ分くらいである。
この距離なら普通に話す時の声なら問題なく聞こえるけど、さっきの練習の時のように声が小さくなったら聞こえなくて丁度いいだろう。
「いつでも好きな時に始めていいよ。心の準備ができたら台詞言ってみて」
「うん……」
林が目を閉じて、深呼吸を始めた。気持ちを落ち着けているのかな?
その間、私はやることがないから棒立ちで待ちである。
窓の外に視線を走らせて、外が暗いな、とか、廊下を見て、何も聞こえないくらい静かだな、とか。
どうでもいいことを考えて時間を過ごすけど、林の深呼吸が終わらない!
いつまで心の準備をしているつもりなんだ。
あまりにも長い間目を閉じているから、無理なら明日練習しればいいから止めよう。
私はそう声をかけようと思って、口を開いた。
瞬間。
林の目が開いた。
「あなたに大事な話があります」
林の目は今日のどの練習のときよりも真剣で、今まで私が見たことのないくらい堂々としている。
声は凛と張り、練習の縮こまり様はなんだったのかと思うくらいである。
本当に、やればできるんじゃないか。
私はちょっと嬉しくなって、勝手に口角が上がった。
これなら明日の練習は必要ないかもしれない。
「僕は、……」
林がちょっと視線を揺らす。
練習だというのに、緊張しているのが私にも伝わってくる。
林の視線の揺れにつられて、私も目を動かして。
それで気が付いた。
教室の後ろのドア。
そこに音もなく現れた人物に。
「僕……」
脳味噌が私の驚愕の大きさに比例するように、逆に冷静になって囁いてくる。
美鈴ちゃんは最近、図書室に出没している。
それは何時まで?
図書室の閉室時間はちょうど今。
なら、閉室までいてからここに来たら?
スッと頭から血の気が引いていく。
「す、好きです!僕と――」
「ストップ!」
自分でも驚くくらい大きな声で叫んだ。
「橋本さん?」
林が不思議そうな表情で私を覗き込む。
そこにさっきまでの緊張感はなく、いつもの林がいた。
でも、そんな呑気な顔をしている状況ではないのだ。
自分でも、びっくりするくらい顔が強張っているのを自覚しているし、きっと青ざめているんだと思う。
でもなんとか視線と頭だけを動かして、私は教室後ろのドアを指し示す。
「え、愛咲さん?どうして……?」
林が振り返って驚愕の声を上げる。
そこには、泣きそうな顔になった美鈴ちゃんが両手で筆記用具を抱きしめていた。
林はあまりに想定外の事態に茫然としている。
私は喉が引き攣って、何も声が出てこない。
「……っ!」
美鈴ちゃんが持っていたペンや紙をいくつか落としながら、瞬時にその場を走り去った。
廊下には美鈴ちゃんが走る足音が響く。
「林!」
「待って!」
数瞬遅れて、現実を理解した私と林は同時に言った。
林は私に目もくれず、廊下に出て美鈴ちゃんの走り去った方へ消えていく。
運動できなさそうな容姿のくせに、風のように足音が遠ざかっていく。
だから私もすぐに廊下へ出て、林の消えた方へ思い切り息を吸い込んで、叫んだ。
「練習の成果、見せてこーい!」
林と美鈴ちゃんが上手くいきますように。
私からの精いっぱいのエールをこの声に乗せて。
美鈴ちゃんに泣きそうな顔はあまりさせたくなかったけど。
でも、私はライバルキャラっぽく美鈴ちゃんの恋に立ちはだかることができただろうか。
林との恋を盛り上げることができただろうか。
二人の気持ちが通じ合うといいな。
美鈴ちゃんが廊下に落としていった、ペンなどを拾う。
落とし物のうちの一つである、一枚のルーズリーフ。
そのルーズリーフを拾おうとして、そこに書かれた文字に手が止まった。
『小テスト、その五』
ルーズリーフにびっしり、空白少なく書かれた問題の数々。
小テストというにはあまりにも問題数が多い気がする。
「その五って、いくつ作ったんだろう?」
問題を数問読んでみるけど、ちっとも分かる気がしない。
「難易度高いよ……」
美鈴ちゃんとの仲はあまり縮まっていない気がするけど、これから仲良くなれるような気がした。
だって私のために、こんなに手間のかかることをしてくれるくらいだもん。
「ライバルキャラのお仕事、終了!」
このテストは家で頑張って解いてみようと思う。
このテストだけは、千香ちゃんに手伝ってもらうことなく、一人で解いてみようと。
冷静に考えてみたんだけど。
私が関わると恋愛がこじれてる、気がする。
私が最後の練習とか言い出さなきゃ、こんなすれ違いっぽいこと起きなかったような……。
あれ、私、疫病神?
私、ライバルじゃなくて、疫病神っぽい?!




