芸能人デート2
視線、視線。
普段は向けられることにない量の、人からの視線の威圧。
人生で浴びる注目を今一度に体験している気分である。
穴掘って埋まるから、そんなに注目してこっちを見ないで下さい。
小庶民の私には、慣れている十和様のように飄々としていられる状況じゃないんだって。
予想を上回るほどの十和様人気である。
なんとか無事に放課後の学校を出た私と十和様は街へ繰り出した。
でも、学校のアイドルである。普通に立っててもアイドル級の整ったお顔。
多少おかしいとしても男女問わずこっちを振り返る。
当然、一番おかしいのは平凡女の私が十和様の横を歩いていることである。
十和様は全然気にしていないから、スッと伸びた背筋でまるでファッションショーのランウェイのように堂々としていらっしゃるけど。
オドオドしてる今の私は、少しでも目立たないように精一杯体を小さくする。ちょっと過剰なほど小さくなっているせいで、不自然なほど猫背になっている状態だ。
「行き先の希望がないってことだし、自分の行きつけに案内させてもらうよ。未希ちゃんとは是非ゆっくり話をしてみたいと思っていたんだ」
「そ、そんな風に言ってもらえると、光栄です」
引き攣り笑いの私と対照的に十和様の笑顔は輝いている。
チラッと見えた歯からキラーンと光が反射する幻影さえ見える。
十和様に連れられてきたのは普通の一軒家に見える店だった。
小奇麗な一軒家に見えた私は、自然に中へ入った十和様を見て目を丸くした。
一応、ドアの近くに小さく看板がかかっていたけど、知らなきゃここがお店だとは気が付かない。
中に入れば、白くて明るい空間が。大きな窓からはたくさんの光が差し込んでいる。壁も家具も白でまとめられているからか、光が窓から入っているよりも多く入っているように感じて、白以外の色である植物の緑を引き立たせる。
お店に静かに流れるBGMが、いい感じにお店の時間の流れをゆっくり遅くして、心休まる空間になっていた。
そんな光と白と緑のオシャレな上級者向きのお店である。
「さあ、くつろいでくれ。この店に来たらいつもこの席に通してもらっているんだ」
「そ、そうなんですか」
「この席の良いところは、他の客からはこっちの様子は見えないことなんだ。とても未希ちゃんに興味があるからね、たくさん話して色々教えてほしい」
十和様が入ってすぐに向かったのは、白い飾り棚の奥。棚には小さな観葉植物が飾られている。
棚の奥にはちょっと離れた向こう側に、ひっそりと隠されているようにある一組のテーブルとイス。
「甘い物は好きかな?あと、紅茶は飲めるかい」
「どっちも大丈夫です」
「それは良かった、安心したよ。座って待っていて」
なんだか落ち着かなくて、店を見回す。
十和様が一瞬お店のさらに奥に行くが、言われた通り座って待つ。
かつて行った美鈴ちゃんのバイト先や、いつも葵先輩に連れて行ってもらうようなお店とはまた違うタイプの店である。
知る人ぞ知る、隠れ家的お店っぽい。
「さすが十和様。オシャレ」
自分の魅力を十分に分かっていらっしゃる。
「照れてしまうな」
十和様は店の奥に行って姿が見えなかったから自然とこぼれた独り言だったんだけど、返事が返って来た。
大きく肩が揺れる。だって返答あると思ってなかったし、ビックリしたんだもん。
「ああ、固くならないで。今日は本当にゆっくり話がしたかっただけなんだ」
「あの……、なにが聞きたかったんですか?」
朗らかに笑う十和様。
でも、私はちょっとリラッスクできる自信がない。できるだけ手短に済ませたいのが本音だ。
十和様のファンにバレたら、明日の私は間違いなく袋叩きだし。十和様親衛隊を仕切る立場の璃々さんにバレたら、それ以上に酷いことになるのは目に見えてる。
もう、璃々さん怖すぎる……。
「まずは璃々のこと、だね」
璃々さんの名前で口元がヒクついた。口元だけじゃなくて、顔全体が引き攣った気もする。
怖いと思っているタイミングで心の中を読んだみたいに言わないでほしいと思いつつ、ちょっと表情を取り繕う時間が欲しくて視線を下げた。
私の顔の引き攣りよ、元に戻れ!
