アフターケア忘れてた2
「せ、先輩。今日は急にごめんなさい」
千香ちゃんの計らいで、私が葵先輩に話があるってことにして放課後に時間を作ってもらったのだ。
学校近くの全国チェーンの喫茶店で待ち合わせ。
飲み物を注文し、店の奥の席に座って待った。
で、葵先輩がちょうど今来たところなのである。
「大丈夫だよ。今日はもともと特に予定もなかったしね」
先輩の手にも飲み物が握られている。
それを小さなテーブルに置きイスに腰を下ろすが、流れる小さな沈黙。いつもだと気にならないんだけど、妙に気まずい……。
「千香に、未希から話があるらしいって聞いたんだけどどうしたの?何か相談かな?」
葵先輩はいつものように笑顔である。
でも心なしか元気がないように見える。声にも張りがない気がする。
千香ちゃんから元気がないって聞いていたせいで、勝手に私がそう感じているだけかもしれないけど。
「相談というか……。千香ちゃんから葵先輩が元気ないって聞いて、気になって」
私は遠回りに聞くことが苦手なのだ。だからと言って直球でいくのも勇気がいる。
そのせいで、こんなあやふやな言い回しになってしまった。
ごめんなさい!心の中では先輩の失恋に心痛めています。土下座状態です。林という失恋の原因を作ってしまったことに、申し訳なさでいっぱいである。
「気になったのは俺が未希の家族みたいな存在だから、かな?」
珍しいことに、先輩が眉を下げて悲しそうに、困ったような顔をした。
「家族と言うより……」
私は思う。
確かに、先輩は家族みたいな存在だ。父上のような包容力があるし、一人っ子の私にもお兄ちゃんができたように感じる時もある。
だが、それより以前に。先輩は千香ちゃんのお兄さんなのである。千香ちゃんが大事に思っているのである
私の大好きな人の大事な人なのだ!そりゃ私にとっても大事な人である。
「葵先輩は大事な人だから。話を聞くくらいしかできないですけど、落ち込んでるなら何かしたいなって思うんです!」
「大事な……?」
「素敵な先輩に、元気のない笑顔は似合いません!」
「すてき……?」
先輩は、瞳が飛び出しそうなくらいに目を見開いた。呆気にとられているような表情である。
なかなか見ることのできない顔だ。
だがそれもすぐに消え、次の瞬間には輝かんばかりの笑みに取って代わる。
なんだこれ。いつも以上に笑顔が眩しい!
「ありがとう、未希。元気が出たよ」
「いえ、私まだ何もしてないです」
葵先輩。なんでそんなに満足げなの?
「何か悩みごととかあったら聞きますよ!アドバイスは無理かもしれないけど」
「悩みごと、か」
聞き取り窓口になりましょう。頭があんまり良くないから対応策とかを考えるのは無理だけど。
「俺の悩みは吹き飛んでしまったからな。逆に、未希は今悩んでいることはないの?」
「私ですか?悩み……。あっ!」
頭に浮かんだのは、美鈴ちゃんの顔。
私どう振舞ったらライバルらしくなるのだろう?
「悩み、あるんだね。俺で良かったら話聞くよ?」
さあ、言ってごらんと聞くのは万全という姿勢でいる先輩。
ちょっとくらいなら話を聞いてもらってもいいかな?
失恋したばかりの先輩に、恋愛の好敵手としての作法を聞くのも失礼だけど、ぼかしながらなら大丈夫だよね?美鈴ちゃんの名前は出さないつもりだし。
「どう行動するのが正解なのかと思って……」
もう朧げな前世の記憶。でも、なんとなくは覚えてるから、葵先輩のライバルキャラになれたならゲームの中の千香ちゃんのように行動すればいいと考えていた。
でも、ここは現実。舞台に上がった人間は大きく変わり、状況だって全然違う。
私がどう行動すれば、美鈴ちゃんと薔薇色の親友ライフが歩めるのか皆目見当もつかない。
恋を盛り上げるための障害としての行動をしたくっても、私には恋愛スキルがないのだ!男子や恋になんて興味なかったし。
「正解って?」
「絶対に仲良くなりたい人がいるんです。でも、そのためにも行動しなくちゃいけなくて。でも、どういう風に近づけばいいのか分からなくって」
恋を盛り上げる役目を果たしながら、いつの間にかライバル同士が手を取り合って仲良しの親友になるなんて、今考えるとハードルが高いと思うんだよね。私にできるかな。
「へえ……。仲良くなりたい人。どんな人なの?」
「えっと。笑顔が輝いてて、一生懸命に働く姿とかずっと見てたくなるんです」
思い出したのは、夏に見たバイト姿。
あの時は私にも笑顔を向けてくれてて萌えたなぁ。小さく体でクルクル動くところを見てると頑張れって応援したくなるよね。
でも、林との仲は正直応援できない。だって、林だよ?あの林だよ?!
というか、もし林との仲が上手くいったら私と美鈴ちゃんの仲はどうなるんだろう?ゲームで友情ルートになるには、その攻略対象のルートに一度入ってから、ライバル側との親密度を上げたのだ。ということで、同じようにするつもりなら、一度林との仲を深めさせてから、私に意識を向けてもらわないといけない。
気にしたことなかったけど、そういうことも考えないといけないんだよね。気持ち的には全く失敗する自信はないんだけど、私には恋愛の知識がないからなー。上手くいかない可能性の方が高いカモ。
「ふーん」
葵先輩の顔は笑顔なんだけど、なんだか声が平坦な気がする。錯覚かな?
「難しいですね、恋って」
勉強しようかな?手始めに恋愛小説とか読む?
ダメだ。本は文字が多くて眠くなっちゃう。小学生の頃に母上が買ってくれた児童文学は今も部屋の引き出しの奥に封印されている。最初の一ページ目で挫折したんだもん。
あっ!少女漫画なら、なんとか読めるかもしれない。誰かにオススメ聞いてみよう。
「未希が恋、か」
誰に聞こうか考えていた私は、先輩の短い言葉で現実に戻された。
言いようのない寒気を感じる。
「俺はのんびりしすぎたかな?」
先輩の手が私の頬を撫でる。
この手から逃れると危険だと私の本能が告げている。なぜだか葵先輩の背後に黒いオーラが見える。
どうして?!何が逆鱗に触れたの?!
「逃す気はないからね?」
頷く以外できないような、有無を言わせぬ雰囲気。周囲の気温が少し下がったように感じる。
どうしてだろう。先輩から威圧感を感じるよ。
でも、保健医の肉食獣のような生命の危機を感じるようものないのだ。
恐ろしいのは同じなのに、こちらは凍てつく氷のような笑顔である。逃げようとする前に、足元から凍らせられて捕まる気がする。なんでかな。そんな気がするの。




