幸せすぎて辛いとか、知らないし
憂鬱である。原因は言わずもがな、十和様・璃々さん事件のせいだ。
これ以上、何かに思い悩むことなどないだろうというくらいに、頭の中で物事が渦巻いている。
気分は最悪!
誰か助けてくれー!!
と、叫びだしたら、きっとそれを見ていた周りの人に通報されちゃうから自重である。さすがの私でもやらないでおく。
でも、誰か分かってくれないかな。この状況。せめてほんのちょっとだけでも話を聞いてほしいな、と思っていたのだ。
そう、思っていたのである。
私が!私が話を聞いてもらいたい立場なのに!
「橋本さん、僕どうしたらいいだろう?なんか最近、夢なんじゃないかって思う回数が増えて怖いんだ」
小声の林は、そうっと伺うように私を見る。
奴のモッサモサの髪のうっとおしさが気になって、より私をイラっとさせる。
どうして林の話を聞いてやらなきゃならないのよ!
「はぁー。……ここは現実ですよー。夢じゃないですよー」
「投げやり具合ひどくない?棒読みすぎるよ」
「だって、美鈴ちゃんとたくさん一緒にいれることが嬉しくて、現実か疑ってるって話でしょ?ハイハイ、ご馳走様でーす」
棒読みになっても仕方がないと思うのだ。
だって、どうして私がこんな話を聞かないといけないのだろうか。幸せ自慢は他でやれ!
私は美鈴ちゃんとまだイチャイチャしていないっていうのに。
なにが嬉しくて今が幸せ、だ。教室で話してたらたくさん笑ってくれた、だ。笑顔で近づかれるとドキドキで困っちゃう、だ!
今の私の心の中は、隣のバカップルに「爆発しろよ!お前ら爆死しちまえよ!」と言いたくなる時の心境に似ている。
「もう爆死しちまえ」
というか、実際に口から出てしまった。
「え、爆死?この平和な国で?橋本さん、物騒だよ」
「意味が通じてないということは分かった。……通じないならもういいや」
諦めって肝心だよね。
しゃーない。私が大人になってあげよう。
「本当は全然聞きたくないけど、話を聞いてあげる。さあ、言いたいことぶちまけな!」
「しー!静かにして、橋本さん。ここ図書室だからね。そんな大声出したらダメだから。あと口悪いよ」
口が悪いのは、目の前のお前に苛立ってどうしようもないからである。これでも抑えたほうだよ。
それに、私がせっかく両手を腰に当てて格好良くポーズを決めたのに。林が小声ですごく慌てていた。キョロキョロと周りを見渡している。
そうなのである。ここは図書室。奥にある勉強スペースにやってきたのである。
やっぱりこのスペースには誰もいない。テスト前じゃないしね。
林は周囲を気にしているが、気にするだけ無駄である。だって人がいないんだもん。
「で、言いたいことないの?ないなら帰るけど」
「あ、あるよ。でも、なんか……さ」
「なによ。ハッキリしなさい」
胸の前で組まれた林の手が、落ち着きなく動き回る。
一人指遊びしてないで、さっさと言ってしまってほしい。まったく。
私と林の立場を入れ替えてほしいと思っているけど、それを抑えてわざわざ幸せ自慢を聞いてあげるって言ってるのだから、私の気が変わる前に話し出せばいいのに。
「……ずかし、くて」
「何?聞こえない」
自分の指遊びを見下ろす林の顔は、私からではほどんど確認できない。私の目の前にあるのは、林の頭なのである。
だから、どんな表情をしているのか分からないけど、髪から覗き見える耳が真っ赤になっているのだけが見えた。
「なんか恥ずかしくて……」
「は?」
若干馬鹿にするような声が漏れてしまった。
林が顔を上げて、身を前に乗り出した。
ちょっと予想外の行動に、ちょっとだけ驚く。
「僕、コイバナって言うのかな?こういう話を誰かにしたことなくて……。でも、嬉しいし、幸せだし。誰かに聞いてもらいたくて。なんだか初めてだけど、悪い気持ちじゃないっていうか。こそばゆい気持ちというか。僕、こういう話ができる友達?がいて今すごく恵まれた環境にいるんだなって改めて思って」
「……う、うん。そっか」
正直に言う。圧倒された。
前屈みのまま堰を切ったようにマシンガントークをするんだもん。しかも見たこともない様なデレっとした笑い顔で言うもんだから……ちょっと気持ち悪かった。
「橋本さんって考えていることが意味分からないし、変態だし、ちょっとヤバい人だなって思うことがたくさんあるけど――」
「……おい、怒るよ」
「――愛咲さんを意識して、仲良くなるきっかけでもあるから、僕すごく感謝してるんだ」
面食らった顔をしている自信がある。
前半のはちょっと私に喧嘩を売ってるのかと思った。図書室であることを考慮して、静かに乱闘してやろうかと思ったけど、後半の林の本音はとても私を驚かせた。前半の怒りを消し去るくらいに。
最初、私が林に近づいたのは偵察してくれる協力者が欲しかったからだ。
途中から協力者というか友達っぽくなってきちゃったけど、最近は完全に私の敵でライバルだった。美鈴ちゃんに好意を向けられやがって!と思っていた。
でも、けれども。
「ま、いいか。友達でも」
「え、なにが?橋本さん、僕の話聞いてた?全然繋がってないんだけど」
こんな本音を聞いてまで、敵視できないよね。
まあ、ちょっとムカつきはするけど、私は私で美鈴ちゃんの心を掴んでやるのである。
だから、林は友達。
そういうことにしておいてやろう。
「はいはい。聞いてるから。聞いてほしい話全部話してよ。それで話が終わったら、私にお菓子奢ってね」
「どうして僕が奢るの?」
「甘い系ね」
不満げな林を横目に、私は頬杖をついて聞いてあげる体勢を作る。
コイバナ仲間のいない可哀想な林のために、私が話を聞いてあげるのだ。
この苦行の後にはお菓子という報酬があるからね。今日くらいは話に付き合ってあげようと思う。




