流れの先へ2
「はい、お待たせしました」
「あ、ありがとうございます」
待ちに待ったクレープがきたー!
思えば長かったなあ。
チビチビとしか進まない流れに、のったりゆったりした気持ちで待ち続け。
でも、今クレープは私の手の中に。げへへ、ワクワクしてきたー!
私と千香ちゃんはクレープを受け取って、店の横へと移動する。
カフェのようにお店の中に座るスペースがあるわけではなく、移動販売車のように中で作って外で食べてもらう方式のお店だからだ。
そのまま前に居座ると、次のお客さんの邪魔になってしまう。
「未希のそれ、何?」
「チョコケーキのクレープ。千香ちゃんは?」
「イチゴのショートケーキのクレープよ」
このお店のクレープはケーキを模している。
チョコケーキのクレープなら、生地の中にチョコ味の生クリームやチョコレートソースが入っていて、味のアクセントにイチゴやブルーベリーなどの果物が入っているらしい。
手の中のクレープはクリームが溢れそうになっていて、とっても美味しそう。あ、ちょっと涎……。
「イチゴのショートケーキって、イチゴがたくさん入ってるやつだったよね?美味しそう……」
「あぁ、未希イチゴ好きだったわね。去年の誕生日ケーキにイチゴのタルトを焼いたの覚えているわ」
「あれ、すっごく美味しかった。今年も同じのがいいなあ」
イチゴがたくさん載っているタルトを思い出す。
千香ちゃん手作りは本当にほっぺた落ちる程美味しくって困っちゃうよ。食べ過ぎちゃう。
「なら、今年もわたしの家で未希の誕生日会をしましょう。誕生日の日、予定入れないでね」
「了解。っていうか、冬休み中だし多分ずっと千香ちゃんの家にいると思うよ」
私の誕生日は年末なのだ。クリスマスの後、大晦日の前。
年末年始のドタバタで誕生日を忘れられてしまう、ちょっと損な時期。
覚えていてもらえても、高確率でクリスマスパーティーに吸収合併される。よよよ、切ないぜ。
でも、千香ちゃんはちゃんと私の誕生日を祝ってくれるのだ。
母上でさえそんな手間は掛けてくれないっているのに。
感激である。しかも、毎年ケーキ焼いてくれるし。
なぜか毎年葵先輩もいて、プレゼントをくれるのだ。葵先輩サンタさん!ちょっと時期遅れてるけど。
最高の日である。
あ、もちろん。ちゃんとお返ししてるよ。
貰うだけなんてダメだからね。
二人とも早生まれで、千香ちゃんは二月。葵先輩は三月が誕生日だ。
その頃には、プレゼント探しに精を出す私を近隣のお店で見ることができる。
毎年何がいいか、お店でじっくり考えているからね。
ちなみに、前回の千香ちゃんの誕生日にはボディクリームを渡した。乾燥が気になるって言っていたから。
もちろん同じ物を購入して、私もこっそり使っている。千香ちゃんも同じ物を使っているんだと考えて、塗っている時に鼻息荒くすることなんて日常茶飯事だ。
「さすが、人気なだけあるわね。美味しいわ」
ちょっと回想に浸っていた私をよそに、千香ちゃんはもう一口食べたみたいだ。
頬に手を当てて、本当に美味しそうに食べている。
その光景が見れただけで、私はちょっとお腹が満たされた気がするよ。
私も私のクレープを食べてみる。
「おお!美味しい」
とても美味しい。
でも、私は千香ちゃんのクレープの方が好きだな……。千香ちゃんの愛情とか温もりが、私には感じ取れるからね!
普通の舌なら五味感じ取れるところを、私の舌は六味感じ取れるのだ!
千香ちゃん好きが、人間の限界を越えさせたのである。
「千香ちゃん、千香ちゃん。そっちの一口ちょうだい?」
「いいわよ。なら一旦交換しましょう」
それぞれのクレープを入れ替える。
「こっちのクリームもいいわね。今度家でこういうの作ってみようかしら」
「んー!こっちも美味し、い……」
千香ちゃんのクレープ。
普通に味も美味しいし、千香ちゃんの食べた箇所をわざと食べて、二倍美味しいのだけど。
私の言葉が徐々に力を失くす。
さっきの待っている時の千香ちゃんは可愛いメデューサだった。仮装とかのように、愛でていられるタイプの。
でも今私が見てしまったのは恐ろしいメデューサである。本物だ。
私は忘れていた。
ここは道路なのである。
生徒が帰り道で使うことが多い、道なのである。
当然、あの人もここを利用していると想定していないといけなかった。
「未希?どうかしたの?」
目が合ったのは一瞬。
友人らしき人物と話ながら通り過ぎる璃々さん。
目が合った時に璃々さんは少し驚いた顔をしてから、私を認識してニッコリと微笑んだ。
忘れてないだろうな。
この間、言ったこと守れよ。
という内容が笑顔の中に示された、底冷えするような視線を向けて。
急速に私の中の味覚が失われていく。
好きなはずのイチゴも、第六の味である千香ちゃん成分も、まるで分からない。
遠くで、大切な千香ちゃんの声が聞こえる気がする。
でも、今の私には聞こえない。
私は本物の石になったように、しばらく立ち尽くした。