「璃々は君に何を言ったのか教えてくれないかい?」
声を抑えたように囁いた十和様の台詞に、私は顔の引き攣りなんて忘れて、弾かれたように顔を上げる。
そこには、ちょっと申し訳なさそうに眉を下げた十和様がいた。
「璃々に聞いても教えてくれなくてね。未希ちゃんを怖がらせていることは分かっているから、止められるのなら止めたいと思っているんだ」
真剣さを滲ませた十和様。
きっとここで十和様にお願いしたら、璃々さんを抑止してくれるに違いない。
でも、でも。だからこそ――。
「十和様と璃々さんはいつ頃からの仲良しなんですか?」
「え?えっと、小学校に入ってからはずっと一緒にいるよ」
「小学校入学時から、ということですか?」
「ま、まあね」
私の急な話題変更にも戸惑いながら答えてくれる。
私は璃々さんと十和様の付き合いの長さを聞いて疑問は半ば解決した。
ならば、私の取るべき対応は一つだ。
「すみません、教えません。気持ちはありがたいですが、私が何とかしてみせます」
これは私と璃々さんの問題。十和様に頼ってはいけない。
私は私のやり方で解決させてみせる。
「璃々さんと十和様の昔のお話、教えて下さい」
私の返答に不満げな十和様に、私のささやかなお願いをしてみた。
と、ここで頼んでいた紅茶やケーキが店員さんに運ばれてきた。
その間、静かになってBGMがこの空間を満たした。でも、店員さんが去って行って、十和様は紅茶を一口含むとゆっくりと口を開いた。
「璃々とは長い付き合いだ」
思い出すように、懐かしむように、十和様が言葉を紡ぐ。視線はどこか遠くを見ていた。
「自分はあまり口が回る方ではないから、璃々には何度も助けられた。落ち込んだ時も、嬉しい時も、璃々は静かに隣にいてくれた。高校だって、いつの間にか同じココにして。家から近くて通いやすく、学力的にもちょうどいいんだから、と。わざと合わせてくれたのか、本心だったのかは分からないが」
「はい」
「自分にとっての璃々はとてもいい子だ。だからできるなら、璃々を嫌ってほしくない。璃々が未希ちゃんに何を言っているのか知らないが、嫌わないでやってほしい」
「大丈夫です」
十和様の瞳は優しく微笑んでいた。
この優しさが私に決断を促した。背中を押してくれた。
「大切な人なんですね」
「ああ」
私もニッコリと笑いを返した。
なんだかこっちまで幸せな気持ちになってくるようだ。
私はケーキを口に運んで飲み込む。これで幸せ二倍である。ケーキうんまっ!
「十和様は保健医とも付き合いがあるんですよね?」
十和様の目が見開く。
「今日の廊下で保健医が言っていたでしょう?十年前の話って。十和様はその話を知っていますか?」
「……その前に、どうして自分と朔夜先生が付き合いがあると思ったんだい?」
「朔兄と呼んでることがあったんで。生徒と先生ではなく、個人的に付き合いがあるのではないかと」
十和様の空気が鋭くなった気がした。
笑みを湛えたまま、目の奥が笑っていない。この表情は仲良しの璃々さんそっくりである。さすが、付き合いが古いだけあるなあ、と思った。
でも、朔兄と呼んだのを聞いたのは今日が初めてではない。夏にも、聞いたことがある。
目を逸らしたくなるような重圧を感じながら、しっかりと十和様の目を見据える。
すると、十和様がフッと表情を緩めて、小さく肩を竦めた。
「君は思った以上に観察眼が優れているようだね。そうだよ、自分は朔夜先生とも古くから知り合いだ。といっても、向こうはこちらをあまり好いていないけどね」
ここで、十和様が紅茶を一口飲む。
ついでに私ももう一口ケーキを飲み込んでおく。背中で汗ダラダラになりそうなくらい緊張する空気なのだ。緊張をほぐすためにも、糖分が不可欠なのです。
真剣な顔で、十和様が口を開く。
「もう一つ君に聞きたかったことは、先生のことだよ。正直に教えてほしいんだけど、未希ちゃんは先生が探している人なのかい――」
「いいえ、違いますよ」
「そうか、なら君は何を知っているんだい?」
即答した。質問に被せ気味で答えた。あんなのの探し人なんて、絶対嫌だし。
それに対して、穏やかな声で十和様が言った。
声は優しいけど、探るような十和様の顔に、息が詰まる。
でも、ここで口を開かなきゃ、この状況は変わらない!開け私の口。
「……真実を」
「ふーん」
目を細めて、私を映す、十和様の瞳。
この眼力に負けてたまるかー!
「私は私のやりたい通りにしたいと思ってます。だから今は十和様にも保健医にも詳しいことを教えません」
「そうだね。確かにそうだ。君が何を知っていようと」
納得したように頷いた十和様は、その後で学校で振りまくようなとびっきりの笑顔で十和様が私に顔を寄せる。
テレビのアイドルのような、お仕事の顔である。
「やりたいように動こう。自分は未希ちゃんともっと仲良くなりたいと思うよ」
「十和様と仲良くできるなんて、こ、光栄です」
脳内シミュレーションを繰り返し、こう答えようと考えていた甲斐があった。ちゃんと笑顔で、そう返答することができた。と、私は達成感に包まれる。
想定外の至近距離に動揺して、ちょっと噛んだけどそれは気にしない。
内心で、璃々さんが……なんて思ってないからね。私が親衛隊に入ろうと思っても、璃々さんの権限で入れないんだろうな、とも思ってないよ。ほ、ほ、ホントだよ?
保健医と、十和様と璃々さんと……。
問題山積みで、もともと無い脳みそがオーバーヒートで溶けだしそうになっている気がする。
でも、私は私のやり方で解決させてみせるって決意したから。それが可能だと私は思っているから。
カウントダウンは始まったんだよ?




